19.命の恩人(2)
聞き覚えのある声が耳に届いた。マリーナだ。
声がした方向へ顔を向けると、彼女の姿を見つけた。フェンとモニカもいる。
「やっぱりミライだわ!良かった···!」
俺の元へ駆け寄ってくる。俺も仲間の元へ小走りに向かう。
「マリーナ!フェン!モニカ!」
三人共、目立った怪我はしていないようだ。
「ミライ、怪我の具合は?」
俺の肩が血に染まっているのを見て、フェンが心配そうに言う。
「平気。フェンの薬のおかげでもうなんともないよ」
腕を回して大丈夫だとアピールする。
「あの後、ミライを連れ去ったハーピィを追ったのですが、なかなか見つからなくて···心配しました」
みんな心配してくれていた。俺も仲間の安否は気がかりだったので、互いに無事を確認できて安心した。
「みんなも無事でよかった」
三人は俺の背後にいるアイオスに視線を向ける。
「一緒にいるのは誰?······あら?あなた、森でガルグから助けてくれたひとじゃない?」
マリーナはアイオスの容姿を覚えていたらしい。
「これは奇遇だな」
フェンが驚きに目を瞠る。
「お知り合いですか?」
モニカだけは面識がない。
「知り合いってほどじゃないけど、以前助けてくれたことがあるのよ」
モニカに簡単に説明して、マリーナはアイオスの方へ進み出る。
「あの時も今回も、ミライを助けてくれてありがとう!」
「君の助けがなければ、おそらく命は無かっただろう。前回の件も合わせて、礼を言う」
二人は好意的に感謝の言葉を口にした。
「······」
俺を覚えていなかったのと同様、アイオスは二人のことも覚えていないのだろう。反応が薄い。
「命の恩人ということですね。我らが勇者を救ってくださったこと、感謝します」
モニカもアイオスに感謝を告げた。すると、モニカが口にした”勇者“という言葉に反応する。
「···勇者は死んだはずだ」
「はい···先の勇者カザマ様は亡くなられました。ですが、彼が新たな勇者として召喚されたのです」
俺を示してモニカが言うと、アイオスは俺にやや険しい目を向けた。
「それは本当か。貴様は異世界の者なのか」
「あ、ああ。俺は異世界から召喚されたんだ」
しまった。アイオスには俺が異世界から召喚されたことを話していなかった。
魔族にとって、魔王を殺せる唯一の存在。敵だと認識されただろうか。
「言ってなくてごめん」
「······」
アイオスは何か言いたげな様子だったが、結局何も言わずに視線を下げた。
フェンが俺の隣に立ち、アイオスに質問を投げる。
「君はなぜここに?この先は魔族との戦いが活発化している最前線だ。戦いに参加するつもりかね?」
「もし魔族と戦うつもりなら、あたし達協力できるんじゃないかしら」
そう言うのは、二人は彼が魔族であることを知らないからだ。
「マリーナ、フェン。あの、アイオスは···」
魔族なんだとは言えない。何と言えばいいだろう。考えあぐねていると、マリーナが次の言葉を続けた。
「アイオスというの?ねぇ、勇者ミライに協力する気はない?」
マリーナは彼を仲間に誘いたいようだ。
俺だってアイオスが仲間になってくれたら嬉しい。でも、そうできない事情があるのだ。
「知らない相手をよく誘えるものだな。同行者は考えて選べ。先の勇者の死因を知らないとは言わないだろう」
俺と話していた時よりも、冷たく突き離すような口調。
アイオスはガルグと同じ魔族で、ヒト族に姿を変えているのも同じ。もしバレたら、一気に信用を失ってしまう。
「王都騎士団に潜り込み、勇者一行に同行し、最後に正体を現して勇者の命を奪った魔族のせい、ですね···」
モニカが答える。今では有名な、先の勇者の死因。
アイオスが同じことをするとは考えられない。でも、もし正体がバレた時、仲間達がそれを信じてくれるとは限らないのだ。
「······」
俺は何も言えず、ただ黙っているしかなかった。
「仲間と合流できたのなら、もう用はないだろう。これ以上貴様らと話すことはない」
アイオスは俺達に背を向ける。その時、俺は大事なことを思い出した。
拾ったペンダントを返してない。
「あっ、ちょっと待ってくれ、アイオス!」
慌てて呼び止め、歩き始めている彼にポケットから出したペンダントを見せた。
「このペンダント、もしかしてあんたのじゃないか?」
俺の声に振り返ったアイオスは、そのペンダントを見た瞬間顔色を変えた。
「······!!どこでそれを···!?」
紅い瞳が見開かれる。足を止め、体ごとこちらに向き直る。
「最初に会った森で拾ったんだ。ごめん、中の写真勝手に見ちゃったけど。たぶん、大事なものだよな?」
伸ばされた手のひらにペンダントを乗せる。
ペンダントを見つめる瞳が揺れていた。大切な物が手に戻ったことを喜ぶのではなく、どこか切なげな。
「···確かに、俺の物だ。もう手元には戻らないと思っていた。···感謝する」
大切そうに手の中に握り込む。
よっぽど大事な物だったらしい。返せて良かった。
「アイオス、色々と助けてくれてありがとう」
感謝を告げると、アイオスは一度だけ俺に目を合わせてから背を向けた。
その背を見送って、仲間達の方を向く。
「···行っちゃったわ。それにしてもミライ、いつの間にペンダントなんて拾ってたの?写真って?」
最初の村付近で拾ったことは言えないので、適当にぼかしておく。
「たまたま拾ったんだよ。ペンダントには女性の写真が入ってて」
「女性の?恋人かしら」
「さぁ、わからない」
アイオスに恋人がいるというイメージがない。だか、ペンダントを返した時の反応を見るに、恋人の可能性は高いかもしれない。
「写真をペンダントに入れて持ち歩くなんて、恋人以外に何があるのよ」
「そうなのか?」
「そうよ」
写真の女性は魔族には見えなかった。
魔法でヒト族に姿を変えている?しかし、わざわざヒト族に化けて写真を撮る意味がわからない。
根拠はないが、見た目通りヒト族だと思う。
「しかし、残念ですね。勇者と信じてもらえなかったのでしょうか」
「疑っている風には見えなかったが」
「そうね、残念だわ。誰彼構わず誘うわけないのに。人助けするひとが悪人とは思わないでしょう」
「たまに、恩を売って取り入ろうとする者もいますが」
「だったら、さっき頷いたはずよ」
「確かに、そうですね」
「同じ大陸にいるのだし、また会うこともあるかもしれん」
仲間達の会話を聞きながら、次会ったときに戦うことにならなければいいなと思った。
「ところで、ミライに合流してから風が止んでいるんですが···」
「アイオスの魔法だよ」
術者が立ち去ったのにまだ魔法の効果が続いている。
「恐らく、空間に魔法を残してくれたのだろう。移動すれば解けるはずだ」
「ますます仲間に欲しいわね」
マリーナはまだ仲間にするのを諦めてなさそうだ。
三人は俺を探して歩き詰めだったらしい。せっかくなので周囲が落ち着いている内に軽く休息を取ってから、オアシスの町に向けて進むことにした。