22.ネクロマンサー(2)
俺達の混乱をよそに、アイオスは死霊術師に向かって攻撃を仕掛ける。
術師を守るように立ち塞がった大柄なゾンビを一刀両断する。
何体かのゾンビを退け死霊術師に近づこうとするが、彼女は大きくサイドステップしてアイオスから距離をとる。
それまで動かなかった女性ゾンビが、ぐるりと首を動かしてアイオスの方を向いた。それを見たアイオスの動きが、若干鈍くなる。
女性ゾンビはいつの間にか短剣を握りしめていた。それをアイオスに向かって突き出す。
「······っ!」
歯を食いしばり、その攻撃を躱すアイオス。しかし、その女性ゾンビに斬りかかることはせず、迂回して死霊術師の方へ向かおうとする。
だが、屈強なゾンビに邪魔されて思うように近づけない。ゾンビを斬り捨てている間に距離を取られることを繰り返す。
通路の向こうからぞろぞろとゾンビが溢れ出てきて、キリがない。
女性ゾンビは緩慢な動作で歩いている。戦闘のスピードについていけないのだろう。
「うーん、このままじゃキリがないわねぇ」
死霊術師が人差し指を顎に当てて考える仕草をする。
どんなに強いゾンビでも、アイオスに傷を付けられない。女性ゾンビはアイオスの動きについていけないので、同じく攻撃は当たらない。
「ねぇ、どういうこと?彼って魔族だったの!?」
アイオスの正体を見た衝撃からいくらか回復し、マリーナが困惑の声を上げる。
「魔族同士で仲間割れしているということでしょうか?」
「一見、そう見えるが···」
モニカもフェンも、武器を構えたまま傍観する。皆、どうしていいのかわからなくなっているのだ。
俺はアイオスの援護がしたいと思っているが、あの戦いのスピードについていける自信がない。無理に出ていけば、逆に足手まといになってしまう。
「作戦変更。これならどお?」
赤い唇が弧を描く。死霊術師は攻撃魔法を展開し、闇魔法による刃を放った。
その魔法の軌道を見て、アイオスは顔色を変えた。
闇魔法は彼を狙って放たれたのではない。後方にいる、女性ゾンビに向けて闇色の刃が襲来する。
「!!」
アイオスは即座に身を翻し、女性ゾンビの元へ向かう。立ち止まっているその身を抱え、魔法の攻撃範囲から逃れる。
そのチャンスを、ゾンビは逃さなかった。操られるゾンビが助けられた恩を感じるはずがない。手に持っていた短剣を、鎧の隙間から突き刺す。
「······ッ!」
深々と突き刺した短剣を引き抜き、血の糸を引くそれを再び振り上げるゾンビ。
アイオスはその手を掴んで止めた。彼のもう一方の手には大剣が握られている。やろうと思えば他のゾンビと同じように手足を斬り捨てて行動不能にできるのに、それをしない。
「斬らないの?そうよねぇ、どんなに変わり果てても、大事な恋人を斬れる訳ないわよねぇ!」
死霊術師は愉しそうに笑っている。ひとが苦しんでいる姿を見て笑うなんて最低だ。
「うふふ···アナタもあたくしのゾンビになるなら、ずぅーっとふたりで一緒にいさせてあげる!」
再び攻撃魔法が展開される。先ほどよりも多い数の刃が二人に降り注ぐ。
アイオスはまた女性を抱えて避けようとするが、女性ゾンビが抵抗したせいで行動が遅れた。
回避は間に合わない。いや、アイオスだけなら避けられる。だが避ければ女性ゾンビが切り刻まれてしまう。
彼は女性ゾンビを守ることを優先した。大剣を手放し、魔法の刃から庇うように彼女を腕に閉じ込める。
笑みを深くした死霊術師の魔法が、アイオスの身体のあちこちを引き裂いた。
「······ッ!!」
鮮血が舞う。
まずい。劣勢に立たされている。
そうまでしてその女性が傷つくのを見たくないのか。すでに死んでいるとわかっていても、見捨てられないのだ。
攻撃が止み、顔を上げたアイオスの首に、女性ゾンビの指がかかった。
「!?」
血の通うことを止めた白い両手が、アイオスの首を締め上げている。
「······!」
リミッターの外れたゾンビの膂力は相当なものだろう。さすがのアイオスも苦悶する。
首を絞める細腕に手をかけるが、無理に外そうとして壊れるのは彼女の腕の方だ。それがわかっているから、引き剥がせない。
「アイオス!」
このままではアイオスが死んでしまう。これ以上傍観していられない。
「みんな、頼む!アイオスを助けるのを手伝ってくれ!」
俺の要請に、みんなは困惑の表情を浮かべる。
「で、でも!魔族なのよ!?」
「ミライ、敵を助けるというのですか!?」
マリーナとモニカは難色を示す。
「関係ない!」
「···敵の敵は味方、ということかね?」
フェンはやや躊躇いがあるようだが、手を貸してくれそうだ。
仲間が援護してくれることを期待して、ゾンビの群に向かって走った。正直怖い。ゾンビ自体もそうだが、人型の敵を斬ることも。
「アナタ達も邪魔するの?いいわぁ、全員殺して、あたくしのペットにしてあげる!」
死霊術師が指示を出し、ゾンビの標的がアイオスから俺達に変わった。
相対するゾンビは死後数日だろうか。首に大きな切り傷があり、半身を赤黒く染めている。手には斧。あんなもので斬られたら大変だ。
大きく振りかぶられた斬撃を躱し、ゾンビの首に向かって剣を振った。
俺の世界ではゾンビの弱点は首···頭部と決まってる。ゲームや漫画など、創作の中の話だが。この世界でも通用することを願う。
最悪の手応えは、攻撃が的確に入った証だ。
自己満足だが、心の中で謝罪の言葉を唱える。
何体か倒し、通り道ができた。ゾンビ達の間を掻い潜り、アイオスも元へ向かう。
途中、ゾンビ騎士の剣が腕を掠めたが、痛みを堪えてそのまま走る。
「アイオス!」
女性ゾンビに首を締められたままのアイオスに接近する。剣を振りかぶる俺を視認し、苦しげな瞳がやめろと訴える。唇が動くが、呼吸ができないため声にならなかった。
後でアイオスに恨まれても、やめることはできない。
「······ごめん!」
謝罪はどちらに向けたかったのか、自分でもわからない。
俺は女性ゾンビの細い腕に剣を振り下ろした。
両腕を肘の辺りから切断された女性ゾンビは、バランスを崩してふらつく。その腹部に蹴りを入れて転倒させる。
「······っ、かはっ、けほっ···!」
首の圧迫から解放されたアイオスが膝をついて咳き込む。
よほど強い力で締められていたのか、ゾンビの腕が首にぶら下がったままだ。
「アイオス、だいじょう·····」
大丈夫か、という台詞は最後まで続かなかった。
青褪めて、見開かれた瞳は変わり果てた女性に注がれており、呆然としている。背後に迫るゾンビの剣に気付いた様子もない。
アイオスに剣が振り下ろされる前にそいつを斬り伏せ、再度名前を呼ぶ。
「アイオス!!」
しかし、返事はない。完全に自失している。
あっという間に俺達をゾンビが取り囲む。ひとりでアイオスを守りながら戦うのは難しい。
不幸中の幸いは、ゾンビは連携がとれないことか。バラバラに動き、攻撃しようとして、互いの動きを阻害している。
その隙に首を狙って切り伏せて、なんとか活路を見出そうとする。
と、目の前のゾンビの肩口から刃が生えた。そのまま刃は斜めに走り抜け、身体を二分する。
倒れたゾンビの背後に目をやると、フェンの姿があった。ゾンビから奪ったのであろう剣を左手に持ち、右手にはいつもの爪。
「ひとりで突っ込むのは無謀だぞ、ミライ」
「ごめん。でも、ありがとう。助かったよ」
話しながらもゾンビへの攻撃の手は止めない。フェンは器用に二つの武器でゾンビを撃退していく。
「マリーナとモニカは?」
「向こうで別のゾンビの一団と戦っている」
確認したいが、よそ見をしている余裕はない。二人を信じよう。
徐々にゾンビの数が減ってきた。通路から新たなゾンビが現れる様子はない。打ち止めのようだ。
「ああもう!なんなのよアンタ達!あたくしのゾンビたちを、よくも···!」
死霊術師の苛立った声が聞こえる。
ゾンビだけでは俺達を殺せないと悟り、自身も攻撃に転じた。
闇魔法が発動し、無数の刃が俺達を襲う。
ランダムに舞う刃を避けるのは難しかった。いくつも切り傷を付けられ、攻撃を受けて怯んだ隙をつかれた。ゾンビに大盾で突き飛ばされ、後方に転倒。転んだ先にいたアイオスにぶつかる。
「!」
続いて、別のゾンビが俺目掛けて槍を突き出した。刺される、と身を縮めた時、手の中の剣が奪われた。アイオスだ。
アイオスは俺の剣で突き出された槍を弾き、ゆらりと立ち上がる。ゾンビは弾かれた反動で転倒した。
一瞬遅れて俺も立ち上がり、彼を見上げる。
放心状態からは回復したようだが、目の焦点があっていない気がする。
アイオスは俺に剣を押し付けるように返すと、自身の大剣を拾った。
そして自身の首からぶら下がる細腕に触れ、そっと外す。
視線を上げた先には、いつの間にか立ち上がった女性ゾンビがいた。先ほどの死霊術師が放った闇の刃がいくつか掠ったらしく、少し損傷している。
「······」
それを黙って見つめる。
何を思っているのか、俺にはわからない。武器は拾ったが戦意は感じられず、ただ黙って対峙している。
なりゆきは気になるが、ぼうっとしてはいられない。まだ戦闘は継続している。
二人から視線を離して振り返ると、ゾンビと戦う仲間の姿が目に入った。
死霊術師の近くにいるゾンビは少ない。仕掛けるべきと判断した俺は地を蹴って走り出した。
多分、死霊術師自身の物理的な戦闘能力はそんなに高くない。周りのゾンビを何とかすれば、攻撃が届くはず。
俺が走ってくるのを認めたマリーナが炎魔法を放った。炎の壁がゾンビと死霊術師を取り囲み、彼らから俺の姿を隠した。
炎の壁の外周を走り、死霊術師の背後に回る。炎が消えたとき、敵の背中が目の前に見えた。
「っ!」
女は背後の俺に気付いて振り返ったが、遅い。
真っ直ぐ突き出した俺の剣は、術師の胸を貫いた。
唇から血を零しながら、怒りで吊り上がった瞳が俺を睨んだ。手のひらが俺に向けられる。
躊躇わずに心臓を刺したつもりだったのだが、わずかにそれたのかもしれない。まだ生きている。
魔法が発動し、眼前に槍の形をした魔力の塊が浮き上がった。
まずいと思って剣を抜いて引こうとした。だが、抜けない。
「ミライ!逃げて!」
マリーナの叫び。剣は諦めて逃げるべきだった。
後方へ飛ぶのは駄目だ。右は壁。左にはゾンビが迫ってる。どこへ逃げればいい!?
「伏せろ!!」
低い声が耳に飛び込んできて、考えるよりも先に身体が動いた。
剣から手を離し、膝を曲げてしゃがむ。
頭上を魔法の槍が通過する。その次の瞬間、見上げた視界に死霊術師の驚愕に目を見開いた顔が飛び込んできた。
俺の剣が刺さったすぐ側に、幅広の大剣が突き刺さっている。
「ア、イオス······この、うらぎり、もの······!」
それが死霊術師の最期の言葉だった。アイオスが剣を抜くと、大量の血を吐き出し崩折れる。
同時に、残ったすべてのゾンビが動きを止め、動かぬ死体に戻った。




