6.錬金術師(2)
新規キャラクター紹介
《フェン》
灰色の髪に狼の耳と尻尾を持つ獣人。
灰狼族。錬金術師。
詳しい家の場所は、通行人に聞いた。
冒険者が薬品の作成依頼をしに行くのは珍しくないという。
さりげなくどんなひとなのか尋ねてみると、研究で忙しい時は殆ど外に出てこないが、ひと嫌いということはなく、町の住民とそこそこの交流はあるらしい。
思慮深く落ち着いた人物、とのこと。変わり者ではなくて安心した。
錬金術師の家の前に到着する。
扉に取り付けられたノッカーを叩き、少し待ってみたが反応がない。留守だろうか。
何度か叩いてみたが、結果は同じ。
「留守みたいね」
「集中してて気づいてない可能性は?」
ダメ元でドアノブを回してみる。
何の抵抗もなく開いた。
「あ、開いた」
少し開いたドアの隙間から家の中を覗く。
「すみませーん、誰かいませんかー?」
答えはない。鍵を閉め忘れただけだろうか。
窓から射し込む日差しが部屋の中を照らしている。
調合に使うのであろう数々の器具、大量の本に紙束。
調合素材を入れているのだろうか、木箱や麻袋が積み上がっている。一部は出しっぱなしで、テーブルの上だったり床だったりに置かれている。
それらが整頓されるわけでもなく、部屋中に散らばっている。
「誰もいないな」
「うわぁ···汚い部屋〜···」
後ろから覗き込んだマリーナが眉をひそめる。
確かにかなり散らかっている。事前の思慮深く落ち着いた人物という情報は本当だろうか。
二人して部屋を覗き込んでいると、
「私の家の前で何をしている?」
背後で声がして、マリーナと揃って飛び上がる。
慌てて扉を閉め、振り返る。
灰色の髪を背に流した男が立っていた。
一目みて、獣人だとわかった。頭部には犬科の耳。そして、腰のあたりに髪と同色の尻尾。
眼鏡の奥に覗くのは水色の瞳。左頬には入れ墨だろうか、シンプルな紋様が入っている。
「私の家」と言っていたので、彼がこの家の主、錬金術師だろう。
「すみません、勝手に覗いて」
「すみません···って、あなた、怪我してるわ!」
見ると、獣人の男はあちこち怪我をしていた。服に血が滲んでいる。
「かすり傷だ。どいてくれたまえ」
言われて、自分がまだ扉を塞ぐ場所に立っていることに気付く。場所を空けると、男は家の中へ入った。
「ねぇ、何があったの」
怪我の原因が気になって、後を追って中に入る。マリーナが尋ねると、男は棚をあさりながら答えた。
「ああ、まったく腹立たしいことに、魔族に襲われてね。せっかく集めた素材を奪われてしまった。
多勢に無勢、ひとまず逃げてきた」
「魔族!?この近くにいるの!?」
「西の森だ。盗賊のように見えるが、魔王軍の者という可能性も捨てきれない」
魔族がこの近くに。村の近くで出会った傷付いた魔族の姿が頭をよぎる。彼はそんなことをするような人物には見えなかった。きっと別の魔族だ。
「そんな。もし魔王軍の一員だったら、この町が危険よ!」
もし魔王軍だったら···戦いになるのだろうか。
獣人の男は棚から目当ての薬を取り出し、栓を開けて中身を飲み干した。男の傷がみるみるうちに塞がっていく。
それを見て、俺もマリーナも驚く。間違いなく、一般の回復薬より効果が高い。
「すごいわ、あの薬···」
薬瓶を脇に置き、他にもいくつかの薬品と道具を取り出す。
「残っている薬はこれだけか。他に使える物は···」
思い出したように動きを止め、こちらを振り返る。
「ところで、君達は何の用かな。依頼なら後にしてくれたまえ。材料が足りないのだよ」
「俺達は、旅の仲間を探してて···」
「他を当たってくれたまえ」
速攻で断られた。俺達に構っている暇はないとばかりに、支度を整えて家を出ようとする獣人の男。
「どこか行くの?」
マリーナが問うと、一応足を止めて答えてくれた。
「可能なら、奪われた荷を取り戻したくてね。貴重な薬草も入っていたのだよ。魔族にくれてやるのはもったいない」
「ひとりで行くのか!?」
「取り戻せなくても、嫌がらせくらいはしてやろう。私はやられたらやり返す主義だ」
「さっきやられたばかりなんでしょ!?今度は殺されるかもしれないのに!」
「さっきは不意を突かれた。今度はこちらが不意を突いてやろう」
不意を突けば勝てると思っているのか。
俺はまだ、魔族がどういった種族なのか把握できていない。みんなは口を揃えて敵だと話すが、それを鵜呑みにしていいのか。
もちろん、魔王やガルグは敵だ。
だが、他の魔族も敵と決めつけていいのか?
今の話では、西の森にいる魔族は悪人なのだろうけれど。
「あの、俺達もついて行っていいか?」
「ミライ!?」
「俺はまだ魔族をよく知らない。魔族について知るいい機会だと思うんだけど」
危険は承知している。だが、いずれ交戦するのが避けられないなら、こちらから不意打ちできるチャンスのある今が好都合ではないか。
獣人の男は少し考え、頷いた。
「···ふむ。君達の協力があれば、荷を取り戻せる確率が上がるな。魔族は三人いた。こちらも三人。ちょうどいい」
同行の許可は得られた。
「···わかったわ。協力しましょう」
マリーナもしぶしぶではあるが賛同してくれた。
「私はフェン。錬金術師だが、多少腕に覚えがある」
「ミライだ」
「マリーナよ」
互いに簡単に自己紹介をすませる。
「よろしく頼む」
⚫⚫⚫
森へ行く道すがら、気になっていたことをフェンに尋ねた。
「フェンって、何の獣人?」
俺の見立てでは犬なんだが。
「私は灰狼族だ」
かいろう···灰狼。オオカミか。犬科だな。
腰で揺れるフサフサの尻尾が気になる。触ったら怒られるだろうか。
俺の視線に気付いたのか、マリーナが耳打ちする。
「獣人の耳や尻尾は、気安く触っちゃ駄目よ。よほど親しい相手でもなければ普通は触らせないんだから」
うっかり手を伸ばす前に教えてもらえて良かった。
「ところで、君達はどういう関係かね?」
「俺達は同じ目的を持った仲間だ」
「そうよ。ミライは先日新たに召喚された勇者なの。あたし達は、魔王を斃しに行くのよ」
勇者、という言葉に少し胸がもやっとした。マリーナに悪気がないのはわかっているが、勇者と呼ばれるのはなんだか嫌だった。
そもそも、異世界から来ただけで勇者と呼ぶのは違うのではないか。
何もしないうちから勇者だと持ち上げられても困る。そもそも、こちらは望んで来た訳ではないのに。
俺にとって、勇者という肩書は迷惑でしかない。
「君が勇者?とてもそうは見えんな」
自分でも勇者らしいとは思ってないし思われたくないが、そう言われたらちょっとイラッとした。
しかし、続く言葉は意外なものだった。
「君が本当に勇者かどうかはともかく、魔王に挑むなんて止めたまえ」
「えっ?」
魔王を斃せるのは勇者のみ。なのに、戦うなと。
てっきり、この世界の住民はみんな勇者頼りだと思っていた。
「この世界に名を轟かせた勇者カザマでさえ、魔王に斃されたそうではないか」
カザマの話はフェンも知っているらしい。
「それは、仲間のフリをした魔族が卑怯な手段を使ったからよ!正々堂々戦えば、勇者カザマが勝ったはずよ!」
「現実を見たまえ。勇者カザマは敗北し、魔王軍は勢いを増している」
だからこそ、次の勇者に魔王を斃してほしいと願うのではないのだろうか。
「······魔王を斃さないと大変なことになるんだろ?
そのうちここにも魔王軍が攻めてきて、あの町も、あんたの家も、あんた自身も、ただじゃすまないかもしれないぞ?」
「君は魔王がこの世界を滅ぼそうとしていると考えているのかね?」
「え···そうじゃないのか?」
召喚士のじいさんやセレネさんの話を聞くかぎり、そうとしか思えなかったが。
「世界を滅ぼして、自らも自滅してどうする。魔族以外の種族を皆殺しにしても同様だ。魔族だけの国など作れんよ。
仮に、魔族がこの世界の頂点に立ちたくて戦いを仕掛けているとしよう。魔族側が勝利した場合、国を支配する頭が魔族に変わるだけだ」
言われてみれば、世界を滅ぼすために戦うなんて馬鹿げている。
ならばフェンの言う通り、魔族はこの世界が欲しいのか。
「そんな、魔族が支配する世界を受け入れるというの!?あたしは絶対に嫌!」
「私だって積極的に受け入れたいわけじゃない。しかし、環境の変化に適応できる者が生き残るのだよ」
「そんなの···」
マリーナには理解できない考え方らしい。
「ま、考えはひとそれぞれだ」
フェンも特に理解は求めていなかった。彼は自分の考えを語ったにすぎない。
世界の命運を左右する戦いの結果がどうなろうと構わないと。
悪く言えば無関心。
だが、魔王に挑むなと彼が言ったのは、俺の身を案じてくれたからだと思う。
ひとりで背負わなくていいのだと、言われた気がした。