43.仲間を探して(1)
◎◎マリーナ◎◎
今までで一番疲れる船旅だった。
タラップを下り、地に足がついたところで安心する。
振り返ると、傷付いた船が目に入った。よく沈まずに航海してくれたものだ。
順調に進んでいれば到着は昨日の夜のはずだった。しかしクラーケンのせいで大幅に遅れ、今やっと到着したのである。
あれから、他の冒険者達の援護を受けながらクラーケンを追い払った。
追い払っただけでも十分な成果だ。遭遇すれば生存は絶望的だと言われているモンスターなのだから。
しかしクラーケンを追い払った後も問題が発生し、色々あったせいで魔力はすっかり底をついた。
船員が魔力を回復させる魔法薬を譲ってくれなかったら、一歩も動けなくなっていただろう。
「·····お腹空いた、喉乾いた······ベッドで寝たい······」
港から延びる道をふらふらと歩き、まずは近くで食事を取ろうと考えた。
大きな酒場が目に入る。昼間はランチ営業もしているようなので、ここで一息入れよう。
そう思って建物に近付いて行くと、空腹や眠気が一気に吹き飛ぶ光景を目にした。
「······っ、あ、あぁ······!」
涙で視界が滲んだ。
視線の先に、会いたくて仕方なかった大好きな姉の姿があった。
手で涙を拭い、お姉ちゃんとその側にいる同行者にも目を向ける。
お姉ちゃんと親しげに話しているのはエルフの魔術師セレネさん。勇者の地下道で命を捧げて死んでしまったが、過去へ戻ったことで彼女も生きている。
ミライの兄、カザマの姿もある。早くミライに会わせてあげたい。
そして、憎きガルグ。あいつがいなければ、すぐにでもお姉ちゃんの元へ駆け寄って抱きつきたい。
あたしは唇をぎゅっと引き結び、その衝動をこらえた。
仮に、今彼らの前に姿を晒したとしても怪訝に思われる程度だろう。
雪の大陸でお姉ちゃんの帰りを待っているはずのあたしがこんなところまで来たことに驚くに違いないが、姉に会いたくて飛び出してきたとでも言えば納得するかもしれない。
でも、まだ駄目だ。ガルグへの敵意を隠せる自信がない。警戒されるような行動は慎むべきだろう。
仲間のみんなと合流して、ガルグを斃す準備が整ってから接触しなくてはならない。
このままいつまでも姉の姿を見ていたいが、ずっとここに突っ立っていては見つかってしまう。
お姉ちゃん達に顔を見られないよう人混みに紛れ、道の端を足早に歩く。すると、途中で声がかかった。
「マリーナ!」
聞き覚えのある男性の声だ。びっくりして足を止め、声のした方を見ると太い木の下の陰に長身の男性の姿があった。
外套のフードから覗くその顔は、探している仲間のひとり、アイオスだった。
「アイオス!」
彼の方へ足を向ける。側へ行き、お姉ちゃん達から見えない角度、アイオスの正面に立つ。
「良かった、会えて!あなたひとり?他のみんなは?」
「他の皆とは合流できていない。お前が最初だ」
ひとりでは不安だったので、仲間に会えて安心した。
「そう。でも、きっとみんな合流できるわよね」
砂漠の大陸に来たのは間違いじゃなかった。ちゃんと仲間に会えたのだから。
「ところで、何してるの?もしかして、あそこにいるカザマ達の様子を伺ってるの?」
「······そんなところだ。勇者一行は、あの酒場で依頼を請け負って活動しているらしい」
「それがわかってるなら、今はここから離れたほうがいいんじゃないかしら。あなたはガルグに見つかったら困るでしょう」
「それはそうだが······」
アイオスはフードの下で顔を顰め、言葉を濁した。
「何か理由があるの?」
「······ヴァイオレットが」
「ヴァイオレット?あっ、そうよ!彼女は無事?会えたの?」
アイオスの目的は恋人を殺される運命から救うことである。しかし今、彼の側にはあたし以外は誰もいない。
「そのヴァイオレットはどこ?」
「勇者一行の話を近くで聞いてくると行って向こうへ行ってしまった」
今一度カザマ達の方へ目を向けると、勇者一行の近くに薄紫色の髪の女性がいる。恐らく彼女かヴァイオレット。さっきはお姉ちゃんに気を取られて気付かなかった。
「え?何させてるのよ?」
恋人に盗み聞きさせているのか。
「俺が指示したわけじゃない。止める間もなく、勝手に動いたんだ」
「······それで、あなたはここを動けなくなっているわけね」
アイオスは心配そうに、時々恋人の様子を伺っている。それにしても、無事に暗黒大陸から連れ出せたようで良かった。
しかし、バラバラに転移したせいで恋人との感動の再会を見逃してしまった。それはちょっと残念だったかもしれない。
「ねぇ、いつまでもここにいるのは不自然じゃないかしら。こそこそしてて、端からみたらあたし達って怪しくない?」
アイオスに至っては外套で顔を隠し、木の陰から向こうを伺っているのだ。怪しい。
「仕方ないだろう。ヴァイオレットを置いては行けない」
「······うーん、早く戻って来ないかしら」
ヴァイオレットの戻りを待つ間、お互いの転移後の状況を確認したところ、アイオスも自分の家に転移していたらしい。
よって、すぐにヴァイオレットに会えたようだが、その時の状況は頑として話してくれなかった。
後でヴァイオレットに聞いてみよう。転移直後のアイオスがどんな様子だったのか。
「暑いしお腹空いたし······この後ご飯行きましょうよ」
空腹と喉の渇きを思い出す。
その時不意に、女性の声がした。
「ねぇ」
至近で声がしてちょっと飛び上がる。暑さと疲れで注意力が散漫だった。
声の主は戻ってきたヴァイオレットだった。黒い瞳であたしを見つめている。
ヴァイオレットはアイオスの腕を抱き締め、あたしに敵意のこもった目を向けた。
「このひと、わたしのだから。他をあたってくれる?」
「············へ?」
一瞬何を言われたかわからず、間抜けな声が出た。数秒後、あたしはヴァイオレットに誤解を受けていることに気付いた。
「ち、違うわ!?誤解よ!あたし、あなたの彼氏をナンパしてた訳じゃないから!」
「ご飯に誘ってなかった?」
確かにご飯行きましょうと言ったけれども。言ったタイミングが悪かった。
「アイオス!黙ってないであなたの恋人の誤解を解いてちょうだい!」
なぜこの男はびっくりした顔で黙っているのか。
「······ヴァイオレット。彼女は俺が探していた仲間のひとりだ」
「えっ?」
アイオスの言葉を聞いて、ヴァイオレットは目をぱちくりさせる。
すぐに彼女はアイオスの腕を離し、あたしに向かって頭を下げた。
「ごめんなさい!そうとは知らなくて······」
そして顔を上げると、今度はアイオスに向き直った。
「ねぇ、探してる仲間って女性だったの?ていうか仲間のひとりって言った?複数?まさか全員女性なの?」
「いや、違う」
今度はアイオスが誤解を受けている。
説明不足の彼が悪いと思うので放っておいても良かったのだが、再会したばかりの恋人との仲が拗れても可哀想かと思い直し、助け舟を出してやることにした。
「はじめまして、ヴァイオレット。あたしはマリーナ。あなたのことはアイオスから聞いているわ」
声をかけると、ヴァイオレットの瞳があたしを映す。
前に遺跡で見た姿は死霊魔術によりゾンビとして操られたものだったので、生きた彼女と会うのは始めてだ。
血色の良い肌にピンクの唇。細い体形をオフショルダーのワンピースで包んでいる。艶のある薄紫色の髪はリボンで緩く結ばれていた。
おしゃれを好みそうな、可愛らしい女性だ。
「アイオスとはただのお友達だから、安心してね」
「挨拶が遅れてごめんなさい。よろしくね、マリーナ」
そう応えて、ヴァイオレットは花のように微笑む。
「それにしても、アイオスにこんな可愛いお友達がいるなんて初耳ね······」
まだちょっと妬いているようだ。
「仲間はあと三人いるんだけど、ひとりは女性であとのふたりは男性よ」
女性ばかりではないと説明する。
「思ったより多いのね」
ヴァイオレットはじっとあたしの顔を見た。見つめられてちょっと落ち着かない気分になる。
「······あの、マリーナ。ひとつ確認したいんだけど、あなたはアイオスの種族を······」
その先は言葉にされなかったが、言いたいことはわかった。
「知っているわ。知ってて、それでも仲間になったの。彼が信頼できるひとだとわかってるから」
あたしがそう言うとヴァイオレットは驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうな笑みに変わった。
「ありがとう」
お礼を言われてしまった。
「······でも、いつの間にそんな仲間ができたの?」
「アイオス。あなたヴァイオレットに説明していないの?」
どうやらヴァイオレットは現状を把握していないようだ。
「この状況を上手く説明するのは難しいだろう。とりあえずラグズに狙われていることと、俺が外の大陸に目的があることを伝えた」
確かに過去から転移してきたことをどう伝えるかは悩むところだ。
気持ちは分かるが、ヴァイオレットにはきちんと話しておくべきだと思う。
狙われていることを話したというが、ヴァイオレットは全く恐れている様子がない。本当の意味で理解していないのではないだろうか。自分が死ぬかもしれないということを。
「はぁ······とりあえず、どこかに腰を落ち着けて話をしましょうよ。あたし、お腹ペコペコなの。船旅の途中でトラブルがあって疲れちゃったし」
「何かあったのか」
「後で話すわ」
あたし達はその場から移動した。ヴァイオレットが言うにはカザマ達はあの酒場の中に入っていったそうなので、別の場所で食事をすることになった。




