68.勇者の言葉
◎◎ミライ◎◎
死霊術師は高位レベルの魔術師だ。とはいえ、やはり接近されると弱いので、こちらと絶妙な距離を置いて戦い続けている。
「ああ、くそ!」
ゾンビや変異モンスターはあまり俺に寄ってこなくなった。倒されて数が減るので、標的から外されたらしい。完全に警戒されてしまった。
かわりに死霊術師の攻撃魔法が俺に集中して飛んでくる。
徐々に冒険者達が疲弊してきているのがわかった。
突破口を見つけないと······苛立つ気持ちを抑えながら周囲に目線を走らせる。
すると、死霊術師の後方からこちらに駆けて来る人影に気付いた。
気取られるのを防ぐため表情は変えず、俺はすぐに仲間に指示を出した。
「マリーナ、フェン!死霊術師に魔法でどんどん攻撃してくれ!
アイオス!二人をゾンビから守ってくれ!」
俺の言葉に仲間達は即座に反応する。
フェンがマリーナの側に行き、二人で魔法を詠唱し始める。それを邪魔するべくゾンビが襲いかかるが、アイオスによって退けられた。
俺はラヴェンナに向かって駆け出した。マリーナとフェンの魔法攻撃が俺を追い越して死霊術師へ降り注ぐ。
同じく魔法で応戦するラヴェンナ。再生能力が高まっているので、多少の損傷は無視することにしたのだろう。マリーナとフェンの魔法を最低限相殺しつつ、俺目掛けて攻撃してくる。
近付き過ぎると回避が困難になるので、不自然でない程度に距離を保つ。
「アナタ、大した事ない勇者ねぇ?ガルグはこんなガキにやられたのかしらぁ······あたくしが代わりに、その首を魔王様に献上してあげる!」
ガルグが誰にやられたかは把握していないようだ。魔王陣営ではガルグが命を落としたことしか共有されていないらしい。
大したこと無くて悪かったな。だが、こちらを舐めている今がチャンスだ。
「誰がお前なんかに首をくれてやるかよ!勝つのは俺達だ。冥土の土産に、お前を斃す勇者の名を教えてやろうか!」
「アナタの名前なんか知らなくて結構よぉ。殺した相手のことなんて、どうせすぐ忘れるから!」
直後、ラヴェンナの魔法が俺の足元に着弾した。衝撃で転倒した俺を、死霊術師は笑う。
「笑っていられるのも今のうちだぞ」
立ち上がり、黄金に輝く勇者の剣を見せつけるように掲げる。
「お前を斃す勇者の名は、カザマ。······ちなみに、俺の名前はミライだ」
怪訝な顔をするラヴェンナ。彼女がそれの意味するところを理解する前に、背後から接近したカザマの剣がその身体を刺し貫いた。
胸の中心から生えた赤く輝く刀身を見下ろし、ラヴェンナは信じられないといった表情で呟く。
「な、んで······」
口の端から血を零しながら、彼女は首だけで背後をかえりみる。
瞳に怒りをたたえたカザマは、静かに言った。
「ひとの命を弄ぶ君を、僕は赦さない」
剣を抜き、カザマは俺の隣に並んだ。
ラヴェンナは勇者の剣で貫かれた箇所を手のひらで押さえ、いつまで経っても塞がらない傷に困惑している。
死の恐怖を宿した瞳が、俺とカザマを映す。正確には、輝く二振りの勇者の剣を。
「どう、して······勇者が、ふたり······」
その場に膝を付くラヴェンナの身体にヒビが入った。ヒビが入った箇所から順に、その身体が崩壊していく。
細かく崩れたそれは風にさらわれ、後には何も残らなかった。
隣を見ると、カザマの勇者の剣が輝きを増していた。しかし、それだけだ。ラヴェンナが取り込んだのは魔石の欠片。転移魔法陣が現れるほどの魔力量ではないのだろう。
周囲では、変異モンスターとゾンビが動きを止め、操り人形の糸が切れたように次々と倒れていった。
「カザマ、助かったよ。いいタイミングで来てくれた」
声をかけたが、兄の表情は暗い。何かあったのだろうか。
もしかしたら、カザマはひとを斬ったのはこれが始めてだったのかもしれない。
「······さっき、ガルグを斬ったよ」
赤い刀身を見つめながら、カザマが口を開く。俺は小さく息を呑んだ。
ゾンビとはいえ、敵とはいえ、かつての仲間を斬らなければならなかった気持ちは俺には推し量れない。
だから、その背中を元気づけるように一度だけ叩いた。
カザマは俺と目を合わせ、ひとつ頷いた。前を向き、その場にいる冒険者達に向かって声を上げる。
「死者を冒涜する死霊術師は斃した!町に倒れている魔族達の遺体は丁重に埋葬する。この町にいる他の冒険者達にも伝えてほしい。
死霊術師のように死者の尊厳を踏みにじるひとはこの町にはいないよね?手を貸してくれるなら、遺体を運ぶのを手伝ってくれると助かる」
先んじて、遺体への八つ当たりを禁じる。
反応は様々だ。素直に魔族達の遺体を運ぼうとする者、嫌そうな顔をしながらも指示に従う者、あからさまな嫌悪感を顕にし、遺体に近付こうともしない者。
「おい、勇者様。問題がひとつ残っているぞ」
嫌悪感を顕にしている男の冒険者が声を出した。皆の視線を集めてから、男は遺体を担いだアイオスを指差した。
「女の魔族が言うには、そいつも魔族らしいじゃないか。本当のところはどうなんだ?」
忘れていたわけではないが、ラヴェンナはアイオスの正体をばらしたのだ。戦闘中、彼が本来の姿に戻ることはなかったため、このまま有耶無耶になってくれればいいと思っていたのに。
「······」
アイオスは黙って自分を指差す男を見返した。
「だんまりってことは、魔族だと認めるのか?」
「おい、落ち着けよ。どこをどう見たら魔族に見えるんだよ」
仲間だろうか、別の冒険者が苛立つ男に声をかける。
「見てなかったのか。彼は俺達と一緒に魔族と戦っていたじゃないか」
「それは······」
アイオスを指差した男は口ごもる。しかしすぐに反論した。
「いや······そうだ!ヒト族にしては強すぎる。魔族の角と翼を切り落として、正体を偽っている可能性は十分にある!」
そんなことを言っていたら色々なひとを疑わなければならなくなる。だが、その男と同様にアイオスに疑いを向ける者が何人かいた。
「彼は僕達の仲間だよ」
カザマがその男の前に進み出て言う。勇者であることを示すためか、剣は抜剣されたままだ。
「君は勘違いをしている」
「魔族じゃないって?証拠は?」
最初に発言した男は相手が勇者でも物怖じせず、きつい口調で問うた。しかし、カザマは落ち着いて対応する。
「僕達の敵は魔族じゃない」
怪訝な顔をする男をまっすぐ見ながら、カザマは周りにいる人々にも聞こえるように話した。
「敵は、争いを引き起こす自称魔王であるラグズと、それに乗じる者達だ」
カザマの言葉を吟味するかのように、周囲が静かになる。
「すべての魔族が魔王に従っているわけじゃない。こんな戦いは間違ってるって、止めようとしている魔族もいる。
みんなも思うだろう?こんな戦いを何度も繰り返すなんて間違ってるって」
離れた場所で戦っていた冒険者や、戦いが終わったことに気付いて建物の中から出てきた住民、外から戻ってきた者達が集まってきた。
「魔族という種族じゃなくて、個人をちゃんと見て、話をするべきだ。そして、争いの火種を撒く魔王を自称する者が出るのを防がなくちゃいけない。
今を凌ぐために戦うんじゃなくて、これから先の未来を見据えて戦わなくちゃならない。でないと、何度でも勇者と魔王の戦いは繰り返される。
僕達は話し合える言葉を持っている。傷付けられて悲しい気持ちや、許せないって怒りだけじゃない。誰かと一緒で楽しい、喜びを分かち合って嬉しいって思える感情がある。
魔族にも同じ感情があって、みんなと変わらない、この世界に生きる住民なんだって思い出してほしい。
今は戦いの中で、負の感情が勝っているかもしれない。だからすぐじゃなくていい、でも考えてみてくれないかな。
すべての種族が手を取り合って暮らせる、平和な世界を創れないかって。
もちろん、争いのない世界なんて理想論だけど。それでも、そういう世界を目指したいって思う気持ちは大事だよね」
誰もがカザマの言葉に耳を傾けている。兄の隣に、セレネさんが並んだ。王都の紋章が入った盾を持ったモニカが、その斜め後ろに立つ。
「わたくし達が得た情報では、魔王は強い魔力で同族を支配下に置いているそうです。自ら魔王に従う者もいますが、魔王のやり方に納得していない魔族もいます。
その支配から解放された魔族と話をしました。我々は反魔王派の魔族達と協力し、争いの元凶である魔王を斃しに行きます。
そして、他種族との融和を願う真なる魔王と交渉し、平和な世界への道筋を模索します」
セレネさんは聴衆にわかりやすい形で端的に話す。
魔族と協力、という言葉に周囲がざわついた。
「今すぐ受け入れろとは言いません。しかし、王宮は魔族との和解に向けて動き出しています」
ざわつきがさらに大きくなった。その話は俺も初耳なんだが。というか、王都に寄り道する暇なんてなかったのに、王宮が動くはずがない。セレネさんの勝手な判断だ。王様に黙ってこんな事を言うなんて、思い切ったことをする。
「今ここが、この時代が分岐点です。前例のない、二人の勇者がいるのは偶然ではありません」
もう一振りの勇者の剣を持つ俺に視線が集まる。注目されることに慣れていないため、暑さとは別の理由で汗が滲んできたが、カザマを見習って堂々と視線を受け止める。
二振りの勇者の剣が太陽の光を受けて煌めく。それを目にした人々の歓声が上がった。勇者が二人も召喚されているという前代未聞の出来事に興奮しているようだ。
「······お前らが今まで仲良くしなかったせいで、俺達異世界の勇者が迷惑を被ってるってわかってる?」
俺がそう言うと、歓声が静まった。カザマが何を言い出すんだと言う目で俺を見る。
「よその世界の勇者に頼ってないで、解決法を考えろよ!こっちは突然召喚されて働かされてるんだぞ!」
お行儀の良い勇者はカザマだけでいいだろう。近くのひとが目をぱちくりさせているのが目に入った。
「悪い魔王は斃してやる。だけど、真なる魔王とは仲良くするって約束しろ!」
戸惑いや反感の視線も全部受け止めて、大きな声で言う。
ラグズを斃したら新しい魔王になるという話だったのに、元からそうだったかのように真なる魔王にされたアイオスが無言でセレネさんに抗議の視線を送っている。
「······悪しき死霊術師の襲撃により、犠牲者が出てしまったことは残念でなりません。しかし恨む先を間違えないでください」
セレネさんは先程と変わらない声音で話す。
「仇は勇者カザマが取りました。死者を弔い、町の復興に努めてください」
ゾンビ襲撃やら二人目の勇者の出現やら、色々なことが同時に起こったせいで、町の住民も居合わせた冒険者も戸惑っている。
しかし、誰かが動き出すと自然とそれにならって動く者が増えた。とりあえず身体を動かしていれば、難しく考えずに済むのだ。
魔族達の遺体をどうやって運搬しようと思っていたら、親切な商人が荷台を貸してくれた。
「暗黒大陸に埋めてやったほうがいい?」
遺体を布で包みながら、こっそりアイオスに聞く。
「この人数を連れて帰るのは骨が折れるだろう。この大陸で構わないから、どこか静かな場所に埋めてやりたい」
そう言ったので、以前死霊術師と戦った遺跡の近くに埋葬することになった。
意外にも、荷台を貸してくれた商人が遺体の運搬も買って出てくれた。
道中の護衛のために何人かの冒険者と共に町を出て遺跡に着くと、モンスターに荒らされない深い場所に亡くなった魔族達を埋葬した。