58.仲良し兄弟
◎◎ミライ◎◎
セレネさんが出て行って、待合室には俺とカザマだけになった。
そういえばフェンはどうしただろうと思って脱衣場を覗いてみたが、そこに彼の姿は無かった。もしかしたら、俺達が話をしていたので遠慮して声をかけずに出ていったのかもしれない。
温泉で暖まった体温が下がってくると、なんだか眠くなってきた。あくびをしていると、カザマが「早めに宿に戻る?」と尋ねてきた。
「そうしようかな」
昨夜は寝てないから、ちょっと仮眠を取りたい。
「カザマは?」
「僕は、ちょっとだけ町を歩いてから戻ろうと思ってるけど」
「じゃあ俺も行く」
「眠いんじゃないのかい?」
眠いが、我慢出来ないほどじゃない。せっかくの自由時間だ。少し町を見て回ってからでもいい。
「何、ミライ。そんなに僕と一緒にいたいの?」
カザマがニヤニヤしながらからかってきたので、「自意識過剰!」と言って軽く蹴っておいた。
「よし、そうと決まれば早く行こう」
ちょっぴり照れくさかったので、俺はカザマに背を向ける形でさっさと待合室を出た。
貸し切りの札はすでに取り外されていて、地元民か観光客かは見ただけで区別はつかないが、一般の客が温泉に入り始めていた。
建物を出ると、外はやはり寒い。
雪は止んでいたが吹き付ける風は冷たく、防寒着の襟元をしっかり締めた。
温泉があるこの通りは観光客をターゲットにした店が多い。土産に良さそうな特産品を売っている店や、他の大陸では見ない料理を出す店。やはり土地柄、暖かい食べ物が人気のようだ。
その中でひとつ、冷たい食べ物を出す店を見つけた。
「アイスクリーム!」
コーンは無くてカップでの提供しかしていないようだが、俺の知るアイスと同じだった。
どうやら店内は暖炉で暖められていて、客が寒い思いをしないようにブランケットの無料貸し出しもしているらしい。冬に炬燵でアイスを食べるのと同じ感覚だろうか。
雪国であえて冷たいアイスを食べるのも悪くない。
俺が店に入ろうとしたら、カザマに服をひっぱって止められた。
「ちょっと待って、ミライ」
「何?アイスの気分じゃない?」
「そうじゃなくて。······邪魔すると悪いよ」
何の邪魔をすると悪いって?意味がわかっていない俺に、カザマが入り口から僅かに見える飲食スペースを指差す。示された先にアイオスとヴァイオレットの姿を認めた。つまり、カップルの邪魔をするなと。
「他の客もいるんだし、別に邪魔じゃないと思うけど」
「赤の他人が近くにいるのと知人が近くにいるのとでは違うよ」
そういうものだろうか。俺は彼女がいたことがないから分からない。
首を伸ばしてよく見れば、二人は仲良く寄り添って一枚のブランケットを半分ずつ羽織っている。はたから見れば仲睦まじい恋人同士の姿だった。
仕方ない。アイスはまた今度にしよう。······今度があるかわからないが。
店の前から離れ、いくつか店を冷やかしながら町を散策する。
本屋でフェンを、雑貨屋でモニカを見かけたので、二人には軽く声をかけて通り過ぎた。
道中で購入した肉まんを頬張りながら歩いていると、公園の前を通りかかった。
遊具が設置してあるスペースとは別に、広場がある。
雪国らしく、子ども達が雪合戦で遊んでいる。俺の知っている雪合戦と違うのは、魔法で雪玉を操作したり防いだりしていることか。俺がこの世界のひと達と雪合戦したら確実に負けるだろう。
広場の隅の方には雪だるまが何体か鎮座している。大きさは様々だ。誰が作ったのか知らないが、二メートル以上はある大きな雪だるまが強い存在感を放っていた。
せっかくなので、子ども達の邪魔にならない広場の隅っこのほうで雪だるまを作ることにした。
俺の住んでいる地域ではこんなに雪が積もることは滅多にないので、雪だるまなんて作れない。少しづつ大きくなっていく雪玉を転がすのは楽しかった。
カザマとひとつずつ雪玉を作成し、俺の作ったほうが大きかったのでそれを雪だるまの胴体とした。その辺に落ちている小枝や葉っぱで飾り付ける。
ちょっと物足りないかなと思っていると、新しい雪だるまの誕生に、広場にいた子どもが何人か近くにやって来た。
「おにいちゃん、これあげる!」
丸い耳の付いた獣人の子どもが赤い木の実を分けてくれたので礼を言って受け取り、雪だるまの目の部分に使わせてもらった。
すっかり冷たくなった手を擦りながら、完成品に満足する。
ひとしきり遊んで満足したので公園を後にし、宿に戻ることにした。カザマも昨夜の睡眠時間は短かったため、共に仮眠を取ることにする。
宿の付近まで戻ると、冒険者や商人が多い。なんとカザマは勇者として顔が売れているらしく、何人かに声をかけられた。応援の言葉に、カザマは愛想の良い笑顔で対応する。
俺は何となく兄の背に隠れる形で顔を隠した。今のこの世界の人々にとって、勇者はカザマだけだからだ。
「人気者だな、カザマ」
部屋に入って人目がなくなった所で俺は言った。
「うん、まあね······」
あまり嬉しくなさそうだ。複雑そうな顔をしている。
「わかってはいるんだよ。この世界のひとが、魔王を斃せる勇者に期待する気持ちは。
でも、僕はアイオスに会って、魔族の全てが敵ではないと知った。単純に魔族を斃すべき敵だと思っていた頃と同じ気持ちでみんなの声を聞くことはできないよ」
勇者を応援する人々の台詞には、魔族を否定する言葉も多くある。魔族の友人を持つ身としては、聞いていて気持ちのいいものではない。
アイオスは気にするなと言うかもしれない。仕方のないことだと、わかっているから。
今回の魔王と勇者の戦いが終わっても、それだけでは魔族と他種族の不和は解消されない。
融和を実現させるめには、時間をかけて少しずつ印象を変えていかなければならないだろう。
俺とカザマか関われるのは戦いの終結までだ。俺達には俺達の暮らしがあり、元の世界を捨ててまで、この世界の為に尽力することはできない。
可能な限り協力したいとは思うが、あまり魔王討伐を先延ばしにするわけにもいかない。
争いのない世界なんてただの理想だとわかってる。それでも可能な限り、みんなが平和に暮らせる世界になってほしいと願わずにはいられなかった。