30.魔王城へ(1)
勇者の剣は見た目は美しいが、その性能は斬った対象の魔力を吸収する凶悪な剣だ。
モンスターで試し斬りしたところ、斬れ味は他の剣と大差なかったのだが、小さく弱いモンスターなら急所を外しても一撃で絶命した。
モンスターは魔力で身体を構成している個体が多いので、勇者の剣が特攻だ。
この世界の住民は、魔力と生命力を内に秘めている。魔力を失っただけでは死にはしないが、弱体化して身体能力が低下するらしい。
弱体化させればこちらの勝率が上がる。結果的に、対人戦においても勇者の剣は有効な武器だった。
ちなみに、魔力が底をついても生命力を魔力に変換するという荒業があるらしい。ただし、それは命を削る行為なので推奨されない。
魔力は休息や薬ですぐ回復するが、生命力はそう簡単に回復しない。下手をすれば死んでしまう。
モンスターを斬ったことにより、剣に魔力が蓄積されている···らしい。魔力を感知できない俺にはわからないが、マリーナが言うには徐々に魔力が溜まっているとのことだ。
この魔力で俺も魔法が使えるのだろうかと思ったが、そう簡単な話ではないようだ。
そもそも魔法を使うには適性が必要である。魔術適性と属性適性。このふたつがあれば魔法が使える。
一定以上の魔力をコントロールするための魔術適性。そして、マリーナなら炎、水、雷、フェンなら闇といったような属性適性。
俺は自分に何の適性があるのか、そもそも適性がないのかもわからない。
どうすれば適性の有無がわかるのかマリーナに聞いてみたところ、属性適性は対応するエレメントを生成できるかどうかでわかるらしい。それをどの程度生成して操れるかで魔術適性を判断する。
つまり、火を生成できたら炎、水を生成できたら水の属性適性がある、といった感じだ。
というわけで、マリーナ立ち会いのもと、エレメントの生成に挑戦してみた。
魔法に必要なのはイメージだと前に聞いたので、脳裏に燃え上がる炎のイメージを描きながら勇者の剣を握りしめる。
「······」
何も起こらない。だがめげずに、水、氷、風、雷···とイメージを変えていく。
ぱちっ、と静電気が発生した時のようなかすかな音がした。
「雷の適性がわずかにあるみたいね」
「ほんとか?」
ちょっと嬉しい。他の属性も試してみたが、反応があったのは雷だけだった。
「···地味だなぁ」
どんなに頑張ってイメージしても、静電気レベルのエレメントしか発生しない。
「···えっと、言いにくいんだけど、あんまり魔法の適性はないかも」
言われるまでもなく、自分でもうっすら気付いていた。
仕方ない。諦めよう···
新しい剣の扱いにも慣れてきた。パーティの連携も良くなった。いつでも魔王城に向けて出発できる準備は整っている。
魔王戦前の最後の話し合いとして、俺達五人はテーブルを囲んでいた。
「いくら準備をしてもしたりないくらいだけど、今できる最大限の準備はした。心の準備はできてる」
きっと、今までの旅路で一番危険な戦いになる。お互いの命をかけて戦うのだ。はっきり言って怖い。だが、カザマを救って元の世界に帰るために戦うと決めた。
モタモタしていると心が挫けてしまうかもしれないので、俺としてはそろそろ魔王城へ向けて出発したい。
「あたしも、準備できてるわ。今までで一番調子がいいくらいよ」
他のみんなも、出発できる準備は整っているようだ。
「なら、明日。山を越えて、魔王城へ向かおう」
俺の言葉に皆が頷く。
「山に出現するモンスターは平地のそれらより少し手強い。注意しろ」
アイオスの“少し”は彼にとっての“少し”なので、それなりに強いモンスターが出ると思っていたほうがいいだろう。
「魔王城での戦闘について、ひとつ提案がある」
フェンが紙で包まれた丸い玉を取り出した。紐が一本出ている。導火線の付いた爆弾か?
「強力な睡眠薬を粉状にして固めたものだ。火を付けて数秒で爆散し、薬を周囲に拡散させる。これで大抵の魔族は沈黙させられるはずだ」
色々薬を調合していたのは知っていたが、こんなものまで作っていたのか。
眠らせて戦闘不能にしてしまえば、無駄な戦いをしなくて済む。しかし。
「こんなもの使ったら、俺達まで巻き添えにならないか?」
息を止めろと言われてもそれほど保たない。
俺の疑問に、フェンはアイオスの方を向いて言った。
「アイオス。砂漠で砂嵐を風魔法で防いでいただろう。同じやり方で、私達に薬の粉末が流れて来るのを防げるか?」
「可能だと思う」
「万が一吸い込んでしまったら、この錠剤を噛み砕け。一気に目が覚める」
そう言って、指先くらいのサイズの錠剤を俺達に渡す。
小さな袋に入ったそれを服のポケットにしまった。
「では、明日に備えて今日はしっかり休息を取りましょう」
モニカの言葉で、話し合いはお開きとした。
屋敷の住民に明日魔王城へ向けて出発すると告げると、俺達の身を案じる言葉や応援の言葉をもらった。子ども達は手作りのお守りをプレゼントしてくれた。
過去へ戻れば、ここで過ごした日々は失われてしまう。そう思うと悲しいが、きっとまた彼らと出会い、仲良くなれると信じている。
俺達が過去へ転移しようとしていることは屋敷のみんなには内緒にしている。話しても余計な心配を増やすだけ。この計画は五人だけの秘密だ。
これから魔王を斃しに行く。しかし、魔王を斃しても俺の旅は終わりじゃない。この魔王討伐は通過点なのだ。
●●●
集落のみんなに見送られて俺達は出立した。
寂しげな黒い大地を歩きながら、腰に提げた勇者の剣の感触を確かめる。
道案内のアイオスを先頭にして山道に入った。
舗装されていない地面は、大小様々な石や地面から突き出した木の根が邪魔をして歩きにくい。それでも一応、歩きやすい道を選んでくれているようだが。
「けっこう登るのか?」
聞くと、アイオスは頭を振った。
「いや。それほど登らなくても、近道がある。少し道が険しいが」
石や木の根に躓かないように気を付けながら進んでいく。
時々モンスターの叫び声が遠くから聞こえる。大型の獣系モンスターがいるのだろうか。
警戒していると、左の崖上から小石がパラパラと降ってきた。上を見上げるのと、腕をアイオスに引かれて強制的に移動させられたのと、その俺がいた地点にモンスターが振ってきたのはほぼ同時だった。
「!!」
土埃を上げてモンスターが着地する。
首から下は人型だが、その頭部は牛。ミノタウロスだ。筋骨隆々の肉体を見せつけるように反らし、咆哮する。
手には石斧。簡単な武器を作成して扱うだけの知能がある。
鼻息荒く俺達を見回し、最初に襲いかかる獲物を見定める。
一番近い距離にいた俺に向かって石斧が振り下ろされる。が、側にいたアイオスがすぐさま俺の前に出て、大剣で石斧を叩き返した。
大きく後ろへのけぞるミノタウロス。叩き返された反動で腕が上へ持ち上がり、その空いた胴体へマリーナとフェンの魔法が命中する。
苦鳴を上げてよろめくモンスターへ、アイオスが追撃。彼の剣がミノタウロスの太い足を根元から切り飛ばし、バランスを崩させる。ミノタウロスは片手をついて転倒を免れながら、石斧を再び振り下ろす。
その石斧を防いだのはモニカだ。かなり威力のある攻撃だったが、危なげなく盾で防ぎ、自身の何倍も大きいモンスター相手に一歩も引かない。
ミノタウロスが再び石斧を振り上げることはなかった。フェンが魔法で生み出した鎖が腕と武器に絡みつき、行動を封じている。
マリーナがミノタウロスの頭部に魔法を放ち、怯ませる。
俺はモニカの背後から跳躍。アイオスの支援魔法により強化された脚力で、モンスターの眼前まで跳び上がる。
その勢いのまま、ミノタウロスの首に一閃。丸太のような首を半分ほど切り裂き、背後へと着地。すぐさま振り返り、背後から心臓を狙った突きを繰り出す。
剣が深々と突き刺さり、ミノタウロスが絶叫。広い背に足を置いて剣を引き抜き、後方へ距離をとる。
最後の悪あがきで自由な片腕を振り回すが、全員距離をとったあとなので当たらない。
ミノタウロスは地面に横倒しに倒れ、動かなくなる。
息をつき、モンスターの増援が無いことを確認して剣を納めた。
「ありがとう、アイオス」
遅れて礼を言う。腕を引いてくれなかったらモンスターに潰されていたかもしれない。
すっかり連携にも慣れ、手際よくモンスターを倒せるようになった。
その後もミノタウロスだけでなくオークの集団にも遭遇したが、協力して退け、順調に山道を進む。
徐々に足場が悪くなり、道というより岩を登っているような感じになってきた。
「大丈夫か」
時々アイオスが手を貸してくれる。
疲れて来た頃、比較的足場の良い巨大岩の上に出た。
岩の出っ張りに腰を落ち着けて休む。周りを見渡すと、岩と岩の隙間から水が流れている。もう少し上に川があるのかもしれない。
「この先を下りていく。足を滑らせないように注意しろ」
長居してはモンスターに遭遇するかもしれないので、休息はそこそこで切り上げた。足場の悪い場所ではなるべく戦いたくない。
下っていくと、土の道に戻ってきた。が、今度は道の端が所々ぬかるんでおり、そういう所を避けて通らなければならなかった。瘴気に汚染された毒の泥だ。
そろそろ山道が終わる頃、前方に見たことのないモンスターの姿が見えた。




