23.協力の条件(2)
「···フェン?どうかしたか?まさか、モンスターの気配がするとか言わないよな」
「いや。彼がこの場から立ち去らない理由を考えていた」
言われてみれば、戦闘が終わった後もアイオスはこの場に留まっている。俺達と話すためではない。話すのを嫌がっているくらいだ。ならば、どういう理由で?
「私達の目的は死霊術師を斃すことだった。達成したからにはもうこの場に用はないんだが···」
失念していたが、アイオスには別の目的があるはずなのだ。
「君は、この遺跡に用があったんだろう。恐らく、この部屋に何かがある。私達がいては目的を達成できないから、早く立ち去ってほしいと思っているんだろう」
フェンの指摘に、アイオスはかすかに眉を顰める。
「当ててみせようか。君がここに来た目的を」
フェンはちょっといたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ここで会った時からずっと考えていた。特筆するものが何も無いこの遺跡に、ゾンビ退治以外で訪れる理由は何か。さっぱり思いつかなかったが、君の正体が魔族であると知った今なら推測できる」
改めて、周囲に軽く目を走らせる。
「この部屋に、暗黒大陸へ繋がる隠し通路がある」
「!」
全員が目を見張る。
アイオスの表情の変化は微々たるものだったが、フェンはそれを見逃さなかった。
「当たりのようだな」
この部屋に暗黒大陸へ繋がる隠し通路がある?
見回しても、所々がひび割れた壁しか見えない。どこかの壁にギミックでも仕掛けられているんだろうか。
「まぁ、隠し場所を素直に教えてくれるとは思っていない。他にも暗黒大陸へ行く方法はあるのだから、無理に聞き出そうとは思わないが」
「······」
なら、なんでこの話題を持ち出したんだろう。アイオスの警戒心が増しただけじゃないか。
「私は疑問を氷解させたかっただけだ」
「···くだらない」
「くだらなくなどないさ。少し話しただけだが、なかなか興味深い内容が聞けた。他にも聞きたいことは山程あるが···君は話したくなさそうだし、いつまでもこの場所に留まっても仕方ない」
どうしたものかと腕を組んで考えるフェン。
それまで黙って聞いていた俺はようやく口を開いた。
「あのさ、アイオス···俺達と協力しないか?」
驚きの視線が集まる。みんなの顔を順番に見返して、俺は自分の考えを話した。
みんなに受け入れてもらえる可能性は低いと思うが、言うだけ言ってみよう。
「今までの話の感じだと、アイオスは魔王と対立してる側の魔族だ。魔王のやり方に納得してない···で合ってるか?考えを話してくれないから想像なんだけど。
俺達が魔王を斃しに行くのを止めるつもりはないように見える。むしろ、斃してくれたほうが都合がいいとか?
他にも、魔王のやり方に賛同してない魔族がいるなら、彼らとは戦う必要がないと思うんだ。だけど、俺達にはその区別がつかない。魔族のみんなは、俺達を見たら敵だと思って攻撃してくるだろ?そうなったら、応戦せざるを得ない。
でも、アイオスがいてくれたらその区別がつく。無駄な争いを避けられると思うんだよ」
間違って、アイオスの知り合いや仲間を殺してしまうようなことは避けたい。そんなことになったら確実に恨まれるだろうし、本当に彼が敵に回ってしまう。
「ミライ、本気で言ってるの?」
「マリーナだって、アイオスを誘ってただろ」
「そ、それは···魔族だと思わなかったから」
気まずそうにマリーナは目をそらす。
「そうです、ミライ。異世界から来たあなたにはわからないかもしれませんが、魔族は敵意の対象なのです。
自分達は、幼い頃から魔族は悪だ、倒すべき敵だと教えられて育ってきました。事実、魔族は何度も争いを起こしています。
仮に、彼が善良な魔族だったとしても、勇者が魔族と協力しているなんて知られたら···勇者としての信用を失います!」
「俺を勇者と呼ばないでくれ」
モニカの言い分はわかる。魔族と協力することは、他の種族にとっては裏切りだろう。
「勇者としての信用なんてどうでもいいよ。そう呼ばれるのは好きじゃないし、望んでこの世界に来たわけじゃない。突然召喚されて、勇者という役目を押し付けられて。勝手に期待して、期待に沿わなかったら裏切り者?そんな評価、どうでもいいよ···」
三人は、俺が勇者と呼ばれるのを嫌い、元の世界に帰りたがっていると知っている。だから必要な時以外は勇者と呼ばないようにしてくれたし、勇者らしくない俺について来てくれて、魔王を斃す為に協力してくれている。
他の誰にどう思われても、何を言われてもいい。でも、優しい仲間達を裏切ってしまったかもしれないと思うと、心苦しい。
「でも···みんなに···この三人に嫌われるのは、辛いかな···」
俺の言葉に、仲間達は黙り込む。
マリーナとモニカが、俺を想って魔族との協力を拒んでいるのはわかる。
フェンは、魔族への嫌悪感と敵対心より、好奇心と知識欲の方が勝っているようだが。
仲間との間に気まずい沈黙が流れる中、口を開いたのはアイオスだった。
「···意に沿わぬ役目を押し付けられて、それでも戦うのはなぜだ」
質問したというより、疑問が口をついて出たといった感じだ。
「自分の世界に帰るためだ。魔王の心臓を破壊しないと、帰るための道は開かれないって言われた。そしてもうひとつ、カザマを殺したガルグと魔王が許せないから。···先の勇者カザマは、俺の兄なんだ」
俺の戦う理由は、それだけだ。
「······魔王の心臓······魔石の魔力を使ってゲートを······」
俺の話を聞いて、アイオスは何かに気付いたように呟いた。思案するように視線を落とす。
「あの、ミライ···誤解しないでください。自分は、あなたが間違ったことを言っていると責めているわけではありません」
「あたし達にとって魔族を受け入れるというのは、心理的にすごく難しい問題なのよ」
優しい仲間達は、俺を気遣ってくれている。
「うん。俺を心配してくれているんだよな」
「肝心の彼が協力してくれるとは決まっていないが。どうだね?君の仲間の安全と引き換えに、魔王討伐に協力するというのは」
アイオスは視線を上げた。紅い瞳が俺の方を向く。
「······俺の要求に応えるというなら、魔族と暗黒大陸の情報を提供し、魔王討伐に協力してもいい」
「要求って?」
仲間の安全以外に、何を要求されるのだろう。思わず身構える。俺にできることならいいが。
「魔王を斃した際に開かれるゲート。その転移先を選ぶ権利を寄越せ」




