18.砂漠のハンター
乾燥した空気と照りつける太陽による暑さ。
風が粒子の細かい砂を巻き上げ、視界を黄色くけぶらせている。
息をすると砂を吸い込んでしまうので、口元を布で覆う。フードの付いた外套と合わせて、てるてる坊主みたいな格好だ。
「風魔法が得意だったら、砂煙を軽減させられるんだけど···あたしは適正が無いのよね」
マリーナが得意とするのは炎・水・雷魔法だ。フェンは闇魔法、モニカは魔法は苦手らしく、使えない。
よって、俺達は物理的に対処するしかない。
船を降りてしばらくは砂の量も風の強さも大したことはなかったが、距離を進めるにつれて徐々に足元が砂に囚われやすくなり、風の強さが増してきた。
ある一帯に差し掛かったところで、一際強い風が吹き始めた。
「うわっ、すごい砂嵐だ」
数メートル先しか見えないほど視界が悪い。
「皆、なるべく離れるな。視界が悪い。はぐれないように互いの位置を確認しながら進もう」
「うぅ〜!砂漠はこれだから嫌いよ。暑いし砂まみれになるし!」
「ここは特に風が強いですね。オアシスの方へ抜ければ、風もましになるはずです」
視界が悪いため、ゆっくり慎重に進まざるを得ない。
互いの背を守るように陣形を組み、モンスターの急襲に対応した。
砂の中から現れるワームやサソリなどの昆虫系モンスター。かなり接近されてからその存在に気付くため、剣を振るのが毎回ギリギリだ。
時々、壊れて打ち捨てられた木材を見かける。砂漠を渡る途中、モンスターに襲われた際に放棄された荷車の残骸のようだ。
元々は遺跡でもあったのだろうか。煉瓦を積み上げた壁や柱のあとがある。高さがあって風と日光が防げそうだったので、そこで休息を取ることにした。
水を飲んで乾いた喉を潤し、汗を拭う。
空気が乾燥しているので、肌に纏わりつくような不快感は少ないが、注意しないと熱中症になりそうだ。
やはり獣人二人はこの暑さに堪えているらしく、元気がない。
「夜に移動した方がいいんじゃないか?」
「気温は下がりますが砂嵐の強さは変わりませんし、夜の方が視界が悪く、危険なモンスターが出やすいです」
「うーん、そっか···」
結局、楽には進めないようだ。なるべく早くこの一帯を抜けた方がいいので、水分補給が済んだら再び歩き出す。
言葉少なに進んでいると、モンスターの鳴き声が聞こえた。
「なんだ、この声?どこから···」
今まで遭遇したモンスターの鳴き声とは違う。
「視界が悪くてモンスターを視認できません!」
足を止めて周囲への警戒を最優先とする。
再度、同じ鳴き声が聞こえた。さっきより近い。
「鳴き声が近いな。我々の方へ来ている」
「みんな!上よ!」
マリーナが上空を指差す。
空を仰ぐと、鳥型のモンスターが視認できた。どんどん近づいてくる。俺達を標的と定めているようだ。
砂嵐の中、そのモンスターは風を器用に受け止めて飛翔している。
手足は鳥類のそれだが、身体はひとに近い姿。ハーピィだ。
俺達の武器が届かない上空から、魔法による攻撃をしてくる。土の弾丸が俺達を襲う。
マリーナとフェンが魔法で反撃するが、空を飛び回るハーピィにはほとんど当たらない。
「もうっ、飛ぶなんてずるいわ!」
ハーピィが降りてくる様子はない。魔法でこちらの体力をじわじわ削いでくる。
「これ、逃げたほうがいいんじゃないか!?」
「そうしたいですが、奴の移動速度だと、それは難しいと思います···!」
しかし、このままではジリ貧だ。
防御に徹していると、突然魔法の攻撃が止んだ。
「?」
「あっ、もしかしたら魔力切れかもしれないわ!」
魔法は術者の体内のマナを使用する。連続して魔法を使っていれば、魔力切れを起こしてもおかしくない。
俺達が動かず様子を見ていると、それを弱って動けなくなったと勘違いしたのかもしれない。こちらを仕留めるため、急降下してきた。
今が反撃のチャンスだ。
ハーピィの突進をモニカが盾で受け止める。両脇から俺とフェンが武器で攻撃し、やっとまともなダメージを与えることができた。
耳をつんざくハーピィの絶叫。上空に逃げられては困るので、翼を剣で連続して斬りつけた。
体勢を崩したハーピィに一斉攻撃する。やがて力尽き、砂地に沈んで動かなくなった。
「やったか?」
「ええ、おそらく」
武器を下ろし、一息つく。今の一戦でだいぶ消耗してしまった。
「先に進みましょう。早く抜けてしまいたいわ」
「そうだな」
先に進むため歩き出す。しかし、数歩も歩かないうちにまたしてもモンスターの鳴き声が耳に届いた。
「!」
振り返ってみるが、先ほど戦ったハーピィは砂地に倒れ伏している。間違いなく斃した。
ということは···
「もう一匹いる!」
甲高い鳴き声がすぐ側で聞こえた。
「うわっ!?」
肩口に鋭い痛み。同時に足が浮いた。
「ミライ!?」
仲間が呼ぶ声が遠ざかる。遅れて、自分がハーピィに掴まって上空に連れ去られたことに気付いた。
「痛っつ···!」
ハーピィの鉤爪が肩口に突き刺さり、継続的に痛みを与えてくる。
視線を下げて仲間の姿を探すが、砂煙で見えない。
幸い、剣は取り落としていない。
痛みを堪えて上に斬りつけてみようかと考えたが、どのくらいの高さを飛んでいるのかわからない。
ある程度は砂が衝撃を和らげてくれるかもしれないが、下手をすれば墜落死だ。
とはいえ、何もしなければこのままハーピィの巣にお持ち帰りされて餌にされてしまう。
痛みに顔を顰めながら、勘で剣を振り、ハーピィに軽く斬りつける。
すると怒りの叫声を上げて、鉤爪をより深く食い込ませてきた。
「〜〜ッ!」
それでもしつこく斬りつけていると、突然ガクッと高度が下がった。墜落の恐怖に心臓が跳ねる。
だが墜落することはなく、ふらふらと蛇行しながら飛び続けた。
痛みによる油汗が頬を伝う。
眼下に砂地が見えた。だが距離感が掴みにくく、地上まで何メートルなのかわからない。
だが、少なくともさっきよりは高度は下がってる。
ある程度のダメージは覚悟して、俺は肩に食い込むハーピィの足に斬りつけた。
鉤爪の力が緩む。両手で剣をしっかりと握り、頭上に突き刺す。
確かな手応えを感じたと同時に、肩から爪が外れた。
落下する感覚。歯を食いしばり、頭を庇う。
思った通り砂は柔らかく、ダメージを軽減してくれた。それでも全身に走った衝撃に息を詰まらせ、剣を取り落とす。
痛い。でも、生きてる。
荒い息をつきながら辺りを見回す。
すぐ側に傷付いたハーピィ。怒り狂った目で俺を睨んでいる。すぐに襲って来ないのは手負いだからか。
砂に足を取られながら、可能な限りの速さで距離をとり、取り落とした剣を探す。
太陽の陽を反射する刀身はすぐに見つかった。拾い上げ、ハーピィにとどめを刺そうと向き直る。
しかし、できなかった。
手負いのハーピィの背後に、新たに二匹の個体が現れたからだ。
「嘘だろ···」
痛みを訴える肩を押さえ、後ずさる。
すぐ取り出せるように腰のポーチに入れた回復薬を使いたいが、奴らがその隙を見逃してくれるはずはない。
三体のハーピィの眼光に睨まれ、絶望感に目眩がする。
マリーナ達はきっと俺を探してくれている。だが完全に方向感覚を失った俺は、自分がどの方角からここまで運ばれたかわからない。
闇雲に逃げても合流することはできない。
戦っても勝てる気がしない。逃げてもすぐに追いつかれる。
どうすればいい?
悩む時間を、モンスターは与えてくれなかった。
無傷のハーピィが二匹とも俺に向かって飛びかかってくる。
剣を振り回し、牽制する。剣先を躱したハーピィは魔法で攻撃を仕掛けてきた。
「く、そっ···!」
悪態をつきながら必死に避ける。全ては避けきれず、手足に土の弾丸が命中する。
「はぁ、はぁ···」
フードは脱げ、汗と砂、自身の血液が髪や肌に付着して不快だった。
死にたくない。諦めたくない。
少しのきっかけで折れてしまいそうな心を叱咤する。
弱った姿を見せたらハーピィは一気に仕掛けてくる。
剣を正中に構えて牽制するが、痛みと出血でだんだん切っ先が下がっていく。
ふいに、砂嵐が止んだ。
風の音が消え、かき乱されていた髪が落ち着く。
不思議に思っていると、眼前のハーピィの身体が真っ二つに割れた。それも二匹同時に。
「えっ···!?」
砂塵を舞い上げながら地に落ち、絶命したモンスターの背後に、ひとりの男がいた。
大剣を横薙ぎに振り切った姿勢を正し、鞘に納める。
男の背後にはもう一匹のハーピィが事切れていた。
「あ···」
男の容姿には見覚えがあった。
やや浅黒い肌に、青紫色の髪。
初めて会ったとき、傷を負っていた魔族。二度目に会ったときは、ガルグの凶刃から助けてくれた。
そして三度目。またしても俺を救ってくれたその男は、紅い瞳に俺を写した。