59.みんなで囲む食卓
◎◎ミライ◎◎
眠りから覚めて時刻を確認すると、もう夜だった。窓の外はすっかり暗くなっている。
部屋を照らすのは暖炉の灯りのみ。カザマが寝ているはずのベッドを見ると、空だった。先に起きて下に降りたのだろう。
軽く伸びをしてベッドから出る。身だしなみを整えて暖炉の火を落とし、部屋を出て一階の食堂へ向かった。
夕食時なので食堂はほぼ満席だった。一番奥のテーブルに、カザマ、フェン、モニカ、セレネさんの姿がある。
テーブルは二つをくっつけてあり、周りに人数分の椅子が置かれている。ここで食事を摂る予定なのだろう。
俺はカザマの隣に腰を下ろした。
「ミライ、よく眠れた?」
「うん。カザマが部屋を出たことに気付かないくらいぐっすりと。
マリーナとカーネリアは、多分厨房の中だよな。アイオスとヴァイオレットはまだ戻ってきてないのか?」
周囲を見回しながら尋ねる。
「まだ姿が見えないな。マリーナの話だと、そろそろ料理が出来上がるそうだ」
テーブルに頬杖を付いたフェンが答えた。食堂なので食べ物のいい匂いが漂っている。匂いに触発されて空腹を感じ始めた。
手持ち無沙汰なので周囲を見回してみると、目に入る客は獣人が多かった。
明らかに冒険者といった身なりの者もいれば、旅行でやってきたと思わしき洒落た服装の者もいた。
他の客から見たら、俺達って何の集団だと思われているんだろう。カザマはそこそこ顔が売れているみたいだから、知っている者が見れば勇者とその仲間達か。
出入り口の扉が開き、僅かに室内に雪が舞い込む。アイオスとヴァイオレットが戻ってきた。
軽く手を挙げてアピールする俺達に気付いたようで、二人はテーブルの間を縫ってこちらに来る。
ちょうどそのタイミングで、従業員口からカーネリアが出てきた。
「あら、みんな揃ったのね。お腹空いたでしょう。今料理を運ぶわ」
「わたしに何か手伝えることある?」
厨房に戻ろうとしたカーネリアに、ヴァイオレットが声をかける。
「そうね······人数も多いし、手伝ってもらっちゃおうかな」
それを聞いたモニカとセレネさんも手伝うべく席を立つ。カーネリアについて行く彼女達を見送ると、テーブルには男だけが残された。
「······ここは彼女達に任せようか。アイオス、ここ来るといい」
全員で手伝いに行っても逆に迷惑だろう。フェンは隣の椅子を引いてアイオスに座るように促す。
俺の正面にはアイオス、カザマの正面にはフェンが座っている。
奥へ料理を取りに行った女性陣はすぐに戻ってきた。両手に湯気の立つ皿を持ち、順番にテーブルに並べていく。
グラスに注がれたのは炭酸だろうか。小さく泡が立ち上っている。多分アルコール飲料だ。
「ミライはお酒、止めたほうがいいかしら」
以前、ホットワインを口にした俺が酔って寝落ちしたのを覚えていたマリーナが言う。
「······一応、止めとこうかな」
せっかくの食事の席でまた寝落ちしたくはない。
マリーナが食前酒の代わりに柑橘系のジュースを注いでくれた。
「僕もミライと同じやつを貰っていいかい?」
「カザマ、俺に遠慮してる?別に飲んでもいいぞ。ここ、異世界だし」
「遠慮してるわけじゃないけど。お酒は飲み慣れてないし、それほど飲みたいわけでもないから」
マリーナがカザマの分もジュースを注ぐ。
全員に料理の皿と飲み物が行き渡り、女性陣も席に着いた。
「みんな、遠慮しないで食べてね。真ん中の大皿からも好きな料理を取ってちょうだい」
カーネリアの言葉を皮切りに食事が始まる。
マリーナとカーネリアはやはり隣り合って座っている。その正面にはモニカとセレネさん。
ヴァイオレットは少し悩んで、マリーナの隣に腰を下ろした。テーブルの真ん中を境に、きれいに男女別に分かれる。
「アイオス、君は酒はいけるほうかね?」
俺達兄弟が飲まないので、フェンは隣のアイオスに尋ねた。飲み友達が欲しいようだ。
「わからない。飲んだことがない」
「なんと。飲んだことがないのか?」
「こういう嗜好品には手を出さなかった」
購入したことがあるとしても、せいぜい料理用の酒だろう。彼なら酒を買うよりも、住民の食料や日用品を買うことに資金を回すに違いない。
「酒の味を知らないなんてもったいない。雪の大陸は良い酒が揃っている。この機会に飲んでみるのをおすすめするよ」
フェンがグラスに口を付けて美味しそうに飲むのを見て、アイオスも躊躇いがちに酒を口に含む。
俺は早速料理に手をつけた。深めの器には、大きめにカットされた肉や野菜が入ったシチュー。焼きたてのパンと一緒に食べると絶品だった。
パン以外にもパスタ料理やおにぎりもある。瑞々しい野菜のサラダ、煮物系、揚げ物系、たっぷりとチーズのかかった料理など、全体的にカロリーの高そうなものが多い。
とりあえず美味しそうだと思ったものを順に取り皿にとって食べた。
俺は喋るより食べる方の口を優先したが、女性陣は楽しそうに談笑している。
「美味しいです。マリーナとカーネリアは料理が上手ですね」
「全部をあたしとお姉ちゃんで作ったわけじゃないけどね。大抵はここの食堂で出してる料理だから、お父さんが仕込みとか準備はほとんど済ませちゃってるの」
モニカに料理の味を褒められ、マリーナは嬉しそうだ。
「知らなかったなぁ、こんなに美味しい料理を出す店があったなんて」
ヴァイオレットもシュニー家の料理を絶賛する。
「セレネ、まだ色々考えてる?気持ちは分かるけど、今は難しいことは忘れて食事を楽しみましょうよ」
まだ少し複雑そうな表情をしたセレネさんに、カーネリアが声をかける。
昼間はアイオスと話をすると言ってくれたが、やはりまだ魔族と同じテーブルにつくのは抵抗があるのかもしれない。
「······すみません。皆さんに気を使わせてしまって。カーネリアの言う通り、今は食事を楽しみましょう。わたくしもここの料理は好きですから」
皆が食事を始めたのを見て、カーネリアは一度席を立ち厨房の方へ向かった。戻ってきた時、彼女は手に大きな酒瓶を持っていた。
「フェン、お酒は好き?」
さっきアイオスに酒を勧めていたのを聞いて、わざわざ持ってきたのだろうか。
フェンはカーネリアの持つ酒瓶を見てぴくりと耳を動かした。
「ああ。酒は好きだな」
「よかった!これ、わたしのオススメ。良かったら飲んでみてちょうだい。旅の間、マリーナがお世話になったお礼だと思って」
「なら、ありがたく頂こう」
フェンは新しいグラスに注がれた酒を嬉しそうに飲む。隣でカーネリアも同じ酒を美味しそうに飲んでいた。彼女も酒が好きらしい。
「フェンって錬金術師なんでしょう。それにしては、戦い慣れているのね」
グラスを軽く回しながら、カーネリアはフェンに話しかける。
「昔は冒険者をやっていた」
「多芸なのね。すごいわ!どうして錬金術師に転職したの?」
「祖父が錬金術の研究をしていてね。元々興味のある学問だったし、冒険の途中で再会したのをきっかけに師事するようになった」
「好きなことに打ち込めるって素敵ね。ねぇ、錬金術でどんなものが創れるのか知りたいわ」
二人は楽しそうに話している。カーネリアの隣に座るマリーナがちょっと不機嫌そうに見えるのは気のせいだろうか。
しばらくすると、ヴァイオレットが椅子と料理の盛られた皿を持ってアイオスの隣に来た。
「アイオス、ちゃんと食べてる?」
遠慮しているのか、アイオスはあまり箸が進んでいるようには見えない。それを見かねてこちらに来たようだ。
「ほら、これ食べて。美味しいよ」
ヴァイオレットは、取り皿に乗せられるだけ乗せられた料理をアイオスの前に置く。
「多い」
「多くない。ミライを見習って、いっぱい食べたほうがいいよ」
夢中で食べている俺を示しながら言う。視線を上げるとアイオスと目が合った。
「ほらほら、せっかくマリーナとカーネリアが準備してくれたんだから」
そう言いながら、ヴァイオレットはフォークで甘酸っぱいタレのかかった肉団子を刺し、アイオスの口元に近づける。
「やめろ。自分で食べる」
アイオスは恋人からフォークを奪い、自分で料理を口に運ぶ。
「美味しい?」
「ああ。······お前が作る料理の味付けに似ている」
「わたし、この大陸出身だもの」
にこにこしながらアイオスを見つめるヴァイオレット。その視線がグラスに注がれる。
「あ、珍しい。お酒も飲んでるのね。どう?気に入った?もっと飲む?」
ヴァイオレットはアイオスの返事を待たずに追加の酒を注文し、空になったグラスを満たした。
「かんぱーい!」
自身の持つグラスと打ち合わせ、ご機嫌で酒を飲み干すヴァイオレット。応じて、アイオスもグラスを傾ける。
ふと思ったが、アイオスに酒を飲ませて大丈夫だろうか。彼がどのくらいアルコールに耐性があるのかわからない。酔っぱらって変化魔法が解けたら大変では。ここは公衆の面前である。
今のところ顔色はいつも通りだが、いつ酔いが回るかわからない。
「アイオス、酒はほどほどにしたほうが良いと思うけど······」
ヴァイオレットの飲むペースにつられているように見えるので、小声で忠告する。
「······魔法が解けたら大変だし」
俺の台詞を聞いたヴァイオレットとフェンが表情を消してアイオスを見た。
「残りは私が貰おう」
「すみませーん、ジュースください!」
フェンがアイオスの手からグラスを奪い、ヴァイオレットはノンアルコールの飲み物を注文した。恋人にまで魔族であることを忘れられている。
食事が進み、デザートまでしっかり平らげ、楽しい時間はあっという間に過ぎた。




