26.彼の願い(1)
三階に上がると、扉が三つあった。一番奥の扉が開かれている。恐らくそこがアイオスの私室だ。俺達にわかるように開けてくれているのだろう。
俺達が来たのを見て、アイオスは部屋の中を示す。
「入れ」
少し緊張した面持ちだが、少し前までと雰囲気が違う。仲間達もそれを感じたのだろう。ちょっと戸惑った表情を浮かべながら入室する。
簡素な部屋だった。やや入口側に四人がけのテーブルがひとつ、奥にデスクがひとつ。本棚がズラッと並び、びっしりと書物が並んでいる。窓際にはベッド。
クローゼットや棚もあるが、それだけだ。飾りや趣味のものは何もない。最低限の家財しかなかった。
物が少なく片付いている。フェンの部屋とは大違いだ。
テーブルの方を示されたので、俺達四人は静かに腰を下ろす。
アイオスはデスクの椅子を持ってきて、しかしまだ座らずに俺達を見る。彼は四人分の視線を受け止め、やや躊躇いがちに口を開いた。
「······住民が世話になったようだ。礼を言う。少し覗いた程度だが、皆の表情が明るかった。お前達のおかげなんだろう」
「なんか、あなたに改まってそう言われるとくすぐったいわね」
少し前まで牽制しあってピリピリしていたのだから、今の空気に違和感を感じているのだろう。
「アイオスがここに帰ってきたことも大きいんじゃないか?みんな、アイオスを見て嬉しそうな顔をしてたし」
ここに到着したばかりのことを思い出しながら言う。アイオスを出迎えた住民は皆、安心と喜びを顔に出していた。
「そうですね。みんな、口を開けばアイオスのことばかり話すんですよ」
「とても慕われているのね」
「彼らの言葉と表情が、なにより物語っている。君が、他者に手を差し伸べる優しい心を持っていると。私達は、“魔族”という種族ではなく、君個人を見るべきだと思った」
仲間達も警戒心を解いて、ここに来て感じたことを伝える。
その言葉を聞いたアイオスもまた、軟化した三人の態度に少々戸惑っている。
「今まで、刺々しい態度をとってすみませんでした」
「命を救ってくれたあなたに、不信の念を抱いてしまったわ。ごめんなさい」
「···当然の反応だ。気にしていない」
互いに相手に対する態度を改めたようだ。和らいだ空気に、俺はほっとした。
「君がこの現状をどう思っているか、これからどうしたいのか、話してもらえるか?」
席に着いたアイオスにフェンが問う。アイオスは何から話すべきか考えるように、数秒沈黙した後に口を開いた。
「······ここ暗黒大陸は見ての通り、瘴気の影響もあって環境が悪い。外の大陸と比べたら、貧しく見えるだろう。
この集落の住民は、この屋敷にいる者で全員だ。他にもいたが、強制的に戦いに連れ出された」
「少しだけ聞いたわ。戦う力を持つひとはみんな、無理矢理連れて行かれてしまったって」
この集落には非戦闘員しか残っていない。アイオスを除いては。
「それなら、アイオスはどうして戦いに連れ出されなかったんだ?すごく強いのに。魔王が真っ先にに欲しがりそうな戦力だけど」
早々に話の腰を折ってしうのは悪いと思ったが、つい疑問が口をついて出た。
「俺は、魔王の持つ力の影響を受けない」
「魔王の力?」
「正確には、心臓に取り込んだ魔石の魔力による強制支配の力だ。一定以下の魔力しか持たない魔族は、その強制力に逆らえない」
「···魔石の魔力?」
また知らない情報。つい反復して問い返してしまう。恐らく魔王に関する重要な内容だ。
「高濃度の魔力が蓄えられた魔石だ。それを心臓に取り込んで、不死に近い肉体と強大な力を手にした者が、代々魔王を名乗っている。
その力のひとつが、同族の強制支配。支配を受けていなくても、ガルグやラヴェンナのように自らの意志でラグズに従っている者もいるが」
「待ってくれ、知らない名前が出てきた。誰?」
ガルグしかわからない。さらっと知らない単語や名詞を口にするので質問せざるを得ない。
「ラヴェンナは遺跡で戦った死霊術師。ラグズは魔王を名乗っている男の名だ」
「魔王、ラグズ···」
当たり前だが、魔王にも名前がある。
今まで“魔王”という名称から、他と違う特別な存在だと思っていたが、名前を知った瞬間、奴もまたこの世界に生きるひとりの魔族なのだと認識した。
「その強制力で、わずかな力しか持たない者も戦いに駆り出された。そんなことを実行しているのは、長年の争いによって俺達魔族は年々数を減らしているからだ。戦闘員の数が足りていない。
そしてまた、今回の争いで多くの同胞が命を落としている···
ラヴェンナが死霊魔術を用いたのも、少ない戦力を補うためだったんだろう」
言われてみれば、流れている噂ほど魔族から受けている被害は大きくない。もちろん犠牲者は出ているが、侵攻は砂漠の大陸南部に留まっている。
「こんな戦いは···馬鹿げている。ラグズが外の大陸に侵攻しているのは、魔族の現状を変えるためだと謳っているが、やり方が間違っている。
双方に無駄な犠牲者を出しているだけだ。
これまで何度、魔王と勇者の戦いが起こった?一度として魔族は勝利していない。強い力を持っていても、最終的に数の暴力に押し負ける。
今回は勇者を···ミライの兄を斃したようだが、結局お前が二人目の勇者として召喚された」
アイオスの言う通り、この世界の歴史では必ず勇者が勝利していた。
過去には敗北した勇者もいたかもしれない。だが、召喚された勇者が敗北したり戦いから逃げたりしても、魔王を斃すまでこの世界は新たな勇者を召喚し続ける。
「魔王を名乗って外の大陸に侵攻すれば勇者が召喚され、最終的には討たれる。その間、多くの命を犠牲にして。
この戦いを繰り返せば···いや、繰り返さずとも、数を減らした魔族は遠からず滅ぶだろう」
「つまり君は、同胞を滅びの危機から救いたいがために、争いを忌避しているのだな?」
フェンの問いに、アイオスは頷く。
「魔族が絶滅の危機にあるなんて、知らなかったわ···」
「自分達は、彼らのことを何も知らなかったんですね···」
暗黒大陸に住む魔族の現状は、思った以上に切羽詰まっている。
アイオスの声には心から同胞の未来を憂う気持ちがこもっていた。
「せめて、今回の争いを回避するために、俺が核となる魔石を手に入れてしまおうと思ったが···先に魔石を手にしたのはラグズだった」
「···アイオスが魔王になろうとしてたって意味に聞こえる」
魔石を取り込んだ者が魔王になると言わなかったか。
「魔王を名乗るつもりも、外の大陸へ侵攻するつもりもなかった。
戦いを避けるため、他の者を魔王にしたくなかっただけだ。一度魔石を取り込んでしまえば、他の者には手出しできなくなる。
だが···結果はご覧の通りだ。
ラグズが魔王として侵攻を宣言し、戦いが始まった。これでは、俺の望みは叶わない」
もしもアイオスが先に魔石を手に入れていたら、今回の戦いは起こらず、俺がこの世界に召喚されることも無かったのかもしれない。
「アイオスの望みって?」
今までの話を総合すると、戦いの回避と種族の存続だと思うが。




