32.挑発
キャラクター紹介追記
《ラグズ》
魔族。魔石を取り込み、勇者の剣でしか破壊できない心臓を持つ魔王。
他種族だけでなく、同胞の命も軽く見る非情な男。
扉の先は、天上の高い大きな広間だった。
幾本もの太い柱が天井を支え、多数の松明が部屋全体を照らしている。
城内の他の場所と同じように、あちこちが崩れかけていた。
特に、入口から見て右側の壁に空いた大穴が目立つ。飛行機でも突っ込んできたかのような破壊のされ方だった。
瓦礫が散乱し、吹き込む風が砂塵を舞い上げている。どうやったらあんな大穴が空くのか。
「···なぁ、アイオス。あの大穴もお前の仕業だったりする?」
魔王城の入口の門を破壊した前科があるので、これも彼がやったんだろうかと考える。
「違う。あれは多分、お前の兄達の仕業だと思うぞ」
カザマ達の誰かがやったのか。マジか、と思いつつ、この世界に召喚されたばかりの頃、セレネさんに聞いた話を思い出した。
確か、セレネさんを逃がすためにマリーナの姉であるカーネリアが魔法を放ったという話をしていた気がする。
この大穴、マリーナのお姉さんがやったのか?だとすると凄い。とんでもない魔術師だ。
「···王の御前で無駄口を叩くとは。無礼な勇者だ」
苛立った低い男の声が前方から届いた。
黒い鎧を纏い、手に大剣を下げた男。こちらに敵意のこもった視線をぶつけて来る。
会うのは中央大陸の森以来だ。
ガルグ。魔王の側近。カザマを殺した魔族の男。
そして、ガルグの後方。数段高くなった場所にもうひとり男がいた。
高い背もたれの付いた装飾過多の椅子に腰掛け、こちらに視線を向けてくる。
紺色の短髪。アイオスやガルグと同じ翼と角を持つ魔族。
アイオスと同じ紅い瞳を持っているが、どんよりと濁った曇り空を映したようなくすんだ色合い。
宝石のように鮮やかなアイオスのそれとは大違いだ。
何か悪い薬でも服用してるんじゃないかというくらい、ひどい顔色に見える。元々こうなのか、魔石を取り込んだ影響なのか。
こいつが魔王。
魔王、ラグズ。
「王って言ったって、自称だろ」
いつの間にか心臓の鼓動は落ち着いていて、魔王相手でも普通に話せた。
「力を誇示するだけの奴が王なんて笑わせる」
挑発するような俺の言葉に、ガルグの表情が怒りに歪む。
「中央大陸では俺にいいようにあしらわれた雑魚が、舐めた口を」
ガルグは大剣を持ち上げ、俺達に突きつける。
アイオスが俺を守るように隣に進み出て武器を構えた。それを見たガルグが舌打ちをする。
「···アイオス。貴様、勇者の側につくとは。この裏切り者め!」
「貴様達のやり方が間違っているからだ。一体何人の同胞が犠牲になったか、分かっているのか!」
「必要な犠牲だ。外の大陸の奴らは思い知っただろう!我ら魔族の力を!勇者カザマでさえ、我々魔族に敗れたのだ!」
カザマの名を出され、俺の頭に血が昇る。
「カザマが敗れたのは、お前達が卑怯な手を使ったからだ!」
「卑怯?作戦だ!
魔王様のために、この方が魔王になるため、何年もかけて準備をした。騎士団に潜り込み信用を得て、勇者パーティに同行することに成功した!最後の最後まで、カザマ達は俺が魔族だと気付かなかった!」
ガルグの言葉を聞くほど、怒りが込み上げてくる。
「あんたも魔王も、たくさんのひとを傷付けて、殺して···命を何だと思っているの···!」
背後から、マリーナの怒りを押し殺した声が聞こえた。ガルグはそれに、嘲笑で応える。
「外の大陸の奴らが何人死のうが、知ったことか」
「同族の命も失われているのですよ。それすら、どうでもいいと!?」
「死ぬのは弱いからだ。弱者はいらぬ!」
モニカの問いにも、ガルグは非情に答える。本当にこいつらは、他者の命を何とも思っていないのだ。
「最低の発言だな。魔王も同意見か?愚かにもほどがある」
静かなフェンの言葉にも、怒りの感情が含まれている。
「魔王様を愚弄するか、獣風情が!」
今にも襲いかかってきそうな雰囲気だ。それぞれ武器を構え、いつ戦闘が始まってもおかしくない。
「···新たな、勇者」
それまで沈黙して会話を聞いていた魔王がようやく口を開いた。
「性懲りもなく、新たな勇者を喚ぶとは。忌々しい···!」
ギロリと鋭い眼光が俺を射る。見えない圧力を感じ、背中に冷や汗が流れた。唾を飲み込み、それを悟られないように背筋を伸ばす。
「だが、何度でも退けてやろう。我は魔王!この最強の力で、大陸全土を支配する!」
「不可能だ、ラグズ」
「黙れ、アイオス!あの時、大人しく死んでいればいいものを···我の邪魔をするな!
不可能と、なぜ言い切れる。我は魔石に選ばれた。この力の素晴らしさは、選ばれた者にしかわかるまい!我になら、魔族の理想の世界を作れる!」
力に溺れ、何でもできると思い込んでいる。こちらが何を言っても無駄なんだろう。それでも、言わずにいられなかった。
「“魔族の”じゃなくて、“お前の”理想だろ。争いを望まないひと達を無理矢理従わせて、戦わせて。自分の理想を押し付けてるだけじゃないか!」
「無関係な貴様が口を出すな、異世界の勇者!」
魔王の苛立ちが俺にぶつけられる。だが、俺は引かずに言い返した。
「無関係なもんか!お前が暴れたせいで俺が喚ばれたんだよ!
大体、今までの魔王がことごとく勇者に負けてるっていうのに、よく同じことできるな!」
そう言うと、魔王とガルグ、二人の殺気が増した。だが、まだ襲いかかっては来ない。
「···アイオス、そこの勇者の首を取れ。そうすれば、今までの裏切りは許してやろう」
怒りを抑えた声音で、魔王はそんなことを言い出した。
「我に従うならば、貴様の集落の住民は生かしてやる。外の大陸へ戦いに送った奴らも返してやろう」
「何を今更。従うわけがないだろう。それに、貴様の言葉は信用できない!」
「お前の女を斬ったことを根に持っているのか?だが、あれはあの女が悪い。弱いヒト族のくせに、我に生意気な口を利きおって!
だから、無力を実感させてやることにして、即死はしないように胸に穴を開けて地下牢に放り込んでやった。運がよければ最期に最愛の男に会えるだろうと言い置いてな!
そういえばまだ聞いていなかった。どうだった、アイオス?女の死に目には会えたか?苦しんで死んでいったか?」
アイオスを自陣に引き入れようとしたかと思いきや、今度は心の傷を抉る言葉を放ってくる。本気で説得するつもりは無いのだ。
魔王の言葉に、アイオスは怒りに肩を震わせる。
相手が苦しむ様を楽しんでいる魔王に対して、俺も激しい怒りを覚えた。
「落ち着け、アイオス。ミライも」
背後からフェンが、俺とアイオスの肩に手を置いて声をかける。
「この部屋に、精神に干渉するタイプの魔法が仕掛けられている。怒りに呑まれるな」
この部屋に入ってから妙にモヤモヤした気持ちになるのはそのせいか。
魔王達が攻撃を仕掛けず会話を続けているのは、こちらの精神を乱すためだ。
「怒りは戦闘の動きを単調にさせる。衝動のまま戦っては相手の思う壺だ。気持ちはわかるが、冷静になれ」
視線は魔王達に向けたまま、顎を引いて頷く。
落ち着け。奴らの言葉にいちいち反応してやる必要はない。
これ以上話しているのは危険だ。こちらから仕掛けるべきか?しかし、タイミングが掴めない。
剣を握り直しながら考えていると、魔王がさらに言葉を放ってきた。
「···貴様の理想は外の大陸の者達との共存だったか。それこそ不可能だ!
そこの勇者共は、理想に共感するフリをして貴様を利用しているだけではないか?本当にそやつらを信じられるのか?」
魔王はアイオスに揺さぶりをかけてくる。
俺達はアイオスを仲間だと思っているし、彼もそう思ってくれていると信じている。
しかし、部屋にかけられた魔法のせいか、アイオスの表情に戸惑いが見えた。
「不可能じゃない」
彼の不安を拭うように、俺は魔王に反論する。
「アイオスの理想は不可能じゃない。今、俺達は手を取り合ってる。共存の一歩だ!」
「そうよ!支配して無理矢理従わせるあんたとは違うのよ!」
「彼は信頼できる相手です。信じて共に戦うと約束しました!」
「彼の強さと優しさをこの目で見てきた。過ごした時間は短いが、お前の言葉なんぞに惑わされはせんよ」
俺達の言葉はアイオスに届いたようだ。かすかに目を見張り、すぐに強い意思を宿して魔王達を見返す。
「愚問だ、ラグズ。俺はミライ達を信じると決めた。
貴様らに引導を渡し、この争いを止める!」
魔王は目を眇め、舌打ちをした。
「ならば、まとめて始末してくれる!ここに来たことを後悔させてやろう!勇者を何人喚ぼうが、全員殺してやる!」
魔王が剣を抜き、天へ掲げる。血色の刀身が禍々しい長剣。
その頭上にいくつもの魔法陣が出現した。それを合図にしたかのように、大剣を構えたガルグが一歩を踏み出す。
俺達もそれぞれ敵の攻撃に備えて動く。
戦いの火蓋が切られた。