70.暗黒大陸
◎◎ミライ◎◎
他の大陸よりも陰鬱な空気の漂う暗黒大陸。前に来たときと違うのは、魔王城から離れていても黒い霧のように見える瘴気が目視で確認できるという点だった。
「······なんか、寂しいところだね」
カザマが、ほとんど草木の生えない大地を見て言う。生き物もまともな植物も見当たらない暗黒大陸の風景に衝撃を受けているようだ。
「ミライ、どっちに行けばいい?」
アイオスはすでに自分の屋敷に戻っているはず。俺は記憶を頼りに、かつて案内された魔族の集落を目指して歩きだした。
「僕達が魔族の集落に入って大丈夫かな。攻撃されない?」
「アイオスの集落だし、大丈夫だろ。ヴァイオレットも住んでるんだから、他の集落の魔族より友好的だよ」
それに俺達が訪れることに関しては、アイオスが住民に話を通してくれているはずだ。
黒土の大地をしばらく歩くと、集落が見えてきた。入口に斧を担いだ体格のいい女性の魔族が立っている。知らない顔だ。
俺とカザマより背が高い。剥き出しの二の腕は筋肉で引き締まっている。短く刈り込んだ髪型も相まって、胸の膨らみが無かったら男と間違えそうだ。
「止まりな」
低めのハスキーボイス。片手で斧を持ち、俺達に警戒の目を向ける。
「俺達は······」
「勇者ミライってのはどいつだい?」
敵じゃない、と言おうとしたら、先に女の方が問いを投げた。俺の名前が出たということは、ちゃんとアイオスが話を通してくれていたのだ。
「俺がミライだよ」
一歩前へ出てそう言うと、魔族の女は片眉を上げた。
「あんたが?勇者だっていうから、もうちょっといい男を想像してたのに」
がっかりしたように言われて、ちょっとカチンときた。
「勇者だよ。ほら」
勇者の剣を抜いて見せる。黄金に輝く剣を見て、女は驚きの表情を浮かべる。
「······本物みたいだね。いいよ、入りな。アイオス様に話は聞いてる」
始めて魔族の集落に足を踏み入れるカザマとセレネさん、カーネリアは、廃村のような集落の有り様に愕然としている。口に出さないのは、すれ違う魔族達の視線があるからだろう。
かつて訪れた時と違い、住民の数が多い。魔王の支配命令が解けて戻ってきたからだ。
誰もが珍しそうに俺達に視線を向ける。警戒しているわけではなく、興味から来る好奇の目線だった。
奥にあるアイオスの屋敷の前に辿り着く。
「カイムはいるかい!勇者ミライが来たって、アイオス様に伝えておくれ!」
案内してくれた斧使いの女が大声で呼ばわると、痩せた魔族の男が顔を出した。
「それだけ大声を出せばアイオス様にも聞こえる」
ちょっと顔を顰めたカイムは、俺達の顔を順繰りに見た。
「あなた達が、アイオス様の······?」
「仲間だよ。ここのみんなには危害を加えないから安心して」
アイオスから話を聞いていても、今は初対面となった俺達の来訪を不安に思うのは当然だ。
「······アイオス様はあなた方を信頼できる者達だとおっしゃった。ならば、我々はそれを信じます」
そう言って、カイムは俺達を屋敷の中に通してくれた。
玄関広間に足を踏み入れると、奥の部屋からリリスを抱っこしたアイオスが出てきた。
「集落の出入り口で出迎えてやれず、すまなかった。現状でわかっている魔王城の情報を共有したい」
後ろの方では、他の子ども達が扉から顔だけを覗かせていた。外から来た俺達に興味津々といった様子だ。
「アイオス様、リリスを預かります」
シュトリが台所から出てきた。「頼む」と言ってシュトリに腕の中のリリスを預けようとするが、
「やだぁ!アイオスさま、帰ってきたばっかりだもん!」
リリスはアイオスの首にしがみついて離れようとしない。しばらく不在にしていたせいもあって、甘え足りないのだろう。
「駄目ですよ、リリス。アイオス様はお忙しいのだから」
シュトリがぐずるリリスを強引に引き剥がす。悲しそうな顔をする少女の頭を優しく撫でてから、アイオスは俺達に部屋へ入るよう促した。
テーブルを囲む椅子にそれぞれ適当に腰を下ろしたところで、アイオスは早速話し出す。
「緩やかとはいえ、地下から溢れ出る瘴気の濃度が上がっている。なるだけ早く源泉を閉じなければ、暗黒大陸にひとが住めなくなってしまう」
「瘴気って、毒なんだよね。僕達はこれから最も瘴気の濃い魔王城に乗り込むわけだけど、身体への影響は?」
「濃度の濃い魔王城周辺でも、数時間滞在したところで目に見える影響は出ないはずだ。······ただ、短時間であっても瘴気が身体に蓄積されてしまうことに違いはない」
積み重なればいつかは悪影響が出る、ということか。
俺とカザマは、どれだけ瘴気が濃かろうと影響はない。なぜなら魔力がないからだ。
瘴気が汚染するのは魔力。この世界の住民は大なり小なり魔力を持っている。
「みんなに悪い影響があるなら、早くしないと······」
「多少のリスクは覚悟の上だ。皆、その点は了承しているだろう」
仲間を気遣って焦るカザマに、フェンが言う。
「心配しなくて大丈夫ですよ、カザマ。魔王討伐に何日もかけるわけではないのですから、わたくし達が多少瘴気に暴露されたところで問題ありません」
「·····うん」
心配性のカザマはまだ気にしているようだが、セレネさんも他のみんなも大きく問題にしていなかったので引き下がった。
「魔王は城の地下にある瘴気の源泉を暴いたって言ってたわよね」
マリーナが口を開いた。
「魔王は今も地下にいるのかしら?」
「······どうだろうな。いくら魔石を取り込んでいるとはいえ、源泉の近くにいつまでもいるとは思えないが」
「それもそうね······なら、目指すのは前と同じ玉座?」
「そうであるならわかりやすくていいですけど、まだ解消されていない疑問があります。支配命令はなぜ解かれたのでしょうか」
モニカの疑問に、そういえばと思い出した。魔族達が休戦してくれたのは、支配命令が解けたからなのだった。
「魔王の考えなんて、ここにいる誰にもわからないでしょう。実際に行って確かめるのが一番だわ」
「カーネリアの言う通りだと私も思う。考えても憶測しか出てこない」
魔王城は今、どうなっているのだろう。魔王に忠誠を尽くし、残った魔族は何人いる?
前回と同じような戦いになると思っていていいのだろうか。それとも、瘴気の源泉が暴かれたことで魔王は強くなっている?
これが最後の戦いだ。何があってもやり直せない。
「先に魔王城の様子を見に行っていた同胞が少し前に戻ってきた。もうあそこに残っている者はほとんどいないらしい。
だが、内部の状況まではさすがにわからなかったそうだ。橋が落ちて中に入れなかったと」
「橋が?じゃあ、どうやって中に入るんだ?」
「······とりあえず、魔王城の近くまで行きましょう。実際見てみないとわかりません。付近にいる魔族から情報が得られるかもしれませんし。皆さん、すぐに出発しても問題ありませんか?」
「大丈夫よ、セレネ。ここまで来たんだもの。やる気は十分」
カーネリア以外のみんなも、戦いの心構えはできているようだ。先日の戦いの疲れなど微塵も見せず、強い瞳で視線を交わし合う。
俺も気合は十分だ。
「よし、行こう。魔王を斃して、みんなが仲良く暮らせる世界への一歩を踏み出すんだ」




