56.コイバナ(1)
◎◎マリーナ◎◎
雪の大陸に戻った理由は三つある。
一つ目は、話し合う場所として砂漠の大陸は適切ではなく、暗黒大陸に行くのはセレネさんが反対する。
しかし中央大陸でも雪の大陸でも、セレネさんは魔族を連れて行くのは反対だと主張した。しかしこのままでは一向に話が進まないので、あたし達姉妹の実家を話し合いの場として提供することにしたのだ。
それでも難色を示すセレネさんを「わたし達が良いと言ってるからいいのよ!」とお姉ちゃんが強引に説き伏せた。
二つ目は、ヴァイオレットを避難させるためである。アイオスは「中央大陸か雪の大陸に避難させたい」と言っていたので反対しないだろう。
そして三つ目は、あたしが両親に黙って出て来てしまったからである。
姿をくらましたあたしを心配しているに違いない。一度戻って両親を安心させて、お姉ちゃん達と旅に出ることを認めてもらわなければならない。
話し合いは明日の夜に決まった。お客さんから不満が出ない程度に、お父さんが食堂の営業時間を短縮してくれることになったからだ。
ヴァイオレットにはしばらくウチの宿に身を寄せてもらおうと思っている。彼女は魔王の手の届かない他の大陸へ避難させるという話は聞いていなかったらしく、驚いていたが。
アイオスは時々言葉が足りないので、直すべきだと思う。
勝手に姉を追いかけて出ていったことを怒られたが、あたしがお姉ちゃん達と魔王討伐の旅に出ることは両親に納得してもらえた······はずだ。
あたしは長く長く息を吐く。色々な事を乗り越えて故郷へ戻ってきたら、一気に気が抜けた。温泉に浸かるのも久しぶりだ。
「温泉久しぶり〜!やっぱり気持ちいいね」
くつろいだ様子で手足を伸ばしているのはヴァイオレットだ。
「本当ですね。身体が暖まって疲れが取れます」
ちょっと遠慮気味だが、モニカも温泉を堪能している。
「······」
セレネさんはまだ色々悩んでいるのだろう。静かに湯に浸かっている。
「マリー、一緒にお風呂に入るのは久しぶりね」
お姉ちゃんは嬉しそうにあたしの頭を撫でている。いつものことなのだが、なんだか今日はそれがちょっぴり恥ずかしかった。みんなの視線があるからかもしれない。
「マリーナとカーネリア、すっごく仲良しね。わたしは一人っ子だから羨ましい」
あたし達の様子を見てヴァイオレットが言う。
「ヴァイオレットは雪の大陸出身なのよね」
彼女の姿に見覚えがないので、ここではない町の出身なのだろう。
「どこに住んでたの?」
「西の小さい村よ。今はもう無くなっちゃったけど」
今は無くなった西の村、と聞いて思い当たる出来事があった。
「それってもしかして·····三年くらい前にモンスターに襲撃されたっていう?」
三年程前、山から降りてきたモンスターに村が襲撃されるという事件があった。稀に見る大型の凶暴なモンスターで、戦闘員の少ない小さな村はあっという間に滅ぼされてしまったという。
住民のほとんどは死亡。わずか数名のみが生き残ったという話だ。
「ヴァイオレット、あの村の出身だったの······」
村がモンスターに壊滅させられたりクラーケンに襲われたり、本当によく生き延びたものだと思う。
「うん。両親も友達も死んじゃって、家も無くして······この大陸にいるのが辛くて、船で他の大陸へ行こうとしたの。そしたら乗ってる船がクラーケンに襲われて、運良く漂着した先でアイオスに拾われたってわけ」
なかなか波乱万丈な人生を送ってきたらしいが、ヴァイオレットの雰囲気はそうと思わせないまったりしたものである。ポジティブな性格で、過去の辛い出来事を引きずってはいないようだ。
「一時は天涯孤独になっちゃったけど、今はアイオスや屋敷のみんなが家族みたいなものだから、寂しくないの」
シュトリやカイム、子ども達。彼らが支え合って暮らしていたのを思い出す。血の繋がりはなくても、親きょうだいのようにお互いを大切にしていた。
「すごいわねぇ、ヴァイオレットは。何がどうなって魔族と恋仲になったのかすごく気になるわ」
お姉ちゃんはヴァイオレットの方へ身体を向けて言った。
「わたしがアイオスの処遇を保留にしたのは、可愛いマリーが必死になって訴えるからってのもあるけど、あなた達ふたりの様子を見たからなのよ」
「わたしとアイオス?」
「ええ。彼って、ヴァイオレットを死の運命から救うために時間転移したんでしょう?それって、よっぽどあなたのことを愛しているからだと思うわ」
「う、うん」
ちょっと恥ずかしそうにヴァイオレットは両手で頬を押さえる。
「愛情深いひとに、悪いひとはいないと思うの」
あたしとお姉ちゃんの部屋の本棚には、魔導書と恋愛小説が半々くらいの割合で詰まっている。恋愛小説の大半は姉が手に入れてきたもので、あたしよりもお姉ちゃんのほうが恋物語にハマっている。
カップルの言動が気になってしまうのは、その書物の影響もあるのかもしれない。
「アイオスは、優しくて良いひとよ」
魔族であるアイオスの印象を少しでも良くしたいのだろう。力強く言うヴァイオレット。
「ねぇ、ヴァイオレット。転移してあなたに再会した直後のアイオス、どんな感じだった?」
アイオスがいないうちに聞いておこうと思って尋ねてみた。
「んー、何かじっと見つめてきたかと思ったら、その後突然抱きしめられたよ」
アイオスに余計なことを言うなと言われていたヴァイオレットだが、あっさりと喋ってくれた。結構口が軽い。
「二度と会えないと思っていた恋人に再会できたのなら、当然の反応だと思いますよ。というか、話したのがアイオスにばれたら怒られませんか?」
ニヤニヤしているあたしとお姉ちゃんを見て、モニカが苦笑する。大丈夫、ばれなきゃいいのよ。
「愛されてるのねぇ、ヴァイオレット。羨ましい······わたしも彼氏ほしい······」
お姉ちゃんがため息混じりに呟く。
姉は以前から結婚したいと考えているようだが、なかなか良い相手が見つからない。彼氏ができても長続きしないのだ。
あたしとしては、大好きなお姉ちゃんがよその男のものになると考えると胸がもやもやするので、別れるたびに密かにほっとしている。
「お姉ちゃん、理想が高いのよ」
そのせいで、出会いはあっても恋愛まで発展しない。
付き合うことになっても、魔術師として強すぎるせいで男が自信を失くしてしまってフラれたり、酒豪の姉がぐいぐい酒を飲むのを見てドン引きされてフラれたり。
「どんなひとが好みなの?」
ヴァイオレットが尋ねる。
「強くて賢いひと。あと、優しくてカッコイイひと!最低限獣人で」
「全部揃っているひとなんてなかなかいませんよ」
それまで黙っていたセレネさんが口を開く。
「わかってるわ。理想よ、理想。ちょっとくらい妥協するわよ」
「カーネリアは旅の道中も恋人探しをしていましたよね······」
セレネさんの口調に若干呆れが混じっている。
「だって、いつ運命の出会いがあるか分からないじゃない」
しかし成果は言わずもがな。姉には悪いが、運命の相手が見つからなくて良かった。
「フェンってひとは?獣人でしょ」
ヴァイオレットはフェンの名前を出した。
「まぁ、獣人だけど」
「ミライと一緒に一度魔王を斃したんでしょう?なら、強いんじゃない?」
確かに、元冒険者なので戦闘力は申し分ない。
「彼、錬金術師って聞いたけど。錬金術って高等学問だよね。賢いって条件も満たしてるよ」
そう簡単に身に着けられる技術ではない。錬金術師は数が少ないのだ。
言われてみれば強くて賢い。でもちょっと待ってヴァイオレット。だからって、なんでフェンを勧めてるの!?
「············」
お姉ちゃんは真顔になって黙り込んだ。真剣に考えている様子だ。




