11.模擬戦
新規キャラクター紹介
《モニカ》
ヒト族。
王宮に所属する槍使いの騎士。
真面目で礼儀正しい。
異世界に来て一番寝心地の良いベッドで眠ったのに、騎士との模擬戦を控えているせいで寝付きが良くなかった。
対人戦の経験なんてない。強いて言えば、ガルグと剣を打ち合ったあの一回だが、一方的なもので戦いとは言えなかった。
山道のゴブリンも武器を持っていた。
振り下ろしてくる棍棒を避けて反撃する、という戦法で戦った。だが、知能の低いモンスターでは対人戦の参考になりそうにない。
「私から見て、ミライは十分戦えているよ。森でも山道でも、モンスターの攻撃に対する回避力は高かった。見えていて、かつ自身の素早さで対応できる攻撃なら避けられるだろう。剣の振り方は我流だから拙いが、腕力もそれなりにある」
不安げな俺の様子を見て、フェンがそう言ってくれた。
意外とよく見てくれていたらしい。
確かに、初日に比べて敵の攻撃が見えるようになってきて、回避できる確率は上がっていた。
痛い思いをするのが嫌で必死だという理由もあるが。
精霊の加護による身体能力の上昇に、慣れてきたのもあるかもしれない。
悩んでも仕方ない。俺にできる範囲で頑張ろう。
王城は石造りの高い塀で覆われていた。城門前の広場は噴水やオブジェが立っており、緑の芝生には色とりどりの花が植えられている。
外国に観光に来たような気分だ。
城門前に詰所があった。警備の男に声をかけ、用件を伝える。
「勇者様ご一行ですね。お待ちしておりました。ご案内いたします」
城の広間は吹き抜けになっていた。床は白と黒のタイルが敷き詰められ、入り口から真っ直ぐ正面階段に向かって赤い絨毯が伸びている。
高い位置に、明かり取りのための窓が沢山あり、照明には光る石のようなものが使われている。俺にはよくわからないが、魔法によるものだろう。
俺達が案内されたのは、階段の脇から伸びた通路の先にある騎士団の訓練場だった。
「ようこそ。私はこの騎士団の副団長をつとめている。団長は最前線に出向いているため、私が対応させて頂く」
出迎えてくれたのは、見た目は四十歳前後の壮年の男だ。
「さて、諸君らは勇者様ご一行とのこと。魔王討伐のため、我が騎士団に協力を頼みたい、と承っている。勇者を名乗っているのは君か」
「···はい」
いや、自分では名乗ってないけどな?みんなが勝手にそう呼ぶだけで。
心の中で付け足す。
「召喚の光は、ここ王都からも見えていたので、新たな勇者が召喚されたことは皆知っている。
だが、イレギュラーな召喚が行われたことで、その勇者の身元を証明できる者がいない。
本来なら、王都から派遣された魔術師が召喚を行い、勇者をここに連れて来る手筈だ。
先の勇者カザマ殿は、魔術師セレネに連れられてここに来た。そして、騎士ガルグをパーティに加え、旅に出た」
「ガルグ!?ここの騎士だったのか!?」
「長年、騎士としてここに在籍していた。まさか魔族が、長期にわたって潜伏していたことに気付かなかったとは···騎士団最大の汚点だ」
それほどガルグの擬態は完璧だったのか。
正体を隠して何年も敵地に潜み続けるとは、そうまでして勇者を始末したかったのか。途中でバレる可能性もあったはずだ。
「あの、セレネさんのことなんだけど···」
マリーナが口を挟んだ。
セレネさんの身分を証明するブローチを取り出し、副団長に見せる。
「!!
これは···セレネ殿に会ったのか?貴殿がこれを持っているということは、まさか」
マリーナは簡潔に何があったのか話した。
セレネさんと共に『勇者の地下道』へ行ったこと。そこで支払った代償のことを。
「そうか···王には私から報告しておこう。それはこちらで預っても構わないかな」
頷いて、紋章の入ったブローチを副団長に渡す。
「話を戻そう。我々は、貴殿を勇者かそうでないかを判断することができない。しかし、セレネ殿との一件を聞く限り、可能性は高いと思っている」
勇者と信じてくれたら力試しの話は無かったことにならないだろうか、と淡い期待をしたが、そうはならなかった。
「仮に勇者でなくとも、魔王と戦う意志があるのなら、協力するのもやぶさかではない。ただ、無条件では協力できない。君の実力を見せてもらう」
副団長は訓練場を手のひらで示した。種族も性別も様々な騎士たちが訓練に励んでいる。
「あちらに、モニカという槍使いの騎士がいる。彼女と一対一で戦ってくれ」
予想外だったので少しばかり驚いた。男性の騎士と手合わせすると思い込んでいたのと、騎士の武器は剣だと決めつけていたのだ。
副団長が合図をすると、騎士たちは訓練を止めて集まってきた。
その中から、副団長に呼ばれた騎士が進み出てきた。彼女がモニカだ。
明るいオレンジ色の髪をポニーテールにまとめ、他の騎士同様に鎧を纏っている。右手に短槍。左手に盾。短槍は訓練用に刃先を潰したものだ。
モニカ以外の騎士は壁際に下がる。
俺に訓練用の剣を差し出しながら、副団長は言った。
「一応忠告しておくが、女性だと侮ると痛い目を見るぞ」
侮るつもりはなかったが、女性騎士が相手でちょっと安心してしまったのは事実だ。
女性とはいえ、騎士だ。体格は俺とそれほど変わらないが、そう見えるだけでしっかり鍛えているのだろう。重そうな盾まで装備しているのに、重心が安定している。
俺が進み出ると、モニカは礼儀正しくお辞儀した。
「はじめまして。モニカと申します。勇者様、お手合わせ願います」
真面目な性格なのだろうなと思わせる、凛とした声だった。
訓練場の中央で向かい合う。モニカは盾を置いて、短槍のみ携えて立った。
「武器は今手にしている物のみを使用可とする。魔法は禁止。どちらかが戦闘の続行が不可能となった場合や降参した場合は終了とする」
副団長が説明する。それを聞きながら、俺はモニカの武器に注目していた。
短槍の長さは百五十センチくらいだろうか。モニカの身長より短い。
槍使いの戦い方はよく知らないが、基本は突き攻撃だろう。場合によっては横に薙ぎ払ってくるかもしれない。
俺が持っている剣より間合いが長いので、なんとか懐に入る隙をみつけなければならない。
訓練用に刃先を潰しているとはいえ、当たると痛いだろう。向こうは鎧を着ているが、こちらは布装備なのだ。
俺が金属装備を身に着けていないのは、単純に購入金額が高いのと、重いからだ。
「準備はいいな?では、始め!」
合図を聞いてすぐさま攻撃を仕掛けてくる、ということはなかった。俺と同様、モニカも相手の出方を伺っているのだろう。
こちらから仕掛けるべきか?もしもこちらから斬りかかった場合、どのような対応を取ってくるのだろう。剣を正中に構えて思案していると、モニカが動いた。
「!」
床を蹴る音。短槍が真っ直ぐに突き込まれる。
モニカから視線を外さないようにしながら、右にサイドステップ。開いた脇に向かって剣を振る。
が、即座に振られた短槍に弾かれる。
槍が起こす低い風切り音と、武器同士がぶつかる金属音。
剣を握る手に力を込め、今度はモニカではなく短槍に向かって振り下ろす。
モニカは槍の柄で剣を受け止めた。その状態で数秒硬直し、女騎士の緑色の瞳と目が合う。
競り合っても仕方ないと判断したのか、モニカが後方に距離を取った。
すぐにそれを追って斬りかかる。距離を取られると俺の攻撃は届きにくくなる。
モニカは俺の剣を的確にさばく。剣筋を読まれているのが悔しい。
闇雲に攻めても駄目だ。やり方を変えるため、一度距離をとることにする。
モニカは最初と同じ構えをとった。突きが来る。そう思った俺は、回避に備えるのではなく前に出た。
モニカが床を蹴ったのに数瞬遅れ、俺も床を蹴る。
前に出たことが想定外だったのか、彼女の両目がわずかに見開かれる。
躱したつもりだったが、槍の先端がわずかに服をかすった。
短槍とすれ違い、懐に入る。半円を描くように下から上へ、剣を打ち上げた。
俺が狙ったのは短槍の柄の中ほど。衝撃に、槍とモニカの両腕が勢いよく跳ね上がる。
その開いた胴、鎧に守られた箇所に返す刀で攻撃する。
「っ!」
バランスを崩したモニカが後方へ転倒する。
彼女が起き上がる前に、剣の切っ先を眼前に突きつける。
「······」
これで終わってくれ、と思いながら数秒待つ。
「···降参します」
モニカが武器から手を離し、両掌をこちらに向ける。
「そこまで!」
副団長の声が響き渡る。
無意識に止めていた息を長く吐き、剣を下ろす。
立ち上がったモニカが俺に笑いかけた。
「お見事です、勇者様」
「いや、全然···っていうか、手加減してくれてたよな?」
二回目の突きが最初と全く同じスピードと軌道だったおかげで攻撃が決まったようなものだ。
「お気に障ったのでしたら、申し訳ありません。召喚されてから日の浅い勇者様に本気になるな、との指示でしたので」
元々期待はされていなかったということか。まぁそんなところだろうなとは思っていたので腹は立たない。
マリーナとフェン、副団長がこちらに近寄ってきた。
「やったわね、ミライ!」
「お疲れ様。悪くない動きだった」
マリーナとフェンは、それぞれ声をかけてくれる。
「粗い部分はあるが、今それだけ動けるなら今後の伸びしろに期待できる」
副団長はそう評価する。合格のようだ。副団長に訓練用の剣を返却する。
モニカが一礼し、俺の元を去る。騎士達が訓練に戻るのを横目に見ながら、ほっと胸を撫で下ろした。
改めて副団長と向き合う。
「では、玉座の間へ向かいたまえ。今後の行き先や援助の内容について、王様が直々に話すと仰せだ」
「えっ?王様?俺、この世界の礼儀作法なんて知らないんだけど」
うっかり無礼な振る舞いをしてしまいかねない。
「異世界の勇者ならば、作法を知らないことは想定の範囲内だ。よほど無礼な物言いをしなければな問題ない」
謁見の順番まで少し時間があるとのことだったので、案内の者が来るまでの間に最低限のことは教えてもらった。