2.最初の村
村は本当にすぐそこだった。
儀式場の広場を抜け、一度森を出る。少し草原を歩いた先に、別の森がある。
大小様々な木々に囲まれて、集落があった。
幸いモンスターとやらに遭遇することなく、無事村に入る。
入ってすぐ、住民の視線が突き刺さった。
余所者が無断で入ってはまずかっただろうか?
「もしかしてあんた、異世界から召喚された勇者様かい?」
一番近くにいた中年女性に声をかけられた。
「あー、はい。なんかそうみたい、です」
いちいち否定するのも面倒くさい。もうそういう設定にしとくか···という軽い気分で答える。
「召喚が成功していたら、勇者様はきっと一番近くのこの村に立ち寄るだろうから、それらしいひとが来たら案内するように頼まれたんだよ。
さ、こっちだよ。ついてきな」
さほど広くもない村の、奥の建物に案内された。
木造二階建ての、何の変哲もない建物だ。
扉を開けて中に入ると、老人がひとりと、ローブを着た魔術師っぽいのがひとりいた。どちらも男だ。
魔術師っぽい男は俺を見るなり、
「おお、勇者様···!」と手を合わせてきたのでちょっと引いた。
老人は椅子から立ち上がり、俺たちを迎えた。
「そなたが勇者様か!
ああ、座ってくだされ。すまぬな、本来なら迎えの者をやるべきだったが、人手が足りず···。
隣の者は、どなたかな?」
最後のセリフはマリーナに向けたものだ。
「あたしは、たまたま近くにいた魔術師よ。召喚の光が見えたから、儀式場に行ってみたの。そしたら彼がいたわ」
「そうか、よく連れてきてくれた」
老人は嬉しそうに頷き、腰を下ろした。白い髭を蓄えた、見た目はひとの良さそうな老人だ。
俺とマリーナはテーブルを挟んで老人の対面に座り、説明を求めた。
「俺、ここがどことか何もわかんないんだけど。状況を説明してくれます?」
「うむ、何から話すかの。
ここは、勇者様が住んでいる所とは異なる世界。我らの世界は今、魔王と呼ばれる、強大な力をもった魔族が率いる軍勢に侵攻されておる」
真面目くさった顔で、よくある王道ファンタジーのような説明をされた。笑い飛ばしてもいいだろうか。
「魔王を斃せるのは、勇者のみ。よって、我々は異世界から勇者を召喚した。
しかし···そなたの前の勇者が、魔王に敗北してしまったのじゃ」
この話いつまで付き合えばいいかな、なんて考えていたら、予想外のセリフが耳に届いた。
「は?勇者が敗けた?」
「信じがたいことに同行者の中から裏切り者が出たそうでな。
唯一生き延びた者の話によると、その裏切り者は魔王との戦いの最中、勇者に剣を向けたとのこと。
勇者は元仲間の剣に斃れたのじゃ」
なんだそのストーリー。つまり、前の勇者が敗けたから次は俺を喚んだって話か?
「なんだよそれ。それまで一緒に戦ってきた仲間じゃなかったのか?」
「そやつの正体は、ヒト族のフリをした魔族じゃったという。初めから、勇者の命を狙っていたのじゃろう」
なるほど、敵のスパイだったと。
「ねぇ、話の途中だけど、ひとつ教えて。唯一生き延びた者って、誰なの?」
マリーナが口を挟む。
「エルフの魔術師、セレネ殿じゃ」
その名を聞いた瞬間、マリーナの表情が暗くなった。
「·····ッ!そう、なの······」
うつむいて、膝の上でぎゅっと拳を握りしめる。
予想した名前じゃなかったんだろうか。
なんだか泣き出しそうな雰囲気だ。声をかけるべきか考えあぐねていると、老人の声が言った。
「新たな勇者様、名は何と?」
「ミライ、ですけど」
「勇者ミライ。先の勇者カザマに代わり、どうか魔王を斃してほしい!」
出てきた名前に、心臓が大きく脈打った。
「············今、なんて?勇者···カザマって言った?」
似た名前を聞き間違えただろうか。
「カザマ?苗字は?神木 風真じゃないだろうな?」
「うむ。確か、そんな名前だったと思う」
老人は肯定する。否定して欲しかった。
どうしてカザマの名が?
心拍数が上がり、背中が汗ばむのを感じる。
まばたきをする。目を閉じて数秒後、開ける。
目に入る景色は変わらない。木のテーブルの向こうに座る老人。隣にはピンク髪の女性。
夢ならいいかげん覚めてくれ!
「どうしたの、ミライ?勇者カザマのこと、知ってるの?」
沈黙する俺に、マリーナが声をかける。
「勇者カザマが、神木 風真のことなら···カザマは、俺の兄だ」
「えっ!?確かに、カザマに似てるなって思ってたけど、兄弟だったのね」
「マリーナ、カザマに会ったことあるのか!?」
「え、ええ。短い間だったけど」
いつ、どこで?
さらに問いと重ねようとしたが、老人の方が先に口を開いた。
「先の勇者様の弟!カザマ殿は大変優秀な勇者様であった。その弟であるなら安心じゃ。どうか世界を···」
その言葉に、頭に血が昇った。
右の拳を力いっぱいテーブルに叩きつける。
大きな音をたててテーブルが揺れた。
老人は驚いて口をつぐんだ。
「ふざけるな!カザマが先の勇者?魔王に敗けた?つまり···カザマは···兄さんは死んだってことなのか!?」
叩きつけた拳が痛い。粗末なテーブルの、ささくれだった部分が拳に刺さったらしい。少し血が出ている。
リアルな感覚が告げる。これは現実だと。いいかげん認めろと。
つまり、一年前カザマが行方不明になった原因は、この世界に召喚されたから。
ずっとこの世界で戦っていて、そして魔王に···いや、正確には元仲間に殺された。
そして、新たな勇者として俺が喚ばれた。
今度は俺に戦えって?
「···えせ」
俺は椅子を蹴倒して立ち上がった。
「帰せ!俺を元の世界へ帰せ!
カザマが死んだのは、元はといえばお前らが召喚したせいだろ!?カザマを殺したこの世界のために戦えるわけないだろ!」
俺の怒声に、しかし老人は思ったほど狼狽しなかった。
腹が立つほど冷静に返答してくる。
「残念じゃが、送還することはできんのじゃ。我らにできるのは召喚のみ。勇者様が帰還するためには、魔王を斃し、斃した魔王から解放される魔力よりゲートを開くしかない」
戦うしか道がなければ、従うと思っているのか?カザマもそうやって従わされたのか?
「そんな理不尽があってたまるか!ふざけるのもいい加減にしろ!」
「ミライ!少し落ち着いて。気持ちはわかるけど」
マリーナも立ち上がり、俺の肩に触れる。
「俺の気持ちがわかるだって?何がわかるっていうんだ!」
その手を振り払い、マリーナの顔を正面から睨む。
俺を見返して、彼女は言った。
「わかるわ!家族を失った気持ちは。
あたしのお姉ちゃんは、勇者カザマの仲間だった。さっき、唯一の生き残りはセレネさんって言ってたでしょう。
つまり、あたしのお姉ちゃんは死んじゃったってことなのよ···」
マリーナの瞳にうっすらと涙が浮かんでいる。さっきからずっと、泣くのを堪えていたのだろう。
それを見て、俺は少しだけ落ち着きを取り戻した。
「勇者様、一度落ち着いて考えてほしい。この建物の北に、休息用のテントがあります。そこでお休みください。
そして今、そのテントにセレネ殿がいます。
勇者召喚の話を聞きつけて、ここまで来てくださった。彼女とも話をしてみるといいじゃろう」
この老人の言葉に従いたくない。だがどうすればいいか自分で決められない。
怒りと不安で困惑して黙り込む俺に、マリーナが言った。
「ね、ミライ。少し休みましょう」