表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/111

14.雪の町

『海底洞窟』を出たとたん、急激な気温変化に身体(からだ)がこわばった。


真っ白な大地にちらちらと雪が舞っている。所々に()えている木々にも雪が積もっており、その重さで枝をしならせている。


風は強くないが、冷たい空気が肌を刺す。


「···寒すぎるだろ!?」

慌てて上着に付いたフードをかぶる。少しでも冷たい風を遮断(しゃだん)したい。


長時間ここにいたら(こご)え死ぬ。自分の世界の冬でも、ここまで寒くない。


「町に着いたら、もっと暖かい衣装(いしょう)調達(ちょうたつ)しましょ。それまで我慢できる?」


マリーナとフェンは平気そうだ。

モニカは寒さについて何も言わなかったが、上着の(えり)をぎゅっと握って少しでも隙間風(すきまかぜ)が入らないようにしていた。


「は、早く行こう」

北に向かって歩き出す。

大地に降り積もった雪は深くなかったが、それでも(くつ)が雪に(しず)んで少々歩きにくい。


視線を上げると、北の(はる)か向こうに山が見えた。雪で化粧(けしょう)された山は真っ白で、雲がかかって輪郭(りんかく)がわかりにくい。


(あた)りは静かで、俺達以外に生き物の姿は見えない。寒さで満足に戦えそうにないので、モンスターは出ないで欲しい。


しばらく歩いていると、手足の感覚がなくなってきた。

さすがに我慢できなくなってきて、俺はフェンにしがみついた。


「おっと、ミライ?」

「ごめんフェン俺無理(むり)


フェンの背中に顔を(うず)める。髪の感触が動物のそれだった。獣人(じゅうじん)は基礎体温が高いんだろうか、服ごしでも温かい。

一応、尻尾(しっぽ)には触らないように気をつける。


「歩きにくいんだが」

文句を口にしつつも、離れろとは言わなかった。


(さいわ)い強いモンスターに出くわすことなく、町に着いた。

途中、遠目に見えたモンスターはマリーナが魔法で牽制(けんせい)してくれたらしい。


「さぁ、着いたわ。ミライ、大丈夫?」

「あんまり大丈夫じゃない···」

「早く室内に入ろう。ミライが凍え死んでは困るし、私もくっつかれていては歩きにくい」


マリーナに案内され、ある建物に入った。

「は〜、(そと)よりだいぶマシだ···」

フェンから離れ、冷えた手に息を吐きかける。


ここは宿と食堂を兼任(けんにん)している店らしい。

カウンター席とテーブル席が並び、室内には食べ物のいい(にお)いが(ただよ)っている。


客は俺達以外に一組だけ。テーブル席で食事をとっている。


店の者は、カウンター奥の厨房(ちゅうぼう)に男性の獣人がひとり、宿泊客の受付に女性の獣人がひとり。二人とも()族だ。


「いらっしゃいませ。······あら?マリーナ!?」

受付の女性がマリーナを見て驚きの声を上げ、近づいてきた。


「ああ、マリーナ!帰って来たのね!心配していたのよ···」


「うん···ただいま、お母さん」

少し気まずそうに答えるマリーナ。

お母さんと呼んだということは、彼女はマリーナの母親か。


「ここはマリーナの実家なのですか?」

モニカの問いにマリーナが(うなず)く。

「そうなの」


ならば、厨房にいる男性は父親だろう。彼もマリーナに気付いたらしく、手を止めてこちらを見ている。


「わたし達に何も言わずに出ていって!あなたに何かあったらどうしようかと···」

「···ごめんなさい」

母親の叱責(しっせき)に、申し訳なさそうに(うつむ)いている。


家出(いえで)していたのかね」

「家出っていうか···お姉ちゃんの生死を確かめたかったの」


勇者敗北の(うわさ)を聞いて、同行していた姉の安否(あんぴ)を確かめるために家を飛び出したという。

一応、姉の元へ行きたいと相談したものの、カーネリアと(くら)べると魔術師として未熟(みじゅく)なマリーナを(あん)じた両親は、旅の許可を出さなかったらしい。

それで仕方なく、黙って出ていったそうだ。


「マリーナ」

厨房から出て父親もこちらに来た。


「お父さん」

「おかえり。よく、無事に帰ってきてくれた」

「本当に···あなたまで帰ってこなかったら、どうしようかと」


両親に迎えられるマリーナの姿を、俺は自分自身の家族と重ねていた。


二度と帰らぬ長男と、行方不明の次男。

俺が無事(ぶじ)元の世界に帰還できたら、きっとマリーナの両親と同じことを言われるだろうな。


(しん)まで冷えた身体を両手でさすっていると、隣にいるフェンがマリーナ(たち)家族に声をかけた。


「取り込み中に悪いが、彼に何か温かい飲み物をもらえるかね?」


「あらやだ、ごめんなさいね。お客様をほったらかしにしちゃって。こちらへどうぞ」

マリーナの母親は慌てて俺達をカウンター席に案内した。


それほど待たず、温かい飲み物が運ばれてくる。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


湯気(ゆげ)の立つカップを両手で包む。赤色の液体が(そそ)がれている。(かす)かにスパイスの香りがした。


「あの、この飲み物ってなんです?」

他のみんなが平気で飲んでいるので大丈夫だと思うが、一応聞いてみる。


「ホットワインよ。体が温まるわ」


ワイン···酒だ。俺は未成年なんだが。

というか、この世界の飲酒可能な年齢はいくつなのだろう。

悩んだのは数秒で、俺はホットワインに口をつけた。カザマだったら気にするかもしれないが、俺は兄ほど真面目(まじめ)ではないし、それにここは異世界。気にせず飲むことにする。


赤い液体を嚥下(えんげ)すると、体の芯から温かくなってくる。

寒さでこわばっていた肩から力を抜いて、一息つく。


「美味しいですね。体が温まってきました」

「モニカも寒かったでしょう。大丈夫って言ってたけど、唇が紫色になってたわよ」

「うっ···バレてましたか」


俺から見てもモニカは寒そうにしていた。本人は隠しているつもりだったのか。


「あらあら。ヒト族のお二人には防寒着が必要ね。マリーナ、あとで準備してあげなさい」

「うん、そのつもりよ」


しばらく静かにカップを(かたむ)ける。体が温まってきたのと旅の疲れも(あい)まって、少し眠くなってきた。


「ところで、皆さんはどんな用事でここに?」


「あのね、お母さん。ミライは···このひとは、新たに召喚(しょうかん)された勇者なの」


勇者、という言葉にマリーナの両親は(そろ)って俺に目を向ける。


「それは本当なの?」


「ええ。あたし、召喚の儀式場でミライに会ったの。それから今まで、一緒に旅してきたわ。ここに来たのは、聖鉱石(せいこうせき)()れる洞窟に行くためよ」


母親の表情が(くも)る。

「マリーナ。まさかあなた、ついて行くつもりなの?」


「もちろんよ。あたし、必ずお姉ちゃんの(かたき)を取るから···」


「行かないで!」


「!?」


母親はマリーナの言葉を(さえぎ)って、悲鳴のような声を上げた。

その声音(こわね)に驚いて口をつぐんだ娘に、懇願(こんがん)するように言葉を続ける。


「カーネリアに続いてあなたまで···やめてちょうだい。娘を二人とも失うなんて考えたくもない」


「マリーナ。父さんも母さんも、お前に生きていて欲しいんだよ」

妻の肩にそっと手を置いて、父親も言葉を重ねる。


「お母さん、お父さん···二人の気持ちがわからないわけじゃないの。でも、あたしはミライと行きたい。一緒に戦いたい!

お姉ちゃんみたいになりたいと思って、魔術の腕を(みが)いてきたわ。たしかに、まだお姉ちゃんには及ばないけど···あたし、前より強くなったのよ。きっと魔王を(たお)して、お父さんとお母さんの所に帰ってくるから!」


マリーナは必死に言い(つの)るが、両親の表情は変わらない。


きっとカーネリアも、魔王を斃して帰ってくると約束して旅に出たのだろう。しかし、彼女は帰って来なかった。同じようにマリーナを送り出すことはしたくないに違いない。


だが両親が首を縦に振らなくても、マリーナは旅に出るだろう。姉の安否を確かめる為に黙って家を出たように。

そんな形で親子の絆にヒビが入ってほしくない。


“勇者”である俺が何か言うべきだろうか。

マリーナにはついてきて欲しいと思っているが、娘を案じる親の気持ちを無視してまで同行を頼むのも申し訳ない。

俺が守るから、なんてかっこいいことも言えない。


沈黙の中、フェンとモニカは視線を()わし、口を開いた。


「ご両親のお気持ちはお(さっ)しします。魔王討伐(とうばつ)の旅は、なにより危険ですから」

「だが我々は、これまでの旅路でマリーナの魔術にずいぶん助けられてきた」

「はい。この先きっと優秀な魔術師になるでしょう」


「モニカ···フェン···」


二人の援護(えんご)に、表情を明るくするマリーナ。フェンは言葉を続ける。

「しかし、どちらの気持ちも大切だ。ここにいる間、よく話し合って決めるといい」

「うん···」


ひとまずは落ち着いたようだ。

最終的にマリーナがどうするかわからないが、仮にここに残ることを選んでも、その選択を尊重(そんちょう)したいと思う。もしそうなったら新たな仲間を探す必要があるが、今は考えても仕方ない。


なんだか頭がぼんやりする。本格的に睡魔(すいま)が襲ってきたらしい。

どうにか寝ないように頑張ってみたが、俺の意思に反して(まぶた)はどんどん重くなっていく。


「さてと、ここは宿屋でもあるそうだな。部屋を用意してもらってもいいかね?

我らが勇者殿は、どうやら酒に弱かったらしい」


フェンのそのセリフを聞いたのを最後に、俺の意識は眠りに落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ