28.話し合い(1)
翌日。俺達は再びアイオスの私室に集まった。
テーブルを囲んで、シュトリが用意してくれたお茶のカップから立ち昇る湯気をなんとなく見つめる。
「まず、魔王城までの道のりと魔王城の内部に関する話をしようと思うが、それで構わないか」
口を開いたアイオスに視線を向けて頷く。いつも通り、彼はヒト族の姿をとっている。
「ここから魔王城までの道のりは、途中に巨大な地割れがあって真っ直ぐ向かうことはできない。少々遠回りだが、山道を通って行く。
山を越えれば、魔王城はすぐそこだ。入り口は正面にひとつだけ。周囲は深い堀に囲まれているため、この正面入り口から入るしかない」
まさかの正面突破。こっそり忍び込んで奇襲をかけることはできないらしい。
こちらが訪れたことは向こうもすぐに気付くだろうし、魔王のもとへ辿り着くまでに魔族達との戦闘は避けられない。
「簡単だが、魔王城の見取り図だ。下に降りる階段があるが、地下牢には用がないから向かう必要は無い。恐らくラグズは玉座にいるだろうから、目指すべきはそこだ。
玉座に直接繋がる階段がある廊下には侵入者を容易に近付けないために柵が設置してある。簡単には壊せない頑丈なものだ。俺でも壊せなかったから、他の階段から迂回して向かうしかない」
スケッチブックに魔王城の見取り図が描かれている。昨日一階で見かけたスケッチブックだ。普段は子ども達がお絵描きに使っているのだろう。
いつの間に描いたのか知らないが、丁寧に分かりやすく描かれている。使われている画材がクレヨンなので、やや緊張感に欠けるが。
「あのさ···魔王城には、魔王以外にも魔族がいるよな。当然、戦いになるのはわかってる。でも、魔王に自ら従ってる奴はともかく、無理矢理従わされてる魔族もいるんだろ?」
無駄な犠牲は出したくない。もしかしたら、中にはアイオスの知り合いもいるかもしれないのだ。
魔王の支配力がどれほどのものか知らないが、望まず戦っている相手を斬りたくない。
「ミライの言いたいことはわかる。可能なら殺さずに進みたいが、そうもいかないだろう。
躊躇いは自身の命を危険にさらす。自分の身を最優先にして行動してほしい。仕方ない、などという言葉は使いたくないが······こちらが斃れては意味がない」
「···向こう側に、アイオスの知り合いもいるんじゃないか?」
「確かに顔見知りもいるだろう。だが、お前達が気にすることじゃない」
「そう言われても。例えば家族とか···傷付けられたくない相手がいたら」
そういうひと達だけでも、できるだけ傷付けない戦いをしたい。
「家族はいない。とうに死んでいる。···死因は今回の争いが原因ではないから気にするな」
後半の台詞は、俺が表情を曇らせたからだろう。
もしかしたらと思っていたが、やはり家族は既に亡いらしい。
「···わかった。自分達の身の安全を優先して戦う」
俺自身はもちろん、仲間達の命が一番大事だ。手加減できるほど俺は強くない。仲間を危険にさらさないためにも、覚悟を決めて戦わなければならない。
「恐らく···いや、確実にガルグは魔王の側にいる。魔王とガルグ、二人を相手にしなければならないだろう」
ガルグは魔王の側近という話だ。中央大陸の森では辛酸をなめさせられた。今でも外の大陸をうろついているとは考えにくいので、魔王の元へ戻っているだろう。
「ガルグ···今度は一方的にやられたりしない。あたし達だって強くなったんだから」
拳を握り始めて、マリーナが呟く。
俺も以前の悔しさを思い出す。あのときは本当に死ぬかと思った。実際、アイオスが現れなかったら殺されていただろう。
「ガルグは中央大陸で遭遇したときに見たように、武器は大剣。風魔法と闇魔法を使う。
ラグズもメイン武器は剣だったが、正直どんな戦い方をしてくるか予測できない。魔石で莫大な魔力を得て、使う魔法も増えているし、身体能力も上がってる」
ラグズが魔王になってからの能力は未知数のようだ。どんな攻撃をしてくるかわからない。
「勝利条件は魔王の心臓の破壊。言うまでもなく、破壊できるのは勇者の剣のみ。俺達はミライの剣が魔王に届くように全力で支援する」
「その魔王の心臓について聞きたい。魔石を取り込んで魔王になる、と言っていたな。
普通は魔石を生身の肉体に取り込むことなどできないはず。我々の知る普通の魔石とは何が違う?」
話の途中だが、フェンが口を挟む。それは俺も気になっていた。
「知っての通り魔石とは、高濃度の魔力が結晶化したものだ。ここ暗黒大陸で発生する魔石は、大量の瘴気を含んでいる。その魔石を取り込み、莫大な力を得た者が代々魔王を名乗っている。
俺達魔族は長年暗黒大陸に住んでいるせいで、少なからず体内は瘴気で汚染されている。恐らくはその影響で魔石と融合しやすくなっているんだろう。
心臓と融合した魔石は、体内を巡るマナを増強し、心臓を再生させてしまうほどの高い再生能力を与える。
そして、他者を縛る支配能力。魔力が低く抵抗力のない同胞は、魔王の命令に逆らえない」
取り込めば莫大な力が手に入る魔石。不死に近い身体。力を求める者なら誰もが欲するだろう。
「ただ、誰でも魔石を取り込むことに成功するわけではない。過去には失敗して死んだ者もいるという。大量の瘴気を含む魔石だ。普通は身体が耐えられない」
「死ぬかもしれないのに、魔石を欲するの?」
「そうまでして力を望むのか」
「ですが実際、魔王の力は強大です。命をかけるに値するのでしょう」
命をかけてまで力を欲する気持ちが、俺にはわからない。死んでしまったらそれまでなのに。
「アイオス、魔石を取り込もうとしてたって言ってなかったか?」
そういえば昨夜、魔石を手に入れようとしていたと話していたことを思い出す。彼の場合、命がけで争いを止めようとしていたということだ。
「適合する自信はあった」
その自信はどこから来るのか。単純に肉体や魔力の強さで成功率が変わるのだろうか。だとしたら、強い魔族がさらなる高みをめざして魔石を欲した結果が魔王なのか。
「魔王の心臓の破壊に成功したら、核となっている魔石に蓄えられた魔力は勇者の剣に吸収される。界を渡れるほどの莫大な魔力だ。その魔力を使い、ゲートを開いてもらう」
「そのゲートを開くって、具体的にどうやるんだ?俺はこの世界のみんなと違って、魔法は使えないんだけど」
魔力を感じたり使ったりという感覚が理解できない。
詠唱とか必要だろうか。今から長い文言を覚えろとか言われたらちょっと困る。暗記は苦手だ。
それとも、異世界の勇者がゲートを開くのは魔法とは別物なのか。
「私達が使う魔法は、体内の魔力、オドを使うものだ。自然や大気の魔力、マナを使うのはミライでも可能なはずだ。歴代の勇者がゲートを使用しているのだから、できないはずはない」
フェンの言う通り、歴代の勇者はゲートを開いて自分の世界に帰っているのだ。やり方はあるはず。
「相応量の魔力なら目視できるわ。目に見える形でゲートが発生するはずだから、イメージしやすいと思う。
魔法は、意思の力で制御しなければならないの。想像力と集中力。イメージが不確かだったり、雑念があると発動しない。だから、魔法の詠唱を妨害されると失敗しちゃうのよ」
魔術師であるマリーナがアドバイスをくれる。
想像力と集中力。転移したい場所を思い描く。ただ今回の場合、場所だけじゃ駄目だ。カザマが生きている過去へ行かなければならないのだから。
カザマが生きているこの世界へ。
「考えてみれば、それって俺じゃなくてもいいんじゃないか?魔術に長けたマリーナにゲートを開いてもらった方が確実なんじゃ?」
元の世界へ帰る場合ならともかく、今回はみんなで転移するのだ。俺以外がゲートを開いても問題ないはず。
「うーん···多分、ミライにしか出来ないと思うのよね」
「え、なんで?」
「伝聞ですが、勇者以外が魔王の心臓の魔力を使おうとしても、制御できなかったそうですよ」
「勇者の剣の作用、という説があるが、確かな話は伝わっていないな」
曖昧な話だが、どうやら俺にしかゲートは開けないらしい。
なぜだろうと首を捻っていると、アイオスが説明してくれた。
「聖石が吸収した魔力は、その聖石の持ち主にしか扱えないのは当然だろう」
その言葉に驚いたのは俺だけではなかった。他の三人もアイオスの発言に驚いている。
「聖石?」
もしかして聖鉱石のことだろうか。
「聖石、今では聖鉱石と呼ばれる石は、資格あるものしか触れられない。精霊に認められた者が触れると加護に応じて色が変わり、持ち主と認められる。資格の無いものが触れると魔力と生命力を奪われ、最悪死に至る」
マリーナ、フェン、モニカの三人はぽかんとした顔でアイオスを見つめていた。
「え?じゃあ別に俺が異世界の人間だから触れるってわけじゃないのか?」
待て、それだと異世界から勇者を召喚する意味は?精霊の加護が与えられたら触れるというなら、この世界の者でもいいのでは?
「加護を授かれるのは異世界の者だけだと伝わっている」
「あ、そう···」
つまり、異世界の人間かつ精霊の加護を授かりし勇者が聖鉱石を手にすることができる、と。
「ちょっ···ちょっと待って。なんであなたがそんなこと知ってるの?」
「アイオス、その話もっと詳しく。何か文献が残っているのかね?」
「なぜ我々の側ではなく、魔族側にそんな情報が残っているのです?」
驚きと困惑をないまぜにして、三人はアイオスに問いかける。
「過去の魔王やその側近が、勇者に対抗するために調べたようだ。文献が見たいなら後で持ってきてやる。
聖石には瘴気を中和する効果もあるという。だから、瘴気で汚染された魔石に対抗できる唯一のものが、聖石で作られた剣なのだろう」
魔王の心臓は、大量の瘴気を含む高濃度の魔力を内包した魔石と融合している。聖石···聖鉱石で作られた勇者の剣は、その瘴気を中和し、かつ魔力を吸収する。結果、魔石の心臓は機能を失い、持ち主の魔王は死ぬ。
「剣の性質からして、大抵の者は一撃で死ぬと思うぞ。掠っただけでも相当の魔力を奪われるはずだ」
「げっ」
なんて危険な剣なんだ。それはもう聖剣どころか魔剣だ。
「とにかく、剣が吸収した魔力は持ち主であるミライにしか使えない。だから、ゲートを開くのはお前にしかできない」




