26.彼の願い(2)
「俺は、魔族と他種族との融和を望む」
発せられた望みは、長年続いたこの世界の変化だった。
「それは、困難な道だな。互いに長年持ち続けた悪感情は、そう簡単には拭えない」
フェンの言うように、何百年も続いた争いの傷跡は深い。
戦いを是とする魔族が聞いたら、夢物語だと笑うだろう。
「承知の上だ。実現の可能性は低いとわかっている。それでも···望みを諦めたくないと思ったのは、理想の一端を見てしまったからだ」
思い出すように、瞳が細められる。
「一度目はヴァイオレットが。二度目は今日、お前達が。他種族と分かり合えるのだという可能性を」
ヴァイオレットはここの魔族達と絆を育んだ。互いに支え合い、共に暮らしていた。
側で見ていたアイオスにとっては、それは理想の景色だったのだろう。
俺達は今日、魔族の集落を訪問し、互いを知るために言葉を交わした。
噂と違う魔族の現状、そこに住まう人々。彼らも他の種族と同じように、悪人もいれば善人もいて、当然、笑ったり悲しんだりする感情だってある。
モンスターとは違う。話せば分かり合える。
それが分かったから、歩み寄って仲良くすることができたのだ。
アイオスはそんな俺達の姿を見て、無くした理想の景色を思い出したのかもしれない。
先程の幻でも見たような眼差しの意味がわかった。
「どうやら、私達は思った以上に彼の心を動かしてしまったようだ」
「でも、本当にそれが叶えばいいって思うわ」
「はい。そうなれば、平和な世界になりますね」
その望みが叶うか叶わないかは関係なく、争いを無くしたいという気持ちは皆同じだ。
アイオスの気持ちはみんなに伝わっている。
魔族と争わなくていい世界になって魔王が誕生しなければ、俺のような異世界の人間が迷惑を被ることが無くなる。
俺も、ここがそんな平和な世界になればいいと思う。きっとこの対話はそのための第一歩なのだ。
「好戦的で、他者を傷付けることを厭わない者が多いのも事実。だが、争いを好まない者もいる。戦えない弱者もいる。前線に赴いている者も、誰もが好きで戦っているわけじゃない。
命を粗末にするような戦いを強要する魔王は止めなくてはならない。だが俺では、魔石を取り込んだ奴を斃すことはできない」
アイオスがどれだけ強くても、再生する心臓を持つ魔王を斃せない。
戦ったところで、持久力で負けてしまう。止めたくても止められない。どんなにもどかしいだろう。
「だから、自分達が魔王を斃しに行くと言ったとき、止めなかったのですね」
アイオスは頷き、真摯な瞳で俺達を見る。
「だから、改めて乞う。魔王を斃すためにミライの力が必要だ。
そして、マリーナ。フェン。モニカ。
魔王ラグズを斃し、無益な争いを止めるため、共に戦ってほしい」
必要だと言ってくれたその言葉が、俺は嬉しかった。初めて、この世界のために戦ってもいいとさえ思った。その期待に応えたい。
「もちろんだよ。俺を無責任に召喚して戦いに行けと強要した奴らより、ずっといい誘い文句だ」
輝く紅い瞳を見返し、弾んだ声で答える。
仲間達も喜んでその要請に応える。
「ええ。あなたが一緒だと心強いわ」
「はい。共に頑張りましょう!」
「君の力、頼りにしているよ」
俺達の返答を聞いたアイオスの唇に笑みが浮かぶ。
「俺もまた、力を尽くすと約束しよう」
ガルグと同じかそれ以上の実力の持ち主だ。大変心強い。
「···それから、遺跡で要求した過去への転移に関してだが···」
笑みを消し、悩むように一度目を伏せ、意を決したように言う。
「過去への転移を望む気持ちは変わらない。だが、最終的なゲートの使い道はミライに一任する」
「えっ?」
意外な言葉に驚く。
「魔王を斃した後、自分の世界に帰ることを選んでも責めはしない」
「でも···」
それだと、アイオスは恋人を救えない。本当にそれでもいいと思っているのか?
そんなはずはない。本人は明言してはいないが、遺跡でとった行動や住民の証言を聞くかぎり、アイオスにとってヴァイオレットは相当大切な相手のはずだ。
「危険は承知で提案した。どんなに可能性が低く危険な行為でも、俺は命を賭けてもいい。だが、それにお前達まで巻き込むのは」
「もう遅いよ、アイオス」
アイオスの台詞を遮って口を出す。彼はただ、俺達を自分の我儘に巻き込みたくないだけなのだ。
「俺、もうその気になってるから」
アイオスの気遣いは間違っている。今さら撤回などさせない。
「俺もアイオスと同じで、過去へ戻って大切なひとを救いたい。カザマを助けたいんだ」
「あたしも!大好きなお姉ちゃんを助けたい···!」
マリーナも強く賛同する。
「可能性を示したのはアイオスなんだからな。最後まで協力してくれよ?」
そう言うと、アイオスは先の台詞を取り下げた。
「···そうだったな。さっきの言葉は忘れてくれ」
「ああ。絶対、成功させよう」
俺達は改めて、魔王を斃し過去へ転移するという目的を定めた。利害の一致した協力者ではなく、今度はちゃんと仲間として。
「君の本当の気持ちが聞けて良かった。正直、君の本心を引き出すのは難しいと思っていたからな。もしかしてミライ、何かしたか?」
「なんで俺?アイオスにも同じこと言われたけど、何もしてないよ」
俺が何かしたのではなく、みんなが自分の意思で歩み寄ったからだろうに。
「異世界から来たミライだからこそ、余計なしがらみなく物事を見ることが出来たんじゃないかしら」
「そうですね。ミライだけが、最初から魔族を理解しようとしていました」
「ミライにとっては何気ない当たり前の言葉でも、聴く者によっては心に刺さることもあるのだよ」
仲間のみんなにそう言われてなんとなく照れ臭かったが、ちょっと嬉しかった。
「でも良かった。ギスギスした雰囲気で魔王城を攻略する羽目になるかと思ったよ」
そう言うと、全員がちょっとばつが悪そうな顔をした。
「心配させてすみません···」
代表してモニカが謝る。別に責めたつもりはなかったが。
「いや、みんなの心理的葛藤はわかってるから」
ともかく、これでアイオスと本当の仲間になれた。この先も越えなければならない壁は高いが、このパーティなら大丈夫だと思える。




