23.協力の条件(4)
「細かい話はここを出て話すとしよう。死霊術師を斃したことを騎士団長に報告せねば。我々だけでこの数の遺体を弔うことはできないから、後のことは騎士団にまかせよう」
フェンの言う通り、ここで長話をするべきではない。どこか腰を落ち着けて話をしたいところだ。となると、オアシスの町まで戻ることになるのか。
「今後のことを話すなら、暗黒大陸で話したほうがいい。内容によっては聞かれたくないこともある」
アイオスがそう提案する。
確かに、会話の内容からうっかりアイオスが魔族だとばれたら大騒ぎになってしまう。それはお互いに困る。
「確かに、オアシスの町の建物は通気性重視で外に声が漏れやすいですね」
「でも、だからといって暗黒大陸で落ち着いて話せる場所なんてあるの?」
「俺が住む集落に案内する」
「アイオスの?」
少々驚いた。魔族の暮らす集落。魔族だって同じ生き物なのだから町や村があって当然なのだが、どんなところなんだろう。
「俺達が行って大丈夫なのか?」
アイオスはともかく、俺達のような外の大陸の者、しかも勇者一行を連れて行って大丈夫なのだろうか。
反対されるだろうし、最悪住民達から攻撃を受けるのでは。
「集落の住民は俺が説得する。ヒト族が訪れた前例があるから、恐らく受け入れは可能だろう。非戦闘員ばかりだから、貴様らに危害を加えることもない」
前例とは、彼の恋人のことだろうか。どの程度受け入れてもらえるかわからないが、ここはアイオスを信じるしかない。
「自分達が、集落の住民に危害を加えるかもしれないとは考えないのですか?」
「当然、住民を傷付けたら容赦なく処分するぞ」
モニカの例え話に、冷たい声で脅してくる。
「みんなそんなことしないって!
暗黒大陸に行くのはいいんだけど、すぐ行くのか?まだ勇者の剣が完成してないんだけど」
「魔王の心臓を破壊できるという剣か。いつ完成する?」
「二週間後くらい」
だって、今朝聖鉱石を預けてきたばっかだし。
「······」
二週間も待てないといった顔だ。
「剣が完成する頃に、一度戻ってくればいい」
フェンはそう言って、遺跡の出口の方角を指す。
「ともかく、一度は騎士団の拠点に戻らなくてはならない。アイオス、君も来るか?」
「いや。ここで待つ」
恋人の亡骸に目をやって、
「···ヴァイオレットは俺の手で埋葬したい」
「わかった。では、騎士団長に報告したらすぐ戻って来る」
「俺もここで待ってていいか?」
踵を返しかけたフェンに声をかけた。
「ミライだけ置いていくのは少々不安だな。ならば、マリーナ。ミライと一緒にいてくれるか。私はモニカと共に拠点に戻る」
「わかったわ」
不安ってどういう意味だろう。俺自身がひとりにすると危なっかしいと思われているのか、魔族であるアイオスを警戒してのことなのか。
駆け足で広間を出ていくフェンとモニカを見送って、アイオスの方を振り返る。
アイオスは魔法で魔族の特徴を隠し、ヒト族の姿をとった。角や翼が消え、肌の色も変わる。
そして恋人の亡骸をそっと抱き上げ、フェン達が出て行ったのとは逆の方向に歩き出す。その先はひび割れた壁しかないのだが、もしやそこに隠し通路があるのだろうか。
思った通り、アイオスが近付くと壁に魔法陣が浮き上がり、ひと一人が通れる通路が現れた。
それを見たマリーナが驚きの声を漏らす。
「···すごい。認識阻害と防壁効果···聖鉱石の洞窟の結界とほぼ同種のものだわ。解除の鍵は彼自身なのね」
見ただけでどういう魔法か看破するマリーナもすごいと思う。
俺達の前で通路を開いたということは、通ってもいいということなんだろう。先に行くアイオスの背を追うと、すぐに遺跡の外に出た。
周りは硬い岩石が垂直にそびえ、影を落としている。外からここに来るのは不可能だろう。
岩石と岩石の間から海が見える。覗いてみると、入り江に小型の舟が繋いであるのが見えた。
振り返って来た道を見ると、ただの壁に戻っていた。叩いてみると、硬い感触が返ってくる。道があるとは思えない感触。魔法ってすごい。
マリーナの姿を探すと、驚いたことにアイオスの方へ近付いていた。
亡骸を下ろしたアイオスに声をかける。
「腕を繋ぐわ。このままじゃ可哀想でしょう」
布を取り出して細く裂き、俺が切断した腕を繋ぎ合わせる。慌てて俺も側に行く。それは切断した俺がやるべきだったのに、気が回らなかったことを恥じた。
反対側の腕を同じように繋ぎ、胸の前に重ねる。その時、遺体の胸元に血で汚れたペンダントがかかっていることに気付いた。恐らく、元は銀色のペンダント。アイオスが持っていたのと同じものだろう。
マリーナは新しい布を取り出して、遺体の汚れた肌を拭い、髪を整えた。
「···礼を言う」
それを見下ろして、アイオスが呟く。
埋葬が終わるまで、俺達は黙って手を動かした。
黙祷し死者を弔うと、隠し通路を再び通り、遺跡の内部に戻る。
多くの亡骸が横たわる場所で待つのは少々気が滅入るが、外にいてはフェン達が戻って来た時に気付けない。
マリーナと肩を並べ、壁に背を預けて座り込み、休息をとる。
離れた場所で同じように休息をとるアイオスの姿を横目に見ていると、肩にマリーナの頭が乗った。
ちょっとドキリとして目を向けると、桜色の髪が間近に見えた。
「マ、マリーナ?疲れたか?」
「うん···なんか、頭の中がぐちゃぐちゃだわ···」
声に元気がない。
「ここに来て、こんなに事態が急変するとは思わなかったんだもの。魔族と協力して、過去へ行くって話になるなんて」
俺だって、いや、みんな同じ気持ちだろう。
特に魔族と協力することに関しては、この世界の住民であるマリーナ達にとっては青天の霹靂だったに違いない。
「ごめん」
「なんでミライが謝るの?あなたは悪くないわ」
「うーん、なんとなく···協力を先に持ちかけたのは俺だし」
双方にとっていい結果になるようにしたかった。だが、魔族と行動を共にする話は仲間達にとっては不本意だっただろうし、過去へ行くという危険な旅路に仲間を巻き込むことに、罪悪感を感じないわけではない。
「ミライの判断が間違ってるとは思わないわ」
「···ありがとう」
「全部、上手くいくといいわね」
肉親を救えるかもしれないという希望と、失敗するかもしれないという不安。
それからフェンとモニカが戻るまでの間、マリーナは俺の肩に頭を預けたままだった。