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【第10話】『それでも俺は、悪くない』

「ごちゃごちゃうるせぇ、俺への報酬を忘れたわけじゃねぇだろうな?」


吸ってたタバコを、玉座にふんぞり返ってるジジィ目掛けて投げつけてやった。

……が、途中で勢いが失せて、ポトッと床に落ちやがった。なんかすげぇ間抜け。


するとジジィは途端に慌てだしやがって、「今はお召し替えの最中でして!」「準備がまだ整っておらず!」だの、言い訳を口から泡みてぇに撒き散らし始めた。

その小物ムーブを見てるだけで、トサカにきそうになっていたところで──


謁見の間のでけぇ扉が、ギィ……と不自然なくらいゆっくり開いた。


で、現れたのは……ああ、アレだ。最初に見たときの、地味な布袋みてぇなドレスじゃない。

今回は違った。まさに「王女様です」って感じのゴテゴテに飾り立てたドレスに、完璧な化粧。髪型もセットもばっちり。

妙に煌びやかな光を浴びながら、ゆったりと歩いてくる。


「おぉ……」

思わず、間抜けな声が漏れた。予想外に綺麗だった。いやマジで。


だが俺の反応なんぞガン無視で、そいつは無表情のまま近づいてくる。

ずっと俯いてた顔が、ゆっくりとこちらを向き──その目が、ピタリと止まった。


……「ペット(ラグナ)」だ。


首輪に繋がれ、足元で鎖をカチャつかせているあの女魔族。

そいつに王女の視線が突き刺さってる。


一瞬、場の空気が凍った気がした。

そして、ゆらりとこちらに顔を向け──


「女なら誰でも良いってわけね、このクソ野郎!!」


怒号と共に飛んできたビンタを、半歩後ろに下がって避ける。


「は?」


って顔をしてる俺を、王女─エルヴィーナは鋭く睨みつけた。

んでそのまま、ズカズカと音を立てて踵を返し、侍女を連れて謁見の間から出て行っちまった。


後に残ったのは、タバコの燃えカスと、呆けたジジィと、鎖を震わせてすくむ「ペット」だけ。


……いや、だからなんなんだよ、この茶番劇。



俺はというと、王城のくそつまらねぇ賓客用の一室で、ラグナの鎖を片手にぶら下げながら、吸い殻の山を築いていた。


「……女ってのはなんでああも急にキレるかね。全く意味がわかんねぇ」


「そ、それは……もしかすると、その……」


「うるせぇ、ペットは吠えんな。おめーが原因だ」


ラグナがしゅんと項垂れた。魔王軍の大将、地べたに正座。首輪ジャラジャラ。

人ってのは堕ちるもんだなぁ、などと感傷に浸ってたら、ノックの音がした。


──コンコン


「……玖須田様。王女殿下がお話があるとのことで……お一人で中庭にお越しください、と」


部屋の前に立ってた侍女は、俺の顔を見ずに告げると、即座に立ち去りやがった。

……どいつもこいつも、目を合わせねぇ。戦果ってのは、便利でめんどくせぇもんだな。


「行ってくる、ペットはそこでお座りな。暴れたら死ぬよりひでぇ目に合わせてやるからな」


「はい……」


ラグナを部屋に残し、廊下を歩く。しばらく進んだ先、陽の落ちかけた中庭で、王女が佇んでいた。


日が傾きかけた中庭に、王女が立っていた。

昼間の騒ぎが嘘みてぇに静かで、妙に気配が薄い。ま、王族ってのはこういう演出が好きなんだろ。


「来てくれて、ありがとう」


最初に出てきたのはその言葉だった。

さっきのビンタが嘘みたいな口調だったもんで、一瞬「誰だコイツ」と思ったが、見る限り本人だった。


「さっきは……ごめんなさい。私、ちょっと混乱してて」


「……おう」


「あなたが砦でしてくれたこと、本当に感謝してるの。あそこに残ってた兵たち……生きて帰ってこられたわ」


「あのボロ砦が落とされたら、敵が突破してきて王都もやばかっただろ」


「ええ。本当に……助けられたわ」


言いながら、王女は視線を逸らした。感謝ってのは、あいつにとって相当の苦行らしい。


「でも……」

続く声が少しだけ強くなる。

「あなたって、本当に救いようのないクソ野郎ね」


「おう、なんだよ急に」


「だってそうでしょ。あれだけのことをしておいて、報酬がどうとか、女なら誰でもいいとか。言動の端々が全部ムカつくのよ」


「事実だが?」


「だから腹が立つのよ……! 結果だけ見れば英雄なのに、なんでそんなに中身がクズなのよ!」


「俺に中身なんてあったまるか。空っぽだよ。ダチにも言われたぜ、"お前の魂、最初から中古じゃねぇの?"ってな」

思い出したダチの顔と名前──、褐色の大男のくせに女みてぇな名前のヤツ。


思わず笑ってみせると、王女は怒ったような顔で睨んできた。

けど、すぐにその表情が緩む。


「……でも」


「お?」


「私は、あなたのことを……全部嫌いにはなれないのかもしれないって、思っただけ」


「はァ? 頭打ったか?」


「うるさい」


バサッとドレスの裾を翻し、王女は踵を返す。

まるで風のような背中だったが、ふと立ち止まり、振り返りもせずに言った。


「もう一度くらいなら……話してあげてもいいわよ。暇なら、中庭くらいには呼び出しても」


そして、そのまま去っていった。

残された俺はというと──


「……なんだあいつ。結局デレんのか、キレてんのか、どっちかにしろや」


空を見上げて、しれっと鼻を鳴らす。


けど──


どこか、悪くない気分だった。


───────────────────


日が傾きかけた中庭に私は立っていた。

昼間の騒ぎが嘘のように静まり返り、世界に私ひとりだけ取り残された気分だった。


「来てくれて、ありがとう」


そう口にした瞬間、自分でもぎこちないと思った。

素直になりたくて、でも見透かされたくなくて、言葉の温度をうまく調整できない。

彼は少し訝しんだ目をしたけど、ちゃんと私を見ていた。それだけで、少しだけ、息がしやすくなった。


「あなたが砦でしてくれたこと、本当に感謝してるの。あそこに残ってた兵たち……生きて帰ってこられたわ」


砦に残された兵たちの顔が脳裏をよぎる。

誰一人として見捨てなかった彼の背中を、私はちゃんと覚えている。

それを口に出すのは、誇りよりも悔しさが勝ってしまいそうで難しかったけれど……。

あの時の彼の行動を、見なかったことにはできなかった。


「ええ。本当に……助けられたわ」


言葉にするほど、自分のプライドが少しずつ削れていく。

でも、それでも言いたかった。

誰よりも彼に、ちゃんと感謝を伝えたかった。

悔しいけれど、それが事実なのだから。


「あなたって、本当に救いようのないクソ野郎ね」


感謝の次に出てくるのがこんな言葉なのは、きっと私が私だから。

自分でもどうしてこんなに苛立ってるのか分からない。

ただ、あの軽薄な態度と無遠慮な言葉の数々が、どうしても許せなかった。

なのに目を逸らせない自分がもっと許せなかった。


「だってそうでしょ。あれだけのことをしておいて、報酬がどうとか、女なら誰でもいいとか。言動の端々が全部ムカつくのよ」


怒りに言葉を乗せていくほどに、逆に心が静かになっていく。

事実を並べてるだけなのに、なぜこんなにも感情が揺れるのか。

本当は――わかってる。

腹が立つのは、そんな彼に私の心が動かされてしまってることだ。


「私は、あなたのことを……全部嫌いにはなれないのかもしれないって、思っただけ」


本当は、もっと意地悪な言い方をしたかった。

でもその瞬間だけは、どうしても言えなかった。

胸の奥にある小さな火種を、彼に見せたくなかったのに。

言葉にした途端、それは私自身のものじゃなくなって、彼の目の中に映ってしまった気がして……怖かった。


振り返らずに、私はそのまま去った。けれど、またここで話せることを少しだけ期待していた。


───────────────────


中庭で王女と話をした数日後、砦の戦後報告が終わり、王都にはようやく静けさが戻りつつあった。

そんなある午後、王女は静かに決意を秘めて、玖須田を中庭に呼び出した。


「……あなたに、少し付き合ってほしいの」


その言葉はあくまで控えめだったが、隠しきれない緊張と覚悟が声の端々に漂っていた。


玖須田は眉をひそめ、やや訝しげに応じる。


「あん?」


王女は目を逸らさず、淡々と続けた。


「“導きの神”を名乗る男と、話をしてみたくて。……あなたにも同席してほしいの」


その言葉を聞くと、玖須田の表情に軽い苛立ちが混ざった。


「あぁ、あの砦で散々脅して魔法を使わせた、白髪のジジィのことか? なんだよ、あいつまだ生きてたんだな」


王女はわずかに苦笑した。けれど、その瞳は揺るがぬ真剣さを湛えていた。


玖須田は鼻で笑いながら返した。


「あいつ、名前を聞く前に勝手に喋り出すから、俺はツラ引っ叩いたんだよな」


その言葉に王女は思わず声を荒げる。


「なにしてるのよ!仮にリュミエル様じゃなくても老人よ?!」


「うるせぇよ…ムカついたんだからしょうがねぇだろ」


2人の間に漂うやり取りの中には、単なる皮肉や反発を超えた、不思議な絆の兆しがあった。


こうして、王都の中庭にて、“導きの神”を名乗る白髪の老人、厄災と呼ばれる勇者、そして王女という異色の三者が、奇妙な対話の場を持つこととなった。



中庭の柔らかな陽光が差し込むなか、王女エルヴィーナは静かに深呼吸を一つした。

その胸の内には緊張が渦巻いていたが、決してそれを表には出さず、凛とした口調で口を開く。


「お初目にかかります。アンポンス王国第一王女、エルヴィーナと申します」


いつもの威厳を控えめに押さえながらも、その言葉には王女としての誇りと品格が確かに宿っていた。


彼女の姿を、導きの神リュミエルは朗らかな笑みを浮かべながら静かに見つめている。

柔和な目が王女に向けられ、その存在はまるで安らぎを与えるかのようだった。


だが、そんな穏やかな空気は玖須田の軽い声に一瞬で破られた。


「えれぇ猫かぶってんじゃねーか」


その言葉に場の空気が微妙に揺らぐ。緊張が走り、そしてどこか笑いをこらえたかのような気配も混じった。


王女はギロリと玖須田を睨み返したが、彼は意に介さず、淡々とタバコの煙をくゆらせる。


「失礼ながらお聞きしたいのですが…まこと貴方様は導きの神リュミエル様でいらっしゃいますか?」

王女の問いかけに、リュミエルはゆっくりと大きくうなずいた。


「さようじゃよ。見た目はただの老人ではあるが、如何にも導きの神リュミエルである」


その柔らかな口調には、長い年月を経て得た落ち着きと確信がにじんでいた。


「!ではお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

王女の声には覚悟が感じられる。


「答えられる範囲であれば、よいだろう」

リュミエルは煙草の煙をふわりと吐きながら、静かに答えた。


「砦の防衛戦も関係することではありますが……以前までは魔王は国境線あたりでの小競り合い程度の戦が精々でした。

しかし、ここ1年ほどで急激に魔王の領域と隣接する国々へ侵攻を開始しています。なにかご存じではありませんか?」


王女の言葉は、王都の不安と焦燥を映し出していた。

それは砦での戦いの余韻だけでは収まりきらない、大きな波の前触れのようでもあった。


「魔王は慎重な性格……」


そう言いかけたリュミエルの口が、ふいにぴたりと止まる。

目だけをそっと横に滑らせ、隣に座る玖須田を一瞥した。過去この話をした際、玖須田に受けた仕打ちを思い出して。


その視線に気づいた玖須田は、タバコの煙をくゆらせながら、実に面倒くさそうに口を開く。


「今は俺が聞いてんじゃねぇ。答えてやれ」


促され、リュミエルは額に一筋の汗を浮かべながら、どこかぎこちない口調で続きを述べた。


「し、慎重な性格でこういった大規模な攻勢を仕掛けなかったのは事実です…じゃな。魔王のおる居城には厳重な結界が施されていまし…おって、内情の詳細までは……わからんのじゃ」


要領を得ない返答に、王女エルヴィーラは困ったように眉をひそめた。


「では、じゃが……おそらく──」


言いかけたところで、パシンッという小気味良い音が響いた。

玖須田の平手が、ためらいがちに言葉を濁すリュミエルの頭を軽く叩いたのだ。


「ちょっと! なにしてるのよ!」


驚きと呆れを混ぜた声で、エルヴィーラが立ち上がる勢いで詰め寄る。


しかし玖須田はまるで気にも留めず、立ち上がって椅子の背もたれに手をかけながら言い放った。


「ジジィは俺が居ると話しにくそうだからな。街にでも降りて、ブラついてくるわ」


そう言って踵を返すと、ひらひらと手を振るようにして歩き出す。だがその背に、エルヴィーラの声が飛んだ。


「待ちなさい。お金はあるの?」


振り返らずに答えた玖須田の返事は、実に彼らしかった。


「あぁ?んなもんなくても、ゴロツキでもシバけば出してくれるだろ」


呆れ果てたようにため息をついたエルヴィーラは、すぐに近くに控える侍女へ視線を送った。

その合図を受けた侍女は、無言で玖須田の前に歩み寄り、丁寧に財布を差し出す。


「“一応”勇者ってことなんだから、問題は起こさないで欲しいわね。ひとまずそれを持って行きなさい。余ったお金は返すのよ」

言っておくけど私の財布なんだからね。と付け加えた。

財布を受け取った玖須田は、やや不満げに顔をしかめた。


「ガキじゃねぇんだから、んなことするかよ……ま、サンキューな」


そう言い捨てると、やはり一度も振り返らずに中庭を後にした。


残されたリュミエルはというと、目をぱちくりとさせ、信じられないものでも見たような顔でつぶやく。


「よもや、あの乱暴者がのぅ……」


するとエルヴィーラは、どこか苦々しさを滲ませつつも、どこか楽しげな笑みを浮かべた。


「私は、あの男の“もの”らしいので。問題を起こされても困りますからね」


その声音には、皮肉と情が、複雑に入り混じっていたようだった。


「さて、邪魔者もいなくなりましたし、お話の続きを聞かせてもらえますか?」

そう言って再び、リュミエルと話を再開したのだった。

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