50.説得(2)
「アイオス!!」
ヴァイオレットの悲鳴が響き渡る。驚きの事態に呆然としたのは一瞬で、飛び出した彼女の身体を慌てて捕まえた。
「離して······離して、モニカ!」
ヴァイオレットが目に涙を浮かべながら、自分の腕の中でもがいている。
「アイオス······アイオスッ!!」
魔法による攻撃を受けて膝をついたアイオスの元に行こうとするヴァイオレットを抱きしめるようにして引き止める。
「ヴァイオレット!気持ちはわかりますが、今飛び出すと危険です!」
アイオスを攻撃したのはセレネ様だ。彼女は彼にとどめを刺そうと、新たに魔法を展開しようとしている。
ヴァイオレットを恋人の元へ行かせてやりたい気持ちはあるが、今前に出るとセレネ様の魔法に巻き込まれかねない。アイオスに、彼女を必ず守ると約束したのだ。
それにしても、魔法発動の兆候が全く無かった。先ほど戦う二人に魔法を放った後は、セレネ様は杖を下ろしていた。もし、こっそり魔力を込めていたとしたらマリーナが気付くだろう。
頭上には太陽。まぶしい光が地上に振り注いでいる。
考えられる可能性は、少し前に放った光の矢の一部を太陽の光でカモフラージュして頭上に留めていたということだろうか。
それなら、発動の兆候が無かったことに納得がいく。
先の攻撃は、この瞬間のための準備。追撃しなかったのはそのためだ。
恐らくセレネ様は、確実に攻撃が命中する瞬間を狙っていたのだろう。戦闘中は意識を集中しているため、魔法の発動に気付かれる。側にいる自分達の妨害もある。
だから、戦いが決着して最も油断するこの瞬間を待っていたのだ。
目論見は成功し、光の矢に貫かれたアイオスは地面に膝をついている。
我に返ったフェンが急いでアイオスの元に駆け寄る。彼は薬を持っているはずなので、治療は任せていいだろう。
追撃しようとするセレネ様をマリーナが止めにかかる。
「駄目っ!これ以上攻撃しないで!」
セレネ様の杖に取り付き、魔法の発動を妨害する。
カザマとカーネリアも驚いているが、積極的に止めに入れないのはアイオスが魔族だからか。
「目を覚ますのです、マリーナ。彼は魔族ですよ。討伐対象のガルグを斃したのですから、もう用済みでは?」
自分はセレネ様のことをよく知っている訳ではない。同じ王宮に勤めていても、騎士と魔術師では接点がほとんどない。
しかし聞いた話では、セレネ様は穏やかな性格で面倒見がよく、いつも微笑んでいる優しい印象だった。こんな冷たい目をするひとだとは思わなかった。
エルフ族は長命で、他の種族より魔族と争ってきた歴史が深い。彼女もまた、魔族に並々ならぬ憎しみを持っているのだろうか。
「何言ってるの、セレネさん!?アイオスは味方なの!利用してたわけじゃないわ!」
マリーナが必死に言い募るが、セレネ様に伝わる様子はない。
「彼が、ガルグのように裏切らない保障は?危険の芽は今のうちに摘んでおくべきです」
聞く耳を持たないセレネ様の顔を見上げ、マリーナが愕然とする。ここまで話が通じないとは思わなかった。
「セ、セレネ!いったん落ち着こう。彼らから詳しい話を聞かなくちゃいけないし、今は争っている場合じゃ······」
「もちろん、詳細は聞かせて頂きます。あの魔族を排除した後で」
カザマの言葉も届かない。カーネリアも彼女を宥めるためにカザマと妹に加勢する。
「セレネ。カザマの言う通り、一度落ち着きましょう」
「············」
セレネ様の動きは止まったが、まだ杖は下ろしていない。納得していないのだろう。その鋭い視線は蹲るアイオスに向けられているが、どうするか思案している様子だ。
「ねぇ、さっきから何度もアイオスは味方だって言ってるでしょ!聞いてなかったの?その大きな耳は飾り?それとも年取り過ぎてボケた!?」
もう少しで止められそうだと思っていたら、腕の中のヴァイオレットが火に油を注ぐようなことを言い出した。
「魔族だからって理由で殺すの?そんなの、あなたのほうが悪い魔族みたいな考え方してるじゃない!」
足元の砂を蹴り上げながらヴァイオレットが叫ぶ。恋人を傷付けられて相当おかんむりのようだ。
魔族みたいと言われたセレネ様の肩がぴくりと動く。その言葉は看過できなかったようだ。
セレネ様の視線がこちらを向く。蒼い瞳に射すくめられてもヴァイオレットは怯まない。むしろ、隣にいる自分の方が恐怖した。
無いとは思うが、セレネ様の魔法がこちらに飛んできたらどうしよう。
「身体が丈夫な魔族でも、傷付けられたら痛いの!苦しいの!他の種族とおんなじなの!」
感情が昂って涙を流しながらヴァイオレットは叫び続ける。
「アイオスはあなたに何も危害を加えていないじゃない。なのに、何で不意打ちで攻撃したの!卑怯者!」
もしかしたら、ヴァイオレットは自分を攫った魔王相手にもこんな風に反抗したのかもしれない。それが暴言でも正論でも、弱いヒト族にこうもまくし立てられたら、腹を立てて殺意を覚えてもおかしくない。
ヴァイオレットの糾弾は、セレネ様よりもカザマの心を動かしたらしい。
「セレネ。彼女の言い分は正しいよ。彼······アイオスは、ガルグの攻撃から僕を守ってくれたんだ。敵じゃないと思う」
「······わたしも複雑な気分だけど、今のところ害はないようだし、ひとまず様子を見てみない?」
カザマとカーネリアに続けて説得され、さすがにそれ以上攻撃を強行する気力を無くしたらしい。セレネ様は杖を下ろした。
「······少しでもおかしな動きをしたら、攻撃します」
それが彼女の妥協点だろう。今はそれでいい。しかし、これから彼女を説得して納得させるのは骨が折れる作業かもしれない。
「ヴァイオレット」
腕の力を緩め、頬をつたう涙を指で拭ってやる。
「アイオスなら大丈夫です。フェンは凄腕の錬金術師なんですよ。傷なんてあっという間に直してくれます」
「······ほんと?」
「はい」
ヴァイオレットも落ち着いたらしい。アイオスの方へ行きたそうにはしているが、離しても走り出すことはなく、我慢してくれた。
フェンの治療を受けたアイオスが立ち上がるのが見えた。命に別状がなくて良かった。
二人はこちらの雰囲気が落ち着いたのを見て、ゆっくり歩いて来る。
ガルグを斃し、カザマ達の死の原因は取り除いた。後は、もう一度魔王を斃し、カザマをミライの元へ帰すのみ。
その前に、カザマ達にもう少し詳しく事情を話さなくてはならない。疑問点はたくさんあるだろうから。
今後のことを考えていると、ふっ、と頭上に影が差した。
雲がかかったのだろうかと思ったが、見上げて違うと気付いて瞠目する。
太陽を遮ったのは、岩のような硬い鱗を持つドラゴンだった。
「ドラゴン!?」
自分達のいる場所に降りてくる。
茶褐色の大きな鱗、縦長の瞳孔の黄色い瞳。
自分達が前に海底洞窟で戦った幼竜とは全然違う、巨大なドラゴン。
「カザマ、カーネリア。撤退します!」
何の準備もなしにドラゴンと戦うのは自殺行為だ。セレネ様は撤退の判断を下した。
「私達も撤退だ!」
驚きに硬直した自分とマリーナに向かってフェンが叫ぶ。
「ヴァイオレット、失礼します!」
ヴァイオレットを横抱きに抱え上げて走り出す。後ろから響くドラゴンの咆哮に追い立てられるように足を動かした。
闇雲に走って逃げても駄目だ。どこかに身を隠し、ドラゴンの視界から逃れなくては。
しかし遮蔽物の少ない砂漠帯で、どこへ向かえばいい?
「あっ······!」
腕の中のヴァイオレットが声を上げる。ちらりと目を落とすと、彼女は後方に顔を向けていた。
「どうしましたか!?」
振り返る余裕がないのでそう尋ねる。
「アイオスが、ドラゴンに向かってってる!」
「!!」
恐らく、自分達の逃げる時間を稼ぐために囮になるつもりだろう。加勢できないことが悔しい。
ドラゴンの咆哮に混じって、魔法による爆発音も聞こえる。魔術師の誰かが足止めのために魔法を放ったのだろう。
視線のずっと向こうに岩石地帯が見える。あそこまで行って、どこかに身を隠せれば······
「!?」
前方にモンスター。大きなトカゲの形をした、サラマンダーと呼ばれるモンスターだ。
「こんなときに······!」
足を止める。ヴァイオレットを抱えたままでは戦えない。焦る自分の前に、赤いマントが翻った。
「下がって!」
カザマだ。隣にはセレネ様もいる。
飛びかかってくるサラマンダーを魔法で仕留めるセレネ様と、前に出て斬り捨てるカザマ。
前方のモンスターは彼らに任せて、後ろの様子を確認する。
マリーナとカーネリア、そしてフェンは、魔法でドラゴンの進行を遅らせている。
アイオスは魔族姿のままでドラゴンの眼前を跳び回り、注意を引いている。
いつアイオスがドラゴンの牙に捕らわれてしまわないか心配で仕方ない。ヴァイオレットが祈るように両手を組み合わせている。
せっかくガルグからカザマ達を救ったのに、ここで誰かがやられてしまっては意味がない。
ふと、空の上できらりと光るものがあった。太陽の光とは違う。誰かの魔法かと思ったが、それも違うようだ。
眩しさに目を細めながら見上げていると、何かが落ちてくることに気付いた。
それの正体を悟り、驚きに目を見開く。
雷が落ちた······ように見えた。




