43.仲間を探して(2)
時間は昼前。どこも混み始める時間帯だ。既に店はどこもいっぱいで、席が空いている店はなかなか見つからなかった。
あたしが空腹に耐えかねたので、店内での食事は諦め、屋台通りに移動して手っ取り早く食料を調達することにした。
いくつか美味しそうだと思ったものを見繕い、石段に腰掛けて食べることにする。
「ん〜、美味しい!」
焼き立てのお肉にかかった甘辛いタレが空腹に染みる。
しばらく会話そっちのけで食事に集中する。
食べ終わってお腹が満たされると人心地がついた。
「これ食べる?」
ヴァイオレットが包みから可愛らしい焼き菓子を取り出した。さっき屋台巡りをした時に買ったものではない。
「いつ買ったの?食べるのがもったいないくらい可愛いわね」
「マリーナに会う前、アイオスに買ってもらったの」
その言葉に、彼女が手渡してくる焼き菓子を受け取っていいものか悩んだ。
「恋人から買ってもらったものをあたしが貰うのは悪いわ」
暗黒大陸のアイオスの屋敷に滞在させてもらった二週間、時々物資調達の手伝いで砂漠の大陸に来た。その時は集落の住民を差し置いて食べるのは、とか何とか言いながら買食いすることに難色を示していたくせに、恋人には菓子を買い与えるのか。
「お菓子屋さんが、買ったら勇者様について知ってることを話してくれるって言うから、情報料代わりに買ったものなのよ」
「あ、そうなの」
「ね、アイオス。ひとつマリーナにあげてもいいよね?」
ヴァイオレットがアイオスに確認を取ると、彼は気にした様子もなく頷いた。
「ああ」
買った本人がいいと言うならば、ありがたく頂くことにした。
「アイオスも食べる?」
焼き菓子は三つあるようだ。もうひとつ取り出して、ヴァイオレットは恋人に差し出した。
「いや、俺は······」
「ちょうど三つあるし。一緒に食べましょう」
ヴァイオレットは断ろうとしたアイオスの手に焼き菓子を押し付けた。そして最後のひとつを取り出すと、一通り眺めてから口に運んだ。
同じくあたしもお菓子を口に運ぶ。焼き菓子は可愛いだけでなく味も美味しかった。やはり疲れには甘いものが効く。
「ねぇ、船でトラブルがあったって言ってたけど、何があったの?」
飲み物で喉を潤しながらヴァイオレットが尋ねてきた。
会ってまだそれほど時間は経っていないが、彼女は気兼ねなく話しかけてくれる。
「それがね······クラーケンが出たの」
そう言うと、ヴァイオレットだけでなくアイオスも驚きの目を向けてきた。
「クラーケン······」
ヴァイオレットの黒い瞳が怯えの色を宿す。しかしそれはすぐに消え、あたしを案じる色に変わった。
「よく無事だったね」
あたしはクラーケンに遭遇した時のことを話して聞かせた。
クラーケンに無我夢中で魔法攻撃を仕掛け、しかし奴は船という獲物をそう簡単には諦めてくれなかった。
何度も伸びてくる多足に、他の魔術師の援護を受けながら対抗した。魔力が空っぽになって、もうこれ以上はと思ったところで、クラーケンが船から遠ざかって行った。
戦いで傷付いた船の上で、歓声が上がった。
誰もが生きていることを喜び、近くにいるひとと抱き合った。あたしも名前も知らない誰かに抱き締められた。魔力が底をついてへとへとで、されるがままになっていたのだった。
喜びから覚めると、傾きかけた船の現状に目を向けることになった。
幸い浸水の被害はそれほどではなく、水を抜いて軽く修繕すれば沈む心配は無かった。
ただ、陸まで航海できるかどうかは微妙だった。その時の現在地は雪の大陸と砂漠の大陸の、ちょうど中間地点。戻るにしろ進むにしろ、同じくらいの距離があった。
魔術機構は損傷を受けているが、一応動く。しかし、いつ壊れて動かなくなってもおかしくないと船員に聞いた。
ならば、一刻も早く陸に向かうべきだと声が上がった。進めるだけ進んで、可能なら別の船に救援を要請しようということになった。
船に負荷はかかるが、速度を上げて航海した。なぜなら、通常のモンスターに襲われるだけでも危うい状態である。会敵は最小限にしたい。
手持ちの魔法薬で魔力を回復した後、あたし達魔術師は船の端に等間隔に並び、海上の警戒にあたった。
モンスターの影が見えたら直ちに撃退。これ以上、船に傷が付かないように細心の注意を払った。
それなりに順調に進んでいたが、陸地が見え、あと少しというところで船が進まなくなった。
魔術師達総出で水魔法による海面操作と風魔法による追い風を利用し、なんとか港まで辿り着いた。
結果、徹夜で飲まず食わず、再び魔力が底をついた。
看板でみっともなく大の字で倒れていたら、船員が魔法薬をくれてなんとか動けるようになったという訳だ。
「大変だったのね······船員も乗客も、みんな無事で本当に良かった」
話を聞き終えたヴァイオレットはそう言った。
「それにしても、マリーナってすごく優秀な魔術師なんだね!クラーケンを退かせるなんて、簡単にはできないもの。あなたがいたから、みんな助かったのよ」
「そんな、あたしなんてお姉ちゃんに比べたらまだまだ······」
きらきらした瞳で見つめてくるヴァイオレットに褒められて照れくさくなる。
「マリーナ、お姉さんがいるの?」
「うん。勇者カザマと旅をしてるの」
「あっ、あの兎族のひと、マリーナのお姉さんだったんだ」
勇者一行の中にいた姿を思い出したのか、手のひらを打ち合わせて納得する。
「······クラーケンとは、よく遭遇するモンスターなのか?」
それまで黙っていたアイオスが口を開いた。
「まさか!あんなのに頻繁に遭遇してたら命がいくつあっても足りないわ!クラーケンに遭遇したら最期だと言われているのよ」
二度と遭遇したくない。次も撃退できるかどうかわからないのだ。
「······そうね。あんな脅威に襲われたら、ひとたまりもないもの」
ヴァイオレットは膝の上で手のひらを握り合わせて呟く。
「ヴァイオレット?······もしかして、クラーケンを見たことあるの?」
「うん。数年前、乗っていた船が襲われたの」
その時の事を思い出したのか、少し瞳が翳る。
あたしはびっくりした。クラーケン襲撃からの生還者は珍しいからだ。
「あっという間に船が壊されて、みんな海に沈んでしまった。今でも思い出せる。船の破壊音と乗員の悲鳴と、すべてを飲み込む波の音が」
彼女は落ち着いた声音で話しているが、当時は死の恐怖に絶望したに違いない。
「でも、わたしは運が良かったみたい。気が付いたらどこかの入り江に流れ着いてて」
あたしはシュトリに聞いた話を思い出した。
ヴァイオレットが魔族の集落に来たきっかけは、アイオスの舟に彼女がいたことだと。
「夜で、海水で濡れていたから寒くって。身体中痛くて重くて、ひどく疲れてた。近くに舟があったから、そこにあった布に包まって眠ってしまったの。
で、次に目が覚めたら知らないベッドで寝ていて···」
そこまで言って、ヴァイオレットは両手を額のあたりに持っていって人差し指を立てた。
「こーんな怖い顔したひとが、わたしのこと見てたの」
さっきまでの暗めの雰囲気はどこへやら、おどけて言う。あたしは思わず笑ってしまった。
「それ、もしかしてアイオス?」
立てた人差し指は角のつもりだろう。
「うん、そう。見た目ほど怖いひとじゃなかったけどね」
ヴァイオレットも笑いながら手を下ろした。
当時の事をもっとヴァイオレットの口から聞いてみたいが、場所が場所なだけに魔族という単語は口にできない。
「アイオスはわたしの命の恩人なの」
当時の絶望や暗黒大陸での苦労など全く感じさせない笑顔。今が幸せなのだと、口にしなくても伝わってきた。
彼女が生きて、この先も幸せでいてほしいと思う。
そのためにも、他者を傷付けることを良しとする魔王やガルグを斃さなければ。
「他のみんなも砂漠の大陸に来ると思う?」
ヴァイオレットの向こうに座るアイオスに尋ねる。
「恐らく。港へ行けば合流できる可能性は高いと考えている」
「確かに、闇雲に町を歩いて探すよりも、船から降りてくる乗客の中から探したほうがいいかもしれないわね」
まだ合流していない仲間達も、あたし達を探しているはずだ。
「港の方へ行く?」
ヴァイオレットの言葉にあたしとアイオスは頷いた。立ち上がり、多くのひとで賑わう通りへ足を向ける。
自然な動作で、ヴァイオレットはアイオスの腕を取る。あたしは人波に流されないようにしながら二人の後ろを歩いた。
アイオスの言動は転移する前とそれほど変わらないが、雰囲気は柔らかくなっている気がする。ヴァイオレットが隣にいるからだろう。
魔王城に行く前は、どこか表情に翳りがあった。何かをしたり誰かと話をしている間は気が紛れるようだったが。
それだけヴァイオレットを喪った傷が深かったのだと思う。
幸せそうに笑う彼女を見れば、大事にされてるんだろうなと想像がつく。
恋人に再会できたアイオスがちょっと羨ましい。あたしも早くお姉ちゃんと触れ合いたい。話がしたい。
港まで戻ってきた。町中ほどではないが、ひとの数は多い。船から降りてきた乗客と、これから乗船する者達で溢れている。
まだ合流していない三人の顔を探して視線を動かす。
思ったよりひとの数が多く、この中から目的の人物を探すのは骨の折れる作業かもしれない。そもそも、この中にいると決まったわけじゃないのだ。
そう思っていると、騒がしい周囲の話し声の中から、あたし達の名前を呼ぶ声を拾った。




