魔王の娘が押しかけてきた。何故か恋愛指南役に任命された。
俺の名前は上中大翔。
普通の高校生だ。成績は中の下、運動も普通。特に目立つこともなく、平凡な毎日を送っている。
学校帰り家の玄関前で『ソレ』は起きた。
「……え、どちら様?」
玄関の前に立っていたのは、まるでファンタジー映画の世界から飛び出してきたような黒いマントを纏った美少女。
髪は長く、どこか高貴な雰囲気を漂わせ、目つきも鋭い。さらに、頭には……角が生えている!?
なんだなんだコスプレイヤーか?
「えっと……なんかの撮影ですか?」
「違う!」
すぐさま否定された。
「ああえっと、そういうお年頃かな?」
目の前の美少女の見た目は、俺の少し年下、中学2.3年生くらいだ。
一番そういう病気が発症しやすいからな。これくらいのお年頃の子は。
「違うわ!私は魔王の娘だ!」
あぁ、完全にこの子入っちゃってるわ。
俺も優しいので1回合わせてやることにする。
「ふふ、お前があの世界を滅ぼす魔王の娘か……くくく」
「舐めるな」
一蹴された。
「私の名前はルシファ、魔王の娘だ。お前の名前は上中大翔だろ?」
突然、彼女が俺に向かって話しかけてきた。え? 何で俺の名前を知ってるの?
「……は?」
俺は思わず、間抜けな声を出した。魔王? 娘?
もう訳がわからん。本当……なのか。
まぁそう言われればやけに角の生え際がリアルな感じが……。
「……うそだろ?」
「嘘じゃない。私は本当に魔王の娘だ。そして、お前に頼みがある」
……嘘じゃないらしい。
「いやいやいや、待て待て。普通におかしいだろ! なんで魔王の娘がここにいるんだよ!?」
俺は思わず叫んだが周りには誰もいない。
いつもなら家に帰ると、母さんが台所で料理をしているはずなのに、今日はなぜか静まり返っていた。
これもこの子の力なのか……?
ルシファはそんな俺の混乱を気にすることなく、淡々と話を続ける。
「実はな、私は次の魔王になるために、ある試練を乗り越えなければならない。それは……恋愛の知識を得ることだ」
「恋愛の……何?」
「魔王になるには、人間界での恋愛を学ぶことが必要不可欠なんだ。だが、私は恋愛について何も知らない。それで、人間の恋愛に詳しいお前に指南を頼みにきた」
「待て待て待て! 何で俺が恋愛に詳しいって思ってんだよ!?」
俺は思わず大声をあげた。とんだ過大評価である。
確かに、恋愛に興味がないわけじゃないけど、特に経験もない普通の高校生だ。
なんで魔王の娘がそんなことを頼むのだろう。
「お前が選ばれた理由は……特にない。ただ、最初に見つけた人間がお前だっただけだ」
「──選ばれてねぇじゃねぇか!」
俺は思わず突っ込んだ。
そんな意味不明な理由で、いきなり恋愛指南を頼まれるなんてあり得ないだろ。
俺は普通の生活を送りたかっただけなのに……。
「ま、待てよ。俺、全然恋愛に詳しくないし、無理だって!」
「そんなことはない。人間界での恋愛に関する情報は、お前の世界には溢れているだろう? それに、私は魔法を使えるから問題ない」
「魔法?」
ルシファはニヤリと笑うと、手を軽く振り上げた。
すると、突然俺の家の玄関が勝手に開き、リビングの電気がついた。
「な、なんだこれ!?」
「これが魔法だ。私はこの魔法を使い、人間界に紛れ込むことができる。この姿は大翔以外の人間の目には普通の女子高生にしか見えないようにしてある」
「そ、そんな都合のいい魔法があんのかよ……」
信じられない光景を目の前にしながら、俺は完全にパニック状態だった。
だが、彼女は冷静な顔で俺に向かって言う。
「さあ、私の恋愛指南を始めよう」
「いや、だから無理だって! なんで俺がそんなこと……」
そう俺が全力で断りかけた時、ルシファはニヤリとしながら手を上に上げて、
「……断るなら、この家を宙に浮かせることになるが?」
……こいつ何言ってんだ。
「それはダメだ! 母さん帰ってきたらパニックになるだろ!」
まぁそれどころでは無い。ここら辺一体が大騒ぎだ。
「──なら、決まりだな」
ルシファは勝ち誇ったように微笑んだ。
俺はそのままズルズルと彼女に巻き込まれる形で、無理やり「恋愛指南」をすることになってしまった。
******
そして翌日、学校に行くとさらなる驚きが待っていた。
「──なんでお前、俺のクラスにいるんだ……?」
ルシファは、なぜか俺のクラスに転入してきたのだ。
もちろん、先生もクラスメイトも彼女のことを「普通の転校生」として認識しているらしい。
俺だけが彼女が「魔王の娘」だという事実を知っているのだ。
「だから言っただろ? 魔法で人間界に紛れ込めるって」
ルシファは至って普通に席につく。
周りの男子たちは新しい美少女の転入に興味津々で、さっそく話しかけようとしている。
しかし、彼女はそんな周りの視線に全く興味を示さず、俺の方に視線を向ける。
「大翔、放課後に恋愛指南の続きをするからな」
「ちょっと待て! 学校でそんなことされたらまずいだろ!」
「安心しろ。誰も私が魔王の娘だとは思わないからな。私はあくまで普通の女子高生として、恋愛を学ぶつもりだ」
俺は頭を抱えた。どうしてこんなことになってしまったんだ……。
昨日までの平凡な生活が、魔王の娘にぶち壊されてしまった。
しかも、クラスメイトに変な噂を立てられるのも時間の問題だ。
悔しいが魔王の娘、ルシファはみんなを人目で虜にしてしまうくらいの美少女なのだ。
とにかく、俺はこの状況をどうにかして回避しようと、必死に頭を回すが、ルシファは全く意に介さない。
「さて、次は恋愛の基本を教えてくれ。人間の世界では、まず何をすればいいんだ?」
「え? 基本って……えーっと、デートとか?」
「デートとは何だ?」
「え、知らないの?」
「知らん」
「……」
俺は途方に暮れた。魔王の娘に恋愛を教えるって、一体どうすればいいんだ?
俺もそこまで詳しいわけじゃないし、まさかこんな日が来るなんて思ってもみなかった。
だけど、ルシファは本気だ。このまま放っておいたら、また何をしでかすかわからない。
俺は深いため息をつきながら、彼女に向き直った。
「……わかったよ。デートについて、俺なりに教えてみるよ」
そう言うとルシファはにっこりして、
「うむ。期待しているぞ、大翔」
そう言った。その無邪気な笑顔に一瞬視線を奪われたことは内緒にしておこう。
こうして、俺と魔王の娘・ルシファの奇妙な「恋愛指南」がスタートすることになった。平凡な日常を取り戻せる日は、もう二度と来ないかもしれない。
******
翌日、俺とルシファの奇妙な「恋愛指南」が本格的に始まった。いや、そもそも俺自身、恋愛に詳しいわけでもないのに、何を教えればいいのかすらわからないんだけど。
「さて、大翔。今日は昨日言っていた恋愛の基本、『デート』を教えてくれ」
放課後、俺たちは学校近くのファミレスに来ていた。
俺がファミレスでまったりしたいだけだったんだけど、ルシファは「デート」なるものに興味津々で、目を輝かせている。
「それで、大翔。デートとはどんな儀式なんだ? 戦いの準備はできているぞ」
「……いや、戦いじゃねえよ! デートってのは……もっとこう、楽しく過ごすものなんだよ」
俺は慌ててツッコミを入れながら、彼女の勘違いをなんとか正そうとする。
ルシファは真剣な顔で俺の話を聞いているが、その表情からはまだ疑念が残っているのがわかる。
「ふむ。だが、戦いのようなものではないのか?」
「ま、まぁ捉え方によっては戦いなのかもしれないけど……! 違うって。デートってのは、一緒にご飯を食べたり、映画を観たり、なんかそういう楽しいことをする時間なんだよ」
「楽しいこと……。それで、今ここに来たというわけか」
「そうそう。まずは一緒にご飯を食べる。デートの定番ってやつだな」
俺はメニューを開きながら適当に説明するが、内心はドキドキしている。なぜか俺が「デートの達人」みたいな立場に立ってしまっているのだ。
しかし、実際にはそんなに経験があるわけでもないし、これで間違ったことを教えて、後でルシファに何か文句を言われるんじゃないかと不安で仕方がない。
「大翔。私はこれが食べたい」
ルシファが指差したのは、特大ハンバーグセット。いやいや、いくら魔王の娘でも、そんなに食べるのか?
「え? 本気でそれ頼むのか?」
「当然だ。魔界ではこれくらいの食事は朝飯前だ」
「お前、魔界と人間界の胃袋の大きさが違うんじゃないか……」
もうスケールがわからん。
そう思いつつも、結局俺もハンバーグセットを頼むことにした。注文が終わると、ルシファは再び真剣な表情で俺に向き直る。
「ところで、大翔。デートの次のステップは何だ?」
「え? 次って……まぁ、食事を楽しんだ後は、散歩したり、映画を観に行ったりするかな」
「なるほど。では、映画とやらを観に行くのか?」
「あ、いや、今日はここで話すだけにしようか」
俺は焦って話題を変えようとした。
だって、映画館に行ったら、あの格好のまま入ってしまいそうだし、変な騒ぎを起こされるのは避けたい。
それにしても、どうして俺がこんなに気を使ってるんだ?
「では、今日は話すだけというわけか。デートというのはなかなか奥深いものだな」
「まぁ、そうだな……」
ルシファは少し考え込んでから、真顔で尋ねてきた。
「大翔、私は人間界の恋愛を学びたいが、それは単に知識として得たいだけではない。実際に体験しなければ、魔王の儀式としては不完全だ。だから、お前とのデートはとても重要だ」
──ぎ、ぎしき?
「え? な、なんでそんな重要なものに俺を巻き込むんだよ!」
「簡単なことだ。お前は私が選んだ最初の人間だからだ」
「いや、だからその選び方が適当すぎるんだって……」
選んだ、とか言いつつもたまたま最初にあった人間が俺だっただけだし……。
俺は頭を抱えたが、ルシファは一向に気にしない。
彼女にとっては、この「恋愛指南」が魔王になるための重要な儀式らしいが、俺にとってはただの厄介事にしか思えない。
そもそもどんな儀式だよ。魔王界の仕組みがまるで分からない。
******
食事が終わり、ファミレスを出た俺たちは、駅前の公園を歩いていた。
俺は何となくルシファに話を振ろうとしていたが、ふと彼女が立ち止まる。
「大翔、あれは何だ?」
彼女が指差したのは、カップルがベンチで仲良さそうに寄り添っている光景だった。
「あれは……カップルだな」
「カップル? それは何だ?」
「あー、つまり、付き合ってる男女が一緒にいるってことだよ」
「ふむ。あれが恋愛というものか」
ルシファはじっとカップルを観察しながら、何やら考え込んでいる。そして、突然俺に近づいてくる。
「大翔、私たちもあのように寄り添うべきか?」
「──いやいやいや、やめろやめろ! いきなりそんなことしなくていいから!」
俺は慌てて距離を取った。
彼女は純粋に「恋愛」のことを学ぼうとしているだけなんだろうが、俺にとっては心臓に悪い。
そもそも、ルシファはこんなんだが美少女だ。
美少女がこんな近くに来るなんて、普通の今までの俺の高校生活ではまずあり得ない状況だ。
「人間界の恋愛は、なかなか複雑だな」
「そうだよ、複雑なんだよ。だから、ゆっくり学んでいこうな」
俺はルシファにそれっぽく適当にごまかしながら、何とかこのデート(?)を無事に終わらせようと必死だった。
******
その夜、家に帰ると俺はベッドに倒れ込んだ。
「なんだこれ……」
まさか魔王の娘に「恋愛指南」をする日が来るなんて、昨日までの俺には到底想像できなかった。
しかも、彼女はこれからも俺に恋愛を教えてくれと迫ってくるだろう。いや、むしろ明日もまた何か無茶なことを言い出すに違いない。
俺は溜め息をつきながら天井を見上げた。
この状況からどうやって抜け出せるのか……それとも、もう抜け出せないのか?
とにかく、俺の普通の高校生活は完全にぶち壊された。
明日からも続くこの「恋愛指南」地獄に、俺はどう対処すればいいんだろう?
******
次の日、俺は学校でやるべきことがあった。
いや、やらなきゃいけないのは恋愛指南なんだけど、どうにも気が重い。
だって、今までのルシファとの「デート」は、全部予想外の展開だったんだから。
もう、これ以上何を教えればいいのか分からないし、またトラブルが起きる予感しかしない。
しかし、そんな俺の予想を裏切り、ルシファが放課後の教室に現れたとき、意外にも落ち着いていた。
「大翔。今日は恋愛指南の最後のステップだ」
「最後の……ステップ?」
はやいな、まさかと思いつつも、俺は彼女に尋ねた。
すると、ルシファは真剣な表情で続ける。
「人間の恋愛において、最も重要なこと。それは『告白』だ」
「え、告白か……」
「なんでそんなしぶそうな顔をするんだ……。まぁ、そうだ。恋愛とは、相手に自分の気持ちを伝えることで完結するものだと、私は学んだ」
「……いや、確かにそうだけど」
まさか、こんな展開になるとは思ってもみなかった。ルシファが突然「告白」をテーマにするなんて、これまでの彼女の突飛な行動からすれば意外だったが、確かに告白は恋愛の一大イベントだ。
でも、なんか緊張してきた……。
「だから、大翔。私はお前に『告白』をしてみようと思う」
「え、俺に?」
「そうだ。練習だ」
彼女はいつものクールな表情で言い放つ。俺はどこか恥ずかしいような、ドキドキするような気持ちで身構えた。
告白されるなんて初めてに決まっているから。
とはいえ、これはあくまで練習。
そうだ、ただの練習なんだ。深呼吸して落ち着け、俺。そう自分のことを何とか落ち着かせる。
ルシファは俺の前に立ち、目を真っ直ぐに見つめてきた。
その視線には、これまで見たことのない真剣さが宿っている。
「上中大翔。私はお前と過ごした時間がとても楽しかった。お前が私に教えてくれたことは、すべて私にとって新鮮で……感謝している」
「お、おう」
思わず、言葉が出てしまう。これ、練習だよな?
本気の告白みたいに聞こえるんだけど……。
「だから、私は――」
その瞬間、突然空間が歪んだような感覚に襲われた。ルシファが何かを言いかけたその時、教室の窓から奇妙な光が差し込んできた。
そして、黒いローブを纏った怪しげな男たちが現れた。
──竹取物語か!?
まぁそんな冗談は置いておいて。
いや、この事態自体が冗談のようなものだが。
「ルシファ様、そろそろお時間です」
「……!」
ルシファが一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに顔を引き締めた。どうやら魔界の使者らしい。彼女を迎えに来たんだ。
「何だよ、これ……」
俺は全く状況が掴めず、ただ呆然と立ち尽くしていた。だが、ルシファは静かに俺に向き直った。
「大翔、すまない。私は魔界に帰らなければならない」
「え?」
「恋愛指南はここまでだ。私はお前から多くを学んだ。この知識を持って、次の魔王となるための儀式に臨む」
「ま、待てよ! そんな急に帰るなんて……」
俺は言葉に詰まった。
まさか、こんな形で別れることになるなんて思ってもいなかった。ルシファとの奇妙な日々は、突然の終わりを迎えようとしていたのだ。
「お前には感謝している。もしまた会えるなら、その時は……」
ルシファは微笑みを浮かべ、何か言いかけたが、最後の言葉は口にしなかった。
そして、魔界の使者たちに連れられて、彼女はそのまま消えてしまった。
教室に残された俺は、何も言えず立ち尽くしていた。
「……何だったんだ、今のは?」
頭が混乱している。
ついさっきまで恋愛指南をしていたはずが、いきなり魔界に帰るなんて、そんな展開誰が予想できるんだ?
訳分からず付き合わされ始めた関係も、いきなりなくなると、不思議と胸の中にぽっかり穴が開いたような気持ちになっていた。
******
あれから数日、ルシファの姿はどこにも見当たらない。
彼女はもう戻ってこないのかもしれない。いや、そもそも俺にとって彼女は特別な存在だったのか?
恋愛指南という奇妙な日々の中で、俺自身も何か大切なものを学んだのかもしれない。
でも、彼女が言っていた最後の言葉──「また会えるなら」が、ずっと頭の中に残っている。
もしかしたら、本当にまた彼女が現れるかもしれない。
「……何だよ、それ」
俺はため息をつきながら、空を見上げた。
これからどうなるのかはわからない。でも、一つだけ確かなことがある。俺の平凡な日常は、もう二度と戻ってこないだろうということだ。
そう、俺の人生はルシファに完全にぶち壊された。
あんなの見せられて正常な思考でいられるか。
……でも、不思議とそれが悪いことのようには思えなかった。
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