29.準備
この二週間、俺達は魔王戦に備えて準備をした。
劣化した装備を新調し、鍛錬を重ね、より技に磨きをかける。
魔王戦を想定して、俺が最後にとどめを刺すのをサポートする戦い方を、モンスター相手に練習した。暗黒大陸に出現するモンスターは瘴気の影響もあって、強い個体が多く手強い。
仲間達でモンスターの動きを止め、俺が心臓を狙って剣を振るう。
魔王との戦いでも同じようにいくとは思えないが、仲間同士で互いの動きをよく見る為のいい練習になった。
そして、五人で戦って分かったこと。アイオスはパーティ戦にあまり向かない。
そもそも彼はパーティ戦の経験がなかった。時に誰かを守りながら戦うことはあったようだが、基本的に一人だったという。
見ていてわかるように、ソロで最も力を発揮するタイプだ。自由に戦わせると、彼一人でモンスターを一掃してしまう。
本来アタッカーとして本領を発揮する彼に、サポートに回れという方が難しかった。
それでも、何度か戦闘を重ねるうちに手加減に慣れたらしい。効率良く連携できるようになった。
対人戦の訓練として、俺とモニカはアイオスと模擬戦による訓練を行った。
集落の空き地で、俺とモニカでアイオスを相手に戦う。万が一の怪我を想定して、フェンに見張ってもらいながら。
二人ががりで打ちかかっているのに、なかなかアイオスに攻撃が当たらない。
モニカの連続突きを大剣で器用に弾き、側面から仕掛けた俺の攻撃をひらりと避ける。二人で前後から同時に仕掛けた攻撃を、大剣でこちらの武器を流しつつ躱す。
最初は、もし当たって傷付けたらどうしようと考えて本気で斬りかかれなかったが、すぐにその考えは甘いと気付いた。本気で、いや殺す気でかかっても俺はアイオスに勝てない。
この力の差に気持ちが挫けかけた俺とモニカを見て、手加減しすぎたアイオスの胴にモニカの槍の一撃が入ってしまった以外は、大きな怪我はしていない。
アイオスの屋敷にあった魔導書を読み込んで、フェンは闇魔法を強化した。
さらに、今は左腕に腕輪型の増幅器を付けている。これはアイオスの屋敷にあったものだ。彼の家族が使っていたものらしい。つまり形見の品だが、しまっておくだけでは宝の持ち腐れなので使っていいとのことだ。ありがたく借りている。
大人数での生活は中々大変なものがあったが、集落の魔族達との関係は良好だ。
毎回作る食事の量が多いので数人がかりで作らなければならないし、十三人もいるので一人ずつのんびり風呂に入っていると時間が足りない。複数人で風呂場を使うか、朝と晩に分けて使わなくてはならなかった。
それにしても、ここに風呂場があってよかった。水は井戸から汲んできて魔法で沸かす必要があったが、大きな浴槽で手足を伸ばせるのはいい。
中でもモニカが集団生活に慣れていて、彼女が一番馴染んでいた。
騎士団での集団生活があるからかと思ったが、違うらしい。子ども達の扱いにも慣れていて、食事や風呂の世話を積極的に行っていた。
「もしかしてモニカ、下のきょうだいがいたりする?なんか小さい子の世話に慣れてる」
ある日、そう聞いてみた。その問いにモニカは笑って答える。
「ええ、いますよ。下にも上にも、きょうだいはたくさん。血の繋がりはありませんが」
その意味を問う前に、彼女は言葉を続けた。
「自分は孤児院出身なので。孤児院では、みんなで協力して暮らすんです」
モニカが孤児院出身だとは知らなかった。つまり、本当の家族はもういないのだ。何と言っていいのかわからず悩んでいると、モニカは「気にしないでください」と明るく言った。
「孤児といっても、幸せでしたから。院長や世話をしてくれる大人達は優しかったですし、王都にある大きな孤児院でしたから、寄付金も多かったです。何不自由なく育ちました」
嘘ではないのは、その表情を見ればわかる。孤児院での生活を語るモニカの表情は楽しそうだった。
「みんなで大鍋をかき混ぜてご飯を作るのは楽しかったです。玩具の取り合いで喧嘩することはよくありましたが、基本的にみんな仲が良くて。
上の子が下の子の面倒を見て、生活に必要なことを教えていくんです。
時々、冒険者が話をしに来てくれて、それを聞くのが楽しみでした」
料理の腕は伸びなかったが、裁縫の腕には自信があるという。その言葉通り、ほつれた子どもの服を手際良く直していた。
「モニカは、どうして騎士になったんだ?」
ヒト族で女性だ。他の種族や男性より筋力でどうしても劣る。なのに、なぜ騎士になったのだろう。
「子どもの頃から、身体を動かすのが好きで。けっこう力持ちだったんですよ。男の子に腕相撲で勝ったりして」
···多分、俺も腕相撲したら負けると思う。
「冒険者の話を聞くのは好きでしたが、冒険者よりも騎士に憧れました。騎士のほうがみんなを守れると思ったんです」
王都に住んでいたこともあって、騎士の存在も身近だったのだ。街道の安全確保や救援要請に応じたモンスターの討伐、悪事を働く盗賊を捕まえて治安の維持。その姿に憧れたという。
「モニカは立派だな」
そう言うと、彼女は照れたように笑った。
「理想の騎士にはまだまだ遠いですが」
モニカやアイオスのように、誰かの為に戦えるひとはすごいと思う。
一緒に過ごす時間が長くなり、話を聞いてみんなのことを知れば知るほど、この場所に情が移ってしまいそうだった。
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戦力強化と集落の生活支援を両立させながらの日々はあっという間だった。そろそろ勇者の剣を受け取りに行ってもいい頃だろう。
そして今日、勇者の剣を受け取るため、俺はアイオスと共に砂漠の大陸に来ていた。
今日以外にも、何度か砂漠の大陸には来ている。物資調達の為だ。午前中のうちにモンスターを倒して素材を集め、午後にはオアシスの商店街でそれらを売却し、そうして稼いだ金で物資を買う。
アイオスは何度も来ているだけあって、店の主人と顔見知りだった。
だが、交わす言葉は最小限で、極力関わらないようにしていた。やはり魔族であることが見えない壁を作ってしまう原因なんだろう。
物資が調達できなくなっては困るため、絶対に正体がばれるわけにはいかない。安易に事情を打ち明けることもできないので、こういう状態を続けるしかないらしい。
オアシスには何度も行ったが、騎士団の拠点にアイオスを連れて行くのは初めてだ。魔族を手引きしていると思われたら大変である。とはいえ、アイオスの魔法による変化は完璧で、振る舞いも魔族とは思えないのでそれほど心配していない。
入り口に近づくと見張りの騎士に誰かと尋ねられたが、仲間だと紹介するとすんなり通れた。こう言ってはなんだが、警備が甘い。裏切り者が出たらどうするんだ。
騎士と冒険者の間を歩いて鍛冶師のいる区画に向かう。
浅黒い肌の小男たちが鍛冶に勤しんでいる。相変わらず忙しそうだ。
真っ直ぐボスの元へ向かい、声をかける。
「なんだ!」
やっぱり声がでかい。振り返って険しい目で見上げてくる。
「頼んでた剣、できてるか?」
聞くと、数秒じっと俺の顔を見つめたあと頷いた。
「てめぇか。できてるよ!そこの赤い箱に入ってる。ほら、箱の鍵だ。勝手に持っていけ!」
ぽいと小さな鍵を投げて寄越される。投げた後、ボスはまた自分の作業に戻ってしまった。
こういうやつらだと以前来たときにわかっているので、気にせず渡された鍵で赤い箱を開ける。
蓋を開けると、一振りの剣が納められていた。
白い鞘に収まったそれを手に取る。普段使っている剣より軽い。特別な剣だからか。
鯉口を切って刀身を覗かせると、白く輝く刃が見えた。隣のアイオスが珍しそうに見ている。
これが、魔王を斃せる唯一の武器。魔王以外にも必殺の剣らしいので、扱いには注意しよう。
「ありがとう!」
聞いているかわからないが、ボスの背中に礼を言う。
「よし。じゃ、オアシスで買い物して帰ろう」
せっかく砂漠の大陸に行くのだからと、買い出しを頼まれている。
「香辛料と、小麦粉と···あ、たまには果物とか買って帰らないか?」
「そうだな。みんな喜ぶだろう」
オアシスに出店している店の一部は一定期間ごとに入れ替わっていて、行くたびに違う店があって面白い。
一通り買い物を終えて帰路に着こうかと考えていると、商人っぽい男が声をかけてきた。
「あの。そこの剣士の方」
砂漠の大陸では珍しくない、日に焼けた中年のヒト族の男だ。
「何?買い物はしないよ」
押し売りかと思ったので先んじて言う。
「いえ、そうではなく···そちらの鎧の剣士の方」
商人っぽい男は、俺ではなくアイオスを見ている。緊張した面持ちで、言葉を続ける。
「以前お会いしたこと、覚えていますか」
「知らん」
どうやらこの男、アイオスに会ったことがあるらしい。当の本人は覚えていないようだが。
似たようなやり取り、俺もしたな。
速攻で否定されて一瞬言葉に詰まったものの、男は気を取り直して言った。
「モンスターの集団から助けて頂きました」
そう言われても、アイオスの表情に変化はない。
「覚えがない。用がそれだけなら去れ」
淡々と突き放して背を向ける。男が悲しそうな目をしたので、俺はアイオスが歩きだす前に腕を掴んで止めた。
「もうちょっと聞いてやれよ」
多分、この男が言ってる相手はアイオスで合ってると思う。
アイオスは通りすがりに助けた相手のことは一々覚えていないのかもしれないが、助けられた側は覚えているものだ。
「四〜五年前の話ですが、夫婦で行商をしていたころに砂漠でモンスターの集団に襲われて。雇っていた護衛が多勢に無勢と逃げ出してしまい、もう駄目だと諦めかけたとき、あなたが助けてくださったんです。
当時、妻は身籠っていました。あの後無事出産し、息子が生まれたのです。あなたは我々家族の恩人です!」
男は前のめりになって一気にまくし立てる。
「お礼をしたいのですが、今はこれしかなく」
懐から巾着を取り出し、アイオスに向かって差し出す。
「礼など不用だ。···家族がいるのなら、家族のために使え」
差し出されたそれを受け取らずにそう言う。男は驚いた顔をしたが、その言葉に嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます。でしたら、いつか店にお立ち寄りください。サービスさせていただきますので」
そう言うと、男は一礼して去っていった。その背を見送り、掴んでいたアイオスの腕を離す。
「ほんとに覚えてない?」
「···そんなことがあったかもしれない程度にしか覚えていない」
「もうちょっと愛想よく話したら好感度あがるぞ?」
根は優しいのに言い方が冷たい。礼くらい素直に受け取ればいいのに。
交流を必要最低限しか持たない理由はわかる。誰かと交流を持つならば、何もかも秘密にした状態でいるのは難しい。
隠し事を抱える罪悪感。秘密を明かした時に、それまでの関係が壊れてしまう恐怖。
アイオスは集落のみんなの為に頑張っているし、外の大陸でも人助けをしている。その努力や行いが報われてほしいと思う。
マリーナ達だって、話せばわかってくれた。他にも魔族に理解を示してくれるひとはいるはずだ。
この先の未来が彼にとって幸せな結果に繋がって欲しいと、心の中で願った。




