61.共に生きて
◎◎アイオス◎◎
皆が食堂から去り、レッティと二人きりになった。誰も戻って来ないことを確認してから再び椅子に座り直し、恋人の話を聞く姿勢を取る。
「レッティ。何を不安に思っている?」
上目遣いに見上げてくる彼女の髪を軽く撫でて問う。
「わたし、アイオスと一緒にいてもいい?」
「戦いにはさすがに連れて行けない」
「そうじゃなくて、その後」
「迎えに来るとさっき言ったばかりだが」
レッティの表情は晴れない。求めている言葉とは違うようだ。
「······察せなくてすまない。はっきり言ってくれないか」
謝って説明を求める。少し考えるような間があって、レッティは話しだした。
「わたし、アイオスの邪魔になってしまわないか心配なの」
邪魔だと思ったことなどないが。取り敢えず口を挟まず彼女の話に耳を傾ける。
「あのね。わたし、全種族の共存というアイオスの願いが叶うかもしれないことがすごく嬉しい」
初めてその理想を話した時から、叶う可能性が低いと分かっていても彼女は応援してくれていた。
「新しい魔王になってこれから頑張るなら、きっと忙しくなるよね。もっと色んな人と関わることになるよね」
「そうだな」
「そんな時、足手まといになってしまわないか心配なの。だって、未来でわたしはアイオスに対する人質として、魔王に攫われたんでしょう。それと同じように、魔族との共存を快く思わないひとが、わたしを人質にしてアイオスの夢を妨げることがあるかもしれない」
確かに無いとは言い切れない。万が一そうなって何かしらの要求を突き付けられたら、彼女を失わないために応じざるを得ない。それが原因で共存の道が断たれる可能性も十分考えられる。
「わたしは弱いから、何もできない。わたしのせいでアイオスの夢が叶わなくなるなんて嫌」
だんだんレッティの言いたいことがわかってきた。共存を目指す上で失敗のリスクを生むかもしれない自分を、側に置いてもいいのかと聞いているのだ。
共存できる世界が実現するまで、何年かかるか分からない。一時的に距離を置くことはできないし、したくない。なぜなら彼女はヒト族だ。俺とは生きられる時間が違う。
魔王に殺されることが無かったとしても、彼女は確実に俺より先に寿命を迎えてしまうのだから。
限りある時間を、短くても共に在りたいと望むから、時間を遡って救いに来た。
元より気持ちを言葉にするのは苦手だが、精一杯、これから先の未来を考えて口を開く。
「他種族と共存し、同族の置かれた状況を改善したいと望むのは、魔族としての俺の願いだ」
別離を言い渡されるとでも思っているのか、レッティの黒い瞳は潤んでいる。
「だが、俺個人の一番の願いは、お前と共に生きることだ」
見つめる先の潤んだ瞳が見開かれる。俺は腕を伸ばして彼女を引き寄せ、抱き締めた。
「魔族と他種族の融和が叶っても、隣にお前がいなくては意味がない」
「······!」
「今は一時的にここに滞在してもらうだけだ。ラグズを斃して戦いを終わらせたら、真っ先に迎えに来る」
「······うん」
「以前は、外の大陸に帰した方がお前にとっては良いと思っていた。だが、今は······」
少しだけ、抱き締める腕に力を込める。
「たとえ今、お前が外の大陸に戻りたいと言っても帰さない。俺が、帰したくない」
レッティの肩が震えた。泣いているかもしれないと心配になって少し身を離して表情を伺うと、どうやら笑っているようだった。
やっと不安そうな表情が消えたのでほっとする。
椅子の上で不自然な姿勢でもあったので、一度抱き締めていた腕を解く。するとレッティは立ち上がって俺の膝の上に移動し、両腕をこちらの首に絡めて身を寄せた。
「······それ、プロポーズ?」
少し間をおいて、小さく尋ねてくる。微かに朱が差した頬と期待に満ちた黒い瞳。見下ろして、頷く。
「そう受け取ってもらって構わない」
「······じゃあ、ちゃんと言って?」
レッティの瞳は今にも泣きそうに潤んでいるが、唇は笑っている。
「お前が生きる残りの時間を、俺の妻として隣で過ごしてほしい」
レッティは俺の首に回した両腕に力を込め、首筋に頬擦りする。
「うん。わたし、あなたの妻になる」
細い身体を抱きしめ返して、言葉を続ける。
「もしもお前の身に何かあっても俺が必ず助けに行くから、大人しく待っていろ」
先ほど言っていた彼女の不安を払拭するためにそう言う。
「もちろん何もないのが一番だが、何かあれば俺が必ず守る。俺ひとりでカバーできない部分は、仲間達に頼る」
問題をひとりで解決しようとは、もう思わない。砂漠の大陸で、彼女が教えてくれたのだ。今の俺には仲間がいるのだと。
「それから、お前は自分には何も出来ないと言ったが、そんなことはない。集落の皆の雰囲気が明るくなったのはお前が来てからだ。俺が他種族との共存という夢を諦めずにいられたのは、お前がいたからだ」
実際、彼女を喪った未来では集落の雰囲気が目に見えて暗くなった。
「暗黒大陸に帰ってきてほしいと願うのは俺だけじゃない。集落のみんなも、お前の帰りを待っている」
「うん。帰る。アイオスやみんながいる屋敷に絶対帰る」
腕の力を緩め、至近距離で満面の笑顔を浮かべるレッティは言った。
「わたし、アイオスの子どもをたくさん産むから!」
恋人の······妻の突然の宣言に、あっけにとられて目を瞬かせる。
「わたしが生きられる時間は短いから、家族をたくさんつくって、あなたが寂しくないようにする。
ヒト族の血を引くから、アイオスより寿命は短いかもしれないけど······その子達が結婚して子どもができたら、孫とか曾孫とか、家族の誰かは側にいるでしょ?」
なんとも気の早すぎる話に、どう反応していいかわからない。しかし、レッティが俺を想って言ってくれているのはわかる。
「あ、でも、娘を嫁に出したくない、なんて言うのはなしよ?」
人差し指を立てて真剣な顔で言う彼女の仕草に思わず笑ってしまった。それは一体何年後の話だ。
「笑ってるアイオスの顔、好き」
同じように笑いながら、レッティは手のひらを俺の頬に重ねた。
「ほとんどこっちの姿で過ごしてるけど、本当のあなたの姿も好き」
「······怖いと言ったくせに」
「冗談だよ?」
······あれは冗談だったのか。結構気にしていたというのに。
「ね、すぐ言ってもいい?」
「何を?」
「アイオスと夫婦になったって、今すぐみんなに言っていい?」
「······」
今すぐ報告されると少々気まずい。どういう顔をしていいかわからなくなる。
「······戦いが終わってからでは駄目か?」
「えぇ〜っ、それだとミライとカザマに報告する暇ないじゃない!」
ぱたぱたと両足をばたつかせ、「あと、黙ってるなんて我慢できない!」と頬を膨らませて不満を訴えてきた。
「······なら、せめて明日に」
「ん〜、わかった。しょうがないなぁ」
甘えるようにもう一度抱きついてくる妻の抱擁に応えながら、こういうことは他人にどう伝えるものなのかと密かに悩んだ。




