23.協力の条件(3)
「······えっ?」
アイオスに提示された要求内容が、一瞬理解できなかった。
ゲートの転移先を選ぶ権利?
「なっ、何言ってるのよ!話聞いてなかったの?ミライは自分の世界に帰りたいのよ。あなたに譲っちゃったら帰れなくなるじゃない!」
俺の代わりにマリーナがアイオスに反論する。
ゲートをどこに繋ぎたいというのだろう。まさかとは思うが、魔族を異世界に移住させたいとか言うんじゃないだろうな。
しかしその心配は杞憂で、アイオスの要求は俺の考えとは違った。
「早合点するな。俺の話は終わってない。転移先は、過去だ」
「過去?過去って······え?過去に戻りたいってことか?」
アイオスの話が俺の想像の斜め上にばかりいくので、脳が理解するのに数秒かかる。
「ふむ···過去に戻れるゲートが開けるという話を聞いたことがないが。だが、異世界への道を繋げるほどの特殊なゲートだ。もしかしたら、時空を超えることも可能かもしれん」
フェンは訝しげな顔をしつつも、提案内容に興味を示している。
「過去に戻って、恋人を救いたいとでも言うつもりですか?」
モニカの問いに対する答えが是であるなら、そう言い出したことには納得できる。しかし、アイオスはそれには答えず話を続けた。
「過去への転移が可能であるとは断言できない。だが、そこの獣人が言ったように異世界にすら繋がるゲートだ。試してみるつもりはないか。
考えてみろ。貴様の兄が殺される前の過去に戻れたら、救えるのではないか?」
「!?」
その言葉に、形容できない衝撃が胸を貫き、心臓が大きく脈打った。
瞠目し、息を呑んでアイオスを見つめる。
過去へ行くなんて、今まで考えたことなかった。
カザマが殺される前の過去へ戻る?カザマの死を、無かったことにできる···!?
示されたわずかな希望に、心が揺れる。
呆然としていると、モニカが俺の肩を掴んだ。
「ミライ!甘言に惑わされないで、よく考えてください!失敗したらどうします!?」
「でも···もし、それができるなら···カザマも、マリーナのお姉さんも···セレネさんの死も、無かったことにできる」
アイオスの提案に揺らいでいるのは俺だけではなかった。マリーナも、姉を救える可能性に心を惑わされている。
「お姉ちゃんを···助けられる···?でも、でも···」
「ミライ!マリーナ!」
「愛する者の死を覆せる···どんなに可能性が低くても、そのわずかな希望を振り払うのは難しい」
俺とマリーナが惑う様子に、難しい顔で呟くフェン。
「それは、そうですが···!」
やめてほしいとモニカの目が訴えている。心配してくれる気持ちは嬉しい。
迷う俺に、アイオスがさらに言葉を重ねる。
「過去に戻って救いたい者を救い出したら、もう一度魔王を斃せばいい。奴の死も無かったことになるのだから。
その時は今度こそ、兄と共に自分の世界に帰るといい。もちろん、二度目の討伐まで協力すると約束しよう」
「······」
カザマと共に元の世界へ帰る。それが叶うなら、俺にとっては最善だ。
でも、全て思い通りに事が運ぶと思うほど馬鹿じゃない。こちらがそれを指摘する前に、アイオスは話を続ける。
「ただし、問題点がいくつかある。
まず、確実に過去へ戻れる保証はない。ゲートの利用で重要なのは、明確な意思と転移先のイメージ。迷いを抱えてゲートに飛び込むと、次元の狭間で永遠に彷徨うことになる。
そして、過去に戻れたとしても···対象の救出に失敗する可能性。過去の改変が可能かどうかはわからない。決まってしまった事象を覆すことはできないかもしれない」
「どう足掻いても、確定した未来へ進むということですか」
たとえ過去に転移できても救出に失敗した場合、二度も大切なひとを失うことになる。絶望して終わる可能性···それが一番恐ろしい。
「仮に試みが成功したとしても、時間遡行と過去改変が、世界にどんな影響を及ぼすか予想ができない」
そう言ってアイオスは話を締めくくる。
「失敗する可能性······」
転移の失敗と救出の失敗。その二つが成功したとしても、それによる他への影響。
「やはり、この提案に乗るべきではありません。危険すぎる」
「そう、だな···危険すぎる···」
「ミライ!わかってくれますか」
「みんなを危険に晒したくない。三人とも、大事な仲間だと思ってるから」
俺の言葉に、モニカがホッとした表情を見せる。
アイオスの表情は変わらない。
「···そうか」
「だから、過去への転移は俺とアイオスだけで行こう。それでもいいか?」
「!?」
俺がそう続けると、仲間達は息を呑んだ。
アイオスも微かに驚きを示したが、俺の判断に頷いた。
「かまわない」
「よくないわよ!?」
間髪入れずマリーナが声を上げる。フェンとモニカも信じられないという顔で俺を見ている。
「ごめん、マリーナ。フェン、モニカも。俺のわがままを聞いてくれないか。
今の魔王を斃すまで一緒に戦ってほしい。そのつもりで、今まで旅してきただろ?魔王を斃したら、みんなは元の生活に戻ってくれていいから」
「そんな···なんでそんなこと言うのよ」
「どのみち、魔王を斃したらお別れなんだ。俺の行き先が変わるだけで···」
「そうじゃなくて!どうして一緒に行こうと言ってくれないの。危険だから、ミライに任せてここに残る?“うんわかった”って、任せると思う?今まで一緒に旅してきた仲間なのに、あたし達、そんな薄情に見える?」
泣きそうな目で訴えるマリーナ。
その表情を見た俺は狼狽えた。
「違う、マリーナ。俺は、そんなこと···」
「君が私達を想ってくれるのと同じように、私達もミライを大切な仲間だと思っているよ」
「フェン···」
「反対する気持ちは変わりません。でも、あなたとアイオスだけを行かせるという選択肢はありません」
「モニカ···」
仲間の言葉を聞いて、俺は自分の考えが間違っていたことに気付いた。思った以上に大切に想われている。
「···ごめん。俺、みんなの気持ちを考えているようで全然考えてなかった」
「あたしだって、お姉ちゃんを救えるなら救いたい。ミライと同じ気持ちよ」
「···うん。みんな、最後まで一緒に戦ってくれ」
頷くみんなの顔を眺め、仲間に恵まれた幸運に喜ぶ。
改めてアイオスに向き合い、俺のパーティの決断を告げる。
「アイオス、協力してくれ。要求に応じる。転移先は過去だ。一緒に、大事なひと達を取り戻そう」
「アイオス。約束通り、色々と情報を提供してもらうぞ」
「わかっている。必要な情報は開示しよう」
フェンの念押しに、アイオスは淡々と応じる。
「ですが、アイオス。勘違いしないでくださいね。自分は、ミライを信じてついて行くんです」
「俺を信じる必要はない。目的のため、互いを利用するだけだ」
「裏切ったり、ミライを傷付けたら許さないから」
マリーナが釘を刺す。
せっかく協力関係が築けたのに、仲間達の台詞が冷たい。返答するアイオスの声も固い。
「みんな、ちょっと警戒しすぎじゃないか?」
これから一緒に行動するのに、ギスギスした空気は嫌だ。もうちょっと仲良くしてほしい。
「貴様が無警戒すぎるんだろう」
俺に向けるアイオスの声も冷たい。
なんでだろう。砂漠で助けてくれた時はもうちょっと優しかったのに。