5.勇者の地下道(1)
俺は自分が思っているより神経が図太いらしい。
気が付けば、異世界の硬い簡易ベッドで熟睡していた。
マリーナに揺り起こされてやっと目が覚める。
「ミライ、起きられる?」
「······マリーナ?」
寝て起きたら夢でした、なんて都合のいいことは無く、目を開けて視界に入ったのはマリーナのピンクの髪とウサ耳だった。
「あれ、セレネさんは?」
テントを見回し、エルフの魔術師がいないことに気付く。
「回復薬とか、必要なアイテムを買いに行ってるわ」
アイテム。これからはそういった道具も必要になるのか。
そういえば当然だが、俺はこの世界の金など持っていない。
アイテム以外にも、武器や防具を買うのにも必要だ。どうやって稼げばいいんだろう。
「あのさ、俺、この世界の金は持ってないんだけど···」
「大丈夫よ。旅をしながら稼げばいいし。モンスターの素材を買い取ってくれる所もあるし、討伐依頼のでているモンスターなら、倒せば報酬が出るわ」
稼ぎ方が戦うスキル必須。なにはともあれ、まずは戦う力を得なければ始まらないということか。
「携帯食しかないんだけど、食べる?」
「ああ、ありがとう」
今はマリーナ達に助けてもらわなければ、食事さえままならない。
若干申し訳ない気分になりながら、貰った携帯食をかじる。
水差しから注いだ水を飲みながら、昨日から疑問に思っていることを聞くことにした。
「マリーナ、聞いてもいいか?」
「何?」
「その、マリーナって···人間、ヒト族っていうの?じゃないよな」
頭部のウサ耳を見ながら問う。
「ええ。見ればわかるでしょ?」
「うん、まぁわかるんだけど。俺の世界にはマリーナやセレネさんみたいなヒトじゃない種族はいないんだよ」
「そうなの?」
「この世界では当たり前みたいだな」
「そうね。あたしみたいな、獣の特徴を持つ種族をまとめて獣人って呼ぶわ。正確にいうと、あたしは兎族」
兎族。見た通りウサギだった。
「へぇ」
ということは、犬とか猫の獣人もいるのか。
「セレネさんは、エルフ族ね」
エルフはイメージ通りの美女だった。マンガやゲームでも、エルフは長命な種族だ。俺がセレネ“さん”と呼んでしまうのはすごい年上のイメージのせいだ。
実際いくつなのだろう。
「こっちの世界のこと、まだ知らないことが多いし、また分からないことがあったら聞いていいか?」
「もちろん、いいわよ」
この世界の常識はもちろん、地理や歴史もわからない。
元の世界に戻るまで、最低限の知識は必要だろう。
たったひとりで旅をする羽目にならなくて本当に良かった。
「あ、セレネさんが戻って来たわ」
テントの出入り口にエルフの女性の姿が見えた。
「おはようございます、ミライ。眠れましたか?」
「まぁ、一応」
爆睡してました、とは恥ずかしくて言えなかった。
セレネさんは手に持っていた袋を俺に差し出した。
「こちらのアイテムは、貴方が持っていてください」
中は回復薬が入っているのだろう。受け取ると、中で瓶同士がぶつかる音がした。
「いいのか?」
「はい。わたくしは治癒魔法が使えますが、それに頼りきらないでください。魔法発動には少し時間が必要ですし、魔力にも限りがあります。必要だと思ったら迷わず、アイテムを使ってください」
「わかった」
「『勇者の地下道』は村を出て北にあります。外に出たらモンスターがいますが、ミライはまだ戦えないと思いますので、戦闘はわたくしたちに任せてください」
俺は腰に下げた剣の柄に手を当てる。確かに、まだこれを振り回して戦う自信はない。しかし···
「二人共、魔術師なんだよな?前衛がいないけど···」
「この辺りのモンスターはそれほど強くありませんし、少数を相手にするくらいなら大丈夫でしょう。
ミライはモンスターの動きをよく見て、以後の戦いの参考にしてください」
女性二人に戦闘をまかせて自分は後方で待機とは。情けないが、仕方ない。
「わかった」
身支度を整え、出立の準備をする。
「準備はよろしいですか?では、行きましょう」
俺達は『勇者の地下道』へ向けて出発した。
⚫⚫⚫
村を出立し、草原を北へ進む。
俺が起きたのは大分日が昇ってからだったらしく、太陽はほぼ真上にあった。
寝坊助だと思われてないだろうか。
セレネさんを先頭に、マリーナと並んで歩く。
天気が良くて暖かい。見晴らしが良くて、風が気持ちいい。
青空の下を歩いていると、まるでピクニックみたいだ。
ただし、モンスターが出なければ。
背の高い草が、風とは関係なく揺れた。
「止まってください」
セレネさんが杖を構える。一拍遅れて、マリーナも自身の杖を前に持ち上げた。
俺はどうしたらいいかわからないので、草が揺れた辺りを見ているしかできない。
それほど緊迫感は感じない。
静止していたのは数秒。揺れていた草がピタリと止まったかと思うと、次の瞬間、茶色い物体が勢いよく飛び出してきた。
すかさず、セレネさんの杖から放たれた光魔法がそれを直撃する。
光の光線はモンスターの首を貫き、一撃で絶命させていた。
横倒しになったモンスターを見ると、巨大ネズミだった。
硬そうな茶色い体毛。噛まれならただでは済まなそうな前歯。
俺の世界の知識で言えば、凶暴なカピバラといったところか。
ほっと息をついたのも束の間、別の草むらからも同じモンスターが飛び出してきた。
「······っ!?」
俺はかろうじて悲鳴を飲み込んだ。
敵が複数いるとわかっていたのか、マリーナは慌てることなく魔法を放つ。
炎がモンスターを包み、焼き尽くした。
二匹のモンスターを屠った二人は杖を下ろす。
俺は死んだモンスターから目を逸らした。ちょっと可哀想だと思ってしまった。
殺らなければ殺られる。
そういう世界だとわかっているが、慣れるまで少し時間がかかりそうだった。
「ミライ、大丈夫?」
マリーナが心配そうに覗き込んでくる。
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
その後も、数回モンスターに遭遇した。最初と同じ巨大ネズミと、スライムというゼリー状の魔法生物も出てきた。
魔術師二人は常に冷静に対処し、モンスターの攻撃が俺に届くことはなかった。
モンスターの攻撃に魔法が間に合わないときは、杖で殴っていた。けっこう痛そうに見えるが、モンスターにとってはたいしたダメージではないらしい。
敵が怯んだ隙に、魔法で仕留める。
順調に進み、俺達の視界に灰色の建造物が見えてきた。