12.謁見
城の侍従に案内され、玉座の間へ向かう。
仰々しく開かれた扉の先は、光に照らされていた。
一際大きい魔法照明に照らされた部屋の奥、一段高くなった位置に設えられた玉座。
複雑な模様の入った赤い絨毯で道が作られており、高い天井を支える柱が幾本も並んでいる。
俺達は案内されるまま王の御前に立つ。
不思議な雰囲気を持った王だった。
種族も性別も不明。
体型がわからないゆったりしたローブを幾重にも纏っており、顔は鼻から下が布で覆われている。
髪も肌も白い。耳は尖っていたが、セレネさんのそれより短い気がする。
瞳は伏せられていて、盲ているのか意図的に閉じているのかわからない。
玉座に座る王の隣には、侍従がひとり立っていた。
俺とフェンは片手を胸に当て、お辞儀する。
マリーナはスカートの裾を摘んで、片足を後ろに引いて膝を軽く曲げた。
侍従が王に何事か囁く。内容を吟味するような数秒が過ぎ、王は口を開いた。
「···よく来た。全員、名を名乗れ」
声も中性的だ。大きな声を出したわけでもないのに、その声はしっかりとこちらに届いた。
「·····カミキ、ミライと申します」
一応“勇者”という俺が代表のような立場なので、最初に名乗る。
「灰狼族の錬金術師、フェン・エリクスと申します」
「兎族の魔術師、マリーナ・シュニーと申します」
獣人二人も続けて名乗る。
「カミキ?」
俺の姓を復唱する王。
「先の勇者カザマと関係ある者か」
「カザマは俺の兄です」
言ってから、王の前で“俺”はまずかったかもしれないと思った。しかし、俺の一人称には特に気にした様子もなく、王は静かに頷いた。
「···なるほど。よかろう。
そなたを勇者とし、今後の旅の行く道を示す」
あっさりと認めてくれたので、ちょっと拍子抜けした。
「最終目標は魔王の討伐。その為に必要なものがある。
欠かせないのは勇者の剣。雪の大陸で採れる聖鉱石を用いて作られる、魔王の心臓を砕くための勇者だけが扱える剣。
まずは、材料の聖鉱石を入手せよ。
雪の大陸へは、『海底洞窟』を通って行くがいい。あそこは今、凶暴なモンスターが巣食っているが、勇者ならば倒して進め。
勇者の剣を鍛える鍛冶師は、現在砂漠の大陸にいる。
雪の大陸に一隻、修理中の船がある。
聖鉱石の採取と船の修理が完了した後、砂漠の大陸へ向かえ」
「わ、わかりました」
勇者の剣なんてものがあることを始めて聞いた。
その剣でなければ魔王は斃せないのか。勇者にしか扱えないというのは何故だろう。
今俺達がいるのは中央大陸だと、前にマリーナが言っていた。雪の大陸と砂漠の大陸は、名前の通りならばどんな場所なのか大体の想像がつく。
この先は大陸を跨いで旅をしなければならないらしい。
「また、王宮図書室の利用を許可する。騎士団から剣の手ほどきを受けたいならば、訓練に加わる許可も出そう。
勇者カザマも、しばしこの地にて修練を積んだのち旅に出た」
剣の腕を磨き、この世界の知識を身に着けろということか。魔王を斃す為には力も知恵も必要だ。
「最後に、そなたの旅に我が騎士団より一名の騎士を同行させる」
「ありがとうございます」
期待以上の援助が受けられるのはありがたい。色々不安になったり緊張したりしたが、ここに来てよかった。
「新たな勇者ミライよ。先の勇者カザマに代わり、魔王を討つべく全力で臨め」
王はそう締めくくった。
側に控える侍従から、王宮への立入許可証と、王宮の図書室及び騎士団訓練場への立入許可証は後日宿泊している宿に届けると伝えられた。
玉座の間を辞して広間まで戻ると、先ほど戦った騎士モニカがいた。
「お待ちしておりました、勇者様。先ほど手合わせ頂いたモニカです。自分が、勇者様の旅に同行させて頂くことになりました。また、王都に滞在中の案内を申し付かっております」
「ほんと?女性の騎士で嬉しいわ。同性の仲間が欲しかったのよ」
マリーナが喜んでモニカを迎える。
俺達は新しい仲間へ、簡単に自己紹介を済ませる。
「勇者様のお力になれるよう、精一杯つとめさせて頂きます」
「あの、モニカ。その勇者様って呼び方止めてくれないかな。この先一緒に旅をしていくんだし、呼び捨てでいいよ。敬語もいらないし」
「そ、そうですか?···勇者様がそうおっしゃるのでしたら、ミライと呼ばせて頂きます。
敬語に関しては、自分は普段からこういう話し方でして」
その後、俺達は話し合ってしばらく王都に留まることになった。
俺は主に騎士団の訓練に混ぜてもらい、基礎から戦い方を学んだ。
訓練に参加し始めてすぐ、モニカがあの模擬戦ではかなり手加減してくれていたことがわかった。
他の騎士との訓練では、俺との模擬戦のような単調な突きではなく、よりスピードのある素早い連続突きを繰り出していた。
···こっそり落ち込んだのはみんなには内緒だ。
剣での戦い方以外にも、盾の使い方や、万が一武器を無くしたときの格闘術なども教わった。
盾があると防御ができるが、重さがあるので動きが鈍くなる。俺は盾無しで戦うほうが性に合うようだ。
これらはすぐに習得できるものではなかったが、体を動かすことは嫌いじゃないので結構楽しかった。
時々図書室に出向き、この世界のことを調べた。既知のモンスターに関する本や、大陸ごとの特徴など、旅に役立ちそうだと思ったものを。
フェンはたいてい図書室に入り浸っていたので、教えを請えばわかりやすく教えてくれた。
本を読んでいると眠くなってしまう俺としては、フェンの講義はありがたい。
図書室には魔導書もあった。俺にはちんぷんかんぷんだが、マリーナはそれを熱心に読んでいた。
ガルグに魔法が効かなかったことをだいぶ悔やんでいるようで、書物だけでなく王宮魔術師にアドバイスをもらうなど、研鑽に努めているらしい。
だが、さすがに鍛錬と勉強だけの日々では続かないので、時々気分転換のため町に遊びに出かけた。
ここでも、魔王と新たに召喚された勇者についての噂が飛び交っている。
俺が勇者であることは公表されておらず、王宮内の一部の者だけしか知らない。おかげで町を普通に歩くことができた。
店に並ぶ商品は俺の世界にある物と似たようなものが多いが、動力が魔力によるものだったり、ファッションが種族に対応したデザインだったり、色々と変わったものがある。
王城でも見たような照明や、風呂の湯を沸かすシステムも魔法によるものらしい。
衣服に関しては、例えば獣人向けのもの。ズボンやスカートに尻尾を通すための穴がついていたり、帽子に耳を出すための穴が開いていたりする。
夢の中にいるような違和感。
だがこれらは紛れもなく現実だ。
今頃両親や友達は何してるんだろう、と時々考える。
朝起きて学校に行って、友達とテレビの話や最近流行りの話で盛り上がって、たまに放課後に寄り道したりして。
帰ったら家族がいて、母親が夕食を作ってくれる。面倒な宿題やレポートなどを片付けたら、マンガやゲームなどの趣味に時間を使う。
風呂に入って歯を磨いて、布団に入って眠れば、また次の日常の朝がやってくる。
俺は、この日常に戻れるんだろうか。カザマは戻れなかった。あと少しのところで斃れてしまった兄は、どれほど無念だったことだろう。
早る気持ちと不安を押し隠しながら、俺は王都で過ごしていた。