24.魔族の集落
想定より早くフェンとモニカが戻って来た。遺跡を出て、拠点までの道のりを進む途中で騎士に会ったため、伝言を預けてきたそうだ。
これから、アイオスの案内で暗黒大陸へ向かう。
彼が隠し通路を開いた時、案の条フェンとモニカは驚いていた。
岩に囲まれた入り江にある舟に積んであった木箱や麻袋を外に下ろして、五人が乗れるだけのスペースを確保する。
「この舟で暗黒大陸へ渡る。人数が多い分少し狭いが、我慢しろ」
全員が乗船すると、繋いでいたロープを外して舟を動かす。
危なげなく舟は動き出し、赤茶けた岩壁の間を通り抜ける。数メートル置きに巨大な岩が海面から突き出し、こちら側と向こう側の海を隔てている。大型の船ではこのルートを通って暗黒大陸へは行けないだろう。
海の向こうを見やると、意外と近い距離に陸地が見える。東へと伸びている大陸はここからは山しか見えず、遠目には黒っぽく見えた。
目指しているのは、大陸の西端のようだ。
時折海面にモンスターの影が見えたが、不思議と襲っては来なかった。
静かに舟は進み、ほどなくして対岸に着く。
乾いた黒土の大地。植物はほとんど見当たらず、枯れて葉を落とした細い木が点在するのみだ。
戦いの後だろうか、所々クレーターのような穴がある。その周囲には、モンスターの骨らしきものも散乱している。
雲は厚く、空はどんよりと暗い。
海に面しているのは俺達が接岸した場所くらいで、大陸のほとんどは山に囲まれている。
「これは···火山灰か」
しゃがみ込んで土を調べたフェンが呟く。
土が黒いのは火山灰の影響らしい。ということは、近くに火山があるのか。
「こっちだ。ついて来い」
舟を繋いだアイオスが俺達を促す。
他の大陸と比べて陰鬱な空気の大地を歩きながら、きょろきょろと当たりを見回す。
今のところモンスターは見当たらない。他の魔族の姿もない。
こんな土地に生き物が住んでいるのかと驚きを隠せなかった。集落に近付いて建物らしきものが見えた時、その様相に衝撃を受けた。
見たままを言うと、まるで廃村のようだった。
ほとんどの家屋は崩壊している。割れたガラスや家財の破片が集められた山がいくつかあり、片付けようとしたあとが見られた。
使えるのかどうか怪しい古びた井戸、使われなくなって久しい畑。薄茶色の雑草が所々生えただけの道。
形を保ったままの家屋もあったが、誰かが住んでいる気配はない。
少し歩いたところで、アイオスは足を止めてこちらを振り返った。
「ここで少し待て」
「どうして?」
「住民に、貴様らのことを説明しなければならない。それほど時間はかけないからここで待て」
いきなり対面すると向こうも驚くだろう。そういうことなら待とうと思って俺は頷きかけたが、
「我々が一緒に行くと不都合があるんですか?」
と、モニカがやや強めに言った。
「そういう訳ではないが、先に話しておいた方が住民も···」
「ちゃんと大人しくしていますよ。だから、一緒に行ってもいいですよね」
やや食い気味に言葉を重ねる。なんだかモニカが強気だ。敵意のある言い方ではなかったが、譲らない意思を感じる。
「···わかった。ついて来い」
渋々、俺達がついて来ることを認める。
先へ行こうとしたところで、道の先に人影が見えた。
痩せた魔族の男だった。彼はこちらの姿を認めると、一瞬驚いた反応をしたが、アイオスを見てその表情を喜びに変えた。
「アイオス様?」
小走りに近付いてくる。その容姿はアイオスの本来の姿と同じ、角と翼を持っていた。
「アイオス様!戻って来たのですね!良かった···」
アイオス“様”。アイオスって偉い立場にあるんだろうか?
「後ろの方々は···?まさか、外の大陸の者ですか?」
俺達を見て、警戒の色を見せる魔族の男。
「この者達は···俺の協力者だ。集落の住民に危害を加えないように言ってある。同様に、お前達も彼らに危害を加えることを禁ずる。屋敷にいる皆にも伝えてほしい」
アイオスがそう言うと、痩せた男は驚きつつも頷いた。
「···わかりました。先に戻って伝えておきます」
踵を返し、来た道を走っていった。
その後を追って歩いて行くと、ほどなくして大きな屋敷が見えた。
石造りの屋敷だ。外壁を枯れたツタが覆っている。
玄関の側に花壇があった。一部は枯れかけているが、ここだけ鮮やかな色を持った植物が存在している。
少し離れた所には、ちょっと苔の生えた石のベンチ。側に、小さなバケツとスコップ。ちょっと前まで子どもが砂遊びに使っていたような感じだ。
「中に入れ」
アイオスに促され、玄関の扉をくぐった。
建物に入ると、玄関広間の淡いオレンジ色の照明が目に入った。床には色がくすんだ絨毯、正面には二階に上がる階段、左右にはそれぞれ隣室に繋がる扉がある。
先に戻った男性の報告を聞いたのであろう住民が出迎えに出てきた。
大人と子どもを合わせて、八人の魔族。
小さな女の子がアイオスの姿を見て顔を輝かせ、こちらに来ようとしたのだが、背後の俺達に気付いて動きを止めた。
その住民達の中から、角が一本だけの女性が進み出る。
「おかえりなさい、アイオス様。ご無事で良かった···」
優しそうなおばさん、といった印象のひとだ。少し涙ぐんで、アイオスの帰宅を喜んでいる。
「ああ。······長らく留守にしてすまなかった」
答えるアイオスの声が少し柔らかい。
「アイオス様······実は、また魔王の配下の者がやって来て、今度は墓を暴いて遺体を持ち去ってしまったのです。ヴァイオレットの亡骸も······奪われて······申し訳ありませんっ···」
女性は胸の前で両手を固く握りしめ、頭を下げる。
「謝るな。···ヴァイオレットの亡骸を操る死霊術師に会った。だから、事態の想像はついていた」
顔を上げた女性は、悲しげに眉を下げた。
「あぁ······アイオス様、お辛かったでしょう」
「その死霊術師を斃し、取り戻したヴァイオレットの亡骸は、砂漠の大陸に埋葬してきた」
「そうでしたか···」
一度目を伏せ、気持ちの整理をつけるように息を吸うと、今度は俺達に話しかけてきた。
「そちらの方々は、アイオス様の協力者と伺っています。詳しくは存じませんが、アイオス様がお決めになったのなら、私達が拒む理由はありません」
アイオスの発言力はかなり高いようだ。そして、よほど信頼されているのだろう。そうでなければ、得体のしれない外の大陸の俺達をこんな簡単に受け入れられるはずがない。
とはいえ、魔族達の表情は固い。事前に聞いた通り、彼らは非戦闘員だ。武装した俺達を見て不安になるのは当たり前だ。
「ここに連れて来たのは、話をするためだ。皆にも後で事情を説明するが、まずは先に彼らと話をする」
「その話だが、明日でもいいかね?」
住民へ言葉を続けるアイオスに、後ろからフェンが口を挟む。
「なぜだ?」
「君は少し···いや、一度しっかり休むべきだ」
振り返ったアイオスの顔を改めて見ると、確かにまだ顔色が良くない。
「私の薬を浴びた上でなおその顔色。今まで碌な休息を取っていなかったのでは?外の大陸で、気が抜けなかったんだろう」
「······」
沈黙するアイオスに、住民達も心配そうな目を向けている。
「アイオス様、そうした方がいいと思います。一時、お休みください」
「···わかった。話は明日にしよう」
屋敷の住民の顔を眺めて、休むべきだと判断したようだ。渋々頷く。
「その間、私達はこの集落を見学させてもらってもいいかね?もちろん約束した通り、住民に危害は加えない」
「好きにしろ。行動を制限するつもりはない。最も、見学したところでここには何も無いが」
そう言って背を向け、階段の方へ向かう。住民に「何かあれば呼べ」と通りすがりに声をかけていく。
アイオスを休ませるのは賛成だが、玄関に取り残された俺達と魔族達との間に気まずい沈黙が下りた。
「あの」
モニカがその沈黙を破った。
「突然訪問して驚かせてすみません。少しの間、滞在させていただきます」
屋敷に着く前にアイオスに向けた強気な語気はどこへやら、いつもの声音で礼儀正しく話しかける。
「いえ···どうぞ、ゆっくりなさって。たいしておもてなしできませんけれど」
魔族の女性はやや戸惑いの表情を浮かべながら、部屋の方を示す。入っていいということだろう。
「申し訳ありませんが、洗面所をお借りできますか?」
「ええ、どうぞ。あちらにありますよ」
「ありがとうございます」
そう言ったモニカは、マリーナの手を掴んだ。
「え?モニカ?」
「すぐ済みますので」
魔族達に軽く会釈しつつ、マリーナを引っ張っていく。
「さて、ミライ。私達は外を見に行こう」
「えっ、俺も?」
「いいから、外へ。屋敷を一周したら戻って来る」
フェンに促され、屋敷の外に出た。彼の後をついて歩きながら尋ねる。
「どうしたんだ、フェン。何かあったか?」
フェンだけでなく、モニカの様子もちょっとおかしかった。
「ミライ。猶予は最高で二週間だ」
「何の話?」
「勇者の剣ができたら、魔王城へ行くことになる。だが、今のままでは駄目だ」
話が見えない。首を傾げると、フェンは説明を始めた。
「騎士団長へ報告に向かう際、モニカと話をした。その内容を君に伝える。マリーナには、モニカから話してもらう手筈だ」
いつの間にか二人で相談していたらしい。俺は黙って話の続きを促した。
「我々は、アイオスの信頼を得る必要がある」
「警戒した態度をとっておいて?」
「お互いの立場もあって、仕方なかった。我々にとって魔族とは、基本的に相容れない存在だ。魔族は危険な種族、他者を傷付け奪う者。そういう存在だと言われ続けている。
長年にわたってそう語り継がれているせいで、我々は魔族に対して無意識に警戒してしまう傾向にある」
何十年、何百年もそう語り続けられていたら、その認識を覆すことは難しい。
「難しい問題だな···」
「逆も同じだ」
「逆?」
「魔族にとって、我々“外の大陸”の者達。魔族を過酷な環境の大陸に追いやり迫害する悪者、とでも思われているのではないだろうか」
「お互いに悪印象を持ってるってことか」
「私達は最初、アイオスをヒト族と誤認して接触した。彼が魔族と知ったときは、ひどく驚いたよ」
「···俺が知ってたのに、言わなかったから」
「言い出しにくかったんだろう。危害を加えられたわけではなく、助けられたのだから」
「うん。二度も命を救われた。森でも砂漠でも、名前も知らない赤の他人の俺を助けてくれた」
助けてくれた理由を問うたとき、彼は理由はないと答えた。多分あれは誤魔化したのではなく、本当に理由はなかったのだろう。誰かを助けるのに一々理由を探す必要はないのだから。
「その後の言動も、敵対的なことを言いながら、私達には全く危害を加えなかった。
ミライにゲートの転移先の要求を突きつけた時も、成功した場合の話だけすれば頷かせやすかっただろうに、失敗する可能性の話までして···」
確かに、俺がその気にならなかったらどうするつもりだったんだろう。
「挙げ句、協力関係を結んだとはいえ、信頼しているわけでもない私達を自分の集落に連れてくる。互いに危害を加えないという約束は口約束。
ミライに無警戒とか言える立場かね、あの御仁は」
だんだん語気が強くなっていく。なんかちょっと怒ってないか、フェン。
「そのくらいは、信用してくれてるんじゃないか?あとは、えーと···疲れてたから早く帰りたかったとか」
「色々あって頭が回っていなかったというのも、まぁあるかもしれない。自暴自棄になっているのでなければいいが」
フェンは落ち着くために一度息をつく。
「とにかく、協力者という立場では駄目だ。今の状態で話を聞いても、必要最低限の話しか引き出せないだろう。彼は自分自身のことについては頑なに口を閉ざしている。本音を話してもらわなくては」
「そうだな。俺も、アイオスのことをもっと知りたい。でも、どうするんだ?」
「まずは、屋敷の住民と話をしよう。我々のことを知ってもらい、彼らのことも話してもらう。可能なら、彼らから見たアイオスの話も聞きたいな」
「話してくれるかな。アイオスのおかげで一応は受け入れてくれたみたいだけど、警戒されてるだろうし」
「少しでも警戒を解いてもらえるように努力しよう」
「そうだな」
話している内に屋敷の玄関前に戻って来たので、再び扉を潜って中に入った。




