13.海底洞窟
本来なら何年も何十年もかけて鍛錬を重ね、やっと強くなれるのだろう。
だが、俺はそんなに時間をかけてはいられない。
そもそも、俺とこの世界の住民とでは元々の力の差がありすぎる。
魔法を使えるか否かもそうだし、ヒト族というのが俺の世界の人間にあたるのかと思っていたのだが、どうやら少し違うらしい。ヒト族でも魔法が使える者は使えるし、体も俺より丈夫だ。
俺がやるべきは、勇者の剣を以て魔王の心臓を破壊すること。とにかく、俺の剣が魔王に届けばいい。
ひとりでは到底不可能なので、仲間の力を借りて成し遂げなくてはいけない。
そのために、ある程度の戦う技能を身に着けていればいい。騎士団の訓練に参加させてもらって、付け焼き刃だが色々な戦い方を教わった。
他に必要なのは、強敵に立ち向かう勇気。躊躇わない覚悟。仲間との信頼関係。
仲間との連携を強化するため、四人でモンスターの討伐にも出かけた。
俺とモニカが前衛、フェンとマリーナが後衛。フェンは状況に応じて前衛に回ることもあった。
そうして、日々は過ぎていった。
「そろそろ旅を再会しようと思うんだけど」
ある日みんなで集まったとき、俺はそう切り出した。
「早いかな?」
「いや、私はかわまないよ。君が十分だと判断したなら、いつ出発してもいい」
「あたしも。欲を言えばもっと力を付けたいけど、そんなこと言ってたらキリがないし」
「自分はいつでも大丈夫です」
フェン、マリーナ、モニカは俺の判断にまかせると言ってくれた。
「じゃあ、明日は旅に必要なものとか準備して···明後日出発しよう」
みんなは頷いた。
アイテムの補充、武器の手入れ。
向かう先は雪の大陸なので、厚手の衣服が必要だ。本当はもっと本格的な防寒着のほうがいいらしいが、防寒着を扱っている店が無かった。
船が出ていないせいもあって雪の大陸に向う旅人がいないせいだという。
「ミライ、王様から書状を預かっています。
『海底洞窟』を通るための通行証と、勇者様であることを王が保証する、という内容の書状です」
モニカから書類を受け取る。
これから向かうは『海底洞窟』。中央大陸と雪の大陸を繋ぐ洞窟。
その名の通り、海底に洞窟があるらしい。凶暴なモンスターが住み着き、一般の旅人は通行禁止になっている。
情報は周知されているが、腕試しなど無謀な挑戦をする冒険者が大怪我をしたり、最悪死亡する事例もあるので、そういった者を通さないための見張りを置いているらしい。
異世界の勇者であるという王様のお墨付きは、雪の大陸から船に乗る時や鍛冶師に勇者の剣を鍛えてもらうときに必要になる。
『海底洞窟』は山道の東に入口がある。準備を整えた俺達はそこへ向かった。
入口の見張りに通行証を見せ、中に入る。下り坂になっている通路は所々に照明が設置してあるものの、薄暗い。
道が平坦になってきたところで、見える景色が一変した。
青白く光る鉱石が壁や地面、天井のいたる所に密集し、洞窟内を照らしている。
「すごい。明るいな」
感嘆の声を漏らす。
「自然発光する鉱石のおかげで、照明なしで進めます。でも足元が少々滑りやすくなっていますので、気を付けてください」
モニカの言う通り、地面は染み出した海水で濡れていて滑りやすくなっているようだ。
そして、予想通り水棲のモンスターが生息していた。
手足のある魚の姿をしたモンスター、サハギンだ。水掻きの付いた手に武器を持っている個体もいる。
「なんか、モンスターが多くないか?」
何度か会敵し、一段落したところでそう尋ねた。
一度に出てくる数はもちろん、モンスターとの遭遇率が高い。
「旅人の往来が減り、外敵がいない環境で繁殖して増えたのかもしれんな」
俺の疑問にフェンが答える。
サハギン以外にも、宙に浮くクラゲや巨大ガニのモンスターが生息していた。
それらと会敵する度に戦っていたのでは体力を消耗してしまう。
ここには凶暴な正体不明のモンスターもいるのだ。そいつと遭遇したときに満足に戦えない状態になっていることは避けたい。
「あたしに任せて、みんなはちょっと下がってくれる?」
またもやモンスターの集団を見つけたとき、マリーナが前に出た。
「マリーナ、あまり前に出ると危険です」
まだモンスターはこちらに気付いていないが、いつでもマリーナを守れるようにモニカが側に付く。
「ありがと、モニカ。敵がまとまってる今なら、あたしの魔法で一掃できると思うわ」
マリーナは杖を前方に掲げ、魔力を込める。
詠唱の最中、モンスターの一体がこちらに視線を向ける。鳴き声で周囲に敵の存在を知らせ、一斉にこちらへ向かい始める。
だが、モンスターの到達よりマリーナの詠唱が終わる方が早かった。
広範囲の雷魔法がモンスターを襲い、俺達の視界を白く塗りつぶす。
稲妻が走る音と、モンスターの悲鳴。
音が消えたとき、動いているモンスターは一匹もいなくなっていた。
俺達の方を振り返ったマリーナはどうだとばかりに胸を張る。
「マリーナ、すごい」
研鑽に努めていたのは知っていたが、これほど広範囲の魔法が使えるようになっていたとは。
「こんなにたくさんのモンスターを一斉に。しかも一撃じゃないか」
「モンスターが水棲だから雷に弱かったっていうのもあるけどね」
こういうのを目の当たりにすると、魔法が使えるこの世界の住民がちょっと羨ましくなる。
異世界に召喚されたからといって、俺は魔法を使えるようにはなれないのだから。
マリーナの魔法の助けやフェンが用意したモンスターの感覚を麻痺させる薬などを使い、消耗を最小限にしながら進んでいった。
しばらく進んだところで、照明代わりの光る鉱石の数が減ってきた。
正確には、鉱石の数自体はここまでと同じくらいある。ただ、破壊されたものが多く、輝きを失っているのだ。
一応、視界を確保できるくらいには残っているが。
「この鉱石を破壊したモンスターがいる」
破壊された鉱石を調べて、フェンが言った。
「結構な硬度のある鉱石だ。そのへんのモンスターに破壊できるとは思えん。例のモンスターだろうな」
この洞窟に巣食っているというモンスター。そいつが近くにいるかもしれない。
「大型のモンスターと聞いていますので、近付けばわかるはずです。この先は薄暗いですし、今まで以上に慎重に行きましょう」
モニカの言葉に頷いて、いつでも剣を抜けるように柄に手をかけた。
歩いていると、足音が水溜りを歩くようなぱしゃぱしゃという音に変わった。
さっきまで海水で少し湿った程度だった地面が、うっすら水を張っているのだ。
そして、さっきまで頻繁に出現していたモンスターが現れなくなった。
恐らくこの先は例のモンスターのなわばり。通常のモンスターは寄り付かないのだろう。
広い場所にでた。天井も高く、大型のモンスターと戦うにはちょうどいい広さ。
そこに、そいつはいた。
真ん中に堂々と鎮座している。
体長は五メートルくらいだろうか。
硬そうな鱗に覆われた皮膚、鋭い鉤爪の前足。背には皮膜を持つ大きな翼。
口を開けば鉱石を砕くほどの強靭な牙がずらりと並んでいるに違いない。
「あれって、ドラゴン···?」
身を潜めながら呟く。
『海底洞窟』に巣食うモンスターの正体は、ドラゴンだった。
青白い鉱石の光が鱗に反射して煌めく様は絵画のようで美しいが、俺達はこれからあれと戦わなくてはならないのだ。
「サイズからして、まだ幼体ですね。なんらかの形でここに持ち込まれた卵が孵ったんでしょうか」
あれでまだ子どものドラゴンらしい。成体になったらどれだけ大きいのだろう。
距離はあるが遮蔽物はほとんどないため、奇襲はできない。
魔法で先制攻撃を仕掛けるため、マリーナとフェンが魔法をいつでも放てるように準備する。
「自分がドラゴンの注意を引きます。幼体なので鱗は柔らかいはず。勢いを乗せて攻撃すれば剣も通ると思います」
武器を構え、俺達はドラゴンの前に踊り出た。
金色の瞳がこちらを見据えた。敵を認識し、低く唸る。
マリーナとフェンが魔法を放つ。
魔法による爆発音が洞窟内に響き、ドラゴンが一瞬怯む。俺とモニカはそれぞれ後ろ足に攻撃する。
斬りつけてすぐ距離をとったのは正解だった。近くにいたら、痛みに地団駄を踏んだドラゴンに潰されるところだった。
ドラゴンの頭が俺の方を向く。大きく開かれた口のなかに並ぶ太く尖った牙と赤い舌が見えた。
「こっちです!」
モニカが槍と盾を打ち鳴らし、ドラゴンの注意を引く。
ドラゴンは俺からモニカへと標的を変え、爪で彼女へ襲いかかった。振るわれた爪による攻撃を躱し、モニカは槍を素早く突いて反撃する。
魔法や武器による四方からの攻撃に、標的を絞れないドラゴンは苛立ったような唸り声を上げる。
大きく息を吸い込むように、ドラゴンが上体を仰け反らせる。誰かに警告されるまでもなく、ブレス攻撃の予兆だとわかった。
俺たちはそれぞれ、近くの鉱石の影に急いで身を隠す。
一拍置いて、ブレスが放たれた。周囲を赤く染め、熱気が肌を焼く。直接食らったら大火傷、最悪死ぬ。
ブレスを吐き終わるのを確認して、鉱石の影から飛び出す。
攻撃を加えて距離を取るのをくり返していると、ドラゴンは尾を大きく振り回し、周囲の鉱石を叩き壊し始めた。
光が消え、ドラゴンの姿が見えづらくなる。
身体は大きいが、その動きは鈍重ではない。空を切る低い音を鳴らしながら薙ぎ払われた尾が、モニカを打った。
「モニカ!?」
「······っ、大丈夫です!」
盾で防御し、後方に自ら飛んで衝撃を和らげたらしい。見た目ほどのダメージはないようだ。
マリーナが炎魔法と雷魔法を同時に放つ。火炎弾がドラゴンの鼻面に直撃し、爆発を起こす。
怒りの咆哮をあげるそいつに、間髪入れず青白い雷が襲いかかる。
雷撃を受けて硬直した身体に向かって、フェンの闇魔法による刃が放たれた。後ろ足を斬り裂かれたドラゴンは音を立てて倒れ込む。
地に落ちた頭部に、体制を立て直したモニカがとどめの一撃を与えた。
深々と槍が突き刺さり、ドラゴンは絶叫を上げて事切れた。
なぶり殺しをするような斃し方に、後味の悪さを感じる。しかし、一撃で葬れる力がない俺たちにはこうするしかなかった。
「大きいモンスターを相手にするのは大変だな···」
緊張から解放され、遅れて吹き出した汗を拭いながら呟く。
「モニカ、大丈夫か?」
「ご心配ありがとうございます、ミライ。打ち身程度はこしらえていますが、大事ありません」
「一応薬を飲んでおきたまえ。疲れも溜まっているだろう」
フェンか錬金術で作成した薬を渡す。それを飲んだモニカは驚きに表情を変える。
「錬金術とは、素晴らしいですね。回復力が全然違います」
マリーナもフェンに渡された薬を飲んでいた。モニカが飲んだものとは違い、魔力を回復させるための薬らしい。
それぞれ消耗具合に応じた治療を行い、少し休んでから先へ進んだ。
「出口です」
上り坂になっている道に入って、モニカが言った。
「ここを出たら、北に進んだ所に町があるわ。そこで、聖鉱石が採れる洞窟に貼ってある結界を通るための魔道具を借りるのよ」
「よくご存知ですね、マリーナ」
「北の町はあたしの故郷なの。カザマ達も来たわ。その時、あたしのお姉ちゃんは魔術の才能に優れていたから、勇者パーティにスカウトされたの」
「そうだったのですね···」
俺達の事情はモニカにも説明している。マリーナの姉がカザマの仲間で、ガルグに殺されたことも。
「マリーナの故郷か。この先は雪の大陸なんだよな?まだ洞窟内だからか、寒さは感じないけど」
「そうね、中央大陸と比べるとだいぶ気温が低いわ。あたしやフェンは獣人だから寒さに強いけど、ヒト族にとってはちょっと厳しいかも」
「えぇっ?俺、耐えられるかなぁ」
厚手の上着に袖を通す。雪国だから、間違いなく気温は氷点下。この装備では寒さをしのぐには足りないかもしれない。
「着いた町で、ちゃんとした防寒着を調達したほうがいいかもな···」