31.城内
魔王城の手前にある石橋の近くまで来た。
アイオスの言った通り、城の周りは深い堀で囲まれている。覗き込んでも暗くて底が見えない。堀の向こうは高い城壁。やはり正面入口から入るしかないようだ。
その正面入口だが、元々は大きく堅牢な門が設置されていたに違いない。しかし今は地面に門の残骸が散乱しているだけで、ぽっかりと大きな口を開けている。
「···入るのに苦労はしなさそうだな」
どうやって開城させるのかと考えていたのだが、壊れていたのか。
「普通、門は修復しそうなものですが」
「このままだと敵の侵入を許してしまうものね」
モニカとマリーナの言う通り、防衛するつもりがあるなら修復するべきだ。修復するための人手がないのか、侵入されても返り討ちにできるくらい魔王が強いからか。
「···壊れたのは最近だからな」
アイオスが呟く。
「もしかして、壊したのはカザマ達だったりする?」
魔王城に入るために破壊したのだろうか。
「いや、違う。···俺が壊した」
そういえば、アイオスはここに来たことがあるんだった。壊したのはヴァイオレットが攫われた時だろうか。
「···あれを壊したのか。凄まじいな」
遠くから門の残骸を眺めながらフェンが言う。大きな残骸の中には金属も見える。普通、簡単に壊せるような造りじゃないはずだ。
「入れるのはいいけど、向こうからも丸見えだよな。ここを真っ直ぐ進むと攻撃されないか?」
攻撃されて堀に落ちるのだけは避けたい。
「あたしが魔法で目眩ましをするから、その隙に突入しましょう」
まだ少し距離があるが、あそこまで魔法が届くのだろうか。いや、本人がやると言っているからにはできるに違いない。
「みんな、準備はいい?どうせ侵入はバレるのだから、派手にやって魔王を脅かしてやりましょう!」
杖を掲げ、マリーナは門の瓦礫に向かって魔法を放った。着弾して爆発、煙が充満する。
俺達は武器を抜いて駆け出した。支援魔法がかけられるのを感じ、スピードが上がる。
入口付近を覆い隠している煙が、俺達が接近すると同時に左右に割れ、視界が開ける。
入口には、魔法の爆発を聞きつけた魔族が集まってきていた。俺達を視認して武器を構えるのが見える。奥にいる魔術師が詠唱を始めた。
俺とアイオスで最初の一撃を叩き込む。粗末な服を着た魔族。申し訳程度に金属のプレートを胸に付けている。手にした武器には錆が浮いていた。強制的に戦いに駆り出されている魔族だとすぐわかった。
しかし、たとえ望まず戦っていても、その腕力は相当なものだった。俺の剣を弾き返し、反撃に転じてくる。
斬撃をギリギリで避けて懐に入り、胸の金属プレートに剣を叩きつける。転倒させることに成功したが、追撃はできない。なぜなら、別の魔族が襲いかかってきたからだ。
槍を持った魔族だ。槍使いなら、モニカ相手に何度も模擬戦を繰り返した。大丈夫、やれる。
俺が数人の魔族を相手にしているうちに、アイオスは何倍もの数の魔族を戦闘不能にしている。しかも誰も殺していない。
続けて入ってきたマリーナ達も攻撃に加わる。
送れて合流してきた魔族が扉の向こうや階段上に見えた。一気に玄関ホールの人口密度が増す。
好戦的な魔族は嬉々として俺達の命を狙ってくる。
「一度集まれ!」
剣を引き、叫んだフェンの元へ後退する。彼の手には睡眠薬入りの爆弾。既に火がついている。
爆弾をみた魔族達の動きが一瞬鈍ったが、すぐに特攻してきた。多少の犠牲は覚悟の上ということか。
フェンが爆弾を高く投げる。魔族達の頭上で音を立てて爆発し、白い煙を撒き散らした。
想定とは違う爆発の効果に訝しげな顔をする魔族達。それほど脅威と思わなかったのか、雄叫びをあげて襲いかかってくる。
が、煙を近くで浴びた魔族から順に倒れ始める。離れた魔族が「毒だ!」と叫ぶのが聞こえた。毒じゃなくて睡眠薬だが、彼らにとってはどちらであっても同じかもしれない。
睡眠効果のある煙はあっという間に室内に充満した。だが、俺達の周りには見えない壁があるかのように煙が来ない。アイオスに感謝だ。
しかし、敵の中にも風魔法の使い手はいる。
煙の作用を察して距離をとったり魔法で逃れた魔族達はまだ戦闘可能だ。
白い煙は視界を遮るほどではない。しかし、進み出るとアイオスの風の防壁から出てしまうので動けない。
敵の魔術師が魔法を放ってきた。
マリーナとフェンが対抗して魔法で応戦する。
相手の魔法を撃ち落とし、素早い詠唱で反撃。しばらく魔法の撃ち合いが続き、光や爆発により視界が悪くなる。
そうしている内に、こちらが撒いた煙がだんだん薄れてきた。足元に僅かにわだかまるそれを気にすることを止め、前衛の魔族が前に出る。
それを待っていたかのように、アイオスが風向きを変える。
残った煙が前に出た魔族達目掛けて吹き付けた。不意打ちで煙を浴びた彼らはまともにそれを吸い込んでしまったのだろう。次々と昏倒する。
奥の魔術師はマリーナとフェンが戦闘不能にした。
まだ戦える者は数人残っているが、不利だと見て踵を返し、階段の上に姿を消した。
「上へ向かうぞ!」
アイオスに続いて階段へ向かう。倒れている魔族達を踏まないようにしながら走る。
フェンの薬のお陰で、犠牲は最小限にできたはずだ。
階段を駆け上がり、二階へ。上に残っていた魔族を戦闘不能にしながら次の階を目指す。
玉座への道はアイオスが知っているので、彼に道案内は任せる。
途中、階段を塞ぐ鉄格子があった。玉座に直通しているが柵で通れないと言っていた場所だ。
鉄格子はよく見ると薄っすら光を帯びており、魔法的な何かがかかっていて容易に破壊できないようになっているのだろう。
魔王城は、王都の城と比べてかなり荒んでいた。
壁紙はほとんど剥がれ落ち、石壁がむき出しになっている。酷いところは穴が空いて隙間風が入り込み、城内の埃を舞い上げていた。
元は立派な城だったに違いないが、手入れする者がおらず、繰り返し戦いの場になってきたせいで荒れ果ててしまったのだ。
扉の無い部屋の向こうに、壊れた家財道具。破れて読めなくなった本の山、ぼろぼろに引き裂かれたカーテン。壊れたり錆びてしまった武具の数々。
魔王城とは名ばかりの廃墟。
「もうすぐ玉座に着く。準備はいいか」
「ああ」
鼓動を速める心臓の音を意識しながら、勇者の剣を強く握りしめる。
ついに、魔王と対面する。
争いを始め、多くの同胞を犠牲にし、力を振りかざす暴君。
玉座に繋がるという階段を見上げる。きっと、魔王もガルグも俺達の侵入には気付いている。気付いて、待っているのだ。
出てこないのは、玉座のある部屋が魔王達にとって戦いやすい場所なのか。何か罠が仕掛けられていてもおかしくない。
足を踏み出して、一段ずつ階段を登る。自分と仲間達の足音を聞きながら、ゆっくりと呼吸する。心臓の音は落ち着きそうにないので鎮めるのは諦めた。
両開きの大きな扉の前に立つ。手のひらで押すと、難なく動いた。やや重いが、この程度なら余裕で開ける。
錆びついて軋んだ音を立てながら、俺は扉を開け放った。