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45.どうかもう一度

◎◎深雷(ミライ)◎◎



教科書などが()まったバッグをぞんざいに部屋の(すみ)に放り投げ、ベッドサイドに座り込む。


「············」


部屋の中央に()かれた緑色の絨毯(じゅうたん)が視界に入った。脱ぎ散らかされた部屋着が放置されている。


勉強机の(となり)には本棚。教科書はここに仕舞(しま)われているが、教材よりも漫画(まんが)やライトノベルのほうが占領(せんりょう)するスペースは大きい。ゲームソフトも何本か収納されている。


天井に取り付けられた白いLEDライトの光が部屋を()らしている。


俺の部屋だ。住み慣れた()()の一室。

俺は昨日(きのう)、この部屋で目覚めた。時間通りに音を鳴らす目覚まし時計の音。(やわら)らかく暖かい布団(ふとん)。少しシミのある、白い天井。


上半身を起こして愕然(がくぜん)とした。見慣れた自分の部屋にも(かか)わらず、ここはどこだと思った。


枕元の目覚まし時計が一定時間(おと)を鳴らし続け、やがて自動で止まった。

窓から差し込む朝日が、カーテンの隙間(すきま)から()れて部屋の真ん中に線を引いている。


自身の身体(からだ)を見下ろすと、俺は部屋着()わりにしている古いジャージを着ていた。


壁には高校の制服が()けられている。その下に教科書などを入れるためのバッグが置いてあり、開いた口から数学のプリントが(のぞ)いていた。


長い夢を見ていたような気分。

まさかの夢オチ?そんなはずはない。俺は確かに、さっきまで異世界にいた。


「······マリーナ?」

(おそ)(おそ)る、仲間の名前を口にする。


「フェン?モニカ?アイオス?」


当然、返事は無い。耳を()ましても部屋は静まり返っており、窓の外の雑音が(かす)かに聞こえてくる程度だ。


なんで?


なんで?


なんで?


なんで俺は、自分の世界にいるんだ!?


何か失敗した?何を間違えた?


平凡(へいぼん)な目覚めに、昨日まで普通に過ごしていましたとでもいうような部屋の現状。


異世界で冒険していた事は夢だったんじゃないかと思えてくる。自分の記憶に自信がなくなってきた。


風真(カザマ)は?風真は今、異世界にいるのか?それとも、この世界で行方不明になっている?


どこまでが夢でどこまでが現実なんだろう。

異世界で過ごしたという証拠(しょうこ)が見つけられない。


ベッドの上で頭を(かか)え、なんでなんでと同じ事ばかり考える。しかし考えれば考えるほど、異世界が本当に存在にするのかどうかわからなくなってくる。


いつまで()っても下に降りてこない息子を起こすために母が部屋の扉を(たた)くまで、俺は動くことができなかった。


深雷(ミライ)、いつまで寝てるの?遅刻するわよ」


母親定番の起こし文句(もんく)。それを聞いて、今日が平日で学校へ行かなければならないのだと気付いた。

だが正直、俺は学校なんてどうでもよかった。今はそれどころじゃないんだ。


「深雷?いるの?」


扉を強めに叩く音。母の声には不安が()じっている。


「いるよ。起きてる」


(こた)えると、扉の向こうで安心した気配(けはい)がした。


「良かった。朝ごはん、準備できてるからね」


そう言って母は立ち去った。言われた通り起きて下に降りないと、また心配して呼びにくるだろう。


俺は仕方なくベッドから出ることにした。その時、布団(ふとん)の中で何か硬いものを()った。


「ん?何だこれ?」


掛け布団をめくって足にあたった物の正体を確認する。

それを目にした俺は息を()んだ。手を伸ばし、持ち上げる。


ずっしりと重いそれは、(さや)に収まった勇者の(つるぎ)だった。


そっと鯉口(こいぐち)を切ると、白く輝く刀身(とうしん)が覗いた。偽物(にせもの)なんかじゃない、本物の(やいば)


安堵(あんど)する。夢じゃなかった。俺は確かに、異世界にいた。この(つるぎ)がその証拠だ。


ちゃんと現実にあったことだと確認できたのはいいが、まだ疑問は解消(かいしょう)されていない。なぜ、俺は自分の世界に戻ってしまったのか。


考えたいが、階下(かいか)で母さんが待っている。勇者の(つるぎ)をベッドの下に隠し、少し悩んで制服に着替えた。


部屋を出て、隣の兄の部屋をそっと覗いた。もちろん誰もいない。綺麗に(ととの)えられたベッドはしばらく使われた形跡(けいせき)がない。


階段を降りてキッチンに入ると、味噌汁(みそしる)の香りがした。(なつ)かしさにちょっと泣きそうになる。


「おはよう、お寝坊(ねぼう)さん。早く食べて、学校に行きなさいね。テーブルにお弁当(べんとう)置いてあるから」


久しぶりに見る母の顔。父はもう仕事に行っている時間なので姿は無い。


朝食が準備されているテーブルに着き、(はし)を手に取る。湯気(ゆげ)を立てる白米を口に入れた。


「······うまい」


異世界(あっち)にも米はあったが、全然違う。口に広がるのは故郷(こきょう)の味だった。


······俺、ほんとに帰ってきたんだ。


あんなに帰りたいと望んだ元の世界。なのに、ちっとも喜べなかった。


もちろん帰りたかった。

でも、これは違うだろ?こんな形で帰りたかったわけじゃない。


痛いのも苦しいのも我慢(がまん)して、この先も戦うと決意した。なのに······俺だけ、安全な世界に転移してしまった。


ぬくぬくと平和な朝を迎えて、母の作った朝食を食べて。


罪悪感(ざいあくかん)()き上がる。


食事の手が止まった俺を、母さんが心配そうに見ていた。


「どうしたの、深雷?具合でも悪いの?」


母さんの手のひらが俺の額に当てられる。


「熱は無いみたいねぇ。顔色も普通だし、寝ぼけてるだけかしら?」


実際、体調は全く問題ない。魔王戦の疲労(ひろう)綺麗(きれい)さっぱり消えている。


母に心配かけまいと、「なんでもない」と答えて朝食を(たい)らげる。


学校に行きたくなかったが、休みたいと言っても母さんが許してくれないだろう。気乗りしないまま家を出る。そのままサボタージュすると学校から家に連絡が入るので、大人しく登校するしかない。


モタモタしていたので遅刻してしまったが、そんなことはどうでも良かった。


授業が全然身に入らない。ノートも(ろく)に取らずに物思いに(ふけ)っていると、教師に注意された。

友人との会話もほとんど耳に入らず生返事していると、「深雷、お前なんかあった?」とちょっと心配された。


時間だけが過ぎていき、その翌日もただ何となく学校へ行き、漫然(まんぜん)と過ごし、帰ってきて今に(いた)る。


ベッドの側面に背を預け、制服のネクタイを(ゆる)める。


一体何度、「なんで」と考えただろう。


後ろ手にベッドの下から勇者の(つるぎ)を取り出す。


重たいそれを振り回して戦っていたのが嘘のようだ。鞘から抜いて目の前に(かか)げても、重さで()(さき)()らぐ。


俺は、加護の力を失っていた。


異世界で戦える力はもう無い。一般的な高校生男子の身体能力しかないのだ。


たぶん、過去に戻ったからだと思う。


そう、過去への転移は成功しているのだ。昨日、遅れて日付を確認して気付いた。

でも、それだけだ。過去へは戻れたが、転移先には失敗している。


他の仲間の安否(あんぴ)はわからない。俺には確認する(すべ)がない。

一応(いちおう)俺は無事なのだから、みんなも無事に転移できていると信じるしかない。


俺がいなくなっていて驚いているだろうか。探してくれているのかもしれない。


過去へ行って、風真達を助けてもう一度魔王を(たお)すと約束したのに、その約束を破ってしまった。


風真は今でも異世界で勇者として戦っているのだろうか。


マリーナはお姉さんに会えただろうか。


アイオスは恋人に会えただろうか。


フェンとモニカは助けたい相手がいるわけじゃないのに、過去へ戻って共に戦うと言ってくれた。


四人は今ごろ、風真達を救うために動いているかもしれない。


俺がいないことを、どう思ってるかな。元の世界に帰ってしまったと、気付くだろうか?


俺が元の世界に帰りたいと言い続けていたのはみんな知っている。だから、帰ったのならそれでもいいと思うかもしれない。


俺はみんなと比べて弱いから、いなくても問題ないんだろうな。風真がいれば魔王は斃せる。勇者は二人もいらない。


そう考えると悲しくなった。


こんな風に終わるなんて思わなかった。


仲間達の顔が脳裏(のうり)に浮かぶ。別れの言葉を何も言えなかった。これまで支えてくれた礼も言えてない。


みんなに会いたかった。もう一度、言葉を()わしたい。

旅の結末がこんなだなんて、認めたくない。


「風真を助けるために戦うって決めたんだ。一緒に魔王を斃すって約束したんだ。だから······」


勇者の(つるぎ)を抱き締めて、懇願(こんがん)する。


「もう一度、俺を()んでくれよ······!」


そうしたら今度こそ、勇者として戦うから。


願いは届かず、食いしばった自分の奥歯が鳴る音だけが聞こえた。


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