表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/111

6.錬金術師(2)

新規キャラクター紹介


《フェン》

灰色の髪に(おおかみ)の耳と尻尾を持つ獣人。

灰狼(かいろう)族。錬金術師(れんきんじゅつし)

(くわ)しい家の場所は、通行人に聞いた。


冒険者が薬品の作成依頼をしに行くのは珍しくないという。


さりげなくどんなひとなのか(たず)ねてみると、研究で忙しい時は(ほとん)ど外に出てこないが、ひと嫌いということはなく、町の住民とそこそこの交流はあるらしい。


思慮深(しりょぶか)く落ち着いた人物、とのこと。変わり者ではなくて安心した。


錬金術師(れんきんじゅつし)の家の前に到着する。


扉に取り付けられたノッカーを叩き、少し待ってみたが反応がない。留守(るす)だろうか。

何度か叩いてみたが、結果は同じ。


「留守みたいね」

「集中してて気づいてない可能性は?」


ダメ元でドアノブを回してみる。

何の抵抗もなく(ひら)いた。

「あ、開いた」


少し開いたドアの隙間から家の中を覗く。

「すみませーん、誰かいませんかー?」


答えはない。鍵を閉め忘れただけだろうか。

窓から射し込む日差しが部屋の中を照らしている。


調合に使うのであろう数々の器具、大量の本に紙束(かみたば)

調合素材を入れているのだろうか、木箱や麻袋が積み上がっている。一部は出しっぱなしで、テーブルの上だったり床だったりに置かれている。

それらが整頓(せいとん)されるわけでもなく、部屋中に散らばっている。


「誰もいないな」

「うわぁ···汚い部屋〜···」


後ろから(のぞ)き込んだマリーナが(まゆ)をひそめる。

確かにかなり散らかっている。事前の思慮深く落ち着いた人物という情報は本当だろうか。


二人して部屋を覗き込んでいると、


(わたし)の家の前で何をしている?」

背後で声がして、マリーナと(そろ)って飛び上がる。


慌てて扉を閉め、振り返る。

灰色の髪を背に流した男が立っていた。


一目(ひとめ)みて、獣人(じゅうじん)だとわかった。頭部には犬科の耳。そして、腰のあたりに髪と同色の尻尾(しっぽ)

眼鏡(めがね)の奥に覗くのは水色の瞳。左頬には入れ墨だろうか、シンプルな紋様(もんよう)が入っている。


「私の家」と言っていたので、彼がこの家の(あるじ)、錬金術師だろう。


「すみません、勝手に覗いて」

「すみません···って、あなた、怪我(けが)してるわ!」

見ると、獣人の男はあちこち怪我をしていた。服に血が滲んでいる。


「かすり傷だ。どいてくれたまえ」


言われて、自分がまだ扉を(ふさ)ぐ場所に立っていることに気付く。場所を空けると、男は家の中へ入った。


「ねぇ、何があったの」

怪我の原因が気になって、後を追って中に入る。マリーナが尋ねると、男は棚をあさりながら答えた。


「ああ、まったく腹立たしいことに、魔族に襲われてね。せっかく集めた素材を奪われてしまった。

多勢に無勢、ひとまず逃げてきた」


「魔族!?この近くにいるの!?」


「西の森だ。盗賊のように見えるが、魔王軍の者という可能性も捨てきれない」


魔族がこの近くに。村の近くで出会った傷付いた魔族の姿が頭をよぎる。彼はそんなことをするような人物には見えなかった。きっと別の魔族だ。


「そんな。もし魔王軍の一員だったら、この町が危険よ!」


もし魔王軍だったら···戦いになるのだろうか。


獣人の男は棚から目当(めあ)ての薬を取り出し、(せん)を開けて中身を飲み干した。男の傷がみるみるうちに塞がっていく。


それを見て、俺もマリーナも驚く。間違いなく、一般の回復薬より効果が高い。


「すごいわ、あの薬···」


薬瓶(くすりびん)を脇に置き、他にもいくつかの薬品と道具を取り出す。

「残っている薬はこれだけか。他に使える物は···」


思い出したように動きを止め、こちらを振り返る。

「ところで、君達は何の用かな。依頼(いらい)なら後にしてくれたまえ。材料が足りないのだよ」


「俺達は、旅の仲間を探してて···」

「他を当たってくれたまえ」


速攻(そっこう)で断られた。俺達に(かま)っている(ひま)はないとばかりに、支度を整えて家を出ようとする獣人の男。


「どこか行くの?」

マリーナが問うと、一応足を止めて答えてくれた。


「可能なら、奪われた荷を取り戻したくてね。貴重(きちょう)な薬草も入っていたのだよ。魔族にくれてやるのはもったいない」


「ひとりで行くのか!?」


「取り戻せなくても、嫌がらせくらいはしてやろう。私はやられたらやり返す主義だ」


「さっきやられたばかりなんでしょ!?今度は殺されるかもしれないのに!」


「さっきは不意を突かれた。今度はこちらが不意を突いてやろう」


不意を突けば勝てると思っているのか。


俺はまだ、魔族がどういった種族なのか把握(はあく)できていない。みんなは口を(そろ)えて敵だと話すが、それを鵜呑(うの)みにしていいのか。

もちろん、魔王やガルグは敵だ。

だが、他の魔族も敵と決めつけていいのか?

今の話では、西の森にいる魔族は悪人なのだろうけれど。


「あの、俺達もついて行っていいか?」


「ミライ!?」


「俺はまだ魔族をよく知らない。魔族について知るいい機会だと思うんだけど」


危険は承知(しょうち)している。だが、いずれ交戦(こうせん)するのが()けられないなら、こちらから不意打ちできるチャンスのある今が好都合ではないか。


獣人の男は少し考え、(うなず)いた。

「···ふむ。君達の協力があれば、荷を取り戻せる確率が上がるな。魔族は三人いた。こちらも三人。ちょうどいい」


同行の許可は得られた。


「···わかったわ。協力しましょう」

マリーナもしぶしぶではあるが賛同(さんどう)してくれた。


「私はフェン。錬金術師だが、多少腕に覚えがある」


「ミライだ」

「マリーナよ」


互いに簡単に自己紹介をすませる。


「よろしく頼む」



⚫⚫⚫



森へ行く道すがら、気になっていたことをフェンに尋ねた。


「フェンって、何の獣人?」

俺の見立てでは犬なんだが。


「私は灰狼(かいろう)族だ」


かいろう···灰狼。オオカミか。犬科だな。

腰で揺れるフサフサの尻尾が気になる。触ったら怒られるだろうか。


俺の視線に気付いたのか、マリーナが耳打ちする。


「獣人の耳や尻尾は、気安(きやす)く触っちゃ駄目よ。よほど親しい相手でもなければ普通は触らせないんだから」


うっかり手を伸ばす前に教えてもらえて良かった。


「ところで、君達はどういう関係かね?」


「俺達は同じ目的を持った仲間だ」


「そうよ。ミライは先日(せんじつ)新たに召喚(しょうかん)された勇者なの。あたし達は、魔王を(たお)しに行くのよ」


勇者、という言葉に少し胸がもやっとした。マリーナに悪気がないのはわかっているが、勇者と呼ばれるのはなんだか嫌だった。


そもそも、異世界から来ただけで勇者と呼ぶのは違うのではないか。

何もしないうちから勇者だと持ち上げられても困る。そもそも、こちらは望んで来た訳ではないのに。


俺にとって、勇者という肩書(かたがき)は迷惑でしかない。


「君が勇者?とてもそうは見えんな」


自分でも勇者らしいとは思ってないし思われたくないが、そう言われたらちょっとイラッとした。

しかし、続く言葉は意外なものだった。


「君が本当に勇者かどうかはともかく、魔王に(いど)むなんて止めたまえ」


「えっ?」


魔王を斃せるのは勇者のみ。なのに、戦うなと。

てっきり、この世界の住民はみんな勇者(だよ)りだと思っていた。


「この世界に名を(とどろ)かせた勇者カザマでさえ、魔王に(たお)されたそうではないか」


カザマの話はフェンも知っているらしい。


「それは、仲間のフリをした魔族が卑怯(ひきょう)な手段を使ったからよ!正々堂々戦えば、勇者カザマが勝ったはずよ!」


「現実を見たまえ。勇者カザマは敗北し、魔王軍は勢いを増している」


だからこそ、次の勇者に魔王を斃してほしいと願うのではないのだろうか。


「······魔王を斃さないと大変なことになるんだろ?

そのうちここにも魔王軍が攻めてきて、あの町も、あんたの家も、あんた自身も、ただじゃすまないかもしれないぞ?」


「君は魔王がこの世界を滅ぼそうとしていると考えているのかね?」


「え···そうじゃないのか?」


召喚士のじいさんやセレネさんの話を聞くかぎり、そうとしか思えなかったが。


「世界を滅ぼして、自らも自滅(じめつ)してどうする。魔族以外の種族を皆殺しにしても同様だ。魔族だけの国など作れんよ。

仮に、魔族がこの世界の頂点に立ちたくて戦いを仕掛(しか)けているとしよう。魔族側が勝利した場合、国を支配する頭が魔族に変わるだけだ」


言われてみれば、世界を滅ぼすために戦うなんて馬鹿(ばか)げている。

ならばフェンの言う通り、魔族はこの世界が欲しいのか。


「そんな、魔族が支配する世界を受け入れるというの!?あたしは絶対に嫌!」


「私だって積極的に受け入れたいわけじゃない。しかし、環境の変化に適応できる者が生き残るのだよ」


「そんなの···」

マリーナには理解できない考え方らしい。


「ま、考えはひとそれぞれだ」

フェンも特に理解は求めていなかった。彼は自分の考えを語ったにすぎない。


世界の命運を左右する戦いの結果がどうなろうと構わないと。

悪く言えば無関心(むかんしん)

だが、魔王に挑むなと彼が言ったのは、俺の身を案じてくれたからだと思う。

ひとりで背負(せお)わなくていいのだと、言われた気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ