52.再会(2)
改めて見るとアイオスは血塗れで、腹には穴が空いていたような跡がある。平然と立っているので怪我は治療済だろう。
「何があったんだ?」
俺はカザマに尋ねた。
アイオスとセレネさんが戦闘態勢一歩手前で睨み合っている。
セレネさんは魔力は込めてはいないものの、杖を胸の前で握りしめて警戒体勢。アイオスは抜剣していないが、いつ抜いてもおかしくないような空気を纏っていた。そして外の大陸にいるにも関わらず魔族姿である。
「ええと······なんて説明すればいいのかな」
カザマは困ったように眉を下げる。
「そういえば、ガルグは?」
俺がいない間にみんな揃っているが、カザマと行動を共にしていたはずのガルグの姿は無い。
「ミライ、ガルグを知ってるんだ。······本当に、過去へ転移してきたんだね」
カザマは、俺とその仲間達が未来から転移してきた話は聞いているようだ。
「私が簡単に説明しよう。
私達は全員別々の場所に転移していたが無事合流し、カザマ達に接触した。アイオスが彼らにガルグは魔族であると明かして斃した。しかし、セレネはアイオスも魔族だから斃すべきだと主張している」
カザマに変わってフェンが手短に説明してくれた。
「もうガルグを斃しちゃったのか!?」
俺が自分の世界でもたついている間に事は済んでいたらしい。肝心な時にいなかったなんて。俺、何のためにもう一度ここに来たんだ。
「じゃあ、アイオスの怪我はガルグに?」
「いや、セレネの魔法によるものだ。ガルグ諸共攻撃されたものと、戦闘終了後の隙をついた一発だ。傷は私の薬で癒したから問題ない」
思わずセレネさんに責めるような視線を向けたが、彼女はアイオスを注視しているので俺の目線に気付いた様子はない。
アイオスの後ろから顔を覗かせるヴァイオレットも、セレネさんに敵意の籠もった目を向けている。恋人を傷付けられて怒っているみたいだ。
「あの、セレネさん」
声をかけると彼女の蒼い瞳がちらりと俺を見た。召喚されたばかりの頃、優しく話してくれた彼女とは大分印象が異なる。
「あなたがカザマの弟ですか。
わたくし達が未確認の勇者······過去へ転移してきたという話は信じることに致しましょう。
しかし、この先何があったか存じませんが、魔族と手を組むのはお止めなさい」
セレネさんはよほど魔族が嫌いなのだろうか。それとも、立場的に勇者を守らなければならないからそう言っているのだろうか。
「この世界のひと達が、魔族と敵対してるのは知ってる。でも今は、“魔族”じゃなくてアイオスを見てくれないか」
見たところ、若干戸惑いはあるようだがカザマとカーネリアはアイオスに敵意を向けていない。
アイオスは敵ではないことをセレネさんにも分かってもらわなくては。
「アイオスは俺の命を何度も助けてくれたし、この大陸で他にもひとを助けたことがある。俺達に危害を加えることはないよ。
魔王が起こしている戦いに、魔族の誰もが賛同しているわけじゃないんだ。アイオスはこの戦いを止めようとしている。争いの種を撒く魔王を斃したいって想いは一緒だ。
そして、魔族と他の種族の融和を望んでいる」
勝手にアイオスの理想を語ってしまったが、本人は何も言わず俺が話すのを聞いている。
「人助け?魔族がですか?それに、他の種族との融和だなんて」
セレネさんは柳眉をひそめ、信じられないという顔をする。
「全種族が仲良くなれれば、魔王なんて現れず、俺やカザマみたいに異世界の勇者を召喚しなくて良くなる」
俺がそう言うと、セレネさんは傷付いた顔をした。無関係の俺達をこの世界の戦いに巻き込んだ事を責めたように思われただろうか。
恐らく、セレネさんが関わった勇者は俺とカザマだけじゃないはずだ。今の反応を見る限り、彼女は勇者召喚を当たり前とすることに思う所があるのかもしれない。
「······ですが、そんなのは夢物語です。そんなことが叶うなら、とっくに争いは終わっています」
セレネさんの蒼い瞳が揺れる。エルフである彼女は、何度も魔王と勇者の戦いを見てきたことだろう。
心の奥底では繰り返される戦いを終わらせたいと思っているかもしれない。
憶測で彼女の心を測っても仕方ないが、そうだと信じて説得する。
「魔族じゃなくたって、盗賊や海賊とか、悪いことする奴らはいるだろ。魔族だって、ガルグみたいな悪い奴ばっかじゃなくて、優しい心を持った奴もいるんだよ」
「············」
「すぐに受け入れなくてもいいから、まずはアイオスと話をしてみてくれないか」
真摯にそう言い募ると、セレネさんは杖を下ろして俺達から背を向けた。
「無理です」
無理と言われてちょっとショックだった。俺の言葉は届かなかっただろうか。そう思っていると、
「今は······少し考えさせてください」
小さな声でそう言うのが聞こえた。
今色々なことを言われても、すぐには消化できないだろう。彼女の心の整理がつくまで待つしかない。それに、ひとまずはアイオスに敵意は向けるのを止めてくれたので、今はそれで良しとしよう。
セレネさんが攻撃の意思を失くしたので、アイオスの纏う雰囲気も少し和らいだ。変化魔法を発動し、いつものヒト族と変わりない姿になる。
「そんな魔法を使う魔族がいるなんて、今まで知らなかったわ」
アイオスが姿を変えるのを見て、カーネリアが言う。
「維持するためにそれなりの魔力を使う。全員がこの魔法を使えるわけじゃない。俺やガルグのように使い慣れていなければすぐに解ける」
「でしょうね。魔族全員がその魔法を使って侵攻してきたら、もっと大変なことになるもの」
カーネリアはアイオスに探るような視線を向けた。
「可愛いマリーが必死に庇うから、ひとまずは敵対しないでいてあげる。あなたの言動を見て、判断させてもらうわ」
「それで構わない」
「ところで、お仲間ばっかりに話させて、肝心のあなたは何も言わないのね。わたしやセレネの信用を得るために、何か言おうとは思わないの?」
マリーナのおかげで、カーネリアはアイオスを知ろうとしてくれているようだ。やや警戒心を滲ませているものの、会話してくれている。
「······ガルグとの対話の機会を与えず、勝手に片を付けたことを詫びる」
少し考えて、アイオスはそう言った。カーネリアはその台詞が意外だったのか、目を瞬かせた。
「言う事がそれ?確かに色々びっくりしたけれど。マリーナ達の言葉が本当なら、わたし達は命を救われた側よ。文句なんてないわ」
カーネリアは肩にかかる癖のあるピンクの髪を払い、肩をすくめた。
「まあ、ガルグは無愛想だけど戦いにおいては頼りになる同行者だったわ······彼の正体が魔族だったことに、まだちょっと混乱してる」
「そうだね。ガルグの件も含めて、ミライも勇者として召喚されてたり、しかも過去へ転移したとか聞かされて、僕もまだ混乱してる。夢でも見てるみたいだよ」
そう言った後、カザマはアイオスに向かって頭を下げた。
「まだお礼を言ってなかったね。アイオス、僕を助けてくれてありがとう」
そして、今度は俺に向き直った。
「ミライ。過去へ転移したのは僕のためだって聞いたよ。ありがとう」
改まって礼を言われるとちょっと照れくさい。
「当たり前だろ。家族なんだから」
なんとなく目を逸らしながらそう返す。
「他のみんなも······フェン、マリーナ、モニカ。ここまでの旅路は決して簡単なものじゃなかったと思う。弟を支えてくれてありがとう。こうして会えて光栄に思うよ」
「私も君に会えて光栄だよ、勇者カザマ」
「カザマ!これからはあたしもお姉ちゃんと一緒に戦うから、よろしくね!」
「自分もカザマとお呼びしてもよろしいですか?二人の勇者様と共に戦えること、光栄に思います」
良かった。カザマは俺の仲間達とも仲良くやっていけそうだ。
「勇者様」
声のした方を向くと、いつの間にかヴァイオレットが俺の側に来ていた。スカートを摘んでお辞儀する。
「ヴァイオレットです。わたしも勇者様達のこと、名前で呼んでもいい?」
「う、うん。いいよ」
思ったより距離が近かったのでちょっとびっくりした。
俺が一歩後退るとヴァイオレットも一歩距離を詰めて俺の手を握った。
「さっきはありがとう。魔族のこと······アイオスのこと、擁護してくれて。嬉しかった」
本人ではなくその恋人にお礼を言われた。
顔が近い。あと手を離して欲しい。アイオスに嫉妬されたらどうするんだ。
セレネさんを睨んでいたさっきと違い、きらきらした目で俺を見てくる。
「わたしは何も役に立てなくて申し訳ないけど、よろしくね」
にっこりと微笑んで、俺の手を離してくれた。
「これ以上の話は町に戻ってからにしないかね。ドラゴンの側でのんびり話しているのも危険だ」
フェンの言葉にそうだと思い出した。俺達のすぐ側にはドラゴンが倒れているのだ。
死んではいない。俺の雷撃を受けて気絶しているだけだ。いつ目を覚まして暴れ出すか分からないので、場所を変えたほうがいい。
「そうだな。町へ行こう」
暑いし、話すなら建物の中に入りたい。俺達は頷きあって町の方角へ顔を向ける。しかし、
「······まさか、魔族をオアシスの町に連れて行く気ですか?」
セレネさんが抗議の声を上げた。
「今更だ。アイオスはもう何度もオアシスの町に出入りしている」
「セレネ様、心配は無用です。アイオスは誰にも危害を加えたりしません」
フェンとモニカがそう言うと、セレネさんは少し悩んで渋々頷いた。
「······わかりました。しかし、念の為武器を預からせてください」
「道中はモンスターが出る。町に入る直前でも構わないか」
武器を預けることには反対せず、アイオスはそう言った。
「······いいでしょう」
「ちょっと待って」
ヴァイオレットが待ったをかけた。アイオスへの不当な要求に納得していないのか。
「武器のことは、アイオスがいいならわたしは文句を言わない。でも、アイオスを攻撃したことは謝ってくれる?」
恋人を攻撃されたことをまだ怒っているらしい。
「ヴァイオレット。必要ない」
「必要ある!こういうことは、適当に流しちゃ駄目!」
アイオスの静止に、ヴァイオレットは反論する。
セレネさんは無表情にアイオスとヴァイオレットを見て、一度目を伏せてから身体ごとアイオスの方へ向き直った。
「申し訳ありませんでした」
一礼し、謝罪の言葉を述べる。淡々としているので本当に申し訳ないと思っているかどうかは不明だ。
ヴァイオレットは微妙に納得していない顔だが、ひとまず謝罪の言葉は得られたので食い下がることはなかった。
若干ピリピリした雰囲気の中、俺達はオアシスの町に向かって歩き出した。




