実話 妻に浮気され、愛した人に
結婚して5年目、2歳の息子と3人で過ごす日々は、平穏でありながらも確かに幸せだった。会社からの帰り道、妻と息子と手をつないで歩く何気ない時間。そんな日常が、ある日の事故を境に、音を立てて崩れてしまうとは思いもしなかった。
その日はいつも通りの帰り道だった。横断歩道の信号が赤に変わる間際、反対側から猛スピードで突っ込んでくる車が目に入った。気づいたときには、妻を突き飛ばしていた。
次に目を覚ましたとき、病院の天井が見えた。医師から告げられた現実は残酷だった。「腰から下が完全に麻痺しています」──それを聞いた瞬間、体が凍りついた。これからどう生きていけばいいのかもわからないまま、車椅子での生活が始まった。
離れていく妻
入院生活の最初の頃、妻は毎日のように見舞いに来てくれた。しかし、それも次第に減っていった。「仕事が忙しいから」「息子の面倒を見るのが大変で」──言い訳を並べる妻の言葉に疑念を抱き始めた頃、ふと頭をよぎる考えがあった。「浮気しているんじゃないか?」
探偵を雇う決意をしたのは、それからだった。結果は、予想以上に残酷だった。妻が他の男と過ごしている写真を見たとき、涙が止まらなかった。離婚を切り出すと、妻はあっさりと受け入れた。そして親権は、子供を育てられる「健常な親」である妻の方に渡った。
一人になった病院のベッド。虚しさと孤独だけが残った。
癌の彼女との出会い
そんな日々に、一人の女性が現れた。同じ病院の病室にいたその人は、透き通るような白い肌に、どこか儚げな笑顔を浮かべていた。名前は由香里。末期の癌だと自分で話してくれた。
彼女との会話は不思議と心を軽くした。病院内でのリハビリや雑談を通じて、いつの間にか彼女を好きになっていた。彼女も同じ気持ちだと言ってくれたとき、胸が張り裂けるほどの喜びを感じた。
退院が決まる少し前、彼女がこう言った。
「退院したら、一緒に住みましょう」
その言葉は、長い間失われていた希望そのものだった。それを聞いてから、リハビリに対する意欲が湧き、医師も驚くほどの回復を見せた。
彼女の完治と幸せな生活
由香里が先に退院することになったとき、彼女の回復を心から祝福した。「待っててくれ」と伝え、自分も退院の日を迎えた。その後、彼女と二人で住む小さなアパートでの生活が始まった。
不自由な体ではあったが、彼女がそばにいてくれるだけで十分だった。毎朝由香里が作る朝食、夜に交わす他愛のない会話。その日々は何ものにも代えがたい幸福だった。
しかし、幸せな時間は長くは続かなかった。
最後の手紙
半年後、由香里は突然倒れた。末期の癌だったと聞かされたとき、目の前が真っ暗になった。どんな治療も手遅れで、彼女は静かに息を引き取った。
彼女の遺品を整理していると、一通の手紙が見つかった。震える手で開けると、そこにはこう書かれていた。
「癌は治りませんでした。本当のことを言えなくてごめんなさい。
でも、あなたを元気にさせたかった。ただそれだけだったの。」
手紙を握りしめたまま、声をあげて泣いた。
新しい朝
彼女がいなくなった生活は、再び孤独と向き合う日々だった。しかし、不思議と後悔はなかった。彼女がくれた愛と希望は、これからの人生を生き抜く力になったからだ。
由香里が最後にくれた光を胸に、俺は車椅子を動かした。小さな公園に差し込む朝日が、いつもより眩しく見えた。