37.強くなりたい(1)
◎◎マリーナ◎◎
「行ってくるわ。わたしの帰りを待っていてね、可愛いマリー」
お姉ちゃんはそう言ってカザマ達と旅に出た。
姉であるカーネリアは優秀な魔術師だ。雪の大陸一と言っても過言ではないと思う。
勇者の旅の仲間に選ばれた姉が誇らしかった。
他の旅の仲間は、王都の筆頭魔術師のセレネさん、そして無愛想だが実力は申し分ない騎士のガルグ···当時は魔族とは知らなかったから、ただ優秀な騎士なんだなとしか思わなかった。
カザマはちょっと頼りないように見えたけれど、礼儀正しく優しい少年だった。
あたしもお姉ちゃんについて行きたかったけど、勇者の旅の仲間になるには力不足だ。
寂しいが、両親と共に姉であるカーネリアを見送った。きっと魔王を斃して帰ってくるのだと信じて。
いつも一緒に寝起きしていたお姉ちゃんがいないと部屋が広く感じる。両親も口には出さないが、長女が旅に出て寂しいと思っている様子だった。
離れた地で頑張っているであろう姉の無事を毎日祈って過ごした。
お姉ちゃんはあたしのことを可愛がってくれる。いつまでも子どものような扱いをされているのがちょっぴり恥ずかしいが、抱き締めたり頭を撫でてくれるのは嬉しかった。
あたしだって魔術師としてそれなりに戦える。だけど、お姉ちゃんと比べるとまだまだ。姉のような強い魔術師になるのがあたしの夢だ。
旅を終えて帰ってきたら、お姉ちゃんはまた強くなっているかもしれない。あたしも頑張らなくちゃ。新しい魔法を習得して、びっくりさせようかな。
いつも通り、家の手伝いと魔術の訓練をしながら、時々流れてくる勇者の噂話に耳を傾けていた。
でもある日······勇者が敗北した、という内容の噂話が耳に飛び込んできた。
嘘だと思った。誰がそんなことを言い出したんだろう。両親が不安そうな顔をするようになった。
噂を口にするのは冒険者や商人達だ。うちの宿を利用してくれる彼らから得る情報の内容はどんどん悪くなっていった。
勇者パーティの中に裏切り者がでた。その裏切り者は魔族であったらしい。
お姉ちゃんはもちろん魔族じゃないし、何百年も王都の魔術師として務めるセレネさんも魔族じゃない。
裏切り者は、ガルグというあの騎士だ。
なんてことだろう。この噂が本当なら、魔族があたし達の暮らす大陸に入り込んでいたということだ。
魔王討伐は失敗した。魔族が潜り込んでいたことに気付かなかった王都騎士団の責任が問われた。王都には騎士団に対する批判が集まったそうだ。
そんな情報より、あたしが知りたいのはお姉ちゃんの安否。
敗北したということは、勇者カザマは殺されてしまったのだろう。優しい眼差しの少年を思い出し、悲しくなった。
他の仲間は?お姉ちゃんとセレネさんは?
じっとしていられず、港に出向いて情報を集めた。そして、勇者パーティの一人が生き残っているという噂を耳にした。
生き残ったのはどっち?噂話では“女性の魔術師”としか伝わってこない。お姉ちゃんであってほしい。もちろんセレネさんにも生きていてほしい······でも、その時のあたしはお姉ちゃんのことしか頭になかった。
生き残りの魔術師は中央大陸で治療を受けている、という話だった。
あたしは居ても立ってもいられず、両親にお姉ちゃんを探しに行きたいと相談した。しかし、両親はあたしが出ていくことを許さなかった。
勇者が敗北し、魔王軍が勢いを増している。そんな時に旅に出るなんてとんでもない、と。雪の大陸が一番安全だ。
「カーネリアのことは本当に悲しいが、お前は大人しくしていなさい」と両親は言った。
お父さんとお母さんはお姉ちゃんが死んだと思っている。でもあたしは信じない。自分で確かめるまでは。
“お姉ちゃんの無事を確かめに行ってきます”
そう書き置きを残して家を出た。
船の数が減ってきている。今を逃すわけにはいかない。
あたしは一人で中央大陸へ渡った。
中央大陸でさらに情報を集めて、生き残りの魔術師は勇者召喚の儀式場に近い村にいると聞いた。
できるだけ急いで、あたしはその村に向かった。その途中で、天に立ち上がる光の柱···勇者召喚の光を見たのだ。
近くにいたこともあって、あたしは光の発生した場所に足を向けた。そこにいたのはカザマとよく似た面立ちの少年と、倒れて動かなくなった数人の魔術師達だった。
少ない人数で召喚を行った魔術師は皆、魔力も生命力も失って事切れていた。全員、王都の魔術師ではない。明らかに、非公認の召喚だった。
事態を把握できていない異世界の少年。新たな勇者。どんな形で召喚されたにせよ、この勇者が今度こそ魔王を斃してくれるかもしれない。
あたしは自分の目的地でもあった村に、ミライと名乗った少年を連れて行った。
思った通り、村には召喚を行った魔術師の仲間が滞在しており、話を聞くことができた。
しかしその話の中で、生き残りの魔術師はセレネさんだとわかった。
お姉ちゃんはもういない。この世界のどこにも。一気に胸の奥が冷たくなった。
でも、実感がない。だって、あたしはお姉ちゃんの死ぬところを見てないから。遺体も無いから。
それでもお姉ちゃんが死んだという事実に悲しみが押し寄せる。
涙が零れそうだったが、人前でもあったため、必死に堪えた。
新たな勇者は、カザマの弟であるらしい。カザマよりも勝ち気な瞳で、一通り話を聞き終わった少年は正面のお爺さんに怒鳴りつけた。
「帰せ!俺を元の世界へ帰せ!
カザマが死んだのは、元はといえばお前らが召喚したせいだろ!?カザマを殺したこの世界のために戦えるわけないだろ!」
その台詞を聞いて、始めて気付いた。あたし達は身勝手だ。勇者が魔王を斃しに行くのは当たり前だと思ってる。
突然見知らぬ土地に召喚されたら、帰りたいに決まってる。どうして今までそれを考えなかったんだろう。
カザマも戦うのは嫌だったんだろうか。雪の大陸で会ったときはそんな素振りは見せなかったが、内心はわからない。
お姉ちゃん。お姉ちゃんは、どんな気持ちでカザマと一緒に戦っていたの?彼とどんな話をしたの?
信じていた。魔王を斃して帰ってくるって。帰ってきたら魔王討伐のお祝いをして、旅の話を聞いて、あたしのお姉ちゃんは勇者の仲間だったのよって自慢して···そんな未来を想像していた。
ガルグのせいだ。魔王のせいだ。全部魔族のせいだ!
許せない。お姉ちゃんを殺したガルグが、魔王が、魔族が憎い。
ミライはカザマの仇討ちと元の世界への帰還を目的に旅に出ることを決意した。あたしもお姉ちゃんの仇を討つために、旅に同行させてもらうことにした。
······お姉ちゃん、こんな形だけど、あたしも勇者と旅をすることになったよ。
絶対に、お姉ちゃんの仇を討つから。




