33.激闘(2)
「私がサポートするから、ミライは剣を」
頷いて二人で駆け出す。こちらの動きに気付いた魔王が剣戟の合間に魔法を放ってくる。
フェンが魔法で反撃。俺達が戦線に戻ったことを確認した仲間達もサポートしてくれる。
アイオスが魔王に攻撃を仕掛け、魔法を使う隙を与えまいとする。モニカとマリーナでガルグに挑み、注意を引きつける。
無事に勇者の剣が落ちている場所まで辿り着いた。急いで拾い上げ、フェンと共にガルグへ攻撃する。
モニカがかなり疲弊している。致命傷は避けているようだが、あちこちに傷を負い、荒い息をついている。
「モニカ、一度下がれ!」
「すみません、フェン···!」
俺はモニカと入れ替わるようにガルグの前に出て剣を受ける。アイオスの支援魔法が切れかけていて押されそうになったが、なんとか受けきった。
フェンが魔法でガルグの動きを阻害してくれるが、すぐに破られてしまう。だが、一瞬でもガルグの動きが鈍くなるのはありがたい。
「そこだ!」
魔法による妨害でガルグの剣が止まった。俺は迷わず剣を突き出す。勇者の剣はガルグの右肩に突き刺さった。
「!!」
瞠目するガルグの表情を見ながら剣を抜く。
ガルグは後ろに数歩たたらを踏み、膝をついた。急激に魔力を失い、力が抜けたのだ。
俺はとどめを刺すべく剣を振りかぶる。
「ガルグ!」
魔王の声。幾人もの同胞を死に追いやっておきながら、お気に入りの配下の心配はするらしい。
やっとカザマの仇がとれる。見下ろされてばかりだったガルグを、今は俺が見下ろしている。
剣を振り下ろす。しかし、剣がガルグを斬る寸前、何かに胴を打ち払われた。
「!?」
脇腹を激しく打たれ、一瞬呼吸が止まった。床に倒れ込み、打たれた箇所を押さえながら立ち上がる。
今、何が起きた?
距離をとっていたモニカ以外の仲間達が、俺と同じ方向に吹き飛ばされている。勢いはあったが、それほどダメージはないようだ。みんな起き上がり、自分達を打ち払ったそれを見る。
紫色に変色し、太く長く伸びた魔王の腕だった。
「なっ······何だ、あれ!?」
俺は驚きの声を上げた。
視線の先では、ゆっくりとその腕を持ち上げた魔王が笑う。
長剣が魔王の手から離れ、音を立てて床に落ちた。
その身体がひとつ痙攣したかと思うと、今度は背中の翼が巨大化した。
骨が軋む音をたてて翼が広がり、その成長が止まると今度はまだ変形していない方の腕も膨れ上がった。こちらは長さはそのままに、筋肉が過剰に膨張したようだ。
上半身を支えるために、下半身も大きく変化する。もはや人型の原型は留めていない。
角と牙も伸びて、その形相はモンスターのようだった。
山道の出口で戦った元サイクロプスと同じ。変異したのだ。
「いい加減、くたばるがいい!」
叫び、威力と速度を増した魔弾を放ってくる。慌てて柱の影に逃げ込むが、避けきれずいくつか掠って出血した。
隠れた柱にヒビが入る。頑丈な柱も、この攻撃には耐えられないか。
攻撃が止んで柱の陰から出ると、本来の姿に戻ったアイオスが魔王目掛けて攻撃を仕掛けているのが見えた。
高く跳んだ身体から血が滴っている。さっきの攻撃を避けず突っ込んだのか。なんて無茶を。
身体が大きくなり、回避行動が取りづらくなったようだ。アイオスの攻撃をまともに受けた魔王の身体から鮮血が舞う。しかし、出血はすぐに止まり、斬られた傷口が瞬時に再生する。
それでもアイオスは攻撃の手を止めない。魔王は鬱陶しそうに舌打ちし、肥大化した腕で殴りつけようとする。
マリーナとフェンがアイオスを援護するように魔法で攻撃する。回復したモニカも戦線に復帰し、魔王の攻撃がアイオスに集中しないように戦う。
俺も床を蹴り、魔王に接近する。異形と化した魔王に近づくには勇気が必要だったが、仲間達が奮戦しているのに俺だけ怖気づいているわけにはいかない。
勇者の剣で斬りつければ、魔王の魔力を削れるはずだ。図体がでかくなって攻撃を当てやすくなった。
長い方の腕で薙ぎ払ってくる。ジャンプして躱しつつ、すれ違いざまに斬撃を与えた。今度は上から叩きつけるように降ってきた腕を躱し、反撃する。
何度か攻撃を当てたが、どの傷もすぐに塞がってしまう。それは仕方ないが、勇者の剣の効果は出ているのか?一向に弱る気配がない。魔力量が膨大すぎて、意味がないのか?
攻撃を続ける仲間達にも疲労が見える。駄目だ、やはり心臓を狙わなければ。
マリーナとフェンの魔法が同時に魔王の顔面に着弾する。視界を奪われた魔王の隙をついて接近しようとしたら、隣に降りてきたアイオスに抱えられた。
言葉はなく、そのまま上へと飛び上がる。意図を察し、俺は黙ってアイオスに身を預けた。
視力が回復した魔王に、モニカとフェンが接近して注意を引きつける。
マリーナが魔王の前後に魔法を放ち、爆発で周囲に煙を巻き上げた。
アイオスの支援魔法がかけ直され、身体に力が漲るのを感じた。俺達ふたりは魔王の背後に降りる。勇者の剣を構え、魔王の心臓を破壊するために突貫した。
直前で背後の俺に気付いた魔王は、長い方の腕をムチのようにしならせて攻撃してきた。が、それをアイオスが防ぐ。
俺の勢いは止まらない。吸い込まれるように剣は魔王の背中に接近し、
「魔王様ッ!」
勇者の剣は、間に割って入ったガルグの左胸に突き刺さった。
黒い鎧を砕き、厚い胸板に剣が刺さっている。しかし、貫通はしていない。ガルグの両手が刀身を掴み、貫通して魔王を傷付けないように勢いを止めていた。
ガルグの口元には笑みが浮かんでいた。血を零しながら、魔王を殺し損ねた俺を笑っている。
その笑みを張り付けたまま、ガルグは事切れた。勇者の剣をその身に固定したまま。
「······くそっ!」
剣が抜けない。脱力したガルグの身体が傾ぎ転落する。剣を握ったままの俺もつられて落ちた。
最期になんて厄介な悪あがきを!
なんとかガルグの身体から剣を抜こうと力を込めて引っ張る。だが、剣が抜けるのを魔王が待ってくれるはずがない。
「ミライ!逃げて!」
マリーナの悲鳴のような声。その警告も虚しく、魔王の腕が俺の身体を強かに打った。
床を転がり、手をついて立ち上がる。また剣を手放してしまった。
追撃してきた魔王の魔法をマリーナが相殺する。
今度は攻撃を邪魔した彼女に標的を変更し、魔王は腕を振り上げた。
マリーナが叩き潰される前に、アイオスが横から彼女の身体をさらい救出する。そのまま俺の隣に来て、彼女を降ろした。
マリーナのツインテールの片方が解け、淡い色のワンピースはあちこち血に染まっている。魔法を連発して、魔力の残量も少ないのだろう。
アイオスは俺とマリーナを庇うように前に立つ。
フェンとモニカは?動いている姿が見えない。素早く視線を巡らせると、倒れ伏した二人の姿を発見した。
「······!」
まさか。嫌な予感が胸中に湧く。
「まだ、生きてるわ」
青褪めた俺に、息を切らしながらマリーナが言う。
まだ息はある。しかし、気を失っているようだ。今攻撃をされたら避けられないし、この距離では助けに行けない。
ガルグにとどめを刺していなかったことが悔やまれる。確実に斃してから魔王に攻撃していれば、防がれることはなかったのに。
魔王の肥大化した腕が更に変形する。五指が癒着し、重なった爪が伸び、刃のようになった。それを俺達目掛けて振り下ろす。
アイオスが大剣で受け止めたが、魔王の爪の方が強度が上だった。大剣にヒビが入る。
それを見たアイオスは顔色を変えながら、俺に向かって叫ぶ。
「ミライ!剣を!」
急いでガルグの亡骸の元へ戻って剣を掴む。ガルグの指を引き剥がし、力の限り引き抜いた。
抜けたのはいいが、これからどうすれば。
爪の斬撃を受け続けるアイオスに目を向ける。攻撃を受け止める度に、大剣のひび割れは大きくなっていく。このままではまずい。
魔王の注意をこちらに引くか?いや、そんなことをすれば俺が死ぬ。攻撃に耐える自信がない。
どうしよう?どうすれば?敗北の恐怖が押し寄せる。ここまで来たのに、負けたくない。死にたくない。みんなを死なせたくない。
マリーナがアイオスの背後から魔法で応戦する。彼女はまだ諦めていない。アイオスだってそうだ。
フェンとモニカも。きっと最後まで諦めない。
顔を上げて魔王を見上げる。その俺の視線の先、魔王の胸元から槍が生えた。
「!?」
油断していた魔王の表情が驚愕に歪む。いつの間にか復帰したモニカが、魔王の背中から槍を突き刺したのだ。
「ヒト族に背中を取られるなんて、魔王も大したことないですね?」
満身創痍でありながら、そんな挑発を口にするモニカ。
「おのれ、脆弱なヒト族がッ!!」
挑発にのった魔王は攻撃対象をモニカに切り替えた。
槍から手を離したモニカは回避に全力を傾ける。
爪の刃がモニカの首すれすれの所を通り過ぎた。見ていて肝が冷える。
「マリーナ、合わせろ!」
フェンの声。気付けば、魔王の頭上に魔法陣が現れている。マリーナは即座に杖を掲げ、魔法を展開する。
闇色の炎とオレンジ色の炎が魔王の上半身を焼く。炎の中でもがき苦しむ姿が見えた。
魔王の攻撃が止まり、アイオスが追撃のために床を蹴る。いつの間にか、その手にはヒビ割れた大剣ではなく、紅い刀身の長剣が握られていた。
魔王の剣だ。奴が変異した際に取り落としたそれを拾い、慣れた武器と同じように使いこなしている。
紅刃が、爪の刃を持つ腕を切り落とした。
「ーーーー!」
言葉にならない絶叫を漏らし、魔王が残った長い腕を持ち上げる。しかし、マリーナ、フェン、モニカの三人がそれを阻んだ。三人がかりで腕に飛びかかり、押さえつける。完全には止められていないが、それだけで十分だった。
三人が稼いだ僅かな時間を無駄にはしない。
「「「「ミライ!!!!」」」」
床を蹴り、跳躍。魔王を包む炎の中に飛び込む。不思議と熱くない。モニカが刺した槍を目印に、勇者の剣を突き込んだ。
炎の中で、魔王の紅い瞳と目が合った気がした。
魔王の心臓を貫いた瞬間、手の中の勇者の剣が輝き、光を撒き散らした。目を開けていられなくて、俺はぎゅっと目を瞑った。




