3.エルフの魔術師
老人に示されたテント向かうまで、俺はずっと下を向いて歩いていた。
カザマの事や、これからどうするかとか、考え事をしていたという理由もあるが、一番の理由は周りの視線が気になって仕方なかったからだ。
建物を出るとすぐ、村人の視線が俺に集まった。
異世界の者への興味。魔王討伐への期待。先の勇者の敗北からくる不安。
「新しい勇者?」「大丈夫なのか?」「今度こそ魔王を」「変わった格好」「強そうに見えない」······
全ては聞き取れないが、囁き声が耳に届く。
みんな好き勝手言いやがって!
生まれてこの方、こんなに注目されたのは初めてだが、ちっとも嬉しくない。
テントに入るまで、茶色い地面とマリーナのスカートの裾しか視界に入れなかった。
テントに入り、俺はようやく視線を上げる。
金髪碧眼の美女がいて息を呑んだ。
腰まで届くストレートの金髪、整った面立ちに透き通るような青い瞳。
耳は細く尖っている。細身の身体に上品なローブを纏った、神秘的な雰囲気の女性エルフだ。
その青い瞳が俺を写し、驚きに見開かれる。
「あなたは···」
俺の顔を凝視するその表情には、驚きと悲しみが混ざっていた。
「あなたがセレネさん?俺、ミライと言います。カザマの弟です」
「カザマの···!」
セレネさんは両手を口元にあてた。
「あぁ···ごめんなさい。カザマは···あなたのお兄様は···」
「召喚士のじいさんに聞きました。仲間に裏切られて死んだ、と」
「はい···裏切り者ガルグ。ヒト族の姿に化けて、ずっとわたくし達を欺いていた魔族。強く、頼れる仲間だと信じていたのに···まさか、魔王の側近だったなんて、思いもしませんでした」
「あの、あたしのお姉ちゃん···カーネリアも、そのガルグって、魔族に?」
マリーナが横から訪ねる。
「マリーナ!実は、カーネリアがどうなったのか、わたくしは最後まで見ていないのです」
「見ていない?」
「ええ···カーネリアはわたくしを逃がすために強力な魔法を放ちました。
気付けばわたくしだけ魔王城の外に投げ出されており、カーネリアがその後どうなったのか見ていないのです。
大怪我を負ったわたくしは、近くの町へ逃げるだけで精一杯、カーネリアを助けに戻ることができませんでした」
「見ていない、なら···生きている可能性は···」
「いえ、絶望的かと···」
「······そう」
マリーナは悲痛な顔でうつむく。
「マリーナ、ごめんなさい」
自身だけ生き残った罪悪感からか、セレネさんの表情は暗い。
「謝らないで。悪いのは、そのガルグって魔族と、魔王でしょう」
マリーナはセレネさんを責めることはなかった。それでも複雑な心境に違いない。俺だってそうだ。
カザマとマリーナのお姉さんが死んだのは、ガルグと魔王のせい。
だけど、どうして守ってくれなかったのか、助けられなかったのかって考えてしまう。
さっきからカザマの死を繰り返し聞かされているのに、実感が薄い。悲しみより怒りの感情が強い。遺体を見ていないせいか。まだ夢であって欲しいと願っているからか。
父さんと母さん、カザマが死んだと知ったらひどく悲しむだろうな。
だが、そもそも現状ではそれを伝えることすらできない。俺もまた異世界に召喚されたのだから、元の世界では行方不明者として扱われるだろう。
長男に続いて次男まで行方不明になるなんて、両親がどれだけ心を痛めているか。
特に母さんは、カザマがいなくなってからあまり食事が喉を通らなくなり、かなり痩せてしまった。
俺までいなくなって、衰弱死でもしたらどうしよう。
なんとかして帰らないと。そのために、考えなくてはならない。
「セレネさん。カザマのことやこの世界の事とか、色々聞いてもいいですか?」
「ええ、もちろん。わたくしに話せることでしたら何でも。それから、どうぞ楽に話してください」
⚫⚫⚫
長くなるかもしれないので、テントに設置されている簡易ベッドに座って話すことになった。
正面にセレネさん。隣にマリーナ。
傷が付いた手が痛くて撫でていたら、セレネさんがそれに気付いた。
「怪我をされたのですか?」
「これは、まぁ、ちょっと···」
ついさっき集会所でキレてテーブル殴りました。とは言えなかった。
「見せてください」
セレネさんは俺の手を取ると、傷の上に手をかざした。
淡い光が傷を覆い、痺れるような痛みがスッと引いた。
始めて体験する魔法に驚く。
「あ、ありがとう」
「いいえ。これくらい、大したことでは」
ここは本当に魔法の存在する異世界なのだと実感した。
俺は、この世界での身の振り方を真剣に考えなくてはならない。
「改めて、カザマに起こったことを教えてほしい」
まずはカザマのことを尋ねた。
「わたくし達のパーティは、勇者であるカザマとわたくし、魔術師のカーネリア、そして騎士のガルグの四人でした」
たった四人で魔王に挑んだのだという。それだけ優秀な人材の揃ったパーティだったのか。
「わたくし達勇者パーティは、行く先々で人助けやモンスターの討伐をこなしながら、旅を進め力を身につけていきました。
各地を周り、準備を整え、魔王城まで辿り着いたのです。
最奥へ進み、魔王と対峙し、刃を交えようとしたその時···ガルグが、突如カザマを襲いました。皆が魔王に注目しており、わたくし達の誰も反応できませんでした。
カザマが倒れ、わたくしとカーネリアは正体を現したガルグと魔王を相手に、ただ絶望しました」
前衛のカザマは倒れ、ガルグは裏切った。残された後衛ふたりでは、魔王に対抗するのは難しかったのだろう。
「ここで殺されるのだと、諦めかけたとき、カーネリアが最後の力を振り絞ってわたくしを魔王城の外に逃がしました。
近くの町で一命を取り留めたわたくしは、魔王の勢力が勢いを増し、勇者を討ち取ったと触れ回っていると耳にしました。
数多の不安の声が、わたくしの元へ届きました···
その中で、一部の者が新たな勇者を喚ぼうとしているという噂を聞き、ここへ来たのです」
「それで、俺が喚ばれていた、と」
「はい」
勇者が死んで、このままでは魔王に侵略されると焦った奴らが先走って召喚したと。結果、召喚には成功したものの、召喚士に死者が出た。
魔王はそんなに危険な存在なのか。
「魔王って一体何者なんだ?」
「この世界は、様々な種族が共に暮す世界。しかし、魔族だけは例外です。
数十年に一度、魔族の中から魔王が誕生します。大体、平均して七十〜九十年ほどの周期でしょうか。
ですが、魔王がどのように誕生するのかはわかっていません。この魔王は、誕生するたびに世界を荒らし、多くの命を奪ってきました」
俺なりに魔王の姿を思い描いてみようとしたが、ゲームのラスボスっぽいイメージしか湧かなかった。
「魔王の心臓は、この世界の者には破壊できません。仮に破壊したとしても、再生してしまうのです。
魔王の心臓を破壊できるのは異世界の者だけ。だからこの世界の我々は、魔王が現れる度に勇者召喚を行い、その力を借りてきました」
「俺たち以外にも、過去に勇者が?その人達はどうなったんだ?」
まさか、みんな素直に勇者として魔王討伐に向かったなんてことはないよな。
「召喚された人間がみんな、協力的とは限らないんじゃないか?」
「ええ、逃げ出した者もいたそうです···そんな彼らが、その後どうなったかまでは存じませんが···」
逃げた先は不明。その場合、別の勇者を召喚するのか?いや、するんだろうな。
多分、逃げたところで救いはない。人種も理も何もかも違う世界で、ひとり生きていけるわけがない。
「戦いに赴き、魔王を斃した勇者の中には、元の世界へ帰った者もいれば、この世界に留まった者もいるそうです」
この世界に永住を決めた勇者がいるのか。よほどこの世界が気に入ったのか、元の世界が嫌いだったのか。俺には理解できない。
「今回、俺が召喚されたのは偶然か?それとも、俺がカザマの弟だから選ばれたのか?」
「今回の召喚は、一部の者の独断で行われました。わたくしは召喚に関わっていないので、なんとも言えません。
ですが、もし偶然でなければ、召喚の際にカザマに関係するものが触媒に使われた可能性があります」
しかし、俺が召喚された場所にそれっぽい物は見当たらなかった。元から使われていないのか、使用して消滅してしまったのか。
戻って痕跡を探すなんて面倒なことはしたくない。
それに、偶然だろうが必然だろうが、もう俺はここに召喚されてしまっているのだ。
「元の世界へ帰る方法はひとつしかないのか?」
一番大事なことだ。あの召喚士のじいさんは送還できないと言っていたが、本当だろうか。
「魔王を倒す以外、方法を知りません。
魔王の心臓を異世界の勇者が破壊したとき、莫大な魔力が解放され、帰りたい、行きたいと望む場所への道が開かれる、と言い伝えられています」
「莫大な魔力が必要ってことなら、召喚したときと同じくらいの魔術師に送還してもらうことはできないのか?」
「申し訳ありません···できないのです」
「何でだ?」
「転移ゲートそのものを開くことはできます。しかし、送還先がわからなければ、繋げることができません。
ゲートを繋げるには、術者が転移先のイメージを明確に思い描く必要があります。この世界の我々は、勇者の世界を知らないため、このイメージを思い描くことができません。貴方がた異世界の者は魔力を持っていませんので、自らゲートを開くこともできません」
「イメージ?なら、召喚はどうやってしてるんだ?」
「召喚は、異世界の者を無作為に選び、こちらの世界の座標に引き寄せることで可能にしています。どこの世界の誰を召喚するか、通常は選択できません」
呆れた。そんな適当に召喚してるのか。しかも召喚したら送還できないなんて、無責任にもほどがある。
「申し訳ありません」
セレネさんは再度謝った。柳眉を下げ、目を伏せる。
さっきの老人と違い、美女に申し訳なさそうにされると怒りにくい。
あのジジイ、それを見越してセレネさんと話せって言ったんじゃないだろうな。
「結局、魔王を倒すしか帰る道はないのか···」
俺は暗い気持ちでため息をついた。
どうしたらいい?
普通に考えて、俺が魔王を斃せるなんて思えない。そもそも戦いの経験がない。あるわけない。
沈黙していると、マリーナが言った。
「話はもういいの?」
「うん。考えたんだけど、俺はやっぱり自分の世界に帰りたい。でも、魔王を斃せる気がしない。今までの勇者がどうだったか知らないけど、少なくとも俺には戦いの心得なんてない」
俺の心配に、セレネさんは頷いた。
「そうですね。貴方の言う通り、異世界の者がここで戦ってゆくには、そのままでは力不足。ですので、最初に行ってもらう場所があります。
『勇者の地下道』で、精霊に力を与えてもらうのです」
「『勇者の地下道』?精霊?」
「はい。『勇者の地下道』の一番奥に、精霊を呼び出す魔法陣があります。そこで、精霊に力を与えて貰うのです」
戦える力をもらえるらしい。確かにそうでなくては話が進まない。
「ミライ、貴方にこれを。今身につけている衣装では、その先動きにくいでしょう。武器と防具です。使ってください」
装備一式をありがたく頂く。
「俺は、自分の世界に帰るために戦う。そして、カザマの仇を取りたい。ガルグって魔族が許せない」
この世界のためじゃない。俺は俺の目的のために魔王を斃す。
結局、この世界の奴らの思い通りの選択だ。気に入らないが、他に道はない。
「あたしも協力させて!あたしも、お姉ちゃんの仇を討ちたい!」
マリーナもガルグという魔族に家族を殺されている。目的は同じだ。
「ああ、一人だとこの世界の事とかわからないし、マリーナが一緒に来てくれると助かるよ」
彼女の実力の程はわからないが、心強い。
仮に未熟な魔術師だったとしても、俺だって駆け出しだからお互い様だ。一緒に強くなればいい。
「『勇者の地下道』に、わたくしも同行します。精霊を呼ぶ儀式を行わなくてはなりません。一時的に喚ぶだけなので、わたくしひとりの魔力で十分です」
儀式のことはよくわからないが、セレネさんにまかせれば大丈夫そうだ。
とりあえず進む道が決まって、俺は少し安心した。
「それでは出発は明日にして、今日はもう休んでください」