16.聖鉱石
ぐっすり眠って疲れがとれたので、また今日から頑張れそうだ。
昨夜だいぶ飲んでいたフェンは、特に二日酔いになっている感じもない。睡眠時間が俺より短いはずなのに、先に起き出して尻尾にブラシをかけていた。
身支度を整えてフェンと共に下に降りると、マリーナの両親が食堂の開店準備をしていた。
俺達の姿に気付き、振り返って挨拶する。
「おはようございます。ゆっくり休めたかしら」
「おはようございます」
「朝食を出すから、座って待っていてちょうだい」
テーブル席に座って雑談しながら待っていると、マリーナとモニカも降りてきた。
朝の挨拶を交わし、対面に座ったマリーナを見て少し驚いた。泣き腫らしたように目元が赤い。
まさか旅に出る話を巡って両親と喧嘩したのだろうか。
俺の目線に気付いたマリーナが、恥ずかしそうに目元に手をやる。
「えっと、夕べ、ちょっと泣いちゃって。
···誤解しないでね、お母さん達と喧嘩したわけじゃないのよ。
お姉ちゃんのこと考えてて···
あたし、お姉ちゃんと一緒の部屋で生活してたの。昨夜自分の部屋に入ったとき、ああ、もうお姉ちゃんはこの部屋に帰って来ないんだ···って思ったら、涙が止まらなくなっちゃって」
思い返せば、涙を堪えてはいたが、旅の中でマリーナは一度も姉の為に泣いていなかった。そういう俺も、まだカザマのために泣けていない。俺と同じで実感が無かったんだろう。
実家に帰って来たことで、感情が溢れ出したようだ。
「モニカには、恥ずかしいところ見られちゃったわ」
「いいえ。お姉様を悼む気持ちは、恥じるものではありません。自分で良ければ、いつでも胸をお貸ししますよ」
「ありがとう、モニカ」
マリーナは微笑む。そして、努めて明るい声を出した。
「みんな、雪の大陸は寒いけどいいところよ。雪景色は綺麗だし、食事も美味しいし。
···本当は、この町の温泉に案内してあげたいところだけど、今は建物が壊れて利用できなくなってるのよね」
ここには温泉があるのか。利用できないのが残念だ。
この世界に来て、毎日風呂に入れる環境がどんなにありがたかったか身に沁みている。
「朝食を摂ったら、ミライとモニカの防寒着を買いに行きましょう。
それから、聖鉱石を取りに行くために必要な魔道具を管理しているひとの家に案内するわ」
温かいスープとパンの朝食を平らげ、出かける準備をする。
ふと窓の外を見ると、昨夜のうちに降った雪が足跡を覆い隠し、朝日を受けてキラキラ輝いていた。
「お母さん」
マリーナは母親に声をかけた。旅支度を整えた娘の姿を見て、悲しそうに眉を下げる。
「マリーナ···どうしても行くというの」
「お願い、行かせて。お父さんとお母さんが心配するのもわかる。
それでもあたしは···お姉ちゃんの仇を討ちたいのはもちろんだけど、お父さんとお母さん達が生きるこの世界を、魔族に荒らされたくない。ただ誰かが何とかしてくれるのを待ってるだけなんて嫌なの!」
「···マリーナの気持ちは硬いみたいだね。無理に引き止めたところで、また黙って出ていってしまうよ」
父親が側に寄ってきて、マリーナの真剣な表情を見つめる。
「信じて送り出してやったほうが、マリーナのためだと思うよ」
「お父さん···!」
理解を示してくれた父親の言葉に、マリーナは弾んだを出す。
母親もマリーナの表情に強い覚悟を認め、諦めたように笑った。
「···そうね。なんとなくわかってたわ。マリーナは言い出したら聞かないもの。でも、必ず帰ってきて。約束よ」
「うん!」
マリーナは両親と順番に抱擁を交わす。
良い家族だな、と思う。心配してくれるひとがいるのは幸せなことだ。
「勇者様。マリーナをよろしくお願いします」
「は、はい」
お願いされてしまった。何が何でも魔王を斃して、マリーナを両親の元へ帰してやらなければならない。
ともあれ、マリーナとこれからも旅ができるのは嬉しい。
「行きましょ、ミライ!魔道具を借りて、聖鉱石を採りに!」
張り切って家を出るマリーナに続く。
マリーナおすすめの防寒着を購入した後、魔道具を管理しているという家を訪ねると、眼鏡をかけたそばかすの女性が扉の向こうから顔を出した。
訪問理由を告げると、訝しげな顔で見返された。本当に勇者かどうか疑っているらしい。
しかし、王が持たせてくれた書状を見せると、驚いた顔をしながら信じてくれた。
魔導具は、板状の金属板に術式が刻まれたものだった。
聖鉱石は貴重な鉱石で、盗掘を防ぐために結界を貼ってあるらしい。しかし、この魔導具を所持していれば、結界にかからず通り抜けることができるそうだ。
礼を言って魔導具を受け取った俺達は、聖鉱石を求めて町を出発した。
⚫⚫⚫
洞窟の入口に貼られている結界は、入口の存在を隠すための隠蔽効果と、生き物を通さないための遮断効果があるそうだ。
魔導具を持っていない場合、そこはただの白い岩壁にしか見えず、触っても硬くて冷たい感触しか返ってこない。持っていればそこにぽっかりと空いた洞穴が見え、通行することができる。
内部に光源は設置されていないため、火を入れたランタンを持って入る。
雪風を防いでいたフードを脱ぐ。空気は冷たいが、我慢できないような寒さではない。
「マリーナが選んでくれた防寒着、すごく暖かい。ここへ来るまで全然寒くなかった」
フード付きのコートと、通常の衣服の下に着られる肌着。どんな素材でできているのか知らないが、冷気を遮断して体温を逃さない。軽いので、戦闘中の動きを阻害することもない。
「気に入ってもらえて良かったわ。この洞窟内もモンスターが生息しているみたいだから、気を付けて進みましょう」
「生き物が入れないようにしてるのに、モンスターがいるのか?」
「無機物系のモンスターがいるって聞いてるわ。あたしも入るのは初めてだから詳しくは知らないけど」
基本的に勇者とその仲間しか入ることがないので情報が少ないらしい。
無機物系ということは、岩や鉱物でできたゴーレムか。
周囲は白から灰色の岩壁でできている。所々地面から岩が突き出ているが、それらが動いたりする様子はない。
俺達四人の足音と話し声だけが響く。
結局、モンスターには遭遇しないまま奥まで来た。
「何も出なかったな」
「そうですね」
「カザマ達が倒し尽くしちゃったのかしら」
「とはいえ、洞窟を出るまで油断はできんぞ」
最奥と思われる行き止まりに来た。闇に包まれた先に、ランタンの光を反射する鉱物を見つけた。
無色透明の鉱物だ。向こうの岩壁が透けて見える。
「あれが聖鉱石?」
「そのようだな。聖鉱石は、異世界の者が触れると色が変わるという話だ」
「聞いたことがあります。歴代の勇者の剣は、すべて異なる色をしていたと」
「ちなみに、カザマの聖鉱石は鮮やかな赤色だったわ」
「俺の場合どうなるんだろう。なんか緊張するな」
ちょっとわくわくしながら鉱石に近づくと、突然足元の岩が盛り上がった。
「うわっ!?」
足を掬われて転倒する。目の前で岩はどんどん迫り出し、それは天井近くまで盛り上がった。
急いで後方に退却し、様子を見る。
岩同士がぶつかる音が響き、形を成していく。手足に類する部位が形成され、巨大な人型となる。
最も高い頭頂部に聖鉱石が見えた。
「最深部でやっとお出ましかよ!」
しかも倒さないと聖鉱石は手に入らない。
剣を抜いて構える。
ゴーレムってどうやって倒すんだろう。単純に壊せばいいんだろうか。
「ミライ、自分たちがゴーレムを攻撃して可能な限り破壊するので、届きそうだと思ったら聖鉱石を採りに行ってください」
「この手のモンスターは破壊しても時間が立てば再形成する。さっさと聖鉱石を入手して退くぞ」
「わかった」
モニカとフェンの言葉に頷く。
その二人がゴーレムに接近し、攻撃を加える。上から振り下ろされた岩の拳に、マリーナが攻撃魔法を放って妨害する。
俺はゴーレムの背後に回り込み、よじ登れないか考えた。
岩の凹凸部分に手足をかけたら登れるとは思う。だが、ゴーレムが動いた際に振り落とされそうだ。
みんなの攻撃により、片足が破壊された。
だが、斜めに傾いだだけで倒れるには至らない。そして、ゆっくりと再形成する兆候が見られる。
ゴーレムの腕が上体ごと横薙ぎに回転し、振るわれる。背後にいる俺の頭上まで岩の拳が通過し、ちょっと背筋がヒヤッとした。
ただ攻撃をし続けるだけでは埒が明かない。
フェンがゴーレムの攻撃を誘うように前に出た。思惑通り、彼に向かって拳が振り下ろされる。
フェンはそれを軽やかに躱し、闇魔法を発動させる。地に浮き上がった魔法陣から闇色の鎖が出現し、ゴーレムの拳に巻き付き固定する。
動きが固定されたゴーレムは、もう片方の拳で魔法の鎖を破壊しようとするが、マリーナの魔法がそれを妨害する。自由な方の腕が音を立てて砕けた。
前かがみになって頭頂部の位置が低くなっている。今なら動きも緩慢だ。俺はゴーレムの背に取り付き、聖鉱石目掛けて駆け上がった。
鉱石の根元、岩のひび割れを剣で叩き、ゴーレムの一部分と一緒に一塊の鉱石を分離させる。
それを腕に抱えて飛び降りた。俺が鉱石を入手したのを確認すると、みんなは踵を返してゴーレムから退却する。
「なぁ!大きさってこれでいいのか!」
走りながら尋ねる。後から足りないと言われても困る。
「十分だと思います!」
ゴーレムが追ってこない距離まで逃げた所で、腕の中の鉱石に視線を落とす。無色透明だった鉱石は、白い輝きを放っていた。
「きれい···光を内包しているかのようだわ」
マリーナが聖鉱石を見つめて言う。期待したような特別な色ではなかったが、彼女がきれいと言ってくれたので悪くないと思った。




