52.再会(1)
◎◎ミライ◎◎
最初に感じたのは、風。地に足をつこうとして、その足場が無いことに気付いた。
「!?」
眼前······いや、眼下に広がるのは砂の大地。少し視線をずらした先にはオアシスの町とそれに隣接する港が見える。その向こうには青い海。
背にじりじりと感じる暑さは太陽によるものだと認識。
見える景色から、ここは砂漠の大陸の上空だと理解した。
俺、落ちてる!
精霊、仲間の近くに転移させてくれるって言ったくせに!
このまま落下すると、いくら砂地が軟らかくても墜落死する。
真下をみると、誰か複数の人影がモンスターと戦っているのが見えた。もしかして、あそこにみんながいるのか。
目を凝らしてみると、人影が戦っているモンスターはなんとドラゴンだった。
そのドラゴンの鼻先を跳び回っている人物には黒い翼が生えている。
落下して距離が近付いてきたところで、その髪色からアイオスではないかと推測する。
彼なら落下する俺を受け止めてくれそうだが、絶賛戦闘中である。俺に気付かないかもしれないし、気付いても俺を助ける余裕があるか分からない。
大声で呼んでみようかとも思ったが、そのせいで隙ができてドラゴンにやられてしまっては困る。
しかし俺も命がピンチである。こっちに来て早々命の危機とは笑えない。
確かに仲間の近くだったが、空に転移させたのは精霊の嫌がらせじゃないかと思えてくる。
やばい、地面が近付いてきた。いや、地面というかドラゴンの背中が。このまま落ちたらドラゴンの背中に激突する。
とにかくできることをしようと、手を動かして抜剣する。太陽の光を反射して勇者の剣が煌めいた。
瞬間、
「!!」
身体に力が漲るのを感じた。なぜと考える暇はない。もうドラゴンの背はすぐそこだ。
空中でなんとか体勢を整え、両手で剣を握りしめて振りかぶる姿勢をとる。
上手くいくかはわからないが、手の中の剣に残された魔力を可能な限り利用する。
唯一適正のあった雷属性。魔法適正はないので、魔法を使うのではなく剣に属性を付与。
雷を纏った剣を、落下の勢いのままにドラゴンの背中に叩きつけた。
間近で雷が落ちたときのような轟音が耳をつんざく。
自分でも思った以上の威力が出てびっくりした。轟音の中にドラゴンの絶叫と思われる声が混ざり、鼓膜が破れるかと思った。
直後、勇者の剣が発した光に目が眩み、ぎゅっと目を閉じる。落下の感覚が消えた。一瞬宙に静止した感覚のあと、身体が落ちて砂地に叩きつけられた。
「いてっ」
目を開けて身体を起こす。周囲は巻き上がった砂煙で見通しが悪い。なるべく砂の粒子を吸い込まないように服の袖で鼻と口を覆い、立ち上がった。
戦っていたみんなはどこだ?見通しの悪い視界の中で必死に探す。
すると、まるで通り道を作るように砂煙が左右に割れた。開けた視界の先に魔族姿のアイオス。その隣をすり抜けて駆け寄ってきたのは、ピンク色の髪の兎耳の女性。
「ミライ!!」
その女性······マリーナは俺に体当たりするかのように抱きついてきた。
「わっ!?マリーナ!?」
顎のあたりにファーのような柔らかい感触。マリーナの獣耳が当たっている。
「ミライ······本当にミライだわ!」
身体を離して見上げてくるマリーナの緑色の瞳には薄っすら涙が滲んでいる。
マリーナの後ろにはフェンの姿も見えた。彼も驚きの表情で俺を見ている。
少し遅れて、モニカが駆け寄って来る。その腕には誰かをお姫様抱っこしていた。その誰かはモニカの腕を下りて真っ直ぐアイオスに駆け寄り、その腕にしがみついた。ヴァイオレットだ。生きている。
仲間達の顔を順番に見回し、俺は照れ笑いを浮かべた。
「えっと······お待たせ」
「驚いた······ミライ、なぜここに」
「······元の世界に帰ったんだと思っていました。違ったんですか?」
フェンとモニカが問うてくる。
「うん、帰ってたよ」
みんなは俺が帰ってしまったことに気付いていたのか。どうして分かったんだろう。すごいな。
「なら、どうして······?ミライは、自分の世界に帰りたかったんでしょう」
マリーナは優しい。帰ったなら帰ったままでも良かったのにと言ってくれている。
「そうなんだけど······もう一度みんなに会いたくて、来ちゃった」
言うと、マリーナは目をぱちくりさせた。
「来ちゃった、って······そんなに軽く来れるものじゃないでしょ」
「精霊と取引したんだ。勇者の剣に魔力が残ってたから」
そう言って勇者の剣に目を落とし、そこで剣の色が変わっていることに始めて気が付いた。
白い光を帯びていたはずの剣は、今は黄金の光を纏っていた。
「加護が変わったせいかな?」
「君は前代未聞の勇者だな。魔族と手を取り合い、過去へ転移し、元の世界に帰ったにも関わらず再びやって来る」
フェンが可笑しそうに言う。
彼に“勇者”と言われて思い出した。俺はさっきドラゴンに一撃を食らわせた。この世界で戦えたのだ。それはつまり、みんなは俺を勇者だと認識している。
嬉しかったが、一応言葉で確認をとる。
「あのさ、勢いで来ちゃったけど、迷惑じゃない?俺、今度こそ勇者としてみんなと一緒に戦いたいんだ」
「迷惑だなんて思いません!また会えて嬉しいです。
再び勇者ミライと共に戦えること、心から光栄に思います」
よく見ればモニカも薄っすら涙ぐんでいる。
「君といると退屈しない。勇者である君についてきたのは正解だった。それに、私達は共に戦うと約束した仲間ではないか」
フェンが再会を喜んでくれているのは尻尾を見ればわかった。
「始めて会った時から、あたしにとってミライはずっと勇者だった。ありがとう、ミライ。あなたのおかげで、あたしはまたお姉ちゃんに会えた」
マリーナの言葉に、仲間達のさらに後方に控える人影の存在に気付く。
マリーナと同色の髪と耳。始めて見る女性だが、彼女とよく似た容姿から、姉であるカーネリアだとわかった。
その隣には金髪碧眼のエルフ。セレネさんだ。いつか俺の腕の中で事切れた彼女が、生きてそこにいる。
そして、
「············」
じっとこちらを見つめる黒髪の少年。
俺とマリーナ達のやり取りを見ていたのだろう。驚きの表情を隠せないその顔は、俺のよく知る兄のものだった。
「······カザマ」
兄の名を呟くと、マリーナ達が道を開けてくれた。俺とカザマは互いに歩を進め、対面する。
カザマは白い鎧を来ていた。背には赤いマントをなびかせ、腰には剣。多分勇者の剣だ。
その姿はまるで······
「············ぶふっ」
我慢できなくて吹き出すと、目の前のカザマが怪訝な顔をした。
「······っ、あっはははははははは!!」
青空の下、俺の笑い声が響き渡った。カザマも含め、全員があっけにとられた顔で俺を見る。
「あはははははは!!カ、カザマ、何その恰好······!」
普段見慣れた洋服ではない、異世界の装備。カザマのそれはまさしく勇者で、俺の目にはコスプレにしか見えなかった。
「狙って選んだのか?勇者っぽい!っはははははは!!」
笑い続けていると、笑われている意味を理解したカザマが顔を赤くした。
「え、ちょっ······ひどくないかミライ!久々の再会でそれはないよ!
ぼ、僕だって好きでこんな恰好してるわけじゃ······この世界でやっていくために、仕方なく!」
「あはは、いや、似合ってる似合ってる!あっははははは!」
笑いすぎてちょっと腹が痛い。涙も出てきた。笑いすぎたらホントに涙出るんだな。指で目尻を拭いながらまだ笑っていると、
「ちょっと笑いすぎだよ!」
カザマが俺の肩を掴んで揺さぶってきた。
「痛い痛い!お前今身体強化されてるだろ!手加減しろよ!」
「それはミライだって同じだろ!?」
以前のように兄弟喧嘩したらお互い無事じゃ済まないかもしれない。
「······びっくり。こんな風に笑うミライ、始めて見たわ」
マリーナがそう呟くのが聞こえた。
「ああもう!蜃気楼かなんかじゃないかと疑ってたけど、本物のミライだね!相変わらず失礼な弟だよ!」
やっとカザマが肩から手を離してくれた。
「はは······ごめんて」
やっと笑いが収まってきた。なのに、浮かんでくる涙が止まらない。
「カザマ、元気そうだな。いなくなって、心配したんだ。生きてて······ほんとに、よかっ······」
声が震えてきて、言葉を続けられなくなった。
服の袖を両目に押し当てて込み上げる感情を落ち着けようとしていると、カザマの手が今度は優しく肩に乗せられた。
「······まったくもう。笑ったり泣いたり、忙しいなぁ」
泣いてない、と小さい声で言ったがカザマに届いたかはわからない。
「······父さんも母さんも、すっげー心配してたぞ。学校でも行方不明の生徒が出て騒いでたし」
「うん、ごめん。心配かけたね」
行方不明になったのはカザマのせいではないのに謝っている。
俺は感情が落ち着いたので腕を下ろし、カザマに向かっていたずらっぽく笑った。
「今帰ってきても、出席日数足りなくて留年確定だからな?」
「うっ······それは仕方ないだろ。でも、この世界でのんびりしてるとミライも留年するよ」
「よし、サクッと魔王斃して帰ろうぜ」
「軽いなぁ!?」
「俺一回斃したもんね!」
「ゲームみたいに言うなよ!」
なんだかこんな風に言い合うのが懐かしくて、目を合わせて二人で笑い合った。
「仲がいいわねぇ」
マリーナの姉、カーネリアがそう言うのが聞こえた。
「ほんとね」
マリーナが姉にくっつきながら言う。カーネリアはそんな妹の頭を撫でている。こっちも仲のいい姉妹だ。
アイオスも恋人と再会できたようで良かった。そう思って二人のいる方へ目を向ける。
アイオスとヴァイオレットは俺を見てはいなかった。その視線の先を追うと、セレネさんに行き着く。
セレネさんもまたアイオスに視線を向けており、なんと二人は睨み合っていた。




