25.歩み寄る一歩(1)
「あ、二人とも戻って来たわ」
マリーナの声に出迎えられ、俺とフェンは部屋に入った。
玄関の右側にある部屋だ。キッチンの対面に、大きなテーブルが二つ並んでいる。大人数で食事をするのに十分な広さ。
マリーナとモニカはそのテーブルの前に座っていた。
「何もないところでしょう」
魔族の女性が飲み物を入れたカップを持ってきてくれた。琥珀色の液体が注がれている。
「私にとっては興味深い景色だったよ。また後でゆっくり見に行きたい」
本心だろう。尻尾が好奇心に揺れている。
「どうぞ、座って」
俺とフェンも、マリーナ達の隣に腰掛ける。
「お話がしたいと伺ったけれど」
カップを配りながら、女性も対面の椅子に座る。
もう一人、屋敷の外で最初に会った魔族の男性も対面に座った。
「まずは、自己紹介をさせてください」
モニカが口火を切り、それぞれ名を名乗る。
魔族の男性はカイム、女性はシュトリと名乗った。
「俺は···異世界から召喚された。この世界のひと達には、勇者と呼ばれてる」
嘘はつきたくなかったので、正直に話す。案の条、魔族の二人は驚きを露わにする。
「アイオスとは、魔王を斃す為に協力することになったんだけど···」
同族を倒そうとする勇者にどういう感情を抱いているだろう。不安に思いながら反応をうかがう。
驚きはあったようだが、彼らには納得できる理由があったようだ。
「···止める理由はありません。ここのみんなは、今の魔王にいい感情を持っていませんから。この集落に残っているのは、戦えない弱い者だけ。少しでも戦いの心得のある者は、魔王軍に無理矢理連れて行かれました。それだけでなく、遺体まで持ち出して使役するなんて···」
シュトリは悲しげに話す。元々、この集落にはもっと住民がいたらしい。しかし、魔王のせいで今ではアイオスを含め九人しか残っていないという。
「また、多くの同胞が死んでいく。アイオス様は少しでもそれを止めようとしていた。あの方は弱者である我々に手を差し伸べてくださる優しいひとだ」
俺達が尋ねるまでもなく、カイムの口からアイオスについて語られた。
「聞いていい?みんなはこの屋敷に住んでるのよね。でも、アイオスの家族という感じではないわ。様付けで呼んでいるし。かといって使用人という風にも見えないけれど、どういう関係なの?」
「関係性と問われると、同じ集落に暮らす同胞としか言えませんが」
「この屋敷は、本来はアイオス様のものだが、行き場のない我々のために解放してくださっているんだ」
マリーナの問いに、シュトリとカイムが順番に答える。
「アイオスって、偉い立場にあるのか?」
アイオスの言葉に従っている様子から、そう尋ねた。
「いえ、そういうわけでは。ただ、コーディエライト家は代々高い魔力の者同士で血を繋いできた有名な家系です。なので、我々魔族の中では一目置かれる存在ではあります」
どうやら魔族の中では有名人らしい。
アイオスは魔王の行いによる悲劇を抑えようとし、弱者を自身の屋敷に保護している。
ここにいるのが保護した住民だけなら、彼の家族は?既に亡いのか、魔王軍の中にいるのか、聞いてみたいと思ったが、勝手に情報収集するのも憚られた。
アイオスに聞いても教えてもらえなかった場合は、後でこっそり聞いてみることにしよう。
「全員が最近ここに身を寄せたわけではありません。ここにいる子ども達は既に親を亡くし、何年も前にアイオス様が保護したのです。わたしとカイムは、その子ども達の世話の手伝いをしています」
つまり、孤児院のような場所になっているらしい。
「少し前までは、ヴァイオレットというヒト族の女性も一緒に住んでいましたが···」
言葉を濁したのは、亡くなってしまったからだろう。
「え、ヴァイオレットってひと、ここに住んでいたの?」
「そのヴァイオレットについて、聞いても大丈夫ですか?」
どうしてヒト族が魔族の集落に、というマリーナとモニカの疑問に、シュトリは頷いた。
「当然、疑問に思われるでしょうね。いいですよ。時間はありますし、お話しましょうか」
悲しげな瞳だが、その表情は過去の思い出を懐かしむように淡く笑む。
「皆さん、アイオス様と一緒にここへ来たということは、舟に乗られたんでしょう?」
俺達は頷く。
「普段はアイオス様が物資調達に使っている舟なんです。ある日、その舟でヴァイオレットが寝ていたのが始まりでした」
それだけ聞かされても状況がわからない。疑問符を浮かべる俺達に、続きを話す。
「聞いた話では、船旅の途中でクラーケンに襲われて、海に放り出されたそうです。運よく砂漠の大陸にある隠された入り江に流れ着いて、疲弊した彼女はそこにあった舟で眠ってしまったんですって」
雪の大陸から船に乗った時、クラーケンの話を聞いたのを思い出す。クラーケンに遭遇したらまず助からないという話だ。よほど幸運だったのだろう。
「積み込まれた物資の死角で寝ていて、気付かなかったアイオス様は暗黒大陸まで連れて来てしまったんです」
まさか自分の舟で女性が寝ているとは夢にも思わなかったに違いない。
「積荷を下ろしていたら女性が出てきて、アイオス様は大変慌てていました。
当時は外の大陸の者に対して強い敵対心を持っていましたから、処分してしまえという声が多かったです。しかしアイオス様は、彼女が衰弱していたこともあって、回復したら外の大陸に返すとおっしゃっいました」
「お人好しだな」
ぽつりとフェンが呟いた。
「でも回復した後、ヴァイオレットは帰ることを拒んだんです」
「どうしてかしら。助けてくれたアイオスに一目惚れでもしたとか?」
「そんな雰囲気ではなかったかと。帰りたくない理由は、身内が死んで天涯孤独だから、帰る場所がないと言っていました。
暗黒大陸に残ったところで、荒れた大地に危険なモンスター。外の大陸と比べると貧しい暮らし。我々からは異端者扱い。いいことなんて一つも無いのに、それでも彼女はここに残ることを望みました。
追い出されるなら死ぬとまで言い出して、最終的にアイオス様が根負けして、ヴァイオレットがここに住むことを許しました」
敵意を向けてくる魔族に囲まれた中でそんな選択をするなんて、ある意味すごい女性だ。怖くなかったんだろうか。
「ヴァイオレットはわたし達魔族に普通に接してくれました。初めは受け入れられなかったわたし達も、彼女の明るい性格と優しさに触れて、徐々に受け入れるようになったんです。
そのうち、ヴァイオレットはアイオス様の物資調達に同行するようになって。彼女はアイオス様とは違う視点で物資を選ぶので、特に玩具やお菓子は子ども達に喜ばれていました」
女性ならではの視点で、魔族達の生活に彩りを与えたのだろう。
アイオスは、魔族にも分け隔てなく接する彼女に惹かれたのだろうか。
「物資調達にかこつけたデート?」
マリーナはそう捉えたようだ。
「さあ···最初はそんなつもりはなかったように思いますが、いつからでしょう。気が付いたら、なんだかいい雰囲気になっていて」
徐々に仲を深めたということか。というか、気が付けば二人の馴れ初めを聞く流れになっている。本人のいないところで情報が開示されているが、後でアイオスに怒られないだろうか。
「ヴァイオレットのおかげでアイオス様の表情も明るくなられたし、ヒト族だけど、彼女がアイオス様の隣にずっといてくれたらいいと思っていました。でも···あの日」
シュトリの表情に影が差す。
「異世界の勇者一行が砂漠の大陸に来ている、という噂を耳にするようになった頃。アイオス様が不在の時、魔王がここを訪れてヴァイオレットを攫ったんです」
「魔王が!?」
思わず声を上げてしまった。魔王が直接来たのか?わざわざヴァイオレットを攫う為に。
つまり、魔王はアイオスとヴァイオレットの関係を知っていたのか。
「アイオス様は急ぎ救出に向かいましたが···」
シュトリの言葉が途切れる。
「アイオス様は戻って来た時、ヴァイオレットの亡骸を抱えていた」
シュトリに代わりカイムが話を引き継いだ。
「アイオス様はお強い。だから、人質にするために攫ったのだと思う。だが···どうやらヴァイオレットは魔王の気に障ることを言ったらしく···魔王の逆鱗に触れ、命を奪われてしまったようだ。
···あの時のアイオス様の姿は、とても見ていられなかった···」
「······」
俺達は何と言っていいのかわからず、黙って話を聞いていた。
ヴァイオレットは魔王に殺されたのか。ならば、アイオスにとって魔王は恋人の仇ということになる。それも、敵対する理由のひとつかもしれない。
「辛い話をさせてしまってすみません」
空気が沈んでしまった。モニカが謝罪を口にする。
「色々聞いてしまってすまない。アイオスがあまり自分のことを話さないものだから」
フェンの言う通り、アイオスが自身に関する問いには沈黙で返すので、ここで話を聞くほかなかったのだ。
「でも、俺達はアイオスのことをもっと知りたいし、仲良くなりたいんだ」
俺の言葉に、シュトリ達は少し驚いた顔をした後、微笑んだ。
「ありがとう。あなた達やヴァイオレットのように、外の大陸のひと達が我々を理解してくれたら···この戦いは終わるかしら···」
「アイオスは、争いを望まないんだよな?」
確認するように尋ねる。
「ええ。でも、あとはアイオス様本人から話を聞くほうが良いと思います」
「···話してくれるかな」
思わずそう零した。なんとか信頼を得なければ、自分の考えを話してくれそうにない。
「わたし達に歩み寄ろうとしてくれたあなた達になら、話してくれると思いますよ。アイオス様は、相手が真っ直ぐに伝えてくれる言葉を無下にするような方ではありません」
話せば伝わる、と。
最初は警戒して固かったシュトリとカイムの表情が、だいぶ柔らかくなっている。魔族とだって分かりあえるのだ。
仲間達も今までの話を聞いて、魔族への印象が変わったらしい。
ふと、視線を感じた。気配の先を見ると、戸口に女の子が立っていた。白い髪を三つ編みに編んだ、五〜六歳くらいの少女。アイオスに駆け寄ろうとして動きを止めた子だ。
「あら···どうかした?」
シュトリが少女に声をかける。女の子はおずおずとテーブルに近付く。
「レッティお姉ちゃんのなまえが聞こえたから···」
「レッティ?」
「ヴァイオレットの愛称です」
なるほど、子ども達にはその方が呼びやすいのだろう。
「お姉ちゃん、やさしかったよ。いっぱい遊んでくれた」
改めて、ヴァイオレットという女性はすごいと思った。魔族達の信頼を得るのは簡単ではなかったはずだ。
「お姉ちゃんに会いたい···」
ぎゅっと唇を引き結んで俯く少女。その姿を見たマリーナが自身に境遇を重ねたのだろうか。席を立って少女の元へ歩み寄る。
「大好きなひとを失うのは辛いわよね。あたしも、自分のお姉ちゃんを失ったからわかるわ」
少し怯えた様子の少女に視線を合わせ、安心させるように微笑む。
「あたしはマリーナ。あなたの名前を教えてくれる?」
「···リリス」
「リリス、あたしとも遊んでくれる?」
リリスは大きな瞳でマリーナをじっと見つめる。
「···うん、いいよ。あのね、あっちに、レッティお姉ちゃんがくれたお人形があるの」
「見せてくれるの?」
こくりと頷くリリス。マリーナの手を引いて、隣の部屋へ移動する。
その後ろ姿に安心した。マリーナは魔族の子ども達と仲良くできそうだ。
「あの、しばらくお世話になるかもしれませんし、何か自分達にお手伝いできることはありませんか?」
モニカの申し出に、シュトリは微笑んだ。
「ありがとう」




