1.召喚
新規キャラクター紹介
《ミライ》
神木 深雷。
主人公。十七歳。突然異世界に召喚される。
先の勇者カザマの弟。
《マリーナ》
ミライが異世界で最初に出会った人物。
桜色の髪に兎の耳を持つ兎族。魔術師。
先の勇者パーティの一員だったカーネリアの妹。
「もうこんな時間か···そろそろ行かないと」
自室のベッドの上にある時計は午前八時を過ぎた頃。学校まで自転車で十五分程度なので、そろそろ出発する時間だ。
自室を出て、隣の兄の部屋の前を通りかかる。
部屋の主は一年ほど前から不在だ。
進学や就職で家を出たわけではない。
兄の風真はひとつ年上の十八歳。順調に進学していれば、今年は高校三年生になるはずだった。
ちなみに、留学とかでもない。
行方不明なのである。
唐突だった。ある日、兄は学校に行ったきり帰って来なかった。
俺は学内で兄の姿を見かけたので、学校に行っていたのは確かだ。しかし、学校が終わっても、部活の時間をとうに過ぎても、風真は帰って来なかった。
風真は真面目な性格だ。
帰宅が遅くなる時は必ず連絡を入れるし、無断外泊など絶対しない。
とはいえ、思春期の高校生である。まれに、そういう日もあるのかもしれない。
電話は繋がらなかったのでメッセージのみ送り、ひとまず様子を見た。
しかし、日付が変わっても、朝になっても風真は帰らなかった。
両親は警察に捜索願を出した。
数日が経ち、数週間が過ぎ···数ヶ月が経過しても、風真は見つからなかった。
一年経った今でも。
なんの痕跡も残さず、消えてしまった。
生きているのか、死んでいるのかもわからない。
死体は見つかっていないが、覚悟はしておかなければいけないかもしれない。
一階に降り、俺はキッチンにいる母に声をかけた。
「母さん」
「深雷。そろそろ学校行かないと遅刻するわよ」
「うん。もう行くよ」
母から弁当の入った手提げ袋を受け取る。
「行ってらっしゃい。···ちゃんと、帰ってきてね。風真だけでなく、あんたまでいなくなったら···」
「大丈夫。俺はちゃんと帰ってくるよ」
風真が行方不明になってから、母さんはずっと不安そうな顔をしている。この一年でずいぶん痩せた。
「行ってきます」
玄関に向かう。
「ん?」
視界がチカチカと瞬いた。
目の疲れ?
なんだ?こんなことは初めてだ。
一度ギュッと目をつむって開く。
またチカチカした。
目頭を揉みながら靴を履く。
「あれ?」
靴の下、玄関タイルに何か模様のようなものが見えた。
うちの玄関タイルは無地のはずだ。
疑問に思ってその模様を凝視していると、それが光を発した。
「えっ!?」
光か俺の身体を包み込む。
「な、なんだ!?」
視界が真っ白になって、何も見えなくなった。
⚫⚫⚫
徐々に光が収まり、周りが見えるようになってきた。
「何だったんだ?
······えっ、ここどこだ?」
目に写ったのは、緑の木々と空。
玄関の扉を開けて外に出た覚えはない。仮に出たとしても、目に入るのは住宅街の景色のはずで、こんな森が見えるはずがない。
足元を見下ろすと、玄関タイルに見えたものと同じ紋様。よく見ると、サークル内に線や文字のようなものが描き込まれていて、ファンタジー作品でよく見る魔法陣みたいだ。
ナニコレ?
俺、もしかして玄関でめまいかなんか起こして気絶した?これは夢か?
もう少し視野を広げてみると、周囲にひとが倒れていることに気付いた。
「ひ、ひとが倒れてる!?」
魔法陣から足を踏み出し、前へ出る。
「何があったんだ?」
恐る恐る近づく。すると、がさり、と草木をかき分ける音が聞こえた。
「!」
音のしたほうを振り返る。
女性が立っていた。
誰何の声を上げようとしたが、女性の格好がずいぶん変わったものだったため、声を出し損ねた。
思わず口を半開きに開けたまま、彼女の全身を凝視する。
淡いピンク色の髪をツインテールにまとめている。
身に付けているのは髪と同色のワンピースに、白いケープ。
特に目を引いたのは、頭部にくっついている“耳”。
垂れ耳ウサギのそれだった。
コスプレ?
なんかこの辺でイベントでもやってるのか?
女性は俺の前まで近づいてきた。
「あなた···勇者?」
「え?なんのことだ?」
いきなり勇者とは。俺は何のコスプレもしてない。平凡な学生服姿だ。
「えーと、ここはどこなんだ?実は俺、なんでこんなとこにいるのか分からないんだ。気がついらここに」
言いながら、記憶喪失の奴が言いそうなセリフだなと思った。
「ここは勇者召喚の儀式場よ。あなた、そこの魔法陣から出てきたんでしょう?じゃあやっぱり、新しい勇者だわ!」
対し、女性はそんなファンタジーなことを言ってきた。
「あたし、マリーナ。
召喚の光が見えて、急いでここに来たの」
「えええ?ち、ちょっと待ってくれ!
意味がわからない!いや、言ってる意味はわかるんだけど、状況が意味不明!」
俺は軽くパニックになった。
「えっとね···ちゃんと説明してあげたいんだけど、ここじゃ話しづらいし、あたしだけじゃうまく説明できないし。場所を変えましょ」
説明してくれる気はあるらしい。しかし、場所を変えると言われても。
「どこに行くんだ?でもその前に、ここに倒れているひと達のことを何とかしないと。近くに病院は?救急車を···」
「ビョウイン?キュウキュウシャ?」
女性···マリーナは首をかしげた。
マリーナは倒れているひとりに歩み寄ると、脇にしゃがみ込んだ。
「······このひと達、もう死んでるわ」
「!?し、死んで···!?」
「勇者召喚には莫大な魔力が必要なの。それをたった数人で行ったら、生命力まで使い果たしてしまうわ」
死体だとは思わなかった。
絶句している俺に、マリーナは言う。
「近くに小さな村があるわ。ここに来ていない召喚士や関係者が拠点にしているはずよ。そのひと達に説明してもらいましょう。村はここを出てすぐよ」
マリーナは森の出口と思われる方向を指差す。
「すぐそこだから大丈夫だと思うけど、道中モンスターが出る危険があるわ。気を付けて行きましょう」
「え?モンスター?」
一瞬聞き間違いかと思った。モンスターって、ゲームやマンガで見るアレか?
「弱いモンスターしか出ないから大丈夫よ。それに、あたし魔術師なの。もし出たら、魔法で蹴散らしてやるわ!」
聞き間違いじゃなかった。しかも魔術師に魔法という単語まで飛び出した。
真面目な顔で言ってるので突っ込みにくい。
彼女の言ってることは本当なのか?信じてついて行っていいのか?
俺、からかわれてるんじゃ···
「あっ、そういえばあなたの名前を聞いてなかったわ」
「俺?ミライだよ」
「オッケー、ミライ!さ、行きましょ!」
マリーナは来た道を戻り始める。俺はその背中を追いかけた。
他にアテもないし、取り敢えずついて行ってみるしかない。
···というか夢だよな、これ?明晰夢ってやつ?
現実味のない状況なのに、草木の匂いや頬に当たる風はすごくリアルだった。