46.作戦
◎◎マリーナ◎◎
ミライは自分の世界にいる。フェンの口から発せられたその言葉を脳内で反芻させる。
確かにあたし達全員の転移状況から考えると、“今この時間の自分自身”に転移したのだろう。ならば、まだ召喚されていないミライが自分の世界に転移していてもおかしくない。
「ミライには······もう会えないということですか?」
「······恐らく。しかし、我々にそれを確認する術はない。推測の域を出ないが、ミライは無事に自分の世界へ転移したと信じるしかない」
ショックを受けた顔のモニカ。その推測をしたフェンも、表情は暗い。
ミライがいなくなってしまったことにそれぞれ思うところがあるのか、個室内に沈黙が落ちる。
ミライに非はない。彼自身も、今ごろ自分の世界で戸惑っているに違いないのだから。過去への転移は前例がなく、誰もこの結果は予想できなかった。
フェンは冷静な表情をしているように見えるが、耳と尻尾に元気がないのでミライに会えなくなって落胆しているのが分かる。
モニカは唇を引き結んで下を向いている。見ようによっては、泣くのを堪えているようにも見えた。
アイオスは眉根を寄せて視線を落としている。隣に座るヴァイオレットが気遣うようにそっと腕に触れた。
あたしもショックだった。こんなに突然、ミライに会えなくなるなんて思わなかった。
こんなことになるなら、もっと言葉を交わしておけばよかった。
でも······
「······これで、よかったのよ」
沈黙を破って、あたしは口を開いた。みんなの視線が集まるのを肌で感じる。
「ミライは、自分の世界に帰りたがっていたわ。元々、あたし達の世界の都合で召喚されて、魔王討伐の旅を余儀なくされていたんだもの。だからきっと、これでよかったのよ。
もう、ミライは戦わなくていいの。きちんとお別れできなかったのが心残りだけど······あたし達はこれまで戦ってくれたミライのために、カザマを救って彼の世界に帰してあげなくちゃいけない」
自分自身にも言い聞かせるように言う。そうだ、ミライが元の世界へ帰れたことを喜ぶべきなのだ。
「そうだな······マリーナの言う通りだ。たとえこの場にいなくとも、ミライと交わした約束は消えない。異世界の友のために、私も力を尽くそう」
「自分もです。必ずカザマを救い、ミライの元へ帰してあげましょう」
「過去への転移を提案した責任がある。カザマを助け、もう一度ラグズを斃すまで協力は惜しまない」
やるべきことは変わらない。望む未来のために、最善を尽くすのだ。
「素敵なパーティメンバーね」
瞳に決意を宿らせたみんなを見て、ヴァイオレットが囁く。
「わたしも、そのミライってひとに会ってみたかったな」
会えなくなったあたし達の勇者を想うと、胸が苦しくなる。ミライに返せなかった恩を、せめてカザマに返そう。
「これからのことを話さなくちゃ。あたしは一刻も早くお姉ちゃんを助けたいの!」
今も姉の近くに仲間の皮を被ったガルグがいると思うと、気になって仕方ない。
「町中で戦いになるのは避けたい。勇者一行が町の外へ出たタイミングを狙いたいが」
フェンの言う通り、町中で騒ぎを起こすわけにはいかない。無関係な人々を巻き込んでしまう。
「そうですね。そのためには、彼らの動向を知る必要がありますが······」
「あっ、それならわたし知ってる」
ヴァイオレットが手を上げて答える。
「今日は勇者の剣を取りに行って、明日は討伐依頼の出ている巨大ワームを倒しに行く予定なんだって」
その情報提供にフェンとモニカがびっくりしている。
そういえば、ヴァイオレットは顔が割れていないのを良いことに勇者一行に接近していたのだった。
「いつの間にそんな情報を得たんですか?」
「勇者様たちの話を盗み聞きしたの」
その言葉に、無言でアイオスに非難の視線を向ける二人。
「マリーナにも言ったが、俺の指示じゃない。ヴァイオレットの独断行動だ」
「ごめんってば。いつまでも根に持たないでよ。それに、有益な情報でしょ?むしろ褒めて」
ヴァイオレットは悪びれずに胸を張る。彼女としては、恋人の役に立ちたかったのだろう。
事実、有益な情報だ。つまり、カザマ達は明日、巨大ワーム討伐のために町を出る。
「もう勇者の剣を手にしたか。なら、新しい剣の扱いに慣れたら暗黒大陸へ渡るかもしれんな」
「明日、彼らが町の外へ出た時が接触のチャンスですね」
「作戦を立てなくちゃ。いきなりガルグに攻撃を仕掛けるわけにもいかないでしょう」
不意打ちで襲撃すればガルグを斃せるかもしれないが、カザマ達から見たらあたし達のほうが悪者になってしまう。
しかし、事情を説明する時間をガルグが与えてくれるとは思えない。
「最初に俺が接触して、ガルグを引き付ける。その間に、お前達はカザマとその仲間に事情を説明すればいい」
「具体的には?」
アイオスの提案に、フェンが詳細を問う。
「彼らの前に姿を現してから、変化魔法を解く。そうすれば、姿を変えられる魔族の存在を認めるだろう。それから、ガルグは俺と同じ魔族だと告げる」
「だが、カザマたちにとってガルグは共に旅をした仲間だ。ガルグが否定して、その言葉は嘘だ、信じるなと言ったらどうする。ガルグが魔族だという証拠を出さなければ、信じてもらえんぞ」
アイオスの方が勇者を騙す魔王の手先だと勘違いされかねない。
「ガルグの変化魔法を解く」
「どうやって?そういえば前から気になっていたが、その魔法はどういうものだ?自主解除以外で解く方法があるのかね?」
角と翼を隠し、肌の色を変える魔法。背中のあたりに手を伸ばしても触れられないので、角と翼はただ透明にしているという訳ではないらしい。
「角と翼は、四次元空間に格納している。肌は、薄い魔力の膜を張り巡らせることで変えている。コントロールと魔力が続く限り、解けない」
つまり、常に魔力を消費し続けている状態。よほど魔力の貯蓄がない限り不可能だ。
「コントロール······ってことは、集中を乱せば解けるのね。でも、簡単じゃないと思うわよ」
アイオスと同じく、ガルグの保有する魔力量も多いだろう。魔力の枯渇を狙うのは現実的じゃない。
それに、ガルグは長い間王都で暮らしていたのだ。誰にも正体を悟られず、隠し続けた鋼の精神を乱すのは難しいのではないか。
「外部から魔力をぶつけて、無理矢理解く」
どうするのかと思えば力技だった。
「俺も同じ魔法を使っているから、どの程度波長を乱されたら解けるか、その加減がわかる」
「魔族としてのガルグを見れば、さすがに信じますよね」
カザマ達は盛大に動揺するに違いない。
「ガルグをカザマ達から遠ざけてから、お前達には出てきてほしい」
「わかった。君にまかせよう」
アイオスも魔族なのでカザマ達に攻撃されてしまうかもしれないが、それを止めるのもあたし達の役目だ。
お姉ちゃんなら、きっとあたしの話を聞いてくれる。
「あの、口を挟んで悪いんだけど」
ヴァイオレットが発言する。
「その、ガルグってひとを······殺すの?話し合いで解決できない?」
「ガルグはラグズと同じように、他者の命を軽く見ている。見逃せば多くの犠牲を生む。後顧の憂いを断つためにも、ここで討たなければならない。
······残念だが、ガルグやラグズとは、最後まで分かり合えなかった」
できることなら、殺さずに話し合いで解決したかったのだろう。しかし、アイオスがどんなに言葉を尽くしても彼らには届かなかった。だからもう、斃すしかないのだ。
「そう······ごめんなさい。余計なことを言って」
「いや、いい」
同族同士で争わせることに罪悪感を覚えるが、あたし達だけでガルグに打ち勝つのは少々厳しい。アイオスの協力は不可欠だ。
「じゃあ、わたしは明日、お留守番?」
「それは······」
ヴァイオレットを危険な戦いの場に連れて行くのは得策ではない。普通に考えれば町に残ってもらうべきだが、アイオスは彼女の側を離れたくないだろう。
作戦実行は明日。ヴァイオレットを他の大陸に避難させる時間はない。
「一人残しては行けない······危険だが、同行してもらった方が守りやすい。
······すまない。ヴァイオレットの同行を許してもらえるか」
後半の台詞はあたし達に向けたものだ。
「かまわないよ。彼女に何かあれば、君が時間転移した意味がないのだから」
「アイオスは前に出て戦わなくてはならないのですから、後ろは任せてください。ヴァイオレットは自分が命をかけてお護りします」
「かっこいい、モニカ。惚れてしまいそうよ。でも、命は大切にしてね」
騎士としての顔を見せるモニカに、ヴァイオレットが両手を組み合わせて憧れの視線を向ける。
「決まったな。カザマ達に接触するのは、彼らがワーム退治を終えてからにしよう。ガルグとワームを同時に相手にはしたくない」
戦いの直後なら、ガルグも多少は消耗しているかもしれない。
頭の中で作戦をシュミレートしながら、上手くいきますようにと願う。失敗すれば最悪、目の前で姉を失うことになる。でも、そんなことはさせない。絶対に。
決意を胸に、明日に向けて準備を整える。
もう少しだけ待っててね、ミライ。あたし達が、必ずカザマを助けてあなたの元へ帰すから。




