27.団欒
他の話は明日以降に改めてすることになった。シュトリ達が食事の準備をしてくれているのであまり待たせても悪いし、その後で話すとなると夜が更ける。
急いで話を聞く理由もないので、今後のことはまたゆっくり話せばいい。
五人で一階へ降りると、アイオスの姿を認めた四人の子ども達が駆け寄ってきた。
「アイオスさま!」
足や服の裾にしがみつき、異口同音にアイオスを呼ぶ。
アイオスは見上げる子ども達の頭を順番に撫で、両手を伸ばして抱っこを要求するリリスを抱き上げる。
リリスは嬉しそうに破顔し、アイオスの首筋に頬擦りした。
その様子はまるで子をあやす父のようでもあり、もしくは幼い弟妹を愛でる兄のようでもあった。
シュトリ達も顔を覗かせ、顔色の良くなったアイオスを見てほっとした表情を浮かべた。
「アイオス様、食事の用意ができています。そちらの、モニカさんが手伝ってくれました」
「あ、いえ、大したことはしていませんが···」
振り返ったアイオスと目が合い、ちょっと照れたようにモニカが言う。
「食料事情が厳しいのに、あたし達がお邪魔しちゃって迷惑じゃないかしら」
「また調達してくるから気にしなくていい」
「調達に行くときは私達も手伝うから言ってくれ」
「ああ、その時は頼む」
みんなが自然に会話していて、それがなんだか嬉しい。
総勢十三人が席につき、料理が並べられたテーブルを囲む。リリスだけはアイオスの膝の上だ。
並べられた料理は意外と品数が多く、大人数が十分に腹を満たせる量だった。俺達がいるせいかと思ったが、これがいつもの食卓風景らしい。
食欲旺盛な子ども達はよく食べている。年齢が低いので零したり口の周りを汚したりして、それを近くに座る大人が世話している。
アイオスも膝のリリスの世話を優先しているため、自分の食事があまり進んでいない。
見かねたマリーナがリリスを引き取ろうとしたが、少女は頑としてアイオスの膝の上から動かなかった。
シュトリ曰く、いつものことらしい。
食事が終わったあと、アイオスは俺達の休む場所を用意すると言って階段を上がっていく。任せっきりは悪いので、俺達もその後に続いた。
「二階は他の住民が使っているから、三階の部屋を使え」
「別にみんなと相部屋でも構わないわよ」
「だが、互いに気を遣うだろう」
「まぁ···それもそうね」
ある程度打ち解けたとはいえ、今日会ったばかりである。こちらが良くても、向こうが気を遣うかもしれない。
三階にはアイオスの私室の他に、部屋が二つあった。しかし、その片方は倉庫として使われていて客室としては使えない。
「マリーナとモニカはここを使え。二階からもう一つベッドを持ってくる」
もう一つの部屋の扉を開け、マリーナ達に示す。
部屋にはすでにベッドがひとつ置いてある。
一目見て、少し前まで誰かが暮らしていたとわかる痕跡があった。
レースのクロスがかかった小さなテーブルと椅子。飾り棚には花瓶に生けられた薄紫色の小さな花弁を持つ花。手鏡や小物入れなど、女性の物と思われる私物。
「ねぇ、もしかしてこの部屋ってヴァイオレットの···」
間違いなく、ヴァイオレットが暮らしていた部屋だろう。今はもう、使う者がいなくなってしまった場所。
「いいんですか、アイオス?」
「構わない」
何も思わないはずはないと思うが、マリーナ達が使ってもいいと考えてくれたのだろう。
「あなたが良いなら、ありがたく使わせてもらうわね。ありがとう」
「ミライとフェンは、俺の部屋にベッドを運んできて休んでもらおうと思っているが。俺は二階で休んでもいい」
「いや、そこまで気を遣ってくれなくても」
部屋の主を追い出すのは申し訳ない。
広い部屋なので、ベッドが二つ増えても余裕だろう。
「アイオスが嫌じゃないなら、同じ部屋で休ませてくれ」
目線でフェンに「いいよな?」と確認すると、頷いてくれた。
「···わかった。なら、そうしよう」
アイオスはそう言って、寝具を取りに部屋を出ていく。
二階の部屋にある使っていないベッドを運べるサイズに解体し、手分けして運ぶ。
部屋に持ち込んだベッドを元通り組み立て、マットレスにシーツをかける。
「屋敷の設備は自由に使って構わない。飲み水は、必ず一階にある飲水用のボトルに入っているものを飲め。井戸水は瘴気の影響を受けているから飲まないほうがいい。他に、何か不都合があれば言ってくれ」
寝所を整えて一息つくと、アイオスは俺達にそう言った。
「アイオス、子ども達に私の尻尾を狙うなと言い聞かせておいてくれ。触るなと忠告したのだが、隙あらば手を出そうとしてくる」
アイオスの視線がフェンの灰色の尻尾に移る。ちょうど子どもの目線の高さで揺れるそれは、幼い子らの興味を刺激するのだろう。
「···わかった。しっかり言い聞かせておく」
そう言った後、住民の様子と物資の在庫を見てくると階下へ降りていった。
アイオスの姿が見えなくなると、みんなで顔を見合わせた。
「···なんか、雰囲気が別人みたいだわ」
「でも今の方が、住民に聞いた人物像と一致します」
「あっちが素なんだろう」
他種族との融和を求める気持ちと、しかし互いに積み重ねた悪感情による不信など、相反する感情の狭間でアイオスも色々と葛藤していたのだと思う。
マリーナとモニカは与えられた部屋に引き上げ、アイオスの部屋には俺とフェンだけになる。
フェンは奥の本棚に歩み寄り、その背表紙を眺めた。
「歴史書や魔導書、個人の手記···これはアイオスの先祖が書いたものかもしれんな。興味深い。魔族の視点から残された世界の歴史か。未知なる発見がありそうだ」
尻尾を揺らしながら楽しそうな声で言う。しかし、本に手は出していない。一応、許可なく勝手に触らないようにしているらしい。
並んでいる背表紙を見ると、色褪せて擦り切れているものが多い。昔からこの屋敷にある本なのだろう。
俺もなんとなくフェンと共に本棚を眺めていると、アイオスが戻って来た。
「アイオス。ここにある本を読んでもいいか?」
フェンはすぐさま許可を求めた。
「構わないが。······今から読む気か?」
さっそく一冊の本を手に取り、立ったままページを開くフェンに、アイオスがちょっと呆れた声で言う。
「ここに滞在できる期間は限られている。少しでも多く読みたい」
「急いで読まなくとも、色々片が付いたらまた来ればいいだろう」
アイオスがそう言うと、フェンは彼の方へぐるっと首を回した。
「また来ていいのか?」
そしてまた本に目を落とす。
放っておいたら立ったまま読み続けそうだ。
「座って読んだらどうだ?」
俺はフェンに声をかけて、腕を引いてベッドのあるところまで誘導し、そこに座らせた。
「······」
夢中で読んでいる。この調子だと、徹夜をしてでも読みそうだ。
俺と同じ事を思ったらしいアイオスが、枕元に置けるランタンを持ってきた。
俺もフェンの隣に並べられたベッドに腰掛ける。することも無いし、休むとしよう。
アイオスも休むつもりのようで、魔法を解除して本来の魔族の姿に戻る。なんとなくそれを見ていて、ふと気付く。
「あれ?」
俺の声に反応して、アイオスの目がこちらを向く。
「アイオス、なんでヒト族の姿をしてたんだ??」
「?」
俺の問いに、何を聞かれているのかわからないといった顔をしている。
「いやほら、ここって暗黒大陸で、魔族の暮らす集落···アイオスの家だろ?俺達はすでにアイオスの正体を知ってるし、ヒト族に変身する理由無くないか?」
「······」
俺の指摘に、アイオスは無言で瞬きしている。まさか自分でも気付いてなかったのか?
読書に夢中になっていたフェンにもこの台詞は聞こえていたようで、おや?と首を傾げていた。
「言われてみればそうだな。あまりに自然で、ミライが指摘するまで疑問に思わなかった。外の大陸にいた期間が長かったせいで癖になっているのでは?」
そういえば、集落の住民達もアイオスがヒト族の姿でいても特に気にしていなかった。まるで、それが普通であるかのように。
フェンは本から目を上げてアイオスの方を向く。
「魔法を発動しつづけるのも簡単ではないはずだが。自分の家でくらい、楽にしていてはどうだね。
私達に気を使っているならそれは不要だ。君が本来の姿でいても気にしない」
「普段から使用している魔法だから慣れている」
「日常的にヒト族の姿で過ごしてるのか?」
「···そうだ」
あまり突っ込んで聞かれたくなさそうな反応だ。
外の大陸でうっかり魔法が解けてしまわないために普段から慣らしているとか、そんな感じだろうか。それとも、恋人がヒト族であることが関係しているのだろうか。
「まぁ、君がそれでいいならこれ以上言わないが」
フェンは本に視線を戻した。今はアイオスの姿より本の方が興味を引くらしい。
話はおしまいとでも言うように部屋の照明が落とされたので、黙ってベッドに入る。
暗闇の中で目を開けると、ランタンの明かりで本を読むフェンと、アイオスの黒い翼を持つ背が見えた。宿の客室とは違う雰囲気で、なんだか友達の家に泊まりに来たような気分だった。