表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/111

5.勇者の地下道(2)

「あれか?」


近づいてみると、意外と小さい建造物だった。


中に入って地下へ続く階段を見て、そういや『勇者の地下道(ちかみち)』だから地下ダンジョンか、と納得した。


石造りのダンジョンは、所々ひび割れている。

崩落(ほうらく)したりしないよな?


階段の向こうは地上の光が届かないので暗い。そう思っていると、セレネさんの杖に光が灯った。

その光は杖を離れ、彼女の頭より高い位置に浮き上がる。同じ光の玉を三個(したが)え、セレネさんは言った。


「これで視界は確保できます。降りましょう。地下道はそれほど広くありませんが、暗闇に(ひそ)むモンスターには注意してください」


草原を渡ったときと同じフォーメーションで、地下道を進む。


時折(ときおり)羽音と鳴き声が遠くから聞こえる。コウモリでもいるのだろうか。


「マリーナ、前方の天井を炎魔法で焼いてください」

しばらく歩いたところで、セレネさんがマリーナに指示を出した。


「了解!」

マリーナに生み出された炎が勢いよく天井を()め、熱風が肌を刺す。


炎が通り過ぎた天井から鳴き声が上がり、結構な数のモンスターが落下した。


炎に照らされたそれは、俺の想像通りコウモリの形をしていた。ただし、サイズはイメージした三倍くらい。


「よく気付いたな、セレネさん···」


知らずに通り過ぎようとしたら、この大量のコウモリ型モンスターに襲われていたかもしれない。


「慣れればミライも、モンスターの気配がわかるようになりますよ」


本当だろうか。いや、わかるようにならないとこの先やっていけないに違いない。


「このモンスターは毒を持っていますから、もし()まれたら解毒剤を飲んでくださいね」


これは、モンスターの種類や特徴についても勉強していく必要がありそうだ。


異世界に来てまで覚えることが山程あるなんて。

内心でため息をつきながら、先へ進む。


やがて、さらに地下に降りるための階段を発見した。セレネさんが迷いなく降りていくのでそれに続く。


降りた先は小部屋になっていた。


四角い部屋の四隅(よすみ)燭台(しょくだい)が設置してあったので、マリーナが火を付ける。


中心は数段高くなっており、魔法陣が(えが)かれてあった。


その奥には石棺(せきひつ)が並んでいる。なぜここに並べてあるのか。疑問に思ったが、開けるのも怖いので考えないことにした。


天井を見上げると、何かの絵が描かれている。大分色褪(いろあ)せ消えかけているが、もしかして精霊の絵だろうか。


「ここで精霊を()びます」

魔法陣の上に立つセレネ。杖を正中(せいちゅう)に構える。


「お二人は少し下がっていてください」


俺とマリーナは魔法陣から少し離れた場所に立ち、セレネさんを見守る。


目を閉じたセレネさんの足元の魔法陣が薄く光を放つ。

徐々に明るさを増した光はセレネさんを包み込み、光の柱となった。


(まぶ)しい、と思ったのも(つか)の間、今度は徐々に光が収束(しゅうそく)し、魔法陣だけに光が残った。


セレネさんは変わらず中心に立っている。その背後に、さっきまではいなかった存在が浮いていた。


これが精霊。姿はヒトの形に近い。

半透明で向こうが透けて見える。実体は無いのだろう。


精霊はセレネさんを抱きしめるように両腕を回す。半透明のその身体(からだ)が重なり、セレネさんの中に入るように消えた。


「精霊がセレネさんの身体に···」


「自分の身体を、一時的な依代(よりしろ)にしたのね」


閉じていた瞳が開かれ、俺達を見る。

そして、口を開いた。


「我を喚んだ理由を述べよ」


「!!」

セレネさんから、違う誰かの声がする。彼女の口を借りて、精霊が話しているのだ。


マリーナを見ると、彼女もちょっと驚いていた。

精霊召喚(しょうかん)に立ち会うのは初めてらしい。


俺は精霊に視線を戻し、唇を湿らせた。


「俺は異世界から召喚された者だ。この世界で戦うための力が欲しい」


ストレートに要求をぶつけると、精霊は目を細めた。


「勇者と呼ばれる者か。しかし、幾月(いくつき)か前にも、異世界者に力を与えたばかりだが」


カザマのことか。兄も同じようにここで力を(さず)かったのだ。


「二人目が召喚されたとなると···ふん、大方(おおかた)くたばったか」


その言い方に、頭に血が昇る。

「······ッ!!」


そんな俺の様子を見て、精霊は小馬鹿にするように笑う。


「小僧、それがモノを頼む態度か?礼儀知らずめ」


言い方も腹が立つが、セレネさんの顔でそんな表情を浮かべる精霊に嫌悪感(けんおかん)を覚える。


「ミライ、今は(こら)えて。力を授からないと困るでしょう」

マリーナが(ささや)く。


彼女の言う通り、精霊の機嫌を(そこ)ねて力を貰えなくなっては非常に困る。


怒りを(こら)えて、頭を下げる。

「···どうか、俺に戦う力を与えてください。お願いします」


数秒、精霊は黙って俺の頭部を見下ろしていた。


「まぁ、良かろう。して、代償(だいしょう)に何を差し出す?」


「代償?」

顔を上げ、驚きの声を上げる。


そんなの聞いてない。セレネさんが言い忘れた?いや、彼女がそんなミスをするとは思えない。


マリーナを見ると、彼女も知らないと(かぶり)を振る。


「タダで力が貰えると思うたか?」

「ええと···」


困惑する。代償って何でもいいのか?価値のあるものじゃないと駄目なのか?そんなもの持っていない。


「む···エルフの女が代償を払うと言うておる」

「えっ?」


「ふむ、良いのか?では、相応(そうおう)加護(かご)を与えよう。感謝するのだな、小僧」

俺を置いて話が進んでいく。


「待ってくれ!セレネさん、何を差し出したんだ!?」


返事はなかった。変わりに、魔法陣から伸びた光が俺の身体を包む。


身体が軽くなる。腰に()びた剣の重さが気にならなくなった。


感覚の変化に驚く。

これが、力を授かったってことなのか。


幽体離脱(ゆうたいりだつ)でもするように、セレネさんの身体から精霊が出ていく。


光が消え、部屋を照らすのは燭台の火だけになった。


セレネさんの身体が(かし)ぐ。

「セレネさん!」


慌てて駆け寄る。自分でも驚くほどの俊敏(しゅんびん)さで、彼女が床に落ちる前に抱きとめることができた。


(まぶた)が開き、青い瞳が俺を見る。

「ミライ···聞いて、ください」


弱々しい声。今にも息絶(いきた)えそうな。


「一体何を代償に!?」


「わたくしの生命力のほとんどを···」


「なんてことを!?生命力のほとんどを(ささ)げるなんて、死んでしまうわよ!?」


同じく駆け寄ったマリーナが驚愕(きょうがく)の表情を浮かべる。


「ミライ···貴方に魔王討伐(とうばつ)強要(きょうよう)して、ごめんなさい···

身勝手なわたくし達を、恨んでもいいのです。

これで、貴方はこの世界で生きていける力を手にしました。

他人の言葉に惑わされず、自由に進んでください···」


「そんな、遺言みたいなこと!」

俺は腕に力を込めた。今の俺なら、女性ひとり軽々運べる。


「マリーナ、セレネさんを運ぼう!村に戻って、治療を」


しかし、セレネさん自身はそっと首を振って拒絶した。


「いいえ、もう、いいの···」

「駄目だ、セレネさんっ!」


(うつ)ろなその瞳は、もう俺達を写していなかった。


最期に、()ってしまった仲間に囁く。

「···カザマ···カーネリア···ごめん、なさ、い···」


セレネさんの身体から力が抜け、俺の腕にかかる重さが増した。


「セレネさん?そんな、なんで···」

呆然(ぼうぜん)(つぶや)く。


マリーナは口元を押さえ、嗚咽(おえつ)を漏らす。

「···っ、セレネさんっ···」


わからなかった。なぜ、彼女は命を捧げた?俺がカザマの弟だから?カザマを守れなかった罪滅ぼしのつもりか?


最期の言葉を思い出す。


仲間を失った絶望に耐えられなかった?


死んでしまっては理由を聞くこともできない。


薄暗い地下室で、マリーナのすすり泣く声だけが響いていた。



⚫⚫⚫



やがて落ち着いたマリーナが、目元を(ぬぐ)って立ち上がった。


「ミライ···(つら)いけど、あたし達、行かなくちゃ···」


「ああ···わかってる···」


腕の中のエルフの女性は、まるで眠っているように見える。


今さら、奥に石棺(せきひつ)が置いてある意味を理解した。代償に命を捧げた場合を考えて設置されているのだろう。


代償が命だけとは限らない。他にも方法があったはずだ。もっと早く気が付いていれば、止められただろうか。


「セレネさんの遺体···ここに置いていくのか?」

石棺を見ながら、マリーナに問う。


「そうするしかないわ。故郷が近くて、連れて帰れるならそうするけど···どこなのかわからないし」


こんな暗い場所に、光のような彼女を置いていかなければならないことが悲しかった。


「遺品だけ回収して持ち帰るのが一般的なの。確か、セレネさんは王都の宮廷魔術師(きゅうていまじゅつし)だって聞いたことがあるわ。もし王都に立ち寄ることがあったら、王宮の誰かにその遺品を預けましょう」


「遺品って···どれを?」


「身分が証明できるものや、遺髪かしら」

マリーナはセレネさんの胸元のブローチを指す。


「王宮の紋章が入っているから、多分王宮魔術師の(あかし)だと思うわ」

ブローチを外す。裏返すと肩書と名前が刻印されている。


マリーナが開けてくれた(から)の石棺に、セレネさんの身体を横たえる。

彼女の杖も一緒に(ひつぎ)に納め、蓋を閉める前に黙祷(もくとう)する。


別れを告げた俺達は、部屋の燭台をひとつ拝借(はいしゃく)する。セレネさんにはもう頼れない。


燭台はマリーナに持ってもらい、ひとつ上の階へ戻る。


階段を登ってすぐ、モンスターの羽音が耳朶(じだ)を打った。


「!」

反射的に上だ、と思った。鞘走(さやばし)る音を響かせ、俺は剣を抜いた。


斜め上の暗闇に、動めく影が見えた。その影を狙って切り払う。

軽い手応えを感じた。


ぼとり、と鈍い音がしてモンスターが落下する。俺が切ったのは翼の部分だったらしく、まだ生きている。


片翼(かたよく)でもがくそいつに剣を突き立て、息の音を止める。


そこまでの動作に躊躇(ためら)うことはなかった。

セレネさんを失って心が麻痺していたのもあるが、命をかけた彼女の為にも、戦うことを躊躇うわけにはいかないと思った。


「行こう、マリーナ。これからは俺が前に出て戦うから、魔法で援護(えんご)してくれるか?」


「ええ。頼りにしているわ、ミライ」


異世界での俺の戦いは、始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ