17.船旅
「次はこれを、鍛冶師のところに持って行くんだな?」
重さのある聖鉱石を運びやすいように袋に入れる。
これを運ぶのは俺でなくてはならない。なぜなら、この世界のひとが聖鉱石に触れると不調をきたすと聞いたからだ。これに触れていいのは勇者と、剣を鍛える鍛冶師のみとなっている。
聞けば聞くほど不思議な鉱石だ。なぜ異世界者の俺が触れると色が変わるのか。これで鍛えた剣で魔王の心臓を破壊できるのは何故なのか。
仲間に聞いても確かな回答は得られなかった。勇者の剣に関する情報は、文献でも口伝でも残されていないらしい。
何か残せよ、過去の勇者とその仲間たち。
「次の目的地は砂漠の大陸ですね。船の修理を任せている造船所に行く必要があります。修理が終わっているといいのですが」
造船所は大陸の東の端にある。
「砂漠の大陸か。ってことは、こことは逆に暑いんだよな」
「そうだな。我々獣人には辛い土地だ」
「そうね···」
フェンとマリーナのテンションが下がっている。
俺は極端に寒いのも暑いのも、どちらも嫌だ。過ごしやすい気候の中央大陸に戻りたい。
「場所によっては砂嵐がひどいと聞きます。砂と日光を遮る外套があるといいですね」
「水も必須だよな」
魔導具を返しに町に戻ったついでに、必要なものを買い揃える。
マリーナの実家の宿にもう一泊世話になり、翌朝造船所へ向かった。
造船所の職員に、モニカが訪問理由を告げる。
「こんにちは。我々は勇者一行です。証拠はこちらの書状をご確認ください。
船が一隻修理中と聞いているのですが、修理の進捗はいかがでしょうか」
書状を確認した整備士は、納得した顔で頷いた。
「ああ、そういえば王都から伝達がきていたな。あんた達がそうか。船なら、いつでも動かせる準備が整っているよ。行き先は砂漠の大陸でいいんだな?」
「はい」
「出発前に、ひとつ言っておかなくちゃいけないことがあるんだ。今、砂漠の大陸で魔族との交戦が活発化しているのは知ってるよな?」
「ええ。王都の騎士団と招集に応じた冒険者たちが対処にあたっているはずです」
「普段なら船をオアシスの町近くに着けるんだが、前線に近いんで港が封鎖されているんだ。離れた海岸に着けることになるが、構わないか?」
「そういう事情があるなら、仕方ありませんね」
砂漠の大陸北部の荒野に船を着ける予定だという。そこからオアシスの町まで、砂漠地帯を越える必要があるらしい。
正直面倒くさいと思うが、文句を言っても仕方ない。
了承の意を示し、船に乗せてもらう。
思ったより大きくて、しっかりした作りの船で安心した。造船技術は発達しているらしい。
タラップを上がり、看板に立つ。手すりの向こうに凪いだ海が見える。
揺れは少ないので、船酔いの心配はしなくて良さそうだ。万が一酔ったら、フェンに薬を作ってもらおう。
出港準備が整うと、船はゆっくりと動き出した。
「ミライ。砂漠の大陸に着いてからのことですが」
ぼぅっと海を眺めていると、モニカが話しかけてきた。
「前線に赴いている騎士団は、オアシスの町から少しはなれた地点に拠点を築いているそうです。剣を鍛える鍛冶師もそこにいると聞いています」
騎士達の武具のメンテナンスを請け負っているという。
つまり、砂漠地帯を越えてオアシスの町へ行き、そこから騎士団の拠点へ向かう。
聖鉱石を鍛冶師に預け、勇者の剣が完成したら···いよいよ魔王の元へ行くのか。
そこまで考えて、魔王がどこにいるのか知らないことに気付いた。
セレネさんが”魔王城“という単語を口にしていたのを聞いた程度だ。
「そういえば、魔王ってどこにいるんだ?」
「暗黒大陸よ」
答えたのは船室から出てきたマリーナだ。フェンも遅れて上がってくる。荷物を置きに行っていた二人が戻ってきた。
「魔族は暗黒大陸に住んでいるの。そういえば、話したことなかったわね」
「暗黒大陸に足を踏み入れたことがあるのは、過去の勇者パーティくらいだから、情報が少ない。大地や大気が瘴気で汚染された土地だという話だ」
瘴気とは、生物に有害な毒素を含んだものだ。
そんな大陸に魔族は住んでいるのか。
「かつて···何百年も昔の話だが、争いごとを頻繁に起こす魔族を他の種族が忌避し、暗黒大陸に追いやったという歴史がある」
「魔族は力も魔力も多種族より優れ、性格も凶暴性が強いです」
「他者に危害を加えて、命を軽んじる自己中心的な種族ね」
魔族の評判はかなり悪い。
確かに、フェンの荷物を奪った盗賊の魔族、ガルグや魔王は他者を傷つけ、時には命を奪う悪だ。カザマ達を殺した恨みは忘れない。
「魔王を名乗る魔族が現れたときが最も争いが活発化します」
この世界のひとには斃せない魔王。こんな奴が現れるせいで、俺やカザマのような異世界の人間が迷惑を被っている。
「···それ、なんとかならないのか?何回も、もしかしたら何十回も、魔王が現れては勇者を召喚してってのが続いてるんだろ」
なんとかできるなら今俺はここにいないだろうから、言うだけ無駄かもしれない。
案の定、仲間達は難しい顔で口ごもる。
「魔族にやめてって言っても無駄だろうし···」
「魔王という存在の発生機序も定かではない」
「魔族と他種族が敵対してきた歴史が長いので···」
解決する術がなく、諦めている状態のようだ。
ひとりふたりがなんとかしたいと願っても、どうにもできないのが現状か。
世界平和は程遠い。
気が付けば、だいぶ気温が暖かくなっていた。羽織っていた防寒着を脱ぐ。
このまま順調に砂漠の大陸まで行けるかと思っていたら、そうでもなかった。
海上でもモンスターが出るのだ。
側面から船を攻撃してきたり、看板に上がってきて暴れたり、船体や乗員に危害を加えてくる。
海面に顔を出したモンスターは、マリーナの雷魔法のおかげで簡単に撃退できた。
看板に上がってきた海棲モンスターは、みんなで手分けして排除する。
地味に面倒だが、苦戦することなく撃退していく。
聞くところによると、稀にクラーケンが出るらしい。クラーケンはイカのモンスターだ。
はるか昔から海に生息している巨大モンスターで、船よりも大きく、その十本の足で船を破壊し沈めてしまう。よって、クラーケンに遭遇した船はまず助からないと言われている。
そういうのは船に乗る前に教えてほしかった。乗ってから言われては、遭遇しないように祈るしかない。
半日かけて船は航行し、砂漠の大陸に着いた。だが、着いた頃にはもう日が落ちていたため、今日は上陸せず船室で一泊することにした。
モンスターを警戒するため、交代で見張りを立てて休むことにする。
微かに揺れる船室で波の音を聞きながら休むのは、意外と悪くなかった。