6.錬金術師(1)
無傷とはいかなかった。
精霊に力を授かって身体能力が向上した所で、技能が無い。
誰かに指摘されるまでもなく、剣の腕は素人。防御もできなければ受け身も取れない。
勝てないわけではない。一撃では無理でも、マリーナと連携して斃せる。
が、俺の剣が必ずモンスターに当たるとは限らず、空振ったときは反撃にあった。
モンスターだって生き物だ。こちらの攻撃を馬鹿正直に正面から受けたりしない。
すばやい動きで俺の剣をかい潜る。
剣を振った直後は隙ができる。その隙に懐に入られて、爪や牙による攻撃を受けた。
精霊の加護は、どうやら痛みへの耐性も含まれているらしい。傷付いた箇所に痛みはあるが、我慢できないほどではなかった。
そうでなければ、痛みで剣を取り落とし、蹲って戦うどころではなかっただろう。
とはいえ、今まで感じことのない痛みは辛かった。ひとりだったら泣き言を言っていたに違いない。
だが、マリーナが傷を負いながら一言も文句も弱音も吐かなかったのに、俺が言えるはずがなかった。
「マリーナ、ごめん」
何度目かの戦闘のあと、俺は言った。
「俺、ぜんぜん駄目だ···」
「そう気を落とさないで。ミライは今日始めて戦っているんだもの。誰だって最初は上手くいかないものよ」
言いながら、俺に回復薬を差し出す。
それを受け取りながら、マリーナの白い頬に傷がついているのに気付いて、申し訳ない気持ちになった。
「マリーナも薬を飲んでおいてくれ」
「あたしはミライと比べて傷が少ないもの。まだ大丈夫よ」
「でも」
「自分の体力の限界は把握してるし、危ないと思ったらちゃんと使うわ」
俺より戦い慣れているマリーナにそう言われると、引き下がるしかなかった。
異世界の回復薬は傷の再生力を促進し、体力を回復する効果があるらしい。飲むと、少しずつ傷が塞がっていく。
上位のアイテムほど効果が高いが、その分値が張るとのこと。
ほとんど日が落ちて、辺りは薄暗い。夜間の戦闘が日中より危険であることは、言われなくてもわかる。
「目的の町はもうすぐなのか?」
『勇者の地下道』を出た俺達は、最初の村には戻らず、西の方角にある町に向かっていた。
「そうね。暗くなってきたし、町の灯りが見え始めるかも。あと少しのはずだから、モンスターの警戒をしてゆっくり進むより、一息に駆け抜けたほうがいいかもしれないわ」
モンスターに遭遇しても戦わず走り抜ける。そう決めて、俺とマリーナは駆け出した。
会敵したときに備えて、マリーナが杖に魔力を込める。倒すためではなく、牽制用の魔法を放つためだ。
小走りに草原を駆けていると、前方に町の灯りが見えてきた。
あと少しで着くというところで、側方にモンスターの影。
すかさずマリーナが牽制用の雷魔法を放つ。怯んだモンスターが立ち竦んでいるうちに、距離を取る。
町の外壁がはっきり見えてきた。そのままのペースで進み、無事に町に入った。
乱れた息を整えるために深呼吸する。
「はぁ···やっと着いた」
「お疲れ様、ミライ。今日のところは宿で休んで、今後のことは明日話しましょう」
「ああ、賛成だ」
旅人用の宿は看板が出ていたのですぐに見つかった。
大きくはない宿だが、部屋の空きはあった。
部屋に入る。小さいテーブルがひとつと、椅子が二脚。簡素なベッドが二つ据えられてる。
狭いがちゃんと掃除の行き届いた部屋だった。
異世界の宿の質に少々不安を抱いていたので、思いの外綺麗で安心した。
俺もマリーナも色々あって疲れていたので、会話もそこそこに携帯食を食べると、早めに横になって休むことにした。
⚫⚫⚫
今日は俺の方が早く目が覚めた。マリーナはまだ眠っている。
起き抜けで喉が渇いていたのでテーブルの水差しを取ると、中身が少なくなっていた。
こういうのは多分、宿のひとに言えば貰えるはず。
俺は残りの水をコップについで飲み干すと、空の水差しを持って部屋を出た。
受付のおばさんに聞くと、裏口を出た先の井戸水を自由に使っていいという。
木戸を開けて裏へ出ると、他にも旅人が水を汲みに来ていた。
前のひとが井戸から水を汲むのを観察し、それを真似た。
洗面器くらいのサイズの木桶がいくつか置いてあり、どうやらそれは洗顔用の水を入れるための物らしい。
水差しにたっぷりと水を入れ、木桶をひとつ持って部屋に戻る。
戻るとマリーナが起き出していた。
「おはよう、ミライ。今日は早いのね」
「おはよう。俺だって、いつも寝坊助なわけじゃないぞ?」
持ち帰った水差しと木桶をテーブルに置く。
「水飲むか?」
「ええ。ありがとう」
軽く身支度を整え、俺達はテーブルに向かい合って座った。
「これからどうすればいいんだろう。具体的には何も考えてないんだよな、俺···」
言っていて自分でも頼りないと思うが、仕方ない。異世界に来て三日目、まだ右も左もわからない。
「目標は、魔王とガルグを斃すこと。カザマの仇を取って、元の世界に帰る。
魔王のいる所はどこなのか、どうやって斃すのか···」
「まずは、もっと強くならなくちゃ。あと、仲間を集めるの」
「仲間、か。そうだな、カザマにも仲間がいた」
「まずは、そうね。回復役···ヒーラーが必要だと思うわ。セレネさんがいてくれたらよかったんだけど···」
一瞬、悲しげに言葉を詰まらせる。
「···取り敢えず、ヒーラーの魔術師と、前衛がもうひとり欲しいわね」
確かに、回復役は重要だ。そして前衛がもうひとり居てくれれば、戦闘も大分楽になるはず。
「マリーナ、アテはあるのか?」
「ないわ。あたし、この大陸の出身じゃないから、この辺に知り合いがいないのよ」
大陸が複数あることを知る。
「その大陸には行けないのか?」
「ここに来るときは船に乗せてもらったの。でも、魔王軍のせいで今はあんまり船が出てないのよ。『海底洞窟』を通れば行けるけど、強いモンスターが住み着いてて通行禁止になってるし」
「うーん···」
つまり、行けないと。仲間が欲しいなら、今はこの大陸で集めるしかない。
ゲームだと、酒場で仲間を集めるのがお約束だ。
「酒場とか、冒険者が集まる場所ってないのか?」
「酒場っていうか、レストランはあるみたいよ。隣に宿泊してる親子が話してたわ」
「レストラン?」
言うと同時に、俺の腹が空腹を訴えるようにグゥと鳴る。
「······」
「携帯食だけじゃ足りないわよね。あたしもお腹空いちゃった」
この世界に来てからいいところがない。いつか絶対、マリーナに世話になった恩を返そうと心の中で決める。
「ここでじっとしていても仲間は増えないし。行動あるのみ!
レストランでお腹を満たして、情報収集しましょう。町中でも、色んな人に話を聞いてみるといいかもね」
宿を出る際にレストランの場所を尋ね、教えてもらった道を行く。
町を歩いていると、すれ違う住民や旅人の姿が目を引いた。
色とりどりの髪色、簡素なシャツやズボンといった出で立ちの者も入れば、冒険者と思しき鎧を纏った巨漢、見た目からして魔法使いといった感じのローブを纏った性別不明の者。
ヒトや獣人、エルフ、ドワーフなど、様々な種族がいた。
異世界に召喚されたことは許せないが、マンガやゲームが好きな俺にとって、この光景は心躍るものだった。
レストランで席に着くと、近くのテーブルの会話が聞こえてきた。
「聞いたか、新しい勇者が召喚されたって」
ギクリとした。しかし、容姿までは伝わっていないのだろう。本人がすぐそこにいるとは思っていない住民は気付かず話し続ける。
「でも、すぐに姿をくらませたらしいぞ。なんでも、召喚士がみんな死んで、導き手がいなかったらしい」
俺が召喚されてまだ数日だというのに、噂が早い。
しかし、容姿や特徴が知れ渡っていないのは好都合だ。行く先々で注目されたくない。過度な期待をされるのも迷惑だ。
ふと正面を見ると、マリーナが気遣わしげな顔で俺を見ていた。
「気にしないよ」
メニューを手元に引き寄せながら、隣に聞こえないように小声で言う。
食事の間も、周りの会話が気になって耳をそばだてる。
もしかすると、精霊の加護で五感も鋭敏になっているのかもしれない。
意識して耳をそばだてると、ギリギリ声を拾うことができた。
「······最前線に騎士団が派遣されたらしい。魔王軍と戦う冒険者を募集してるって話だ」
「治癒魔法の使える魔術師の大半が前線に招集されたんだって?負傷者が結構でてるってことか」
「物資の輸送が遅れてる。これも魔王軍のせいか?」
「薬の備蓄が心配だねぇ。錬金術師に追加の調合を頼んでおこうか」
「勇者カザマ様が魔王を斃していてくれたら···」
···········
住民も冒険者も、不安を口にしている。
治癒魔術師は最前線に出向いている者が多いのなら、ソロのヒーラーを探すのは難しいかもしれない。
見かける冒険者は皆、複数人でパーティを組んでいる。どこかのパーティから引き抜くなんて無理だ。
仲間に迎えるなら、俺が異世界の者だと明かさなければならないし、信頼できる相手でなくてはならない。
出会った頃から俺を助けてくれたマリーナやセレネさんはともかく、赤の他人を信用してパーティに加えるなんてできるのか?
無理な気がしてきた。
食事を終え、レストランを後にする。
向かったのはアイテム屋。少ないが、モンスターの素材の売却と回復薬の補充をするためだ。
近隣の弱いモンスターの素材はあまり高く売れなかったが、最低限のアイテムを補充できる額にはなった。
回復薬の在庫が少ないのか、購入制限の札がかかっていた。
アイテム屋の店主いわく、
「最近物流が滞っていてね。数が欲しいなら、町の南西に住む錬金術師を尋ねるといい。対価を払えば、薬を譲ってくれるかもしれないよ」
そういえば、レストランで聞いた噂の中でもその名称が出てきた。
錬金術師。
一般的には卑金属から貴金属を生み出す、すなわち金を生成する術を使うものと言われている。それだけでなく、病や傷を癒す霊薬の生成、果ては生命まで創り出す術師もいるという。
これだけ聞くと万能の神のような存在に聞こえるが、実際にそんな高度な錬金術を扱える者は稀だ。
良質な薬品の生成、神秘の道具の作成など、あらゆる素材を用い、その特性を活かしたものを調合・生成する。それだけでも十分、驚嘆に値する技術だ。
「マリーナ、どう思う?」
「どうって、錬金術師のこと?」
うーん、と考え込むマリーナ。
「確かにレアな職業ね。めったにお目にかかれるものではないわ。でも、変わり者が多いって聞くわよ」
「錬金術師が作る薬って高いのかな」
「今のあたし達じゃ買えないわよ」
「仲間になってくれないかな」
「本気?」
俺自身、錬金術師に興味がある。
「旅に錬金術師を誘うなんて聞いたことないわ。承諾してくれるとも思えないし。···まぁ、試しに会いに行ってみてもいいけど」
マリーナも錬金術には興味があるらしい。
他にアテもないので、ダメ元で錬金術が住んでいるという町の南西に向かうことにした。
※作中に出てくる錬金術に関する記述には、筆者の個人的な解釈も含まれます。あくまでこの作品の設定としてお楽しみください。