51.勇者として
◎◎深雷◎◎
諦めきれずに勇者の剣を振ったり上に掲げたりしていたら、腕が疲れて痛くなってきた。
絨毯の上に剣を置き、その前に胡座をかいて座る。
「なんでだろう·····」
今“なんで”と考えているのは、元の世界に帰ってしまったことではない。
なんで、勇者の剣を持って帰ってしまったんだろう、ということだ。
他の装備やアイテムは無くなっているのに、この剣だけは俺と一緒に転移している。
過去の勇者達も、元の世界にそれぞれの剣を持ち帰っているのだろうか。ゲートを開くにはこれが必要だし、持たずに転移するのは無理じゃないかと思う。
それにしても物騒な土産である。銃刀法違反だ。見つかったら大変なのでは。
白く光る刀身は、夜に明かりが無いときはライト替わりになりそうだ。
「······ん?」
いや、それはおかしいな?そもそも、こんなに光ってなかった気がする。元々薄っすら光ってはいたが、ライト替わりになるほどではなかった。
剣の光が強くなったのは、魔王を斃した後だ。
「これ、もしかして魔力?」
魔力が残っているのか?全部転移に使ってしまったと思っていた。
だが、仮に魔力が残っていたとしても、再び界を渡るゲートが開ける程の量ではないだろう。
異世界へのゲートを開くには、莫大な魔力が必要······
······違う。異世界へのゲートではない。俺が開いたのは、過去へ繋がるゲートだ。
ひょっとして、過去へ繋がるゲートは異世界に繋ぐよりコストが低いのでは?
根拠はない。そうだったらいいなという俺の願望も入っている。もしそうなら、残っている魔力はどのくらいだろう。
魔王以外にも、モンスターを斬った時の魔力も含まれている。魔王の魔力に比べたら雀の涙だろうが。
それに、ガルグもこの剣でとどめを刺したのだ。
しかし、残念ながら俺には魔力の残量を測れるような能力はない。
転移できるだけの魔力が残っていても、加護を失った俺にはこの剣を扱う資格がないかもしれない。でも、少しだけ試してみよう。
勇者の剣に手を伸ばす。両手で柄を握り、異世界の風景を思い浮かべる。訪れた村や町、自然の風景。共に旅をした仲間達の顔。
せっかく安全な自分の世界に帰って来れたのに、また危険がいっぱいの異世界に行きたいと考えている自分に苦笑する。
もし転移ゲードが開けても、戦うための力はもう無いのに。
加護の力ってもう一度授けてもらえるんだろうか。
もう一度戦える力を得られるなら、あの偉そうな精霊に土下座したっていい。
そう考えていると、周囲の景色が崩れた。白いペンキでもかけたかのように上から白く塗り潰されてゆく。
「!?」
異常事態に驚いて立ち上がった。足元まで真っ白に塗り潰された瞬間、床の感覚が無くなる。
落ちたわけではない。かといって浮いているわけでもない。妙な感覚だった。
何が起きたか考える暇もなく、目の前に何者かの姿が浮かび上がった。
人型だがヒトじゃないその姿には、微かに見覚えがある。
必死に記憶を掘り起こして、それが勇者の地下道でセレネさんに憑依する前に数秒だけ見た精霊の姿だと思い出した。
異常事態だが少なくとも異世界に関する事柄だと理解し、パニックにはならずに済んだ。
勇者の剣を握りしめて精霊のことを考えていたからこんな状況に陥ってしまったのか。
精霊は無感情な目で俺を見ている。先に口を利いていいものか悩んだが、聞きたいことが多かったのでこちらから話しかけてみることにした。
「あの、ここはどこ······ですか」
以前タメ口を注意されたことを思い出し、丁寧な口調で尋ねる。
「貴様の意識の中だ」
精霊は淡々と答える。
「意識の中?」
「依代が無ければ、我は精霊界から外界へは出てゆけぬ」
だから意識の中で直接対話しているということか。俺に憑依している状況だと解釈する。
つまり実際の俺は自宅の部屋にいて、どこかに転移してしまったわけではない。
というか、予定外だが精霊が喚べたということは、これは勇者の剣の魔力を使えたということか。加護が無くなっても持ち主と認識されるのだろうか。
「貴様の加護は失われたのではない。力を感じられぬほどに弱くなっているだけだ」
「あ、なるほど······ん?俺、声に出してた?」
考えを読んだような精霊の言葉に首を傾げる。
「ここは貴様の意識の中。考えなど筒抜けだ」
なんだそれ。俺には精霊の心の声なんて聞こえないのに。
「ふん。我の心を貴様ごときが読めるわけがなかろう」
また読まれた。なんだか腹立たしい。多分これも読まれてる。
どうせ読まれてるなら敬語使う意味無いな。
「あれ······なんで俺の加護のこと」
時間転移したのに、目の前の精霊は未来で俺に加護を与えたことを覚えているのか。
「精霊界では時間の流れが異なる」
そういうものなのか。面倒なのでそういうものだと納得しておく。
加護の力が弱まっているのは、やはり代償としたセレネさんの命が時間転移により蘇ったからか。
「その認識で間違いはない」
精霊は俺の思考を肯定する。
「もう一度、加護を与えてもらうことってできないか?」
少々予定外だったが、精霊に会えたのだ。そう言って頼む。
「何のために」
前に力を望んだ時はそんなこと聞かれなかった。だが、素直に答える。
「もう一度、戦うために」
「もう一度あちらの世界へ行けると思っているのか」
その言葉に沈黙する。確かに、まだあっちの世界に転移できるとは決まっていないのだ。
「俺の勇者の剣には異世界に転移できる魔力が残ってるのか?もし足りないなら、力を貸してくれないか」
「なんと図々しい。加護の力とゲートの通行を要求するとは。そもそも、代償には何を差し出す気だ?」
「それは······」
俺は口籠る。何も差し出せるものなんてなかった。
「話にならない」
「ま、待ってくれ!」
そのまま還ってしまいそうな雰囲気だったので、慌てて引き止める。
「うーん、ええと······その、後払いじゃ駄目?」
後で何か供物を捧げるんじゃ駄目だろうか。
「最後に貴様自身の命を差し出すという意味か?」
「違う違う!?」
慌てて否定する。それは困る。死にたくはない。
他に何かいいアイデアは無いかと頭を悩ませていると、精霊が言った。
「貴様の加護は、最低限戦い抜けるだけの戦闘能力と、あの世界で死なない加護だ」
「え?」
戦闘能力はわかる。“最低限”というところが若干気になるが。
しかし、あの世界で死なない加護?そんなの初耳だ。
「命を代償に捧げたエルフの女が、そう願った」
セレネさんが?
「しかしながら、死にたがりの女の命など大した価値はない。不死や必要以上の強化をするには足りなかった」
死にたがり?彼女が?
そういえば、彼女は最期にカザマとマリーナのお姉さんに謝っていた。一人生き残ったことに罪悪感を覚えていたのだろうか。
カザマを死なせてしまったから、せめて俺は死なないようにと願ってくれていたのか。
「よって、あの時点で貴様と縁のあった者に守らせることにした。貴様が死の危機にあるとき、命を賭して守るように」
あの時点で俺と縁のあった者?異世界に来てそれほど経っていない頃だ。相手は限られている。
「まさか、マリーナ?」
彼女がずっと俺についてきてくれたのはそういう理由だったのか?
「未熟な魔術師には不可能と判断した」
なら誰に?少し待ったが、精霊は何も言わない。自分で気付けということか。
マリーナじゃない?なら、誰に······あの時点で他に出会ったひとなんて、
「······アイオス」
はっ、と息を呑んでその名を呟く。
ほんの少し言葉を交わしただけの魔族。
「盾として申し分なかった」
精霊は肯定する。
確かに、俺が命の危機に瀕する度に助けてくれたのは彼だった。
旅を始めたばかりの頃、ガルグの凶刃に襲われたとき。もう駄目だと思ったタイミングで助けてくれた。
砂漠でハーピィの餌にされかけたとき。あの視界の悪く広い砂漠で、俺を見つけて助けてくれた。
俺にとって都合が良すぎる。
そして、あんなに何度も偶然の再会を果たすか?
「アイオスを操ってたってことか!?」
「否。縁を繋いだだけに過ぎない。
案ずるな。暗示などはかけていない。あくまで、貴様を助けるために動いたのはあの男の意思」
つまり、俺が危機的状況に陥ったとき、運よく側を通りかかるようにされていただけのことか?
良かったと考えていいのか微妙なところだ。おかげで俺は死ななかったが、アイオスには知らないところで迷惑をかけていた。
「この加護と引き換えに、条件付きの加護を与えてもいい」
「!」
一瞬喜びかけたが、弱まった加護と交換しても大した力は得られないのでは。
「左様。ゆえに条件付きだ」
俺は黙ってその先を促す。
「貴様はもう一度戦うために力が欲しいと言ったな。ならば、勇者として戦え。
貴様が勇者としての自覚を持ち、かつ仲間から勇者と認められている場合のみ、相応しい力を発揮できよう」
自他共に勇者と認められること。それだけか?
「甘く考えているな。
貴様が眼前の敵に屈し、戦いの意思を失くしたり、勇者であることを否定すれば即座に力を失う。また、仲間から勇者と認められなくなっても力を失う。
力を失くした貴様は敗れ、死ぬだろう」
自分と仲間の心次第で、俺があの世界で戦えるかどうかが決まる。自分と仲間を信じ抜かなければならない。
勇者として戦う覚悟はある。だから力が欲しいのだ。だが······みんなは、マリーナ達は俺のことをどう思っているだろうか。
勇者と呼ばないでくれ、と仲間の前で言った。必要以外呼ばずにいてくれた仲間達。勇者扱いせず、ひとりの仲間として接してくれた。
みんなは、俺を勇者と思っていないのでは?
だとすれば条件を満たせず、俺は力を発揮できない。
「それでも、再び異世界で戦うことを望むか」
試すような精霊の問い。実際、試されているのかもしれない。
今までの自分の言動を後悔する。
「それでも······それでも俺は、みんなにもう一度会いたい」
今度こそ勇者として戦うからと、みんなに俺の気持ちを伝えよう。
俺の意思は、言葉と心を通して精霊に伝わったはずだ。
「ならば、あの世界へのゲートを開いてやろう。ゲート開放の代償は、貴様と貴様に関わった者全ての時間転移の禁止。時間転移しようとすれば、問答無用で次元の狭間行きだ」
つまり、もうやり直せない。失敗したらまた魔王を斃して過去へ戻ればいいと、心のどこかで考えていたのを見透かされたか。
「······わかった」
「貴様が最初に通ったゲートがあった場所。そこへ行け」
「ありがとう!」
俺が最初に通ったゲートは、玄関に現れた魔法陣だった。
「ゲートの開放時間は貴様の世界の時間にして五分。それを過ぎれば二度と異世界へは行けない」
五分って、ちょっと短くないか。
俺の心の抗議を無視して、精霊は続ける。
「転移先についてはサービスだ。貴様の仲間の近くに送ってやろう」
その礼を言う暇は無かった。ひとつ瞬きすると、そこはもう俺の部屋だった。
「······」
意識の中に入ったのも突然なら、出されるのも突然だった。
「······ぼうっとしてる場合じゃない!」
五分しか無いのだ。勇者の剣を鞘に納め、急いで部屋を出る。
一階まで駆け下り、夕飯の準備をしているであろう母がいるキッチンの前を通り過ぎる。
声をかけている暇はない。心配かけるけどごめん、と心の中で謝罪し、玄関へ。
「!」
玄関には、魔法陣が出現していた。白く輝いている。
靴を履いて魔法陣に足を踏み入れようとしたとき、「深雷、出掛けるの?」と母さんの声が聞こえた。俺が玄関に向かったことに気付いていたらしい。
「風真を迎えに行ってくる!」
俺はそれだけ言って、迷わず白い光の中に身を投じた。




