60.これからの世界のために(1)
◎◎ミライ◎◎
翌日の夜。客のいなくなった食堂で、俺達は話し合いのためにテーブルを囲んだ。
ヴァイオレットは今後の戦いには関わらないが、ひとりにするのもどうかと思ったので同席させている。
窓も扉も閉め、人払いも済ませた。
話し合いの準備はばっちり······なのだが、少々気まずい沈黙が漂っている。
理由はアイオスとセレネさんだ。
アイオスが席についてから、セレネさんは彼の対面に座った。昨日、話をすると言っていたからそのつもりで席を選んだのだろう。
しかし、この中で最も自身に敵意を向ける彼女を正面に見たアイオスは表情を固くし、警戒心を露わにする。
あまり良くない雰囲気を感じ取った俺はカザマに目配せして、念のためアイオスの隣とセレネさんの隣にそれぞれ腰を下ろした。
セレネさんは何かあっても止めるなと言っていたが、そうもいかない。
その彼女は無表情でアイオスに視線を向けている。睨んでいるわけではないが、ちょっと怖い。
二人の間に漂うピリピリした空気に、他の仲間達は誰から口を開いたものか考えあぐねているようだ。
「······あの、何から話そうか?」
カザマが勇気を出して口を開いた。その言葉をスイッチにしたかのように、セレネさんは長い睫毛に縁取られた瞳を瞬いた。ひとつ深呼吸をして、彼女はテーブルの下から何かを取り出した。
「······こちらをお返しします」
それは彼女が没収していたアイオスの大剣だった。今武器を返すセレネさんの意図が読めないからか、軽く眉をひそめつつ、アイオスは黙って自分の武器を受け取る。
「あなたに、お聞きしたいことがあります。尋ねてもよろしいですか」
「······俺にか?」
出会った頃のような硬い声で応じるアイオス。
「はい。単刀直入にお伺いします。あなたが他種族との融和を考えるようになったのは、いつからですか。何がきっかけですか」
前置き無しの質問。セレネさんは緊張しているのか、いつもより声が硬い。
唐突な問いに、アイオスは数秒考えるように沈黙したが、正直に答えた。
「······前回の、魔王と勇者の戦いが終わってからだ。
多数の死者を出し、得るもののない戦いに意味は無い。戦死者は遺体さえ戻らなかった者が多く、残された者達が嘆くのをたくさん見てきた。
魔族は年々数を減らし、今は昔と違って戦えない者も多い。この戦いを繰り返せば、俺達魔族は遠からず滅ぶだろう」
「つまり、種の存続と弱者の救済のために、争いのない世界を望むと?」
「そうだ」
セレネさんはアイオスの答えを聞き、考えるようにテーブルに視線を落とす。あえて無表情を貫いているのだろうか。何を考えているのか予想できない。
「······前回の戦いにはわたくしも参加していました。今回と違い、勇者パーティの一員ではありませんでしたが。
その戦いの中で、あなたという魔族の姿を見たことがありません。前回は何をしていたのです?戦いには参加しなかったのですか?」
「見ていなくて当然だ。前回の戦いには参加していない」
「なぜです?その頃は他の魔族と同じ考えだったのではないですか?」
昔は今と違い、外の大陸の者達を敵だと思っていたのではないか。だとしたらなぜ、戦いに参加していなかったのだろう。彼ほどの強さなら、前線に立つことを望まれるだろうに。
「······」
その問いには答えたくないのか、アイオスはやや視線を泳がせた。
「答えられないような理由なのですか?」
問い詰めるようなセレネさんの言葉に、アイオスは首を横に振った。渋々話し出す。
「······別に。······単純な話だ。当時は十に満たない子どもだったから、そもそも戦う力が無かっただけだ」
その答えにセレネさんの表情がやっと動いた。驚きにかすかに目を見開き、アイオスを見る。
「······意外と若い魔族だったのですね」
俺もちょっと驚いた。誰しも子ども時代があって当然だが、幼いアイオスは想像できない。
「······前回の戦いって、何年前?」
隣に座るフェンに小声で尋ねると、「八十年程前だったかな」と返答があった。
······若いのか?エルフからしたら百年も生きていない奴は若いと思うんだろうか。感覚が違いすぎてついていけない。
「なら、あなたは残されて嘆く側だったのですね」
アイオスはその台詞に眉をひそめる。同情されるのが嫌で、すぐには答えなかったのかもしれない。
彼が親を亡くした子ども達を保護するのは、過去の自分自身の境遇を重ねているからなのだろうか。
「あなたのご家族は?」
「知ってどうする」
「答えてください」
多分、セレネさんがアイオスを理解するために必要な質問なのだと思う。
「······両親と兄姉がいたが、前回の戦いで魔王軍の傘下に入り、全員戦死している」
彼の家族がもういないことは聞いていたが、死因が勇者との戦いだとは知らなかった。今まで言わなかったのは、俺が勇者だからだろうか。
「わたくしは前回の戦いで多くの魔族を殺しました。その中に、あなたの家族が含まれていても不思議ではありません」
「······」
「前回は腕の立つ魔族が多く、我々は苦戦を強いられていました。よって、大魔法による殲滅作戦を決行したのです。前線にいた魔族のほとんどは、この大魔法によって骨も残らず消滅しました」
俺とカザマは顔を見合わせた。なぜセレネさんはそんなことをわざわざ話すのか。アイオスの恨みを買うだけではないのか。もしかして、あえて挑発しているのだろうか。
そんなことを聞かされたら、いくらアイオスでも激昂してセレネさんを傷付けかねないのでは。
「その大魔法を放ったのはわたくしです」
テーブルの下で、アイオスの手が拳を作るのが見えた。
「それを······その話を俺に聞かせてどうする。懺悔でもしたいのか」
同族の大量殺戮の話を聞かされて、声に怒りを滲ませるアイオス。
「赦されるとは思っていません。恨まれる覚悟も、どんな悪罵も受け止める覚悟があります。同胞の仇であるわたくしの首が欲しいなら、差し上げます」
「セレネ!!」
カザマが大きな声を上げる。俺や他のみんなは声こそ上げなかったが、カザマと同じで驚いている。セレネさんは死にたいのか?
アイオスの反応を伺うと、彼は紅い瞳を細めた。
「······腹の立つ女だ」
立ち上がり、アイオスは変化魔法を解いた。まるでセレネさんを威嚇するように黒い翼が広がる。返された大剣を鞘から引き抜き、目の前の彼女に突きつけた。
「ちょっ······、アイオス!?」
思わず俺も立ち上がった。セレネさんの発言はまるで罰してくれと言っているようなものだ。この事態を想定していたのだろう、彼女は剣の切っ先を眼前に突きつけられても眉ひとつ動かさない。
俺とは反対側、アイオスの隣に座るヴァイオレットの反応を伺うと、彼女は動じた様子もなくセレネさんを見つめていた。アイオスを止める気は無いようだ。恋人を信じているということか?
俺も信じて様子を見るべきだろうか。ちらりとカザマを見やると、兄は中腰で固まっていた。止めたいがどうしていいかわからないといった様子だ。
「その命で贖う覚悟があると?数多の命を奪った者が、死んで赦されるとでも思っているのか?
償いは俺達魔族のためではなく自分のためだろう。自らの罪の意識を軽くしたいだけの自己満足だ!」
同胞を大勢殺されたことに対する怒りなのか、自らの命を差し出そうとするセレネさんの台詞に苛立ったのか、アイオスは声を荒げる。
「復讐だってただの自己満足だ。そんなことのために貴様の命を奪おうとは思わない。
大体、ここで俺が貴様を斬れないことなどわかっているだろう。本当に殺される覚悟も無いくせに、よく言ったものだ」
「!」
セレネさんの瞳にわずかに動揺が走る。その蒼い瞳と視線を交錯させ、アイオスは剣を引いた。
「俺を試したかったのか?そんな青ざめた顔で震えるくらいなら言うな」
彼の言葉通り、セレネさんの白い面はやや青ざめている。真正面から本気に近い殺気と剣を突きつけられて、恐怖を感じないはずがない。
「わ、わたくしは······」
声を震わせるセレネさんの肩に、姿勢を戻したカザマがそっと触れる。
「セレネ······」
触れた肩から彼女の怯えを感じ取ったのか、カザマは案じるように彼女の名を呼ぶ。
信じていたとはいえ、隣で見ている俺も怖かった。アイオスが剣を引いて、みんながほっと気を抜いたのがわかった。
再び変化魔法を発動し、アイオスは椅子に腰を下ろした。




