38.絶対に諦めない(2)
砂漠の大陸へ向かうため、目指すは港。町を出て東へ向かう。
あたしがいなくなっていることに両親が気付く前に、船に乗らなければならない。
砂漠の大陸に向かう船は出ているだろうか。多分、今ならば出航制限はないはず。
早くみんなと合流したいと思う程に気持ちが焦る。
魔法でモンスターを牽制しつつ雪原を可能な限り早く駆け抜け、港に辿り着いた。
唇から零れる白い息を見上げながら乱れた息を整え、額に浮いた汗を手の甲で拭う。
港は商人や冒険者で賑わっていた。
「砂漠の大陸へ向かう船はある?」
船の入港と出航を管理している窓口で尋ねる。
「ああ、もうすぐ中央大陸から戻って来る船がある。荷物の積み下ろしが終わったら、次は砂漠の大陸へ向かうよ。この船に乗るかい?」
「ええ。その船に乗せてちょうだい」
逸る心を抑えつつ言う。前払いで運賃を払い、船が来るのを待つことにした。
落ち着くとお腹が空腹を訴えたため、近くの屋台で軽食を摂った。
待ちながら考える。みんなはどこに転移したのだろう。
あたしが自分の家に転移したのはたまたまだろうか。振り出しに戻ったような気分だ。
全員、それぞれ自分の家に転移したのだろうか?でも、それだとこの世界に家の無いミライの転移先が不明だ。振り出しと考えるなら、召喚の儀式場だろうか。
それともやっぱりランダムに転移してしまったのか。
危険な場所に出ていなければいいと願う。想定と違って混乱しているのはみんな同じはず。
仲間との合流も重要だが、お姉ちゃん達も見つけなければならない。
今頃、カザマ達は砂漠の大陸だ。見つけて、ガルグが本性を現す前に斃さなければ。
恐らくアイオスは、恋人であるヴァイオレットの安全を最優先に動くだろう。
誰かが一緒ならこれからのことを相談し合えるのに、ひとりだと心細い。
「······お姉ちゃん」
早く会いたい。無事な姿を確認したい。
絶対、絶対に救ってみせる。
色々考え事をしていると、目的の船が来た。
荷物の積み下ろしが終わり、砂漠の大陸へ向かう準備が整い、次々に乗客が乗り込んで行く。あたしもその流れに乗って乗船した。
無事に船に乗ることができた。船員や乗客の話し声を背後に聞きながら、舞う雪が海に溶けていくのをなんとなく見つめる。
波は穏やかだ。順調に船は進んで行く。
出港して数時間が経った頃。話し相手がおらず、ずっと考え事に耽っていたあたしは、周囲の様子がおかしいことに気付いた。
進行方向を指差しながら船員が何事かを叫んでいる。
急いで船の進路を変えろ、逃げろ、と言っているようだ。
モンスターだろうか。この船には冒険者も乗っているし、あたしだって戦える。
杖を握りしめて看板を歩き、船員に話しかけた。
「ねぇ、どうしたの?モンスターが出たの?倒すなら手を貸すわ」
振り返った船員の顔は真っ青だった。思っていた反応と違い、驚く。
「ただのモンスターじゃない!クラーケンだ!!」
「えっ!?」
クラーケン。大海に稀に現れる凶悪なモンスター。
大型船以上のサイズがあるモンスターで、航海する船を海中に引きずり込むという。
クラーケンに襲われた船は最期だ。生還は絶望的だと言われている。
「本当なの!?」
「見張りが進行方向の海上に見つけた!このまま進むと危険だ!」
看板が慌ただしくなった。慌てて舵を切り、方向転換する船。
話を耳にした乗客が看板から海の向こうを見るために出てくる。誰もが不安そうに話し合い、顔を青ざめさせている。
あたしも同じだった。なんで。なんで今クラーケンに遭遇するの。あたしはこれからやらなくちゃいけないことがあるのに。
もうすぐお姉ちゃんに会えるのに!
杖を握りしめる手に力が込もる。
お願い。無事に逃げられますように。
しかし、その願いも虚しく、クラーケンは船の存在に気付いたようだった。こちらに近付いて来るのが見えた。
船は可能な限りの速さで逃げるが、クラーケンとの距離は変わらない。図体は大きいくせに、泳ぐのは速いモンスターだ。
近付いてきたら魔法で応戦するために、魔術師達がクラーケンのいる方角を向いて並ぶ。あたしもその列に加わった。
倒すのは無理でも、追い払えたら···
海面から見え隠れするモンスターの足。鼻腔をくすぐる塩の匂いに、生臭さが混じった。
高い水しぶきが上がり、モンスターの姿が見えなくなる。すぐに波は落ち着いたが、そこにクラーケンの姿はなかった。
しん、と海面は静まり変える。
「い、いなくなった······?」
となりにいる魔術師が希望的観測を口にする。
そうであったらどんなにいいか。多分、海中に潜って近くをうろついているはずだ。
波によって、船はゆっくり揺れている。その揺れが突然大きくなり、船が傾いた。
「!!」
縁につかまってなんとか転倒を免れる。離れた場所から悲鳴が聞こえた。
「クラーケンが!船首に!」
声のした方へ顔を向けると、船首にクラーケンの足が絡みついているのが見えた。あちこちで悲鳴が上がる。
慌てて護衛や乗客の冒険者達が応戦する。モンスターの足に武器や魔法の攻撃が命中。しかし、びくともしない。
ミシミシと、船から嫌な音がする。
生半可な攻撃はクラーケンに通用しない。
こんなとき、仲間のみんながいたら。お姉ちゃんがいたら······
「······何を弱気になっているの、あたし」
他力本願な思考になる自分を叱咤する。甘えるな。自分でなんとかするのだ。
ひとりになった不安のせいで忘れていたが、あたしはミライ達との旅を通じて成長した。
時間転移により無かったことにしてしまったが、あたしは仲間と共に魔王と戦い、勝ったのだ。
あたしは魔王を斃した勇者パーティの一員。
あたしは優秀な魔術師であるカーネリアの妹。
魔王と比べたら、クラーケンなんて怖くない。
大きく揺れる足場を踏みしめ、船首に取り付くクラーケンの方を向く。
少し距離があるが、このくらいなら問題なく届く。
「全員、クラーケンの側から離れなさいッ!!」
叫んで、瞬時に魔法陣を展開。太い炎の矢をクラーケン目掛けて打ち出す。
声が聞こえた者も聞こえなかった者も、あたしの魔法を見て巻き込まれないように逃げ出した。
炎の矢はクラーケンにぶつかると爆発し、広範囲にダメージを与えた。
痛みに悶えるようにクラーケンの足がのたうつ。船首が解放され、傾いていた船が元の位置に戻る。
確かなダメージが入ったのを見て、周囲から歓声が上がる。しかし、まだ安心できない。
海面から複数本の足が伸び上がる。クラーケンはまだこの船を諦めていない。
この船を沈めさせやしない。あたしはこんなところで、こんなモンスターにやられるわけにはいかない。
お姉ちゃんを助けるまで、あたしは死ねない。
絶対に諦めない。
杖を掲げ、あたしはクラーケンへ向けた魔法を展開しながら叫んだ。
「邪魔しないでよ!あんたなんか、イカ焼きにしてやるわ!!」
今の自分にできる最大火力の魔法を、目の前の障害に向けて放った。




